その8 <ボタン>

 

 

石州を出て数時間後。
彼らは無事、ピラミッドへ到着していた。
しかも一度もモンスターに出くわすことなく……。
ここまで滅茶苦茶な進み方をしてきただけに、まともに普通に侵入出来たことが、返って幽助と桑原を不安に陥れていた。

「……何かまともに着けると、違和感あるな…」
「裏があるんじゃねえかと思っちまうぜ。本当はピラミッドじゃねえ、別のところに来てるとか……どうだ?蔵馬」
「いや、ここがピラミッドであることは間違いない。度を超した非常識なトラップも今のところなさそうだし。まあ普通に、ダンジョンとしての罠くらいならあるだろうけど」
「ダンジョンの罠って、例えばどんなだ?」
「一般的によくあるのが…」

立ち止まって天井を仰ぎながら考える蔵馬。
歩きながらでもよかったのだが、何となく盗賊的本能が止まった方がいいと忠告してきたのだ。
しかし、幽助たちが一緒に立ち止まるはずもなく……。

「どんながあるん……なっ!!」
「落とし穴とか」
「もう遅いぃぃ……」

段々と遠くなっていく幽助&桑原の声……それを呆れ半分に聞いている飛影は、幸い2人の後ろを歩いていたので、彼らのようにならずにすんだらしい。
古典的かつ一般的で、意外にも効果覿面であるトラップ「落とし穴」。
しかしいきなり引っかかるというのは……。

「いきなり落ちましたね。しかもドップラー効果付きで……まあほおっておくわけにもいかないし、追うとしますか」

言いながら、前にも似たようなことがあったなと、ため息をつく蔵馬。
飛影も顔には出していないが、同意見のようである。
だが、あれだけ機嫌が悪かった蔵馬が、今は前のように軽く呆れている程度であることに、ホッとしてもいるらしかった……。

 

 

ところで、落ちていった幽助と桑原だが……どうやらピラミッドの地下深〜く落ちたようである。
例によって怪我などはしていなかったが、落ちた直後にモンスターに出くわしたらしく、蔵馬たちが降り立った時には、2人で悪戦苦闘していた。

「蔵馬!飛影!」
「おせーよ!!」
「フン、勝手に落ちた分際でよく言う」
「あんだとー!!」

いつも通りの桑原と飛影の口喧嘩をよそに、蔵馬は幽助の方へ加勢しにいった。
桑原が変な袋を相手にしているのに対し、彼は砂漠で何度か戦った木乃伊男によく似たモンスターと戦っている。

「大丈夫か?幽助」
「ああ、何とかな……割りに強ーけど、勝てねえわけじゃねえんだ。ただすぐに仲間呼んで数増やしやがるから」
「魔深為(マミー)か……確かに一体ずつしか倒せない幽助には不利だね。下がって、俺がやる」

ズババッ!!

蔵馬の振った鞭が、魔深為どもの肉体をバラバラに引き裂いた。
元々幽助によって攻撃を加えられていたのだから、蔵馬の鞭を避けられるはずがない。
皆、床に伏せり、そのまま動かなくなった。

 

「へえ、新しい武器も使いこなしてるな、蔵馬」
「タイプ的には同じ鞭だからね。棘の鞭と同じくらい使い勝手がいいよ」

微笑を浮かべながら、蔵馬は新しく購入した武器・チェーンクロスを軽く振った。
前に装備していた棘の鞭だが、普段彼が使っている薔薇棘鞭刃とよく似ているため、楽に使いこなせていたのだが……ここまで進んでくると、流石に攻撃力が低く、敵にも押され始めたのだ。
それでも知的な蔵馬のこと、戦法を考えれば戦えないわけではなかったが、ダンジョンに入るとなると、やはり装備は強化した方がいいと、買い換えることにしたのだ。

もちろん彼だけではなく、幽助たちもである。
幽助と桑原は、以前欲しかったが蔵馬の機嫌が悪かったため言い出せなかった鉄の斧。
幽助はついでに鉄兜も装備に加えた。
むろん、彼の防御力が一番下だからである……。

飛影は蔵馬と同じチェーンクロスを武器にすることにした。
しかし、飛影は鞭など使ったことがないはず……なのに、彼はあっさりそれを使いこなしていた。
並々ならぬ格闘センスを持ち合わせているからこそ出来る技だろうが、なかなか進歩しなかった幽助たちは少しばかり嫉妬していた……まあ数分後にはあっさり忘れてしまったものだが。

 

「それにしても買い換えといて本当によかったぜ」
「ダンジョンだけあって、モンスターも強豪揃いってか」
「フン、袋1つが強豪とはよく言ったものだ…」
「飛影、てめー!!」

しつこく喧嘩再開。
そしてそれをほったらかしている蔵馬と幽助。
とにかく上へ上がらなければと、2人を尻目に辺りを探索していた。
もちろん、モンスターには十分用心して…。
と、幽助がしばらく行った先に、階段が存在していた。

「おい、蔵馬〜。階段あるぜ。これ、上に行けるんじゃないか?」

幽助に呼ばれ、彼に走り寄っていく蔵馬。
確かに幽助が指さす先には、階段があり、それは上に向かって伸びていた。

「上がれることは上がれそうだね」
「?。どういう意味だ?」
「多分、ピラミッド内には戻れないよ。外への階段らしいから。ピラミッドへの入り口はあそこ1つらしいな」
「ようするに一旦外に出るってことかよ。面倒くせーな〜」

ため息をつきながら、階段を上る幽助。
蔵馬は苦笑しつつ、その後に続いた……が、

「……飛影たち、まだ来ないな」
「まさかあいつら、まだやってるんじゃ……」

……そのまさかだった。
2人が引き返して、落ちた地点に戻った時、飛影は何度も繰り返し向かってくるパンチを紙一重でかわし続け、桑原は当たりもしないパンチを繰り出し続けていた……。

幽助が呆れながらも止めたことで、いちおう喧嘩はおさまったが…。
一度外へ出てピラミッド内へ戻ってからも、桑原のイライラはまだおさまっていなかった。

ここで蔵馬が冷ややかな目で睨み付ければ、イライラするどころではなかったかもしれないが。
別に今、彼は怒ってもおらず、桑原がムカムカしていることに対しても、全く嫌悪感がなかったため、何もしなかった。
本来ならば、こちらの蔵馬の方が普通のはずなのだが……何分、ずっと機嫌が悪かったため、普通の蔵馬がヤケに穏和に見えてしまう幽助であった……。

 

 

 

一階二階と、強豪揃いで苦戦しつつも、何とか三階までたどり着いた幽助たち。
その頃には、もう桑原の機嫌も綺麗さっぱり治っており、一行はいちおう順調に誰も死ぬことなく、歩を進めていた。
が、ここに来て完全に行き詰まってしまった。

「ったく、どっちに進めばいいってんだ!」
「マジで行くところねえじゃん。四階だって、鉄の扉あって進めなかったし」
「多分、次の鍵が必要なんだろうけど…」
「だから、その鍵は何処にあるってんだ!」
「ピラミッドへ来るまではそれらしいダンジョンもなかったし……多分、ここの何処かにあるはず」
「だから、それは何処だよ!……あ?」
「どうかしたのかよ、浦飯」

上がったり、下がったり、曲がったり、戦ったりで疲れ切った桑原。
床に座り込んで、面倒くさそうに幽助の方へ頭だけ向けた。

「何だ、このボタン」
「ボタン?」

ズリズリと這い寄ってみると、幽助の指さす先の壁には、確かに何かのボタンが見えた。
ボタンといっても、かなり古く、今時の機械的なものではない。
RPGさながらのファンタジックな凝った宝石のようだった。
彼らの横から蔵馬ものぞき込み、少し考えてから、

「多分、これが先へ進む鍵だろうな」
「鍵?これ外れるのか?」

真顔で幽助が問い返してきたので、蔵馬は頭を抱えながら首を振った。

「そういう意味じゃなくて……つまりこれを押したら、何処かの扉が開くとか。隠し通路が出てくるとか」
「ああ、なるほど!じゃあ…」
「ちょっ…うかつに押したら何があるか…」

カチッ

蔵馬の言葉も聞かず、幽助はあっさりとそのボタンを押してしまった……が、

 

し〜〜ん…

何も起こらない。
何処かの扉が開いた様子もなく、隠し通路が現れるわけでもなく、ましてモンスターが出現したりするハプニングがあるわけでもなく……本当に何も起こらなかった。

「……何も起こらねえな」
「でも押せたぜ?何にもねえボタン、コエンマのやろうが付けるとも思えねえけど…」
「おい」

と、我関せず状態で1人そこら辺をウロウロしていた飛影が、蔵馬たちを呼んだ。

「そのボタン、こっちにもあるぞ…」
「何!?」

彼の言葉に駆け寄っていく一同。
見れば、飛影が指さす先の壁に、同じボタンがもう一つ存在していたのだ!

「なるほど!こっちも押すのか!そんじゃあ…」
「幽助、待って」

ボタンに伸ばした幽助の手を、蔵馬がぐっと押しとどめた。

「何だよ。早く押そうぜ」
「少し待って。コエンマのことだ。こんな近くに用意するなら、最初から1つで開くようにすると思いません?」
「そういえば……」
「複数作ったということは、それなりに理由があるはずだ。とすれば、2つだけとは限らない」
「なるほど!まだボタンがあるかもしれねえわけだ!」
「ああ。そしてそのボタンには押す順番がある、必ずね。おそらくさっき押したボタンは偶然、最初のボタンだったんだ」
「な、なるほど…」

もし飛影が見つけた方を先に見つけていたら、どうなっていたか……。
最も押したところで、どうせさっきのように落とし穴に落ちるだけなのだから、そんなに深く悩む必要もないのだが、何も知らない幽助は自分の頬に冷や汗が流れ落ちるのを感じていた……。

 

そして、最終的に見つけたボタンは4つだった。
最初に幽助が押したボタン、隣の通路にあった飛影が見つけたボタン、それらの通路とは丁度反対側の位置にあった2つの通路に1つずつ。
一階から四階、行けるところは全て探したが、どういうわけかボタンは全て三階に集合していた。

「最初に押したのはいいとして……次はどれ押せばいいんだ?」
「さあな」
「順番ったって、何のヒントも手がかりもなしによ〜」
「ヒント?」

桑原の何気なく発した言葉に、蔵馬は少し1人で考えに入った。
ピラミッドの鍵…何処かで聞いたような気がしたからである。
そんな彼を尻目に、幽助たちは勝手に話を進めていた。

「数字とか書いてねえみてーだしな〜」
「書いてるわけねえだろ」
「あんだと〜?」

幽助はあくまで当たり前のことを言ったのだが、桑原は露骨に自分の意見を否定されたことにカチンときたらしく、

「じゃー、てめえはどれからだと思うってんだ!」
「端っこから順番にじゃねえの?」
「フン…」
「おい、飛影…今てめーハナで笑ったろ?」
「ああ、笑わせるぜ」
「何だとー!」
「じゃあ、貴様が最初に押したのは端だったのか?」
「うっ…」

言葉に詰まる幽助。
彼が最初に押したのは、向かって右から二番目である。
それでは彼の考えは、的はずれにもほどがあるくらい外れていることになるだろうし、実際そうなのだろう……飛影に笑われても仕方がないかもしれないが、やはり腹は立つもので、

「じゃあ、てめーはどれからだと思うんだよ」
「知らん」
「だったら、俺のこと言えねえじゃねーか!!」
「的はずれなことを言うよりはマシだ」
「あんだとー!!!」

 

 

「……まんまるボタンは不思議なボタン、まんまるボタンで扉が開く…」
「はあ?」
「東の西から西の東へ、西の西から東の東……」
「く、蔵馬??」

いきなりワケの分からないことを口走る蔵馬を、3人は喧嘩するのも忘れて、穴のあくほど凝視した。
しかし蔵馬は至って真面目な顔である。
3人は一度、彼から顔をそらせ、お互い顔を見合わせ、再び蔵馬を見つめた。

「…あのさ、蔵馬……どうしたん…」
「だとすれば、ここからか」

カチッ

「あ゛あ゛ーー!!!」

絶叫する幽助&桑原。
飛影は2人に耳元で叫ばれたため、ぐっと耳を押さえて、その場から一歩退いた。
一方、蔵馬はいきなり何を叫ぶことがあったのかと、反射的に武器を構え、

「何!?」
「何もかんもねえだろ!!何、いきなり押してんだよ!!」
「は?」
「だ〜か〜ら〜!何で、順番も分かってねえのに、ボタン押してんだよって、聞いてんだ!!間違ったの押したら、何が起こるか……あれ?」

この時になってようやく、彼らは今の状況に気づいた。
周囲には抜け穴らしいものもないが、何かが起こった気配もなく、またそうなりそうな様子でもない。
モンスターもトラップも出現してきそうにないのだ。

 

「……何で、何も起こらねえんだ?」
「もしかしてさっきのボタン、正しかったのか?」

素っ頓狂なことを真顔で聞いてくる2人に、蔵馬は苦笑しながら、

「順番ならもう分かったよ」
「マジか!?」
「ああ。石州の童歌がヒントになってたんですよ。『まんまるボタンは不思議なボタン、まんまるボタンで扉が開く』は、このボタンが何処かの扉の鍵になっているということ。『東の西から西の東へ、西の西から東の東』が、順番になってるんだ」
「なるほど!東っかわの通路の西側のボタンが最初ってことだな!」

ようやく意味を理解した幽助。
桑原もなるほどと、手をうったが、ここで1つ疑問が浮かんできた。

「でもよく分かったな。こんなピラミッドの中で、方角なんか分かるもんなのか?滅茶苦茶に歩き回ったのによ」
「幽助が最初に押したのが、『東の西』でしょ?そこが分かれば簡単ですよ。まあ多分コエンマは自分でやる時には方位磁石くらい用意しておくつもりだったろうけど」
「納得……」

 

 

それから幽助一行の動きは早かった。
原理さえ分かってしまえば、後は残る2つのボタンを押すだけである。
途中モンスターに何度か遭遇したものの、先に進めるようになったという一種の達成感のようなものに突き動かされ、今までは苦戦していたような連中でも平気でなぎ倒し、あっさり最後の『東の東』にあるボタンにたどり着いたのだった。

「よし、これで最後だな!」
「気を付けて」
「わーってるって!よし!!」

幽助の手の平がボタンにかかり、壁にめり込ませるように、強く押し込んだ。

カチッ

……ゴゴゴゴッ…ドッ!

「……なんか遠くで音したな」
「ああ」
「抜け道が出来たというよりは…多分、扉かが開いた音じゃないかな。行ってみよう」
「おう!!」