その7 <腕輪>
ふと、足を止めた時、蔵馬は自分がいつの間にか城の近くに来ていることに気づいた。
ずっとぼんやりしながら、歩いていたので気づかなかったらしい。
城壁内へは入らせてもらえたが、やはり城内へは幽助が一緒でないと入れないらしい。
まあ入るつもりはなかったから、問題はないのだが…。
「それにしても、この城……城壁で囲ってある部分に比べて、城が小さい……」
歩き回りながら、辺りの違和感に気づく蔵馬。
流石に女王目当ての旅人たちも、城壁内へは容易に来られない。
1人になれたことによって、少し落ち着け、いつもの冷静な彼に戻っていた。
最も、完全に機嫌が直ったかといえば、そうではないようだが……。
と、城壁のすぐ横に並べられていた石像が一カ所だけ途切れていることに気づいた。
そこの場所以外は隙間もないくらい、敷き詰めるように置いてあるというのに……。
「きれもの」である蔵馬のこと、瞬時に何かあること気づき、石像が途切れた間から入っていった。
しばらく城壁と石像を間を歩くことになったが、城まで行くと……何とそこに入り口があったのだ。
本当に狭い、おそらく誰も気づいていなかったであろう、小さな入り口だった。
それも奥へと長く続いているらしい。
「なるほど…」
少し身をかがめなければ入れなかったが、中に入ってみると、天井だけは蔵馬の身長よりも30pほど高く、足は綺麗に伸ばすことが出来た。
ただ幅がかなり狭い上、しかもほとんど真っ暗である。
仮に松明などがあったとしても、おそらくこの狭さでは、酸欠になるだろうから、灯せない。
足下が不安だが、そのまま行くしかないだろうと、再び歩き出す蔵馬。
ずっと使われていなかったことを裏付けるように、壁にはコケが生え、床にはところどころ水が溜まっていた。
いくらオアシスとはいえ、こんな風になるのは、おそらく何年かに一度の大雨の時だけだろう。
それが未だに残っているということは、誰も入ったことがなかったということ……。
「……ん?」
ふいに立ち止まる蔵馬。
暗くて何も見えなかったのに、自分の手足がはっきりと見えるようになった。
つまり何処からか明かりが……辺りを見渡すと、少し先に地下へ下りる階段があることに気づいた。
どうやら、明かりは下から来ているようである。
誰も入った様子がないのに……。
不振に思いながらも、コエンマが作ったゲームならば何でもアリかと、用心しつつも階段を下りることにした。
階段はそれほど長くはなく、地下へはすぐにたどり着けた。
地下も先ほどの所と大差なく、コケが生えた誰も入った形跡のない古びた廊下だった。
ただ、こちらの方がかなり広いこと、そして何故か松明に火がつけられ、空間を照らしていることだけが違っていたが……。
ちょっと考えれば、不自然なことだらけの所だが、まあゲームとは大体そういうもの……現実には有り得ないことが当たり前のようにあるものである。
そう、蔵馬は結論付け、再び廊下を進んでいった。
しばらくすると、また下へ下りる階段が……だが、先ほどとはかなり違った。
周りが煉瓦で出来ているし、階段の前に古い十字架が立っている。
「(昔の王の墓?いや、それはピラミッドだろうし……それよりこの地方で十字架?異端者の墓なのか?)」
あれこれ考えてみたが、少なくとも自分が1人で来られた…つまり主人公の勇者が一緒でなく来られたということは、大したイベントではないはず。
しかし何があるか分からない以上、油断は出来ない……いちおう、鞭だけはいつでも使用出来るようにして、階段を下った。
今度の階段も長くはなく、すぐに地下二階らしき場所へ到着。
しかし『地下』というよりは、やはり誰かの墓のようだった。
墓の上に城を建てるなど、かなり不謹慎のような気もするが……だが、地下として通路が残してある以上、墓だったことを知らずに建てたとは思えない。
となると、やはり……。
「反逆者か異端者か……どっちにせよ、ろくなヤツの墓じゃない…」
ため息をつきながらも、いちおう辺りを調べてみる蔵馬。
墓内部は普通の民家くらいの広さがあるが、パッと見、宝らしいものは、目前にある宝箱くらいのようである。
この前覚えた、貴重物発見魔法・盗賊の鼻による反応も1つだけ……となると、その宝箱がこの隠された地下のイベントだと考えて、間違いないだろう。
「……貰っていくか」
警戒は怠らず、しかしさっさと蔵馬は宝箱に歩み寄っていった。
そして蓋を開けると……。
中には、小さな腕輪が1つ入っているだけだった。
エメラルド色の鱗を固めたようなリングで、金の縁取りと蒼い玉の装飾が美しい。
数多くの宝を盗み、売りさばくまで愛でてきた蔵馬だが、思わず見とれた。
灯りに乏しい地下で輝くそれは、暗黒の夜空に光る流星のようであった……。
「……」
しばらく手にも取らず、じっと見つめていた蔵馬だったが、やがて腕輪に手を伸ばした。
触れた瞬間、熱いような冷たいような不思議な感覚が全身を駆けめぐった。
一瞬、罠かとも思ったが、体に異常はない。
それに嫌な感じではなかったから、問題はないだろう。
再度触れた時、同じような衝撃があったが、それでも体は何ともない。
そっと手にとってみる。
間近で見ると、先程よりも美しさが際だって見えた……。
ほとんど無意識のうちに、蔵馬は手袋を外し、腕輪を手にはめた。
細い自分の手にはかなり大きそうに見えたのだが……。
しかし、手を通過し、蔵馬の手首にさしかかった時、腕輪がいきなり小さくなった。
キュッと小さな音を立てて、蔵馬の手首にフィットしたのだ。
「なっ…」
驚きながらも、手首にハマッた腕輪を見つめる蔵馬。
腕輪はしっかりと、しかし優しく腕をつかむようにしている。
物言わぬ強引な腕輪だが、何処か温かい感じがした……。
しばらくじっと腕輪を見つめていた蔵馬だったが、突如目の前に白いモヤのようなものが浮かんできたため、大きく退いた。
鞭を再度構え、モヤがどんな動きを見せても対処出来るよう、神経をとぎすませる。
モヤはやがて、ぼんやりと人型へ姿を変えていった。
人型……といっても、それは人骨だった。
コエンマが用意したモンスターかとも思ったが、殺意や悪意は感じられない。
どうやら魔物ではなく、元は人間だった廃人のようである。
だからといって油断は出来ないが……。
「「……その腕輪、お前が盗ったのか?」」
おもむろに骸骨が聞いてきた。
骸骨の状態で立っているのだから、喋ったところで何の違和感もない。
全く動せず、蔵馬はかすかに頷いた。
「「そうか。まあいい。もう俺には必要ないものだしな……」」
……しばらく沈黙が続いた。
何故か、蔵馬はこのまま引き返す気になれず、いつの間にか鞭を提げて、骸骨である彼を見上げていたのだ。
骸骨は骸骨で、蔵馬をじっと見つめていた。
どうするべきかと考えているような、ただ見ているだけのような……その様子を見ても、蔵馬は嫌な感じがしなかった。
いつもなら、赤の他人のこんなに見られて、いい感じはしないはずである。
まして、ここ数日ずっとイライラしていたというのに……。
と、突然、骸骨が蔵馬の開けた宝箱の渕に腰掛けた。
そして、
「「……少し話さないか?」」
いつもなら警戒して、鞭を構えるところだが……何故か蔵馬はそんな気になれなかった。
素直に頷き、彼の横に座ったのだ。
その後、2人が交わした会話は何のことはない、ごく普通の話だった。
蔵馬は自分が外の世界から来たということ、今4人でパーティを組んで旅していること、最近イライラしっぱなしだということ、外の世界の状勢などを……。
骸骨は生きていた時のこと、何故こんなところに安置されているかということ、腕輪が素早さをあげるアイテムであり、満点の星を呼ぶ力を持っていることなどを……。
2人は前からの知り合いのように話した。
蔵馬はここがゲームの中なのだと理解しているのに、何故か彼が作られた存在ではないような……本当に前から知っている人物のような……不思議な感覚に襲われていた。
言葉の1つ1つが心地よい……鬱積していた嫌な気持ちが洗い流されていくようである……。
「(何だろう……この懐かしい感じ……あったかい……)」
そして、数時間後……。
「「もうすぐ夜が明けるな……お別れだ」」
ぼんやりとモヤに包まれ出した骸骨が、小さく微笑みを浮かべながら言った。
骸骨の微笑みというものは、かなり異様だったが、それでも蔵馬は彼に嫌悪感を抱かなかった。
むしろ、懐かしさは増していく……。
「(何だ……この感じ……前にも似たようなことが……)」
「「じゃあな……蔵馬」」
「!!!?」
モヤが消える直前、僅かに聞こえてきた最期の言葉……蔵馬は思わず、消えかけたモヤに手を伸ばした。
が、彼の手が『仲間』に触れることは出来なかった……それも道理、あの『仲間』はとっくの昔にこの世を去っているのだから……。
しかし……。
主人公に若干でも関わった者が、登場してくるシステムのゲーム……だが、霊界で作られたものならば、死んだ者の魂に触れることがあるのかもしれない。
それならば、今自分は一瞬でも、本当の彼と対話したのだろうか……?
本当は違うのかもしれない。
だが、そうであってほしかった……。
腕輪に落ちた涙を見つめながら、蔵馬はかつての『仲間』の名を呟いた。
「……黒鵺…」
翌朝。
「よし、忘れ物ねえな!」
「おう!」
「行くとしましょう」
「はっ!??」(×2)
蔵馬が発した一言に幽助と桑原が驚いて振り返った。
声には出していないが、飛影もそうらしい……。
蔵馬には何が何だか分からず、
「どうかした?」
「いや……別に何でもねえ!!」
「そうならいいけど。じゃあピラミッドは北の方だから…」
地図を見ながら、オアシスを後にする蔵馬。
その後ろ姿を見ながら、幽助たちは、
「……蔵馬のやつ、何かあったのか?口調が戻ってる」
「いつもの蔵馬だな。乱暴な言葉遣いじゃねえ……でもいいんじゃねえの?機嫌ちょっと治ったみてーだしな!」
「そうだな!飛影もそう思うだろ?」
「フン、知るか」
「何だよ、嬉しいくせによ!」
「……フン」
仲間たちが嬉しそうに話しているのは、前を歩く蔵馬の耳にも届いていた。
直後、彼らに速く来るよう呼びかけた時、久しぶりにいつもの笑顔でいられたのは、『仲間たち』の言葉が心地よかったからだろう……。
今も、昔も……。
〜作者の戯れ言 中間編 その5〜
いつもより、ちょこっとだけシリアス目指してみました〜。
蔵馬さん、最近ずっと怒ってばっかりだったから……。
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