その6 <苛立ち>
幽助たち勇者一行が石州へ到着してから、数日後。
例によって、彼らは蔵馬の厳しい特訓の元、レベルUPに勤しんでいた。
特訓といっても、ゲームなのだから、当然実戦あるのみ。
オアシスの周囲をグルグルと歩き続け、付近にいるモンスターを手当たり次第に倒して回っているだけである。
とはいっても、これが想像以上にキツイ修行法なのだ。
人食蛾(ヒトクイガ)は、まだいい。
よく桑原が連中の鱗粉を浴びて麻痺させられてはいるが、他三名は滅多に浴びることはなく、ほぼ無傷で倒せるようになった。
麻痺を治す満月草の買いだめを怠らなければ、とりあえずオアシスに戻る必要もないくらいに……。
だが、人食蛾はレベル10で、この辺では雑魚に値するモンスターである。
当然強豪はかなりいる。
特に厄介なのが、地獄の鋏(じごくのはさみ)だった。
前の大陸にいた軍隊蟹と近い種族のモンスターらしく、防御力が無茶苦茶高い!
よって、蔵馬の鞭は全く効かないし、飛影や桑原の攻撃でも、かすり傷程度にしか負わせられない。
しかも悪いことに、彼らは防御硬化魔法である須駒琉斗(スクルト)を使えるのだ。
上がる防御力も並でなく、たった一回の呪文で110pも上がってしまう……。
当然、微弱のダメージしか与えられていなかった桑原のハリセンも飛影の剣もまるで効かない。
かろうじて幽助の攻撃は効いていたが、それでも1ターンに僅か1p……効率が悪いとかいう以前の問題であった。
そして一番酷い時など、出現した4匹の地獄の鋏全員が全員で須駒琉斗を唱え、全く打撃攻撃が効かなくなってしまったのだ……。
「どうすんだよー!!全っ然きかねえぞ!!」
「フン、知るか…」
流石にいくつもの修羅場をくぐってきただけあって、誰1人としてパニックには陥っていないようである。
だが、対処法が分からずに焦っているのは火を見るより明らか……。
とはいえ、約一名だけはいつものように冷静だったが。
「(待て…いくら砂漠に生息しているといっても、所詮はカニ……)幽助」
「ああ!?何だ!?」
「この間覚えた、戯羅(ギラ)。あれを使ってみて」
「え?効くのか!?」
「多分」
「た、多分かよ……」
「普通に考えれば、炎系の呪文は効くタイプの敵だ。モンスターといっても、結局はカニ。ただしコエンマの作ったゲームである以上、100%とは言えない」
「納得…まあいいか。行くぜ!!戯羅!!」
……呪文を唱えた途端、幽助の指先から小さな炎がほとばしった。
今までほとんど打撃中心で、呪文など使ったことのなかった幽助。
霊丸とは全く違うが、熱い力が指先だけではなく、体全体からこみ上げてくる。
炎の熱による熱さだけではない、未知なる力が体の内からわき出てくるような……。
「(いける!!)」
そう彼には確信があった。
理論などではない、直感による自信が……そしてそれは現実のものとなった。
ゴオオオッッ!!!
指先で小さく燃えていただけだった炎が……一気に灼熱の炎に変貌!
そして、敵をなぎ払うように燃やし尽くしたのだった……。
「や、やった……」
「すげー、一瞬で……ん?げっ!!おい、浦飯!まだ残ってるぞ!!」
「へ?…うわああ!!」
顔を上げた幽助の目前に……炎上し続ける炎の中から飛び出した、一匹の地獄の鋏が……。
明らかに幽助を狙っている。
しかも彼はこのターン、まだ幽助たちに攻撃を試みてはいない!!
せっかく、まともに呪文を使って倒したというのに、残党に倒されるなど……。
「う、うそだろーー!!!」
思わず声を上げる幽助。
しかし……地獄の鋏の攻撃は幽助に届くことなく終幕した。
幽助に突き刺そうとした鋭い鋏は、彼をかすめることもなく、そのまま熱い砂に埋没したのだった……。
「何とか倒せたようだな…」
「蔵馬……」
立ち上がりながら、砂を払っている幽助に、歩み寄ってくる蔵馬。
また爪が甘いとか言われるのかと思ったが……しかし彼は幽助に近づいたわけではなかったようである。
地獄の鋏の死体に用があったらしい。
彼は息の根を止められ、ぴくりとも動かない地獄の鋏の側にしゃがみ、その硬い甲羅から何かを抜き取った。
「それ……あ、そうだ。確か火座亜武で見つけた針じゃねえか」
「ああ。攻撃力が低いから、ずっと使わずにしまっておいたんだが……ちょっと試してみた」
「急所に刺せば、瞬殺出来るわけか……」
地獄の鋏の背を見ながら言う飛影。
確かに蔵馬が投げつけた針の痕は、彼の急所を的確に突いていた。
あんなに小さく短い針だというのに……しかし狙える蔵馬もまた、すごいと思わずにはいられない幽助であった。
「(……でもな〜。すげえのは、すげえんだけど……こいつずっと機嫌悪いんだよな〜。何とかなんねえのかよ……)」
ため息をつきながら、1人でまたいつの間にか勝手に寝ていた桑原を起こしにかかる幽助。
しかし彼の言い分も無理はない。
ハタから見ていれば、別に普段と変わらないように見えるだろう。
だが、蔵馬はここ数日ずっと不機嫌なのだ。
もちろん、理由がないわけではない。
ゲームに入ってから、女装させられっぱなしで、行く先行く先でずっと女扱い……これでは少しくらい機嫌が悪くなっても当然である。
逆に全く何も起こらない方が、違和感があるというものだ。
が、しかし……石州に入ってからは、それが更に増しているのだ。
原因はこの国と他の国の違い……つまり女王が支配しているということなのだが。
誰もが憧れる美しい女王のいる国……そう思って訪ねてくる旅人たちは、勝手に蔵馬が女王だと勘違いしてくるのだ……。
一体何処に、王が町をうろついている国があるのだろう……これもコエンマの陰謀だろうか?
現実へ帰った後、彼の命は風前の灯火と思っても、過言ではないかもしれない……。
ズバッ!!ドガッ!!バキッ!!
タタタンタタターーン!!
地獄の鋏の対処法が分かり、前よりかは普通に進めるようになった幽助たち(最も、幽助のMPが低いので、宿に泊まる回数は増えたが)。
とある戦いで、人食蛾どもを全滅させた直後、聞き覚えのある懐かしい音楽が聞こえてきた。
「おお!レベルUPしたのか!!」
「誰だ!?」
「俺と飛影。レベル16」
「げ〜、またかよ〜」
勇者の性とはいえ、なかなか上がらないことにイラつく幽助。
しかし、最近レベルUPが遅くて悩んでいるのは彼だけではなかった。
「俺、最近全然上がってねえぜ」
「それは桑原くんがすぐに寝て、すぐに攻撃受けて、すぐに死ぬからだろ」
ため息混じりに言う蔵馬。
グサッと来ることを前よりも平気で言うようになっている辺り、苛立ちは最高峰まで達しているようである。
口調が妖狐の時の冷酷なものに戻りかけているのが、いい証拠……。
「と、とりあえず、目標のレベル16までいけたんだし、ピラミッド行こうぜ!」
「……桑原くんと幽助はまだなっていないが」
「い、いいじゃねえか!16とまではいかねえけど、俺だって14にはなってるんだしよ!」
「俺だっていちおう15だぜ!」
「……」
少し勘違いしているらしい幽助。
基本到達レベルとは、あくまで初心者向けの攻撃・防御・魔法などのバランスがとれているパーティで進んだ場合の基本である。
それさえ、ゲームの楽しさを味わうために、ある程度苦戦できるようになっているはず……。
まだ早そうだと思いつつも、これ以上石州にいるのも、正直嫌な蔵馬。
結局、幽助たちの願いを承諾し、いちおう武器を買い換え、明朝ピラミッドへ向けて出発することにしたのだった。
夜。
幽助たちは宿屋に到着するなり、ベッドでいびきをかきだしたが、蔵馬は寝付けず、1人で散歩に出かけることにした。
とはいっても、実は毎晩のことなのだが……。
外の砂漠とは打って変わって涼しいオアシスの中……気分転換には最適のはずなのだが……。
いつまた、女王に勘違いされるかと思うと、ろくにその涼しさも味わえない。
その苛立ちで仲間たちに迷惑をかけていることも分かっているが……苛立ちのせいで、普段のように素直に謝れず、その謝れない歯がゆさが更なる苛立ちを生み出している。
女に間違われ続けることと、現実では有り得ない猛暑、やらねばならぬ女装に、自分の苛立ちを攻めない仲間への申し訳なさ……悪循環は止まらない。
何処かで歯止めをかけなければと思いつつ、いつまでたっても同じことを繰り返している。
そう思うことが、また苛立ちに繋がると分かっていても…。
極悪非道と謳われた頃の自分では、想像も出来ないことだろう……。
|