その5 <美人>

 

 

「か〜っ!水がうめー!」
「生き返る〜!!」
「……」

約一名無言だったが、どうやら同意見らしい。
違う考えであれば、彼は必ず馬鹿にした口調で反論を述べるだろうから……。

オアシスの中は正に楽園だった。
冷たい水、さわやかな風、おいしい空気、瞳に優しい緑色の植物たち……火座亜武の村までは当たり前だったことなのに、今は天からの授かりもののように思えてしまう。
人間とは、なくなって初めて、大切なもののありがたみに気づくのだろう……(最も人間は1人だけだが…)。

 

「皆、楽しそうにやってるね」
「おお、蔵馬!おめーも水浴びすれば?」
「…遠慮しておきます……」

1人で情報収集と物色に行っていた蔵馬だったが、傍目を全く気にせず、町のど真ん中を流れる河で思いっきり水浴びしまくっている仲間には、かなり呆れかえっていた。
周囲の者たちがいくらゲームの中のみの、創られた存在とはいえ……思いっきりヒソヒソしあいながら、ジロジロ見まくっているというのに。

「それでどうだった?」
「ああ、ここは石州(イシス)という国らしいよ」
「……何か今までの当て字見え見えの国とかから一変したな。どっかにありそうな名前じゃん」
「深く突っ込まない方がいい……さてと、ではそろそろ行こうか」
「は?(×3)」

……空耳か幻聴だと思いたいところだが……そう願って、それが現実となってくれたことは一度もない。
しかし僅かな可能性にかけて、おそるおそる聞いてみたが……。

「お、おい…今なんて……」
「まさかここで2〜3日ゆっくりしていこうなんて、思ってませんよね〜?」

 

ギクッ

図星だったらしい幽助たち。
大体予想はしていたのだろう、蔵馬はいつもの冷たい視線を送っていたが、今回はそれほど長くはなく、話を続けた。
というより、幽助たちが蔵馬の考えを取り違えていたからなのだが。

「…別にすぐにまた旅に出ようなんて言ってないよ。石州は国なんだから、王がいるはず。彼女に会いに行こうと言ってるんだ。ここからそれほど離れていそうもないし」
「あっそ、ならまだマシ……え?彼女?」
「……何て顔してるのさ。石州の王は、女王なんだから、彼女であってると思うけど?」
「し、知らねえぞ、そんなの!!女王なんて!!てめー、内緒にしてやがったな!」
「…言いました。ちゃんと前の所で」
「……え゛っ?」

何を今更というように呆れている蔵馬とは対照的に、幽助たちは「嘘だろ…」というような表情で固まってしまっていた。
しかし、蔵馬の言っていることは間違っていない。
彼は確かに以前言った、『女王が支配する国』だと……。

何故今の今まで気が付かなかったのか?
まあ、彼ら3人が熱さで死にかけていた上、オアシスの話に夢中になっていたせい……ただそれだけのことなのだろうが。

 

 

とはいえ、それくらいでショックを受けるほど幽助たちは柔ではない。
別に女王だから興味があるとかそういうのではないが、少なくともコエンマとは違うはずである。
最も彼が女装していなければの話しだが……。

「なあ、その女王ってどんな奴なんだ?コエンマじゃねえよな!?」
「さあそこまでは……噂では、かなりの美人で、彼女に会うためにわざわざ砂漠を越えてくる旅人も少なくないらしいが……」
「美人!!?」

ズイッと身を乗り出してくる桑原。
美人と聞いては黙っていられない。
彼が想いを抱く雪菜は、美人に属する容姿を十二分に持ち合わせている。
となれば、彼女が女王をやっている可能性はかなり高い。
ここまで全く会わずに来たのだから……というより、彼はほとんどそうだと決め込んでいるらしかった。

「く、蔵馬!!城は!?城はどっちだ!?」
「あっちに道が続いてるから、多分向こうだと…」

「うおおおおおお!!!!雪菜さあああん!!!」

……国中どころか、オアシス中に響き渡るような絶叫をあげながら、猛ダッシュしていく桑原。
蔵馬たち3人が、呆気にとられて、その場に立ちつくしていたのは言うまでもない……。

「……どうすんだよ…」
「…まあゆっくりでも大丈夫だと思うけどね。あんな格好で城に入れてもらえるわけがないし……」

深くため息をつきながら、荷物をまとめる蔵馬。
彼の言う、桑原の『あんな格好』……確かに、ステテコパンツ一枚では、いくら何でも面会謝絶されるに決まっているだろう……。

 

結局、蔵馬たちが城にたどり着く前に、桑原は服を取りに一度戻り、再度走り出していった。
が、城の外壁はともかく、中には勇者同伴でなければ入れないらしく、ブツクサ言いながらも、入り口のところで3人を待っていた。

「ゆっきなさ〜ん♪ゆきなさ〜ん♪」

女王が雪菜だと信じて疑っていない様子の桑原。
まあ、彼女が女王をやっている可能性が全くないわけではないが……しかしあまり期待を持たせすぎると、違った時のショックは計り知れない……。
蔵馬は桑原に話しかけることにした。

「桑原くん。ちょっと待って」
「何だよ、その面。これから雪菜さんに会えるんだぜ〜!もっと嬉しそうにしろよ!」

完全に舞い上がっているらしい。
本当に、雪菜だという保証があるなら、蔵馬も話しかけたりしないのだが……。

「浮かれてるところ悪いけど……ここはコエンマの作ったゲームだよ?」
「だから何だよ」
「……わからない?普通に美人が用意されてると思う?」
「あ゛っ……」

一瞬にして凍り付く桑原。
しかし彼だけではなく、幽助も蔵馬の後ろで後ずさりしていた。
確かにそうである。
コエンマのことだから、自分がプレイする際には美人を用意するだろうが……他人が、しかも幽助たちがプレイするとなれば、話は別である。

 

「もしかしたら嫌がらせのために、超ウルトラスーパー不細工な女を用意してるかもしれねえってことか……?」

かなり逃げ腰になっている桑原。
何分さっきまで、雪菜だと思いこんでいた分、想像していた美しい女王のイメージが完全に崩れ去ってしまい、会うのも空恐ろしくなってしまったのだ……。
誰かを想像していたわけではないが、それなりの美人だろうと思っていた幽助も同じく……。
しかし、ここで帰るなどと言えば、また蔵馬に氷のように冷たい視線で睨み付けられるのがオチである。

「お、落ち着け!桑原。まだ不細工がいると決まったわけじゃないだろ!?」
「そ、そうだな……そうだ!おめーの知り合いの可能性が高いじゃねえか!不細工な女の知り合いなんていないだろ!?」
「……バーさんって可能性は?」
「うっ……」

確かに彼女も女は女である。
若い頃なら美人だが、70歳の状態では……。
一般的な70歳と比べれば、鍛えている分かなり若々しいし、若い女性軍からしてみれば、憧れの対称にはなりえる女性である。
だが、『美人』とは少々ズレているだろう……。

 

「う、裏をかいて子供とか。そっちの方がまだマシだ!」
「だとしたら、さやかか……あいつは将来有望っぽかったけど、ガキだし、面倒見るのが……」
「いや、女装した蔵馬とかも……」
「何か言いました〜?」

色々悩んでいた2人を無視して、先を歩いていた蔵馬がゆっくりと振り返った。
『何か言いました』と聞いているが、様子からして全部聞こえていたらしい……。
しかし、ここで同じ言葉を反芻するほど、愚かなこともない。

「い、いや何も!!ほ、ほら急ごうぜ!!」

冷や汗をかきながらも、猛ダッシュする幽助と桑原。
しかし、あの発言は桑原のものなのだから、幽助が走り出す必要などなかったように思うのだが……。

だが、そのまま階段を駆け上がり、女王の間まで走り込んでしまったのは、まずかった。
蔵馬の冷たい視線を浴びるのも怖いが、桑原にとって、それとほぼ同等に恐ろしい制裁が待っていたのだから……。

 

 

 

……あまりの猛スピードで、彼ら2人が玉座に座っている人物が誰なのか把握出来たのは、桑原がか細い悲鳴と共に吹き飛んだ後だった。
いや、桑原が天井近くまで吹っ飛んだことと、その直後に響いた怒鳴り声によって、幽助の方が数秒早く理解したのだが……。

「遅い!!」

「静流さん!」
「ね、ねーちゃん!?」

床にめり込みながらも、上半身だけ起こして、玉座を見上げる桑原。
そこに座っていたのは確かに、彼の実の姉・桑原静流であった。

「女王って静流さんだったんですか」

と、蔵馬も飛影を連れて、二階へ上がってきた。
その顔からは怒気は消えている…どうやらさっきのことは忘れてくれたらしい。

「そうだよ。全く……和、あんた遅すぎるわよ!いつまでこんなところにいなきゃなんないんだい?」
「その割りには贅沢で優雅な生活送ってるように見えるけど……」
「おだまり!!」

バッコーーーンッッ!!!

再び高く高く吹っ飛ばされた桑原。
しかし、彼がそう思うのも無理はないかもしれない……。

純白の衣装に身を包み、美しい細工が施されたアクセサリーを派手でない程度に飾り、頭にはバンダナ風の王冠をつけていた。
キラキラと輝く宝石が散りばめられた玉座は、コエンマが座っていたものよりも数段座り心地がよさそうだった。
たくさんの淑やかな侍女に囲まれ、しかも外は砂漠だというのに、ここはまるで冷房完備がされているように涼しい。

これを贅沢で優雅と言わずに、何というだろうか?
ゲームなのだから、遠慮も何も必要ない。
結構満喫しているようである……。

 

「でもまあ、静流さんでよかった。話が通じない人だったら困るなと思ってたんですよ。ところで、ここでは何か情報とかは?」

天井まで吹っ飛んだ上、屋根を突き抜けていってしまった桑原のことも心配だが、まあいつもの姉弟ゲンカだろうと、勝手に話を進める蔵馬。
静流も当たり前のように、玉座に戻り、酒を片手に話し出した。

「そうね〜。特に聞いてないけど……ああ、童歌がどうとか、ピラミッドがどうとか言ってる連中ならいたけど。町じゃなくて、城内にね」
「分かりました。とりあえず城内で情報収集してみます」
「そう。ところであんたたちレベルは?」
「え?そういえばいくつだっけ?」

突然の静流の質問に、反応したのは幽助。
むろん、蔵馬は一気に脱力し、思いっきり呆れかえった。

「……自分のくらい覚えてないのか?」
「忘れた」
「(ったく……まあいいか。事を荒立てて喧嘩されるよりは)……砂漠でいくつか上がったからね。幽助が10、桑原くんと飛影と俺が12」
「えっ!?もう俺二桁になってたのか!?」
「……知らなかったのか…」

そこまで知らなかったのかと、肩をすくめる蔵馬。
静流は幽助をからかうことはしないので、少し笑っただけだった。

「ついでに呪文もいくつか覚えてるよ。帰還魔法・留宇羅(ルーラ)と、戯羅(ギラ)を。俺と飛影もね」
「そうだったのか〜。いや〜、何か最近調子いいな〜って思ってたんだよな〜!」
「(……調子いいのは体じゃなくて、中身なんじゃないかな…)」

 

「ふ〜ん、でもピラミッド行くレベルって確か16よ。大丈夫なの?」
「え゛っ……」

静流の爆弾発言。
幽助の頭に、ピシッとひびが入った。
ずっと黙って面倒くさそうにしていた飛影だったが、流石にこの言葉には反応せずにはいられなかった。

しかし、彼らは何もピラミッドへの基本到達レベルが高すぎたことにショックを受けたわけではない。
そして自分たちのレベルが低すぎたことに驚愕したわけでもない。

彼らは恐れていたのだ……この直後に出るであろう、蔵馬の爆弾宣言を……。

「……特訓再開ですね。今度こそ基本到達レベルまで鍛え上げますよ……」

予感的中……。
しかも予想していたのよりも、更に恐ろしい言葉だった。
最高レベル12を16まで……しかもこんな灼熱地獄がごとくの大砂漠で!?
レベルが上がる前に死にそうなものだが……どうやら冗談ではないらしい……。

 

「う、嘘だろ〜!!」