その2 <疑問>

 

 

「あ〜あ、やっぱり…」

Uターン地点から数百メートルほど走ったろうか。
突然、蔵馬が立ち止まった。

「どうしたんだよ、くら……飛影!!」

幽助がぎょっとして思わず悲鳴にも似た叫び声を上げたのも、無理はないかも知れない。
何せさっきまで後ろを普通に歩いていたはずの飛影が、今目の前にうつぶせになって倒れていたのだから……。
健康的な肌色が、今では真っ赤になっている。

叫んでから数秒呆気にとられ、ついで再び叫んだ。
後から追いついてきた桑原も似たようなものだった。

「お、おい!!どうしたんだよ!?」
「まさかモンスターに!?」

ワタワタと飛影に駆け寄ろうとする2人。
しかし、先にたどり着いていた蔵馬は至って冷静で、しばらく飛影を眺めていたが、やがて立ち上がり、2人を制した。
そして、あっさりと、

「日射病だな」

ガクッ…

思いっきりコケる幽助&桑原。
今までにないくらい心配したのに、いきなり日射病……。
実際は、あながちバカに出来る病気でもないのだが、それでも……。

「まあ、そんなところだろうとは思ってたけど。モンスターが現れたなら、俺たち3人にも分かるはずだし」
「おい…ここゲームだろ?日射病なんて、そんなんなるのか?」
「普通はないし、イベントとかでもなさそうだ。でも、コエンマのやりそうなことでしょ。自分がやるとすれば、日傘くらい持っていくだろうし」
「納得……」

確かにコエンマならやりそうである。
ついでに日焼け止めやクーラーボックスも持ってきそうなものだ…。

 

 

いちおう脈拍などを確認してみる蔵馬。
しかし、失神した割りには大したことはないと判明した。

「起きそうもないし。町まで担いでいくしかないな」
「……誰が?」
「……」

し〜ん…

沈黙が辺りを包み込んだ。
この熱さの中、何時間も何時間も何時間も……延々歩き続けてきたのだ。
実のところ、飛影以外の他三名も日射病になりかけている。

幽助は帽子をかぶっていないし、蔵馬は被ってはいるが防寒用…はっきり言って無茶苦茶熱い!!
いざという時に装備していないと危険だからと我慢して被ってはいるが……それでも本当は死ぬほど熱い!!
一番マシなのは桑原だろうが、ずっと1人で荷物を持ってきていたため、そっちの方の疲労が幽助たちより数段かかってきているのだ。
この状況で、いくら小柄で軽いとはいえ、進んで飛影を担いでいくなど……。

 

 

しかし意外にも、

「……俺が担ごう」

と、あっさり言い切った男がいた。
言葉遣いで分かるだろうが、蔵馬である。

「蔵馬……」

元からいい奴ではあったが、ここに来てから色々あり、かなり偏見を持ってしまっていた幽助たち。
それを少々反省しつつ、飛影を背中を負ぶさる蔵馬の姿を見つめていた……。

 

が、

「別に構わないさ。その代わり、これよろしく」

ドサッ!!

突然、幽助の頭上を黒い物体が通過。
何事かと彼が振り返る前に、その物体は彼の上に落ちてきた。
打ち所は悪くなかったが、それでも結構重い!

「な、何だこれは……」

ズリズリと奇妙な物体からはい出してくる幽助。
桑原は呆気にとられて見ていたが、蔵馬は飛影を背負ったまま、いつもの不敵な笑みを浮かべ、彼を見下ろしていた。

「双六場で手に入れたブーメラン、飛影が装備してただろ?これ結構重いから。飛影は俺が担ぐから、そっち持ってて。桑原くんはこれからずっと荷物の方をよろしく」
「(……そうだよな。こいつはこういう奴だよな……)」

は〜っとため息をつきながら立ち上がり、何を言ってもムダだと、ブーメランを担ぐ幽助。
桑原も荷物をしっかりと背負いなおした。
もうモンスターが出てきて立ち止まっても、じゃんけんで交代してくれないと思うと……重いのが更に重たく感じられるものである。

しかし……本当のところ、このブーメラン、巨大の割には結構軽い。
大きさと比較してという意味で、それなりに重量はあるものの、少なからず飛影本人よりは軽いのだ。
荷物の方は仕方がないとして(どうせ桑原以外が持ったことなど、一度もないが)、蔵馬はあえて重たい方を選んで持ってくれたのだ。

それを言わないのは……彼にしては珍しいことかもしれないが、少しばかり照れているからだろうか……。

 

 

 

「けどよ〜、変じゃねえか?」

再び歩き出してから数分後。
ずっと何やら考えていたらしい桑原が、蔵馬に問いかけた。
蔵馬は振り返るときに、少しずれ落ちそうになった飛影を背負いなおしながら、

「何が?」
「飛影って魔界の黒い炎扱うんだろ?」
「何を今更…」
「おかしいじゃねえか!何で、全てを焼き尽くすような炎使えるヤツが、たかが人間界の太陽ごときの熱に負けるんだよ」

珍し〜く、桑原の真面目な質問。
だが、蔵馬は、

「人間界のとは違うと思うけど…」

と、本題とは違う余談に突っ込んでいた。
当然、桑原は怒りたいが、相手は蔵馬……しかも間違ってはいない。
しばらく口の中でごちゃごちゃ言っていたが、

「…似たようなもんだろ!どっちにしたって、人間の俺よりは耐えられるんじゃねえのか!?」
「ゲームの中なんだから、多少の違いは否めないさ。飛影もあんまり防御力高くはないし」
「そうなのか?」
「可能性としては、コエンマの陰謀とか……外の世界で優位なものは逆転するということもあるかもしれないしね」
「なるほどな〜。あいつならやりかねないな!」

ポンッと膝を打って納得する桑原。
ちなみに幽助は、一番前でこの会話を聞き、密かに納得していたのだった(実は彼も気になっていた)。

「何か分かったら、すっきりしたぜ〜!」
「(同感同感)」

そんなに大して気にしなければいけないようなことでもなかったと思うのだが……とりあえず、本人たちはすっきりしたらしい。
日も暮れかけ、涼しくなってきたこともあるだろうが、意気揚々と町へ向かって走っていった。

 

「……」

幽助と桑原がサッサと歩いていくのを後ろから見つめる蔵馬。

「とりあえずは……ごまかせたかな?」

と、2人に聞こえぬよう小さく言い、ため息をついた。
実は彼には分かっていたのだ。
何故、この中で最初に飛影が熱にやられたのかを……。

確かに飛影は魔界の炎を扱う邪眼師。
しかし、彼は邪眼師である前に、氷女の血をひく者なのだ。
それ故に、実際は熱さに人一倍弱い体をしている。
黒龍波を撃つたびに6時間近く寝てしまうのも、日に1〜2回しか撃てないのも、そのせいなのだ。

生来の邪眼師ならば、回復のための冬眠もそんなに長くはなければ、日に数回は撃てるが、彼は無理。
後天的に邪眼師になったというリスクに加え、氷女の血を引いていることが、飛影の邪王炎殺拳を制御、はてはこんな熱中には弱い体を作ってしまっているのだ……。

だからといって、彼は母親のことだけは恨んだりはしていない。
恨んでいたのは、捨てた氷河の国の他の女たちだけ。
それは蔵馬にもちゃんと分かっていた。
そういう理由があるからこそ、彼は飛影が氷河の国出身だということを言わなかったのだろう……。

 

が、必ずしもそれだけが原因とは言えないかもしれない。
飛影が氷女の血を引いていると言えば、当然桑原に例のことが……。
つまり、飛影の妹は雪菜であり、雪菜の探している兄は飛影だという秘密がバレてしまうことになる。
そうなれば、必然的に今後の動きはギクシャクするか、あるいは全く進展しなくなるか……。

ひいては、現実世界への帰還を遠ざけるか、もっと酷ければ永久に不可能になることも考えられないこともなく……。
結局は現実世界に戻るために黙っていると言うことになるのだが。

それでも蔵馬は蔵馬なりに、飛影と桑原、双方が混乱を起こすことなく、解決出来る道を選んだのだ。
何も、自分が現実に帰りたい=さっさと女装を終わらせたいからという、ただ1つの目的のためではないだろう……(多分…)

 

 

 

そしてそれから、数時間後。
彼らが町へたどり着いた時、太陽は既にその姿を彼らの視界から消し去っていた。
しかし……。

「……随分にぎやかな町なんだな、ここ」
「…みたいだな」
「…ちっけー町なのにな」

まだ失神している飛影除く3人は、これまで訪れたどの町よりも賑やかな風景に、しばし呆気にとられていた。
昼間ならばまだ納得も出来ただろう、そんな街はいくつかあった。

だが……今現在、空には星がきらめいている。
つまり間違いなく夜なのだ。
なのに、この町は奇妙なバックミュージックが流れる賑やかで何処か妖しい雰囲気を漂わせている異様な風貌を見せている。
これもコエンマの趣味なのだろうか……?

 

普段なら、ここからは蔵馬の大仕事、つまりは物色活動になるわけだが……生憎、今回は今までのようにはいかなかった。
何せ彼は今、背中に飛影を背負っているのだ。
このままでは行くに行けない。
かといって、おろしていくわけにもいかないし……結局、そのまま4人で宿屋に行くことになった。

「あ〜、疲れた〜」
「でもここもあち〜な。クーラーねえのかよ」
「ないと思う。コエンマだったら、自分で携帯のクーラー持ってくるだろうし」
「納得…」

「はくしゅん!」

「ところでこれからどうする?」

一行余分に入ったセリフを完全に無視して、話を進める幽助。
蔵馬はベッドに横にした飛影の額に手を当てながら、

「俺はしばらく飛影を診てる。もう心配ないと思うけど、念のためにね」
「ふ〜ん。じゃあ、俺たちでその辺見てくるか」
「おう」

珍しく一発で意見が一致した幽助と桑原。
まあ普通かもしれない。
この宿、どうやら石造りのようなのだが……外よりかなり熱い!!
飛影が寝ているベッドの位置だけが、外から吹き込む風で涼しいらしいのだが、それ以外は滅茶苦茶熱い!!
つまりは蔵馬も熱いのだが……それなりに我慢して、飛影を診てやっているのだろう。

だが、幽助と桑原は我慢出来ず、体は疲れ切っていてまだギシギシ言っているが、それでも熱いよりはマシと外へ飛び出していったのだった……。

 

〜作者の戯れ言・中間編 その3〜

実際のドラゴンクエストVでは、登場キャラが日射病になるなんてことはありません!
でもあの地方って熱そうだから、もし彼らが行ったらなるんじゃないかな〜と(笑)