その10 <不眠努力>
「つ、疲れた……」
宿についた途端、ベッドへダイブする幽助と桑原。
飛影もドッとソファへ寝ころんだ。
いつもなら、ここで旅途中の失敗の押し付け合いや、文句の言い合い、からかい合いが始まるところなのだが……生憎、誰もそんな気力は残っていなかった。
あの…史上最悪の恐ろしい代物を間近で見てしまったのだから……。
「……」
「……」
「……」
しばらく無言が続いていた。
というよりは、静寂が……。
まあ疲れているのだから、喋りたくないのだろう……と思いたいところだが、そうではない。
普通に考えて、疲れているならば、宿についてすぐにでも寝るはずである。
なのに、今ここにいる3人は全員起きているのだ。
寝ればすぐに分かる。
飛影以外はいびきが五月蠅いのだから……。
「……何で、誰も寝ないんだよ」
ようやく幽助が口を開いたが、それに飛影は答えなかった。
桑原もしばらくは黙っていたが、やがて、
「てめーの考えてることと同じだろ」
と言いながら、ごろんっと転がって、右側のベッドで寝ていた幽助を見た。
その顔を見た途端、
「なっ…ぶははははは!!!」
文字通り、幽助は思い切り吹き出してしまった。
初めて彼らをこの世界で見た時とまではいかないが、それでもかなり……。
「笑うな!!」
ダンッと立ち上がって足を踏みならして怒鳴る桑原。
これで疲労が更に加算されるとは思わなかったのだろうか……。
しかし、幽助はまだ尚笑い続ける。
「あはは!!あははは!!わっははは!!!」
「笑いすぎだ!!!」
「だ、だってよ!!あはは!!おめー、何だ、その顔!!」
思いっきり指さしながら、笑い転げる幽助。
これで彼もその分、疲労が蓄積されたことだろう。
まあその前に腹痛を起こすかも知れないが……。
だが、幽助が笑うのも無理はないかも知れない。
見たその桑原の顔には……。
大量の洗濯ばさみが挟まれ、顔中の皮膚が外側にひっぱられ、ものすごい状態になってしまっていたのだ。
かなり痛そうだが、それより前に笑いたくなる幽助の気持ちも分からないでもない……。
「な、な、何やってんだよ、てめー!!あはは!!」
「う、うるせー!!こうでもしねーと寝そうになるんだから、仕方ねえだろ!!」
「まあ、そりゃそうか」
ぴたっと笑いをやめる幽助。
変に納得してしまって、笑いが失せたのだ。
そう。
彼らは何も眠れないわけではない。
無理に寝ないようにしているのだ。
これだけの疲れまくっているのだから、当然体は休息を求めている。
しかし……何とか眠りかけている脳みそを起こし続けているのだ。
それは何故か……。
理由は簡単明瞭。
寝るということは、つまり夢を見ると言うことなのだ。
実際はレム睡眠やノンレム睡眠というものがあり、夢を見る時と見ない時があるのだが、そういう問題ではない。
深い眠りに落ちる前には、当然浅い眠りがある。
一気に深い眠りに落ちれればいいが、嫌なことがあった時には、そう簡単には行ってくれないものである。
まして、ここがコエンマの作ったゲームというのだから、尚更……。
そして、夢というものは、眠る直前に意識していたことが、出てくる可能性が非常に高いのだ。
当然、彼らが今意識しまくっている……というか、忘れられず頭の大部分を占領しきっているモノといえば……。
そう、この世のものとは思えぬ、あの恐ろしい化け物の顔である。
もしあれが夢に出てきたらと思うと……ぞっとするだけではすまず、落ちてくるまぶたを必死にこじ開け、別のことを考えて、眠りにつかないようにし……桑原に至っては痛みで何とか寝ないようにしていたのだ。
「あれが夢に出てくると思うと、死にたくなる……」
「同感だな。夢じゃ自分の思い通りにならねえから、逃げられねえかもしれねえし……」
「せめて殴り倒しとけば、少しはマシだったかもな」
「おめーは、あれに近づけんのか?俺はゴメンだ」
「うっ…」
言葉に詰まる桑原。
確かに嫌だろう。
化け物であり悪魔であり、至上最悪の生物である、あれに近づくなど……。
本物の垂金を殴り倒した飛影でさえ、あれには呆然とするしかなかったくらいなのだから……。
「とにかく横になってると寝そうになるし、起きとくか」
「そうだな。おい、飛影。起きてるか」
「……ああ」
ソファの向こうから、小さく返事が聞こえた。
普段の彼なら返事などしないだろうが、少しでも話した方が寝にくいと思ったのだろう。
不機嫌極まりない様子だが、いちおう応答してきた。
「立った方がいいぜ。寝たら、あれが出てくるだろからな」
ソファの上からのぞき込んで言う幽助。
飛影はしばらく半開きの目でにらみつけていたが、やがて立ち上がった。
しかし足下はおぼつかない様子だし、頭もかなりグラグラしている。
最も、それは彼に限ったことではないが……。
それでも3人は必死になって起きていた。
悪夢を見ないように見ないように……。
闘い以外のことには、ほとんど無気力な彼らがここまで頑張るとは……。
少々内容は情けない気もするが、それでもやれば出来るということを彼らは見せつけてくれたのだ。
が、しかし……。
このわずか数分後。
彼らのこの偉大なまでの苦労が、見事に無駄にされるなど、一体誰が予想しえただろうか……。
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