その11 <特訓…>
「あ〜、そういえば蔵馬のやつ、何処行った」
ふと蔵馬がいないことに気づいた幽助が問いかけた。
桑原は、何を今更という顔をしながら(といっても、洗濯ばさみでよく分からないが…)、
「物色に行ってくるってよ。何か知らねえが、昼間は入れそうになかったところが開いてたとかなんとか」
「か〜、よくそんな元気があるよな〜」
カリカリと頭をかきながら言う幽助。
これだけ肉体的にも精神的にも、ぐったりなっている状況でも、盗心魂は失せないのかと思うと、感心するしかなかった。
が、その幽助の考えは少しはずれていたらしい。
「ただいま」
「おう…」
「帰ったか……」
「……」
「どうかした?随分と疲れてるみたいだけど」
そう言った蔵馬の表情は、いつものあの余裕のある面に戻っていた。
3人が明かに疲れており、眠た気なのに比べ、蔵馬は1人、平然とした顔をしている。
「……何で、おめーはそんなに元気なんだよ…」
「時間が経ったから、大分疲れもとれたよ。まあかなり眠いけどね」
「……(それが眠いってツラかよ…)」
あきれかえる幽助たち。
無表情の飛影でさえ、あれだけ疲れた顔をしているのに、何故彼は平気な顔をしていられるのか……。
伝説の極悪盗賊がどうこういう以前に、彼の常人離れした精神力と冷静さには感心するばかりである。
この調子では、多分彼は寝ても何ともないに違いないだろう……。
「で、何かいいのあったのか?」
「それなりに。こんなのも見つけたしね」
「何だそれ?針か」
蔵馬がほっそりした2本の指でつまんで見せたのは、なるほど確かに「針」だった。
大きめの縫い針に、半分だけ布が巻かれたような形だが、これといって変わったところはなさそうだが……。
「それって道具か?」
「いや、武器だよ」
「武器だ〜?それでどうやって戦うんだよ」
「毒針って奴さ。攻撃力はかなり低いだが、こういうのは何か力が秘められている可能性が高いからね。まあそれはそうと装備出来るのは俺と飛影だけだけど……どうする、飛影」
「…貴様が持ってろ。俺はいらん」
ため息をつきながら言う飛影。
蔵馬は相変わらずだな〜と肩をすくめながら、毒針を腰のポーチにしまい込んだのだった。
「なあ、これからどうすんだ〜?」
よろつきながらも必死に立っていた幽助だが、これも限界と感じ、誰かと話しをして気を持たせることにした。
当然、答えてくれそうな蔵馬にである。
もちろん蔵馬はあっさり答えてくれた。
「どうするって……まず、エルフの里には行かないだろ?」
「行ってたまるか……」
そりゃそうだ。
行くということはつまり、また垂金に会う可能性があるということ…。
誰だって行きたくないだろう……。
蔵馬は脱力している幽助から目をそらし、地図を広げながら、しばらく考え込むと、
「……そこ以外で向かうとすれば……東か」
「東?」
いきなり何故、東という具体的な方角が出てくるのかと、きょとんっとする幽助。
わきで聞いていた桑原も、話に加わった。(飛影も聞いてはいるのだが、話してはいない。そんな気力もない)
「なあ、何で東なんだ?」
「呂魔理亜で聞いたことなんだが、東のモンスターは強力で、北へ行って修行を積めと……ようするに東へは間違いなく道がある」
「山とかに邪魔されねーで行けるってコトか?」
「そういうこと。でも、今のレベルだとかなり問題ありかな」
そりゃあるだろう……。
幽助レベル5、桑原レベル7、飛影レベル7、一番高い蔵馬でもレベル8である。
町での話が本当なら、北のモンスターの方が東のモンスターよりもかなり弱いということになる。
しかし、今の幽助たちは、その弱いはずの北のモンスターに四苦八苦している状態なのだ。
この状態で、強いモンスターがいるという噂の東へ行けばどうなるか。
そんなことはヤドカリでもわかるだろう(アニメ40話の桑原談)。
「ということで、明日から特訓ですね♪」
「は?」
いきなり「♪」マークのついた台詞が出現。
あまりに突然すぎたため、蔵馬のぞく全員の目が点になった。
が、蔵馬は気にせずに、反芻する。
「だからこの辺で特訓しますよ♪」
「え、特訓ってどういう意味…」
「今までは勝てばよかったけど、これからはそうはいかないからね。戦法、戦略、全て考えてやってもらいます。もちろん勝てる戦い方のね」
「ちょ、ちょっと待てよ!俺、普段からそんなの考えてねえぞ!」
慌てまくる幽助たち。
当然といえば当然。
彼らは闘い慣れているのだから戦法こそ、多々思いつく。
しかし、それはほとんどの場合、完全な博打であり、必ず勝てると思っているから向かっていくわけではない。
男らしい意気込みのある闘い方といえば、聞こえはいいが、逆に言えば、全く後先を考えず、勝ち負けに頓着がないということである。
別に普段の闘いならば、それはそれでいいだろう。
蔵馬もそんな彼らの戦い方が好きなのだから……。
だが、今はそういう場合ではない。
勝たなければ……生き残って勝ち進んでいかなければ、元の世界に戻れないのだ。
「まだ実感ないかもしれないけど、現実とゲームは違うからね。レベルで勝って、戦略ミスで負けてたら話にならない……明日の早朝から開始するよ。ミスするごとに、これで一発、ね」
バシッッ!!!
部屋中に…いや、宿中に蔵馬の鞭の音が響き渡った。
鞭が引っ込められた後、その床には大きな棘蛇がはったような傷跡が……
ぞわわっ〜!!
背筋に悪寒が走りまくり、身の毛が弥立ちまくっている幽助たち。
あの飛影でさえ、冷や汗をかきまくり、部屋の隅っこで小さくなってしまっている。
「……たっ、垂金も怖かったけど、別の意味で蔵馬の方が……」
「…っていうか、この世界きてから、何回蔵馬に怒られて、どやされて、脅されたっけな……」
「…下手なことを言うな。余計に被害が大きくなる……」
「何か言ったか〜?」
「い、いや、別に!!(×3)」
焦りまくって、否定する3人。
しかし蔵馬は別に怒っているわけではないようだ。
まあ、やらないと3人が言ったわけではないし、怖いと言われるのは、妖狐である彼にとっては日常茶飯事のこと。
別に、とりわけて怒るほどのことでない以上、ほおっておくに限るのかも知れない。
彼とて全く疲れていないわけではないし、無言でいるだけでも、それだけで3人をからかうには十分すぎるだろうから……。
「とりあえず、今夜はゆっくり寝て、明日に備えよう」
「え゛っ……ゆっくり寝て?」
あからさまに嫌そうな顔をした3人を見て、蔵馬はきょとんっとした。
「どうかした?今日は疲れてるだろうから、もう寝ていいって言ってるんだよ。嬉しいだろ?」
「いや、その……」
普段なら、多分嬉しいだろう。
次の日どんな苦痛が待っていようと、今寝れるのならまだマシ。
いつもならば、そう思えたはずである。
しかし……今はいつもとは違うのだ。
今寝たら、数時間前に見たあの悪魔の形相が鮮明に蘇ってしまう可能性がある……いや、100%なるだろう……。
それに気づいているのかいないのか……。
どちらにせよ、蔵馬はおかまいなしだった。
なかなか寝ようとしない彼らを見て、にっこり天使のような悪魔の笑みを浮かべ、
「では、お休みなさい♪」
「お、おい!!くらっ……」
ドカッ!バキ!ボコッ!
パタッ…
いきなり部屋にあった小さな机で、3人の後頭部を殴り倒す蔵馬。
いつもなら避けられたであろう飛影も、この疲労困憊状態では、机を振り上げた蔵馬を目の端で捕らえるのがやっとだったはずである。
当然、幽助たちは倒れたが、それだけではすまず、気絶と同時に爆睡。
さっきまでの苦労は一体だったのか……。
しかし、薄れゆく意識の中、彼らはこう思っていた。
「これなら……一気に…深い眠りに……つける……」
と。
だが、彼らは知らなかった。
実は、レム睡眠とノンレム睡眠=浅い眠りと深い眠りというものは、寝ている最中、何度か交互に繰り返されているということを……。
つまりは、この数時間後……恐怖の「浅い眠り」が来るということを、今の彼らはまだ知らず、ただひたすら幸せそうな表情で、深い眠りに落ちていったのだった……。
第二章、終わり
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