その7 <疲労困憊>

 

 

翌日。
幽助たちは例の噂通り、北にあるであろう村へと向かっていた。
しかし、村を出てから数時間後……。

「なあ…戻らねえか?」
「そろそろ、やばくねえ?一端、村戻って一泊した方が……」
「どうせ帰ったところで泊まるお金なんてないよ」

あっさり幽助と桑原の提案を、はねのける蔵馬。
彼とて、村に戻りたい&宿で泊まって体力を回復させたいという、幽助たちの気持ちが分からないわけではない。

だが、金は例によって底つきかけているのもまた事実。
いちいち宿代に使っていたら、いくらモンスターを退治しても、追いつかないのだ。
装備も中途半端だし、いいものに買い換えたい。
しかしその前に、薬草や毒消し草もそろそろ購入しなくては……。

ということで、多少モンスターにやられて怪我しようが、歩きづめで足がガクンガクンになって、ぶっ倒れようが、日が暮れようが夜が明けようが(←まだ暮れていないし、明けてもいないが)、とにかく突き進むしかないのだ。
最も、蔵馬の基準はかなり高いのだが……。

 

「でもさ〜、本当にあるのか〜?村中の奴が寝てるなんて、変な村〜」
「なかったらなかったで、戻ればいいだけだろう」
「……」

蔵馬のさらりとしていながら、無茶苦茶な台詞……。
村へ着く前に、一人くらい死者が出てもおかしくないような状況だというのに……。
ここらあたりにきて、モンスターのレベルは急激に上がっていった。
元々、新大陸には強力なモンスターがいると踏んでいたが、レベルが違いすぎる。

特に、軍隊蟹(グンタイガニ)は厄介極まりない。
あまりの強靱さに、攻撃力の低い飛影や、蔵馬の対複数モンスター用の鞭はほとんど効かないのだ。
ついでに桑原はせっかく新しい武器を買ったというのに、寝るか遊ぶかばかり……まるで意味がない。
今までほとんど活躍がなかった幽助に、転機が訪れたと言えば、いいのかもしれないが……。
最も相手が強いだけに、倒した際の経験値は増え、幽助がレベル5、蔵馬と飛影がレベル7に進歩しはしたのだが。

 

「……なあ、せめて誰か死んだら帰るってことにしようぜ。それくらいいいだろ?」
「…そうだな。戦闘開始時点から3人というのは、リスクが大きいし。ただし、わざと死ぬのは却下」
「誰がそんな器用なマネできるんだよ……」

やれといわれても、まず幽助には無理だろう…。
最も、以前死んだふりしたことのある桑原ならば、出来たかもしれないが……。

「フン。なら、桑原が死んでも問題ないな」
「な、何だとー!!」
「貴様、まるで戦力になっとらん」
「戦力になってないだー!!?てめー!!」
「事実だ」

……とりあえず、桑原には悪いが事実だろう。
幽助&蔵馬も、無言で同意していた。
しかし、この飛影の一言で、桑原は戦力にこそならないままだったが、根性で死ぬことだけはさけていったのだった……。

 

 

 

そして、更に数時間後。
もう日が暮れかけようとした、その時。

タタタンタタターーン!!

懐かしいあの音が聞こえてきたのは……。

「おお!久しぶりだな、あの音!」
「まあ文章として書かれるのは、ね」
「なあ、誰だ?」
「えっと……ああ、俺だ」
「ええーー!!」

絶叫をあげたのは桑原。
おそらく、自分だと思っていたのだろう……。

「じゅ、順番が違うじゃねえか!!俺の方が先だろ!?」
「桑原くん、何度も寝るから、何度も死んでるじゃないか。そのせいだよ。まあそうでなくても、途中からレベルアップのスピードは職業ごとに変わってくるし……あれ?」
「どうした〜?」

いかにも面倒くさいというように、ゲームカウンターを見ている蔵馬に目をやる幽助。
しかし彼が、一人でじっと見つめているだけで、こちらに話を振る様子がなさそうなのを見ると、再び顔を背けた。
幽助もまた桑原同様、レベルアップしなかったことに苛立っているのだ。
まあいつものことだが……。

「どうでもいいけどよ〜。どこにあるんだよ、その村ってのは」
「歩き回ってるのに、全然つかねえじゃねえか。本当にあるのかよ」
「……西に20q、南に5q」
「は?」

いきなり方角と距離を言い出す蔵馬に、3人は同時に振り返った。

 

「おい、何だよ」
「何の距離だよ、それ」
「だから、例の村までの距離」
「何で分かるんだよ!!?」

混乱と苛立ちから、怒鳴りつける幽助。
さっきまで地図を見ても、進行につれて書き込みしていく方式ゆえ、全然分からなかったため、こうして半分くらいはムダに歩いていたのだから……。
当然ながら、蔵馬がそんなこと気にするわけもなく、彼は冷静に説明を始めた。

「今覚えたばかりの呪文なんだけどね。『鷹の目』っていって、近辺の建物や洞窟の位置が分かるらしい」
「何だ、呪文だったのか」

今まで分かるのを黙っていたとでも思ったのだろうか?
少しばかり、呆気ない結果だったと、拍子抜けしている幽助たち。
しかし……。

「……おい、何で南に行くんだ?」
「北じゃなかったのかよ?」
「通り過ぎてたってことだろうな。方向が全く違ったみたいだから」
「あ、あのな〜!」
「ほらほら、日が暮れるよ」

 

 

 

そして、更に更に数時間後。
例の村に到着した時には、夜がとっぷりと暮れ、ついでに明け、そしてまた暮れ……。
モンスターに出会う回数まで増え、皆、精魂ともにボロボロになってからだった。

「乃亜新留(ノアニール)っていうらしいね、この村は」

村入口に立てられた古びた看板を見ながら呟く蔵馬。

「……こ、これで何もなかったら怒るぞ」
「とりあえず、休もうぜ〜。腹も減ったし、体力の限界だ」
「まあお金はもったいないけど……すいません」

と、宿を見つけた蔵馬が、一足先にそこへ入っていった。
しかし……。

「?。どうしたんだ?」

木の棒で体を何とか支えながら、ヨタヨタとやってきた幽助たちは、蔵馬が困惑したような顔をしながら出てきたので、不思議に思い、

「おい、蔵馬」
「何かあったのか?」
「はあ、かなり困ったことが……」
「何だよ!教えろよ!」

 

「……寝てる」

「……はい?」
「だから……寝てるんだよ、宿の人全員」
「はあ!?どういうことだよ!?」
「いくら夜中だからって、従業員くらい起きてるもんだろ!?」
「信じられないなら、自分の目で確かめてきたら。多分、速攻で納得出来……」

と、蔵馬が言い終わる前に、幽助&桑原は走り出していた。
誰も起きていないなど、現実ならともかく、ここはゲーム……そんなことがあっていいはずがない!
曲がりなりにも、コエンマの作ったものなのだ。
他の者にやらせるだけならともかく、自分も後でやるつもりだったようだから、ある程度楽出来るようにはしているはずである!(あくまで推測で、定かでないが…)

しかし、いくら宿中を探し回っても……いや、村中を探して回っても、起きている者は誰もいなかった。
完全に皆、熟睡どころか爆睡している。

適当な奴をひっつかまえてきて(←何となく顔に見覚えがあり、あんまり気に入らないような奴……)揺り動かしたりしてみたが、まるで起きる気配がない。
じれったくなり、軽く叩いてもみたが、効果なし。
本当に何をしても起きないのだ。

殴っても、蹴っても、どついても、はたいても……。
肘鉄しようが、みぞおちにパンチを食らわせようが、弁慶の泣き所を踏みつけようが、股間に蹴りを入れようが……。

 

素手では駄目だと思い、鞘にはおさめた状態の剣で殴ったり、槍の棒の部分で串刺しにしてみたり、誰かさんから借りてきた鞭やナイフの柄で突いてみたり、大量に荷物の入った袋を落としてみたり、鎧を外して叩きつけたりもしてみたが……。

全然起きないのだ。
最も、約数名は別の意味で起きなかったのかもしれないが……。
それをツッコむ役の者は、家々での物色に忙しく、哀れ、約数名はボコボコボロボロの状態で、深い深い眠りについていたのだった……。