その6 <眠村>

 

 

「へえ。いいもの手に入れたね、幽助」

穴から落ちたところで、蔵馬たちと再会した幽助だったが、意外にも、事の全てを話したにも関わらず、蔵馬は彼をからかわなかった。
まあ賞品として手に入れてきたものが、かなりよいものだったからだろうが。(でなければ、100%からかっているだろう…)

「それで何なんだ、これ」
「鋼の剣。この中で装備出来るのは、勇者の幽助だけ…つまりかなりの重量があるんだが、攻撃力は33も上がるし、何より、店で買ったら1300Gもする剣で……」

「1300G!!?」

驚きとわずかに歓喜のこもった絶叫2人分が、森中に木霊した。
声こそ途切れたものの、しっかりと耳を押さえてたため、叫ばなかった約1名の鼓膜は無事であったが……(ちなみにもう1名は、かなり離れた木の上で爆睡中)

 

「1300Gもすんのか、それ!!?」
「金はたいて買った、浦飯の帷子の倍以上じゃねえか!!」
「正確には2.708333…倍」
「あ、割り切れねえのか……って、そういう問題じゃねえ!!」

あまりにのんきに構えている蔵馬にいらだったのか、興奮が冷めていないのか、思いっきり怒鳴りつける幽助&桑原。
しかし、彼らの気が高ぶるのも無理はない。
たった480Gの鎖帷子で、ため息をつきまくっていたのに、一気に1300Gもする立派な剣が手に入ったのだ。
これを驚かず、喜ばないでいるはずがないだろう。
最も、装備出来ない飛影は別格だが……。

「とりあえず幽助しか装備出来ないからね。はい」
「おう!あ、じゃあ、これどうするんだ?」

と、今まで持っていた銅の剣を差し出す幽助。
武器の装備は通常1つだけというのが、RPGの基本原則だが、よく知っていたものである。

「俺や飛影は装備出来ないから……桑原くんにバトンタッチかな」
「ああ?浦飯のお下がりかよ〜」
「文句言わない。今までよりは攻撃力上がるんだから。お金も手に入ったし、次の村で改めて装備をかためることにしよう」

 

 

 

それから数時間後。
一行は、無事次の村へと到着した。
途中、モンスターに遭遇し、少々(いやかなり)苦闘も強いられたが、おかげで桑原はレベル7へと成長した。
だからといって、大して今までと変わってもいないのだが……(運のよさ以外、ほとんど変化なし…)。

「ここは火座亜武(カザーブ)の村というらしいよ」

物色と情報収集を終えた蔵馬が、宿で休んでいた3人に言った。

「ふ〜ん。また変な名前だな…って、何だよ、それ?」
「え?ああ、これ?」

と、蔵馬は頭に被っていたものをつついた。
さっきまで一人だけ何も持っていなかったのに、彼の頭には今、毛皮で作られているらしい帽子が被さっている。
いや、ただの帽子ではなく、どちらかというと防寒用の…。

「さっき見つけたんだ。毛皮のフードといって、今までの帽子の中では、一番守備力が高いみたいで…」
「ええー!じゃあ、何で元々の守備力一番高い蔵馬が装備するんだよ!!」

当然だが怒る幽助たち。
自慢ではないが、男性設定のはずなのに、彼らの守備力はかなり低い。
全員が無装備の場合、未だに一番防御力があるのは蔵馬なのだ。

 

「なあ、俺の木の帽子やるからさ!」
「……」
「どうかしたのか?」

「……装備出来るなら、とっくに渡している……」

「は?」

訳が分からず、きょとんっとする桑原。
しかし、どうやら蔵馬が怒っているようなので、数歩後ずさった。

「い、意味がよく…」
「これ以上言わせる気か…?」
「だ、だってわからねえもん……」

 

「女性専用なんですよ、これは!!」

珍しく声を大にして、怒鳴りつける蔵馬。
まあ、気にしていることに触れられたのだから無理もないが……。
意味は分かったものの、聞かなければよかったと、思いっきり後悔する桑原たち。
その後数分、彼ららしくもなく、沈黙が辺りを包み込んでいた……。

 

 

 

「ああ、そういえば」

ようやく機嫌が直った蔵馬が、いつもの調子で口を開いた。
当たられてはたまらないと、部屋の隅でこそこそしていた幽助たちも、この落ち着いた声にはホッとし、振り返った。

「何だ?」
「向こうの酒場で、奇妙な噂を聞いたよ」
「変な噂?」
「どんなやつだ?」

新しい装備品である鉄の槍を振りながら、桑原も歩み寄ってきた。
入村する前に、新しく装備を揃えようと言っていた彼ら。
しかし、双六場で手に入れた金と、いらなくなった装備を売った金をあわせても、全員の装備を買い換えるには至らなかった。
結局、今回は桑原の攻撃力の低さを補うことを重点とすることにしたのだ。
最も彼はあまり戦闘に参加していないのだが……。

 

ところで、彼らはもう一つだけ装備を交換していた。
偶然、蔵馬が物色で見つけたものだったのだが、桑原の防具である。
何故蔵馬は、武器をあげた桑原に防具まであげ、尚かつ、その行為において、誰からも苦情がでていないのかというと……。

とりあえず、それは男性専用の防具だったため、蔵馬は最初から除外されていた。
しかし残り2名、つまり幽助と飛影から文句が出ていない理由といえば……。
2人ともその防具を装備したくなかったのだ。
つまり…桑原の防御力の低さをいいことに、防具を押しつけたのだ。
表向きは「俺らはいいから!」と、遠慮しているように言っておいて、腹の内では「誰がそんな防具つけられるか!!」と……。

もちろん、昨日今日の付き合いではないのだから、それくらい桑原も気づいてはいたが……防御力が低いのは、否めない事実なので、仕方なく装備することにしたのだ。

まあ、皆が嫌がるのも無理はないが……白と青のシマシマ模様のステテコパンツ。
これで防御力が+10というから、驚きである……。
つくづく、コエンマの考えていることは分からないと、ため息をつく一行であった…。

 

「……なんか前置きが長かったけど」
「ステテコパンツのこと、どうしても書きたかったらしいね」
「作者の野郎〜!(怒)」
「落ち着けよ、桑原。で、どこまで話したっけ?」
「噂があるってところまでだよ。じゃあ、本題に戻るけど……これより更に北に進むと、村があるらしいんだ。だが、エルフの呪いとかなんとかで、村中が眠りについているとか…」
「はあ?新手の怪談か?」

あまりに現実離れしすぎた内容なせいか、かなり聞く気のない幽助たち。
しかし、蔵馬は変わらぬ口調で、

「コエンマのことだから、こういう会話の中には、先へ進むヒントみたいなものを隠しているはず。彼もただの暇人ではないだろうからね」
「……それって褒めてんのか?貶してんのか?」
「どっちにとってくれても、かまわないよ」
「(……馬鹿にしてんだな、きっと……)」

呆れるべきなのか、感心するべきなのか、何も思わないべきなのか…。
とりあえず、黙っているのが賢明だろうと、ため息だけつく幽助たち。

 

 

「で、どうしたいんだよ、蔵馬は」
「どちらでも。必ず行かなければならないというわけではなさそうだから…」
「何で分かるんだ?」
「……忘れたのか?例のコエンマの『課題』…」
「課題?課題って?」
「……もういい」

あれだけ怒ったというのに、綺麗さっぱり忘れてしまっている幽助……。
いや、桑原もだろう。
思い出せないといった表情で、首をかしげていた。

コエンマからの『課題』。
そう、盗まれた王冠を取り戻すこと……。
ただでさえ、きつい旅をしているのに、あろうことか『課題』などとして突きつけられ、頭にきたからこそ、さっさと街を出たのではなかっただろうか……。
まあ、怒りを再燃させると五月蠅いので、蔵馬は黙っていることにした。

 

「(城で出された『課題』は、通常RPGにおいて達成しなければ、最終的なゲームクリアにはたどり着かないはず……まして、最初の方の課題だから、それなりに制限もあるだろうし。課題クリアなしで、いけるのはせいぜい半分くらいまでとして……そう考えれば、このイベントはクリアしなくても問題ないものの可能性が、きわめて高い)」

1人思案する蔵馬。
多分、口に出したところで、誰も理解してはくれないだろうから……。
しかし、幽助は幽助で、行くか行かないかをしっかり考えていた。
まあ考えたと言うよりは、即決したという方が正しいのだが。

「ま、行っても損はないかもな。そんなに遠くはないんだろ?」
「地図を見る限り、ここから北はほとんどないから……」
「じゃあ、明日の朝から行ってみようぜ!!」

本当に即決。
……というか、全く何も考えていないのだろう……。

だが、しかし……。
もう少し考えてからにすればよかったと、彼ら全員が後悔するのは、翌日のことであった……。