その5 <剣>
仲間に押しつけられ、いやいや始めた幽助だったが、やり始めると博打魂が刺激され、単純にも燃えだしてきた。
「考えてみれば、人間双六なんて、現実じゃ滅多に出来ねえもんだよな。よし!ちょっと、ノってみるか!」
さっきまでの怒りはどこへやら……。
完全に、休んでいる3人の思うつぼなのだが、彼はそんなこと微塵も気付かず、サイを振った。
「えっと5か。1、2、3、4…5っと!おっ!50G落ちてるぜ、ラッキー!」
「けど、それじゃあさっきの賭け一回分にしかならないよ」
「く、蔵馬!」
いつの間にか、真横に来ていた蔵馬。
むろん双六をやれるのは1人だけなのだから、彼がいるのは双六盤の外。
しかし、さっきまで飛影らと一緒に向こうの壁に、もたれ掛かっていたはずなのだが……。
「やっぱり、幽助1人に任せるのは心配だからね」
「そっか、サンキュ!やっぱり頼りになるぜ!」
「下手に無駄金使われると困るし」
「……前言撤回」
かなりの毒を平気で吐く蔵馬に、単細胞の幽助が敵うはずがない。
ため息をつきながら、再びサイに手をやった。
それをのんびりと眺めている蔵馬。
しかし、それでも彼は本当の意味で心配もしているのだろう。
いちおう、押しつけたのが後ろめたいのもあるだろうし……そうでなければ、わざわざ桑原が床に転がした袋から、薬草を大量に持ってきはしないだろうから……。
「次も5か…あれ?」
ふと先を見た幽助の視界に、分かれ道が見えた。
どうやら好きな道を選べるようである。
最も、実をいうとさっきもあったのだが……。
意気込んでいたから、気付いていなくても無理はないというやつだろうか?
「蔵馬〜。どっち行ったらいいと思う?」
「ちょっと見てくるから。えっと左は……ああ、マイナス50Gだ」
「マイナス50G?何だよ、それ」
「……」
マイナスの意味も知らないのかと、呆れる蔵馬。
まあ、前にマップの意味も知らなかったのだから、無理もないかと、
「……50G、失うマスってこと」
「げっ!それじゃ、さっきの儲けなくなるじゃねえか!」
「まあそうなるな」
「冗談じゃねえ!!直進だ!!」
「ちょ、ちょっと幽助!!」
蔵馬が止めるのも聞かず、幽助はダッと走り出した。
しかし、いくら何でも少しは落ち着いて行動するべきだったかもしれない…。
「…2、3、4、5!!ここだな!!」
「幽助!!構えて!!」
「へ?蔵馬、何だって?」
マスの関係で、幽助は蔵馬がいた位置からかなり遠くへ来てしまった。
よって声も聞こえにくく……。
いやしかし、蔵馬の声が聞き取りずらくなったのは、何も距離が離れただけではないだろう……。
「……何か嫌な予感が…」
背筋に一瞬悪寒が走ったので、幽助はゆっくりと振り返った。
そして、嫌な予感は的中。
「な、何で双六場にモンスターがいるんだよー!!いてっ!!」
あまりに突然だったので、避けきれずに一撃くらってしまった。
素羅威夢くらいならば、何ともなかったのだろうが、生憎、現れたのは大食蟻獣。
前の大陸でかなり苦戦したモンスターである。
しかし、いくら不意打ちを食らったからといって、怯む幽助ではない!
「やりやがったな〜!!」
ズバッ!!
銅の剣を勢いよく振り下ろし、まず1匹目を撃破。
残り3匹もその調子でいければよかったのだが……。
クドいようだが、このRPGは1ターンにつき、1人1回しか攻撃出来ない。
今までは4人でいたので、それほど不自由もなかったのだが……。
いざ、1人になってみると、複数で戦うありがたさというものを痛感させられる幽助だった……。
「お疲れさま」
「本当に…疲れた……よし、次いく」
「休まなくて平気なのか」
「いい……疲れたけど、バトルは好きだからな。へへっ、慣れれば何とかなると思うぜ」
「……」
呆れかえるほどのバトルマニアだった幽助が、戦いで疲れている……これには蔵馬も動揺を隠せなかった。
遠くで離れてみていた飛影も……。
いい加減、起きればいいのに桑原は寝ていたが。
そんな仲間の心境を知っているのか知らないのか。
幽助はサイをほおった。
コロンコロンッ…
「3か。蔵馬、3って何だ?」
いちおうさっきのを教訓に、蔵馬に先を見てもらうことにした幽助。
蔵馬は少し行った先のマスを見ながら、
「普通の特にイベントのないマスだな。戦闘ではないよ」
「何だ、つまんねえの」
「つまらない…?」
「つまんねえに決まってるだろ。戦いの方がいいに決まってんじゃん!」
「そう、か…」
あれほど疲れていたのに、彼から戦いたいという気持ちは消えていない。
蔵馬たちにとって、それがどれだけ安堵の言葉であったか……。
「?。蔵馬、どうかしたか?」
「いや、別に」
「ふ〜ん。じゃあ行くか。1、2、3……ちぇっ!本当に何も起こらねえな」
「まあ、そういうマスもあるよ。ほら、次」
コロンコロンッ…
「蔵馬、次は?」
「…生憎、また普通マス」
「何だと〜!!俺はもっと戦いてえのに!!」
「そう悲観せずに……(悲観というより怒号か…)」
その後、数回サイコロを振ったものの、幽助は見事に何もないマスを選んでしまっていた。
ここまで何事もなく進める方が、珍しいと会場にいた者たちは羨ましがっていたが、幽助としては面白くないことこの上ない。
ギャンブルは結果も大切だが、その楽しんだプロセスも大切なのだ。
穏やかすぎる後半は、彼にとって楽しんだことにはまずなり得ない。
早く何か出てきてくれないかと、願っていたのだが……。
彼の望みもむなしく、サイコロはあっさりとゴールへの数を示してしまったのだ…。
「……ゴール…しちまった…」
「みたいだね」
パンパカパーン!!
突如、花火があがり、スポットライトが幽助を照らし出した。
どうやらクリアの証らしい。
最も幽助は不満たらたらだったが……。
「つまんねえ…最初の方は楽しかったのに」
「仕方ないさ。コエンマのことですから、きっと他にもいくつか会場あるよ」
「まあ、そうだろうけどさ〜…」
「そろそろ日も暮れる時間だ、早く行ってきてください。おれは飛影たちと下で待ってるから」
「ちぇっ」
ブツブツ言いながらも、蔵馬に言われては仕方がない。
開いた門をくぐり、ゴールへと入っていった…。
しかし、そんな落ちた気持ちも、ゴールにあったものによって、一気に上昇していった。
「お、お宝だー!!」
大声を張り上げながら、宝へと走っていく幽助。
そう、彼は最近かなり宝箱には目がなくなってきているのだ。
しかし、今は前以上に……。
金が入っていれば、闘技場での賭け金が取り戻せるし、いいものが入っていれば、売ってお金に出来る。
どちらになっても、蔵馬からの毒吐き攻撃が軽減されるのだ!
……どうでもいいが、彼はいつの間に行動パターンを蔵馬に左右されるようになったのだろうか……(多分、鬼萌羅の翼以降から…)
「おっ!!金じゃん!!しかも500Gもある!!これだけあれば、闘技場でスった分、取り戻せるはずだ!!こっちのはっと……剣?」
ふっと真顔になる幽助。
宝箱の中に入っていた剣……。
それは今まで幽助が使っていた銅の剣とは、比べものにならないような、立派なものだった。
手にしただけで、その重みがどっしりと伝わり、鋭利さは一目瞭然。
今まで叩き付けるようにして使っていた銅の剣とは違い、本当に剣として使うためのもののようである。
「材質も銅じゃなさそうだな。なんて剣なんだろうな〜。まあいいか、下で蔵馬に聞けば……ん、待てよ?どっから下りるんだ?」
ふと振り返ってみれば、さっき入ってきた門は、しっかりと閉じられていた。
鍵もあるにはあるが、朱の門ではないため、合いそうにない。
「まさか降り口がねえなんてことはねえよな……と、とっと!!うわああっ!!」
絶叫と共に、転がり落ちていく幽助。
横や上ばかり見ていたせいで、足下に開いていた穴に全く気が付かなかったのだ。
まあ、おかげでいちおう下には降りられそうだが……。
……ここに蔵馬がいれば、
「ちゃんと足下見ないからですよ。馴染みの塔でも似たようなことしませんでしたか、君は」
などと、説教混じりのからかいもあるのだろうが……。
まあ、下に降りてから、幽助は事の次第を話してしまうだろうから、結局は言われることとなるだろう……。

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