その2 <博打>

 

 

しかし、しばらくの間、苛立ちが納まらなかったのは、何もコエンマだけではなかった。
怒鳴りつけた張本人である幽助たちもまた……。

「コエンマのやろう!!ぜってー、ゆるさねー!」
「王冠手に入れたって、絶対に持っていってやらねえからな!!」
「まあまあ、おさえて2人とも…」
「おさえて!!?(×2)」

たしなめようとした蔵馬を、同時に睨み付ける幽助&桑原。

「あいつが俺たちになんて言ったのか分かってんのか!!?」
「そうだぜ!!あいつら俺たちのこと、これ以上に働かせようとしやがったんだぜ!!?いつも自分は暢気にテレビの前で菓子喰ってんのによ!!」
「あれ、知ってたんだ。コエンマがいつも俺たちの行動見ながら、食事してるの」
「……ナニ?」

蔵馬の何気ない言葉に、幽助たちは一瞬動きを止めたかと思うと、くる〜りと振り返ってきた。
しかしその形相は、先ほどまでとは違い、怒気に溢れているというよりは、物の怪に取り憑かれたような不気味な顔をしている…。
最も、蔵馬や飛影がそのくらいのことで怖じ気づくはずも、驚くはずもないが……。

「テレビの前で?菓子を?」
「…本当か……?」
「え、知ってて言ったんじゃないのか?」

 

「知るわけないだろ!!!」
「何となく言ってみただけだ!!」

幽助たちが叫ぶ前に、蔵馬と飛影は自分の耳をしっかりと押さえていた。
コエンマのように、耳元で怒鳴られてはたまらない。

幽助たちの喉の膨らみ具合、息の吸い込み方、顔の紅潮の速さ……。
それらを照合した結果、怒鳴ってくるだろうということは予想がついた蔵馬は、直前で耳を塞ぎ、飛影はその蔵馬の動きで何かあるだろうと、同じ行動をとったのだ。
その間は0.5秒もなかったはずである。
流石、元盗賊たちというか……。

しかし残念ながら、それに対して感心してくれる者は、ここには1人もいなかった。
むしろその行為を無駄にするくらいの声で、叫び続ける者しか……。

 

 

 

その後、数時間……。
傍目も気にせず、幽助たちはひたすら叫びまくっていた。
止めるのも面倒だと思ったのか、蔵馬は勝手に物色しにいき、飛影は叫び声が聞こえない距離まで遠ざかると、あっさり昼寝……。

「頭にきた!!こんな街とっとと出てってやる!!!」

その考えに辿り着くのに、何故数時間もかかったのか…。
しかし「頭にきた」のは、最初からだと思うのだが……。

「あ、蔵馬と飛影、何処行った?」
「その辺で家捜しか昼寝でもしてるんじゃねえの。さっさと出てーし、探しに行こうぜ」
「ったくよ〜。最初に慣れないところで別行動は危険だって言ったの、誰だよな〜」

そういえば前に言っていたような気もするが……。
彼ら聞いていないようで聞いていたらしい。
最も、慣れないところでとはいえ、ここは町中なのだが……。

「とりあえず蔵馬から探そうぜ。飛影は蔵馬に探してもらえばいいしよ」
「そうだな。んじゃ、まずあそこから行ってみようぜ」

2人がまず足を向かったのは、街にたった1つだけあった店。
どうやら、この国では武器屋と道具屋が一緒になっているらしい。
しかし品数は豊富で、確かに蔵馬が足を運びそうである。
最もその分値段も高いようだが……。

「見たこともねえ武器が大量にあるな」
「何か見覚えがあって、嫌な思い出のある道具もあるけど…」

幽助が冷や汗を流しながら見ていたのは、言うまでもなく鬼萌羅の翼のことである。
どうやら、これは大概の国で売っているらしい。
ということはつまり、何処の国へ行っても嫌な思い出が蘇ってしまうと言うことなのだが……。

「そ、それはともかく、蔵馬いそうもねえな」
「そういや、金は俺が持ってたんだっけな。いるわけないか」

何故最初にそこに気付かないのか……。
いちおう入国した時に、勇者が持っている方がいいと、渡されていたというのに、彼はすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

「じゃあ、とりあえず別の何かお宝ありそうな家探そ……ん?」
「どうした?桑原」
「何だ?ここ階段あるぜ」

ふと桑原が見つけたのは、店の奥にひっそりとあった小さな階段。
しかし近づいてみると、下からは悲鳴や叫び声が聞こえてきている。

「何だ?街だっていうのに…モンスターの声だよな、あれ?」
「モンスターのサーカスでもやってんじゃねえの。行ってみるか」

あまり気にすることもなく、蔵馬探しの延長のような形で、階段を下りていく幽助たち。
しかし、階下…つまり地下へ下り着いた途端、2人は呆気にとられた。

 

 

サーカス……ではなかったが、そこにはたくさんのモンスターたちがいた。
しかも広い闘牛場のようなところで、戦っているのだ。

「な、何だここは……」
「まるで闘技場じゃねえか…」
「あら、お客さんたち初めて?」

突然、色気満々のバニーガールが話しかけてきた。
本人は自分の魅力に惚気ない男はいないとか勝手に思っているらしく、明らかに幽助たちを誘っている。
しかし……人類皆喧嘩相手の幽助と、雪菜一筋である桑原が、そんな遊びの色気に引っかかるはずがない(遊びでなくとも…)。

「初めてだけど、何だよ」

別に色気を振りまきながらきたからと言って、ツッケンドンに言う必要はないかと、極普通に答える幽助。
しかし、そのけろりとした口調は、バニーガールの感に触ったらしく、

「そう!ここはモンスター同士の対戦で勝ち残るモンスターを予想する闘技場だから!ゆっくりしていってね!!」

と、彼女はぶらっきぼうに叫んで行ってしまった。
女のプライドというものを傷つけられたのだろうが、当然幽助たちに分かるはずもない。

 

「何だったんだ?」
「さあ……けど、とりあえずここの趣向は分かったな」
「ようするに賭けだろ?やってみるか?」
「ああ!」

戦い以外に、賭け事も好きな幽助。
蔵馬が財布を置いていってくれたのをいいことに、早速賭け札を買いに走った。

「おっちゃん!賭け金いくらだ?」
「賭け札は1枚40Gだぜ」
「よしっ!充分買える!」

カウンターで財布をひっくり返す幽助。
洞窟内での対戦で稼いだので、かなり貯まっている。

「組み合わせは?」
「蝎蜂(サソリバチ)と人面蝶(ジンメンチョウ)だ。どっちに賭ける?」
「何だ、両方戦ったことあるじゃねえか!」

戦ったことのある敵ならば、大体勝率も見当がつくと、浮かれる幽助。

 

しかし……、

「桑原…どっちが強かった?」
「さあ?」
「さあって…知らないのか!?」
「おめーこそ、知らねえのか!!?」

顔を見合わせて叫ぶ幽助たち。
何とも情けない話なのだが、互いに相手の記憶力に頼っていたのだ。
自分は忘れたが、こいつなら覚えているだろうという、他人任せの考え……。
2人とも、ずっと蔵馬に頼りっぱなしだったのだから、相手も多分覚えていないだろうと、何故思わなかったのだろうか……。

「おい、兄ちゃん?買わねえのか?」
「えっ!いや、買うよ!!えっと……さ、蝎蜂で!!」
「う、浦飯!間違ってたらどうすんだ!!」
「仕方ねえだろ!!金払っちまったんだから!」

払い戻しという手もあるだろうに……単に引っ込みが付かなくなっただけなのだろう。

 

 

 

そして試合開始!
ほとんど40Gを無駄にしたなと思いながらも、いちおう彼らは試合を見ていた。
なくなってしまう40G……どうやって蔵馬に言い訳しようか、そればかり考えていたのだが!!

『勝ち残ったのは蝎蜂です!!』
「えっ!!?(×2)」

幽助たちは我が耳を疑った。
しかし、闘技場にはしっかりと蝎蜂が一匹だけ残っており、幽助たちと同じ札を買った客達は大喜びしていたのだ。

「買った……のか?」
「ら、らしいな……」

「やったーーー!!(×2)」

自分が儲かったと、歓喜に酔いしれていた他の客達も、広い広い闘技場全体に響き渡る2人の雄叫びには、一瞬黙った。
そして、抱き合いながら涙を流している少年たちの姿を怪訝そうに見遣ったのだった……。