その12 <道>
「ここか」
「確かに盲点だったな。こんなところに家があるなんて」
再び玲辺の村まで戻ってきた幽助たち。
以前、亜利亜半へ(間違えて)瞬間移動する直前、蔵馬が目の端で捉えた一軒家を前にして、皆ため息をついていた。
結構大きな家なのに、木々に囲まれた村はずれにあったため、物色し忘れていた。
しかし、それでもこの家に入っていれば、蔵馬にお仕置きされずにすんだと思うと、悔やんでも悔やみきれない(何を悔やんでるんだ…)。
「とりあえず入ってみるか」
「そうだな」
この家も普通でないと察したのか、丁重に玄関をノックしてから入っていった。
まあ、扉が普通の扉ではなく、赤い扉だったのだから無理もないが。
中はなかなかにして広く、部屋の中心では曰くありげな大釜がぐつぐつと音を立てて煮えていた。
パッと見たところ、誰もいないようだが……。
「一階には誰もいねえか…となれば二階か」
部屋の隅にある階段をそっと上ってみる4人。
誰がいるのか見当もつかないので、とにかく慎重に慎重に……。
が、しかし……。
「…おい、何でこいつがここにいるんだ?」
「……っていうか、浦飯。こいつ誰だよ?」
「……朱雀」
「ゲッ!?こいつが!?」
ぎょっとする桑原。
蔵馬と飛影は「ああ、こいつが」程度の顔で寝ている青年を見下ろしていた。
まあ桑原が驚くのも無理はないが…。
四聖獣・朱雀。
思えば、彼の顔をはっきりと見たことがあるのは、幽助1人であった。
桑原たち3人は幽助が彼と死闘を繰り広げている間、少し下で養殖人間とドンチャカやっていたのだから……。
しかし……桑原が驚いている理由は、何も「彼の顔を知らなかった」ということだけではないようだ。
他の四聖獣は、かな〜〜〜り人間離れしている姿をしていた。
蔵馬や飛影と同じ妖怪なのかと問いたくなるような、そんな連中。
あれらから、最後の四聖獣が普通の人間スタイルであるとは考えにくい。
つまり「人間」スタイルだった場合、想像を絶する驚愕を味わうのも道理……。
まして、自分より容姿が整っているのだから、尚更ショックは大きいはずである。
「コエンマの奴、本当に敵味方関係なく入力するようにしてやがるな…」
「本当に。そのうち味方が敵として登場するかもね」
「けっ。別に誰が敵になってたって、この世界の連中は現実とは関係ねえんだ!余裕だぜ!」
「螢子ちゃんは?」
「うっ…」
言葉に詰まる幽助。
確かに螢子が適役になっていては、かなりまずい。
幽助らと同様に現実から来た者なのだし、そうでなくても幽助に螢子が攻撃出来るはずがない…。
「け、けど螢子は酒場にいたんだし!」
「1人2役とかがないなんて、コエンマ一言も言ってませんでしたよ?このゲーム何があってもおかしくないんですし」
「う゛う゛っ……」
かなり追いつめられている幽助……蔵馬も適当にしてやればいいものを……。
「何者だ?」
あまりに話し声が大きかったせいか、朱雀がむっくりと身体を起こした。
途端、何処にいたのかお喋り鳥のムルグまでやってきて、
「あんたたち何処から入ってきたの?扉には鍵がかけてあったのに」
「これで開けたんですよ」
スッと盗賊の鍵を差し出す蔵馬。
それを見て、朱雀はふむと頷き、後ろから何やら取りだした。
「なら、これをくれてやろう」
「何だ、これ?玉か?」
「それが直方体に見えるのならば、視力検診に行くことを進めるぞ」
「てっ、てめー!!」
同じように登場してくる敵キャラでも、乱童と朱雀ではかなり差があるらしい。
性格が丸くなったり、そのままだったり……やはりここはコエンマのゲームといったところだろうか?
が、そんなことを今の幽助がのんびり考えているはずがない!
朱雀の横柄過ぎる態度にあっさりと切れ、殴りかかろうとした。
しかし、それを無駄なことは省きたい(さっさと女装を終わらせたい)蔵馬に止められたのは言うまでもないだろう。
「はいはい、幽助。先急がないと」
「こら、蔵馬!一発殴らせろ!」
「さくさく行かないとゲーム出られないでしょ。出てから殴ればいいじゃないか」
「そ、そうか……って、あいつもう死んでるじゃねえかー!」
「殺したの、君じゃなかったっけ?」
「そういう問題じゃねー!」
ぎゃんぎゃん言いながらも、ズルズルと引っ張られ、家を強引に後にさせられてゆく幽助。
後に残された朱雀はククッと笑い、
「あの男の屈辱に満ちた顔はなかなか面白いものだった。もう少し遊んでみたかったな」
「遊んでみたかったですわ〜。遊んでみたかったですわ〜。オーホッホホ!」
「ちっくしょ〜!一発だけでも殴りたかった!」
八つ当たりに家の壁を蹴りまくる幽助。
しばらくほおっておいた蔵馬だったが、あまりに五月蠅かったため、
「完全に見切られてたよ。返り討ちにあうのが関の山だ」
「何だよ!俺の方が朱雀より弱いってのか!?」
「……幽助。貴方まだよく分かってないらしいね。ここでは『外』の力も常識も全く通用しない。確かに『外』でなら、当時苦戦したのが嘘みたいに勝てるだろうけど、ここでは違う」
「……ボロ負け確実?」
「その通り」
すんなり言ってのけ、簡単に大人しくさせる蔵馬。
どちらかというと、大人しくさせるというより落ち込ませているというのだろうが……。
しかし、彼は暗い影を背負っている幽助に背を向け、朱雀から受け取った玉を見つめていた。
桑原はどう突っ込んで良いのか分からず、ずっと黙っていたが、何気なく問いかけてみた(ちなみに飛影はまた木の上で寝ている)。
「なあ。これから何処行くんだ?」
「そうだな。とりあえず東に行こうか」
「東?」
「亜利亜半で入手した情報だけど、その昔、東にある泉近くの洞窟から、多くの人が旅立ったとか。多分、そこが次の目的地だろう」
「なるほどな。おい、飛影下りて来いよ!浦飯!いつまで落ち込んでるんだ!行くぞ!」
「……おう」
かなり落ち込みモードの幽助。
まあ、彼のことだから、後一分もすれば回復しているのだろうが……。
「でやああああ!!!」
ズバッ!!ドカッ!!
「よし!絶好調!!」
案の定、あっさりと復活した幽助。
ことごとく現れ続ける一角兎を、次から次へとひたすら叩っ斬っていった。
「なかなかレベルアップしねえな」
「そろそろだとは思うんだが。特に幽助はまだレベル3だし」
「それを言うなっての!……あれ?」
「どうしました?」
「何だ?あそこにあるの…」
幽助が指差す先には、小さな小さな建物が……しかし、こんなところ民家などあろうはずがない。
一番近い村まで、あれだけの距離があったのだ。
そうでなくても、その建物は民家というには小さすぎる。
「家というよりは祠みたいだな。入ってみようか?」
「当然だぜ!!」
意気込んで、中へ飛び込んでいく幽助&桑原。
が、しかし……後を追って入ろうとした蔵馬と飛影は、ものすごいスピードで舞い戻ってきた2人に突き飛ばされる形で後ずさりした。
「ど、どうしたんだ?そんなに慌てて…」
「ぜいぜい……な、中入ってみろ…よ……」
「は?」
わけが分からないまま、そっと中を覗き込んでみる蔵馬。
しかし特に変わった様子はない。
別段、敵がいるわけでもないようだ。
今までのところとの違いといえば、祠中に充満しているこの異様な臭い……。
だが、彼は鼻がきくため、祠の存在に気付いた時点で、このことは知っていた。
まさかここまでヒドいとは思っていなかったが……。
「……酎、だな。この酒くさいのは……飛影。貴方はここで待ってた方がいいよ。お酒弱いでしょう?」
「フン…さっさと行って来い…」
図星だったらしいが、蔵馬はいつ飛影が酒に弱いと知ったのだろうか……?
いちおう袖口を持ち上げ、顔を覆いながら入っていく蔵馬。
中では案の定、酎が1人で酒盛りをしていた。
「よお。おめー、魔法の玉って持ってるか〜?」
酔っぱらっているのか、目が完全に宙を泳いでいる。
絡まれてはたまらないと、蔵馬はある程度距離を置いたまま、
「ああ。持ってるよ」
「なら、誘いの洞窟にいきな。あっちにある泉の側にあるぜ」
「それはどうも…」
蔵馬が言い終わる前に、酎は再び酒瓶を直接口に押し当てて飲み出した。
太陽が完全に真上にある昼間だというのに、これだけ酔みまくっているとは……おそらく夜はもっとヒドいのだろう。
流石、酔拳の使い手と言いたいが、元々酔拳とは別段酒に酔って使う奥義ではないはずなのだが……。
呆れを通り越してもう嫌になった蔵馬は、そこらへんを適当に物色した後、酒の臭気に当てられたらしい幽助たちの元へ戻っていった。
しかし、幽助は10歳の時から飲んでいると聞いていたから、酒にはめっきり強いと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
まあ、とりあえず道は開けたらしいので、いいとしようか……?
酎の言ったとおり、祠を出てから数十分ほど進んだ先には泉があった。
そしてその奥、木々に囲まれて見つけるのに戸惑ったが、そこには確かに洞窟も存在していた。
「これが誘いの洞窟か?」
「多分そうだろうね。いこう」
蔵馬に促され、幽助たちも後に続いた。
ここは馴染みの塔へ行った時通った洞窟のうち、後半部分によく似ていた。
明らかに人為的に作られた石の壁……ということは、道はこちらであっていたのだ。
「奥に行ってみるか」
「そうだな」
「何だか、いよいよ冒険が始まったって感じだな!」
「思えば、冗談みてーな展開ばっか繰り返してたもんな」
そうなるように進んでいたのは、何処の誰だったろうか……。
「これからいよいよ勇者幽助の冒険がスタートするんだ!!いくぜ!!」
「おう!!」
半分ヤケになっているらしい幽助。
それを同じくヤケになっている他3名も同調し、意気込んで前進していった!!……のだが。
「……って、おい。壁だぞ」
「壁だな」
「壁か」
「壁ですね」
いきなり前方に立ちはだかる巨大な壁……冗談抜きで「壁」である。
昔から、前途多難の象徴として「壁」はよく用いられ、高ければ高いほど乗り越え甲斐があるという。
しかし……乗り越えるにも、この「壁」には「上」がない。
「壁」が続いていく先には、天井があり、壁の上をすっぽりと塞いでしまっているのだ。
これでは乗り越えようにも、この「壁」は乗り越えられない!!
……というか、単に袋小路になっているだけのような気もするが……。
「抜け道は?」
「ないな」
「けど、一本道だったぜ」
「この大陸は大方回ってしまったから、ここから先にしか進めないはずなんだが…」
「道はあってんのに、先がねえんじゃ、どうしようもねえじゃねえか!!」
折角、勢いづいてきたというのに、いきなり進めなくなってしまったこともあり、苛立ちを隠せない幽助。
まあ、それは彼に限ったことでもないのだが……。
「ちくしょー!」
「また振り出しかよ!」
「じゃあ、一旦亜利亜半に戻って……ん?」
「どうした、蔵馬」
「誰か…いる」
「は〜?」
蔵馬が指差した方を、残りの3人はさも面倒くさいというように見遣った。
まあ、実際面倒くさいのだろう。
意気込んできたら、こんな状況…誰だって何もかもが面倒になる。
が、そこにいたのには、再びずっこけた。
「な、何で…」
「コエンマ、もしかして会ってきた順番で登録するようにしてたんじゃ……」
「だとすれば、辻褄あうけどさ…」
「けど、順番的にはあいつよりも酎の方が後だったぜ?」
「細かいところまでは、ちゃんとならないとかか?」
「あいつならあり得る…」
<亜利亜半の城>
「はくしゅん!はくしゅん!」
「あれま。コエンマさま、風邪ですか?」
「そうらしいな〜。風邪薬あるか?」
「この世界にそんなのあるんですか?」
「……ない」
「……何か今、数行余計なの入らなかったか?」
「ほおっておこう」
「けど、ただでさえ遅いのによ。無駄ってもんだぜ!」
「文句は作者に言うべきだよ……って、それより」
話題を元に戻しながら、彼は先ほど見つけたその人物に歩み寄っていった。
「ここは誘いの洞窟ですか?」
「そうだよ。前はここからたくさんの冒険者が旅立っていったんだ。けど、今は塞がれてるけどね」
明るく脳天気な声、頬に☆のマークがあり、くるくるとヨーヨーを回して遊んでいる彼は……。
間違いなく、桑原を場外10カウントにし、その後体育館の裏に呼び出しをくらった、かの六遊界Tの特効隊長・鈴駒であった。
先ほど酎が出てきたのだから、不思議でもないが……それでも幽助たちは、転けずにはいられなかったのだろう。
「(俺はてっきり、あの猿娘と出てくると思ってたけどな〜)」
大分落ち着きを取り戻した幽助が、そんなことをぼんやり考えてる間に、蔵馬はどんどん話を進めて行っていた。
「それで壁を壊せば、向こうに道があるってことですね?」
「ああそうさ。けどあの壁かなり分厚いから無理だよ」
「確かにかなり厚みがあるな」
コンコンと壁を叩きながら言う飛影。
流石盗賊。叩いただけで、壁の厚さくらい、おおよその見当がつくのだ。
一番薄い壁でも、かなりの厚さがあるようだ。
本来の力があれば、こんな壁1秒とかからず、一瞬で粉々なのに……。
天沼の時もそうだったが、「げ〜む」というものはこれだけ不便なものなのかと、飛影はちょこっと勘違いしていた……。
「蔵馬。道あってても、この先に進めねえと意味ねえじゃん」
「……」
「おい、蔵馬!」
「ちょっと静かにして」
耳元で五月蠅く聞いてばかりの幽助を制しながら、1人思案する蔵馬。
「(酎は確か、魔法の玉の有無を説いてきた。とすれば、もしかして…)桑原くん」
立ち上がって桑原に話しかける蔵馬。
彼はずっと抜け道がないか、ネコのように這い蹲ってウロウロしていた。
そして今も……全然蔵馬の話を聞いていない。
しかし、蔵馬は別段怒ることもなく、彼が床に投げ出していた袋をとり、中身を漁った。
「えっと……あ、あった」
取りだしたのは、例の魔法の玉。
ピンクに黄色のラインが美しいその玉を、蔵馬はしばらく見つめていたが、やがて飛影が一番薄いと感じ、叩いた壁に向かって歩き出した。
「蔵馬?」
「一か八かですが……」
そう言いながら、蔵馬はそっと玉を壁の前へ置いた。
と、蔵馬が玉から手を離した、その時!!
ゴゴゴゴッッ!!
地の底からわき出るような、轟音が洞窟中に響き渡った。
それと同時にM7は越えると思われるほどの巨大な地震も……。
「な、何だ!?」
「うわっ!!」
身体の大きな桑原でさえ、まともに立っていることも出来ない激しい揺れ。
当然それよりも小さく軽い鈴駒たちは、そこら中をコロコロと転がっていった。
まあ別に怖がってもいなければ、危険も感じていない様子だが……。
この洞窟は思ったよりも丈夫のようで、これだけの揺れだというのに、壁にも床にも天井にも全く異常が見られないのだ。
そう、ただ一部を除いて……。
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