その10 <盗賊>

 

 

「他にも何か売るかい?」
「いや、これで全部です」
「じゃあ、2枚で14Gだな。ほらよ」

旅人の服が手に入ったので、必要のなくなった蔵馬と桑原の布の服を売ったものの、収入はたったの14G。
元々布の服というのは、そこらへんで売っている町民の普段着と同じで、冒険としては限りなく意味のないもので、安くても当然なのだが……。

「ちぇっ!これがゲームのやなところだよな。マケることも出来ねえし、値を上げることも出来ねえ」
「たったの14Gじゃあ、鬼萌羅の翼も買えないからね〜」

グサッと、幽助と桑原に蔵馬の冷た〜い一言が突き刺さる。
お仕置きは受けたものの(←どんなだったかは、想像におまかせする)、蔵馬の機嫌はまだ直っていないよう……に見えているだけで、実は彼、もうとっくに翼のことなど諦めているのだ。
使ってしまったものは仕方がないし、またモンスターと戦って金を稼げばいいのである。

では、何故ここまでイビりぬいているのかといえば……単に遊んでいるだけなのだろう。
飛影はよくやられていたので、何となく気付いているのだが、彼が言ってくれるはずもなく、
結局幽助たちはかなり肩身の狭い思いをしているのだ……。

「ところで今からどうする?コエンマの所へ行くという手もあるが」
「そ、そうだな!まずあいつの所行こうぜ!」

蔵馬が自分から話題を逸らしてくれたことを機に(もちろんこれも蔵馬の策のうちだが)、城までダッシュする幽助たち。
蔵馬はそれを面白がって見送り、飛影は呆れ果てて見上げていた……。

 

 

 

「よお、久しぶりだな」
「コエンマ……」

ボカッ!

小さく名前を呼んだ直後、幽助のげんこつがコエンマの頭を直撃。
当然彼は無茶苦茶痛がった。

「ったた…」
「ちょっと幽助!なんでコエンマさま殴るのさ!」
「何となく殴りたくなったんだよ!!ここ来てから禄なことねえんだぜ!!いきなりモンスターにやられるし、俺だけレベルアップおせーし、なんか知らねえけど敵だった連中が村人だの神父だのやってるし!!挙げ句に蔵馬怒らせて、仕置きも受けるしよ!!」

色々と御託を並べてはいるが……多分、一番殴りたくなった理由は最後の1つなのだろう。
コエンマは頭を抱えつつ起きあがり、言い返そうとしたが、それより先にあることに気付いた。

「あ?蔵馬と飛影は一緒じゃないのか?4人でパーティ組むと思っとったのに」
「えっ。あれ?あいつら何処行ったんだ?」

てっきり後ろにいると思っていたのに、自分の後ろにいるのは桑原だけである。
もちろん彼の容姿には、ぼたんもコエンマも必死に笑いを堪えていたが……。

「何処行ったんだろ?まあ、また宝探しでもしてるんだろうけど」
「…奴ら盗賊なのか?」
「ああ。本業なんだから、ぴったりだろ。まあ性別に多少誤解があったみたいだけ…」

幽助が笑いながら、蔵馬の性別ミスについて話そうとした時、階下から悲鳴が聞こえてきた。

 

「と、盗賊だーー!!!」
「出あえ出あえーー!!!」

一体何時の時代の何処の国を設定して作られているのか……。
しかし、盗賊といえば蔵馬と飛影しか考えられない。
皆一斉に顔を見合わせ、階段へと走り出した。

「蔵馬たち、何やらかしたんだ!って想像はつくけどさ」
「ああ、家捜しの延長戦だろ!鍵あいつに取り上げられたし!城も前にやったけど、鍵ついてるところはしてなかったからな!」
「(やっとったのか、城で宝探し…)」

どうやら知らなかったらしいコエンマ&ぼたん。
しかしゲームを抜け出すためには多少のことは否めない。
蔵馬と飛影が何を盗ったのかは謎だが、とにかく兵を静めなければ……。

 

 

が、しかし……。
その暴れている盗賊というのを見た途端、彼らは下りかけていた階段から転げ落ちそうに…いや本当に転げ落ちた。
先に下りていった幽助と桑原を下敷きに、コエンマ、ぼたんの順番で……。
落胆したせいか、呆れたせいか。
どちらにせよ、漫画では当たり前のようにコケル展開だろう。
そこにいた問題の盗賊というのは、蔵馬でも飛影でもなかったのだ。

「ああ、王さま!」
「地下牢から盗賊・化対(バコタ)が逃げ出しまして…」
「……とっとと捕まえろ!地下牢の鍵二重にしとけ!!」

折角足を運んできたのに、全くの勘違いであったことにイラつくコエンマ。
まあ、無理もないだろうが……しかしそれ以上にムカついたのは、言わなくとも分かるだろうが、幽助たちである。

「このやろ〜!!!」

ボカッ!ドカッ!バキッ!

逃げ出したタイミングが悪いと言うのだろうか……哀れ、盗賊・化対はボコボコにされ、牢屋へ強制連行された。
当分は逃げ出すこともないだろう……。

 

「あ。幽助、桑原くん。こんなところで何してるんだい?コエンマやぼたんも一緒に…」

イライラしながら牢屋を出たところで、いきなり鉢合わせしたのは……、

「蔵馬!飛影!何処行ってたんだ!?」
「ちょっと城中を物色しに」
「あ、あのな〜。それ王様の前で言う台詞か?」
「別に問題ないだろ。城の捜索なんて、常識なんだし」

本当に「当たり前」という風に言ってのける蔵馬。
ゲームとして筋は通っているし、このゲームでも城の探索はストーリー上必要なものだった。
しかし、先ほどの件もあるし、ましてこうもあっさりと言われると、人間はかなり腹が立つもの……。
コエンマは蔵馬の女装をからかうのも忘れ、大声で怒鳴りつけた。

「とっとと出てけー!!」

 

 

 

 

「コエンマ、何怒ってたんだろうな」
「さあな……」

何となく見当はついているが、説明も面倒なので幽助たちは黙っていることにした。

「で、何か見つかったのか?」
「これ」

蔵馬がすっと袋から取りだしたのは、一枚のメダル……冒険当初から何枚か見つかっているが、未だに使い道もまるで分からない代物だった。

「随分貯まったな」
「けど、使い方わからねえのに…はじくのか」
「いでっ!!」
「あ、わりー」

幽助が軽く弾いた見事に桑原の額に命中……例え謝られたところで、これを彼が怒らないはずがない。

「やりやがったなー!蔵馬!俺もにもメダルよこせ!!」
「……」

何かに必要なものだとは思うが、まあ弾いて遊ぶだけならいいかと、桑原にも一枚渡す蔵馬。
指の先に乗っけると、桑原はザッと構えをとった。
幽助もその態度を見て、コインを拾い上げると、桑原に向けニッと笑った。

「いくぜ浦飯ー!!」
「けっ!かえりうちにしてやるぜ!!」

ピンッ!…コンッ!

「うわっ!…のやろ〜!」
「って…やったなー!!」

ピンッ!コツン!ピン!コン!

……子供っぽいというか、馬鹿馬鹿しいというか……蔵馬と飛影は完全に呆れかえって、思いっきり他人のふりをしていたが、それは賢明な選択といえるだろう。
行き交う街の人々は、彼らが世界の救世主になる(はず)だと知っているらしいので、世界の平和をかな〜り心配していた……。

 

 

そして一時間後。
彼らはまだやっていた。
いい加減に飽きないのだろうか……。

「この!この!…あっ!!」
「どうした?」

何となく幽助の声に変化があったので、後ろを向いたまま、何気なく尋ねてみた蔵馬。
しかし、半ば震えたような声で帰ってきた言葉には、振り返らずにはいられなかった。

「メダル…井戸に落っことした…」
「えっ?」

駈け寄り、井戸を覗き込む蔵馬。
井戸の底の方でキラッと小さく何かが光っている。
どうやら、幽助が落としたらしいメダルのようだ。

「えっと、その……ご、ごめん…」

おろおろしながら謝る幽助。
メダルを落としたことよりも、今から始まるであろう蔵馬からの説教を恐れているのだ。
しかし、意外にも蔵馬は怒った様子も見せず、

「仕方ない。下りるか」
「は?」
「ほらロープついてるし」

と言うと、彼は何の躊躇いもなく、ロープに手をかけ、するすると下り始めた。
呆気にとられていたが、慌てて幽助も後を追い、桑原もそれに続いた。

飛影はあまり気乗りはしていないようだが、独り置いて行かれるのも釈だと感じたのか、最後に井戸へと入っていった。
もちろん彼のことだから、ロープなど使わず、両手をポケットにいれたまま、飛び降りたのだが……。