その9 <翼>

 

 

幸いというか案の定というか、下に落ちた幽助たちに怪我はなかった。
モンスターと戦う以外では、基本的に怪我をしないようになっているらしい。
つまり、「喧嘩」は基本を越えた例外に値するということになるのだが……まあ、その辺りはいつものことなので、対して問題もないだろう。

しかし、偶然とはいえ、モンスターに遭遇せずに一階へ下りてこられたのはラッキーだったろう。
戦いに慣れてきてはいたものの、モンスターだらけの塔を一気に四階まで上がっていった彼ら。
それなりに手傷は負っていたので、あまり戦闘にはなりたくなかったのだ。

……結局、また一晩宿に泊まり、塔を出発したのは次の日の午後だった。

「なあ、まさかまたあの洞窟通るのか?」
「あそこあんまり行きたくねえんだけど。何かジメジメしてて気分わりーし」
「出口があそこしかなければ、選ぶ道はないけど、その前に…」
「その前に?」
「疲れてたから、気付かなかったかもしれないけど、途中で道が分かれていたから。まずは行ってない方へ行こうと思って」
「……出口なのか?モンスターの巣じゃないだろうな?」
「さあ?知りません」
「……(×3)」

この状況下で、「知りません」とあっさり言ってのける辺りが、彼の怖い部分の一つだろう……。
しかしゲーム内では飛影の邪眼もきかないし、蔵馬自身の五感もある程度まで働かない。
ついでに、桑原の霊感といえば、まるで役に立っていなかったりもする。
運の良さも、今のところ攻撃が当てられにくいということ以外、大して発揮もされていない。
本当に遊び人というのは、面倒な職業のようである……。

 

蔵馬の言ったとおり、塔の入口を出たところで、道は三本に分かれていた。
ホコリの具合からして、向かって左が彼らの入ってきた道であり、残る二本がまだ行ったことのない道だろう。

「本当ならもっと早く行きたかったんだけどね。こっちの道にはお宝の気配があるから」
「えっ!?マジ!?」
「ええ」

真っ直ぐ正面の道を指差しながら言う蔵馬。

「右の道にも奇妙な気配はするんだが、まあ宝というよりはむしろ……って、幽助!桑原くん!」

蔵馬の説明も禄に聞かず、幽助たちはあっさりと走り出していた。

「あ!あった、宝箱!」
「マジか!?お、金じゃん!」
「宿代取り戻したな〜!」

……以前、蔵馬と飛影の盗賊行為に呆れかえっていたのは誰だっただろうか……。
今度は完全に彼らが宝物集めに専念し出してしまっている。
彼らは何のために冒険をしているのか、「本気で」忘れてしまっているような節があるようだ……(分かり切ったことだが)

 

「お〜い!こっちに赤い扉あったぜ!鍵貸せ!鍵!」
「俺が開けてやるって!……あ!宝箱!二つもある!」
「木の帽子?よし!俺装備出来る!」
「あ、ずりー!じゃあ、こっちの箱のは俺が……っと、何だこれ?種か?なあ、蔵馬!この種何に使うんだ?」

後ろの方で呆れて見ていた蔵馬に叫ぶように問いかける幽助。
蔵馬はため息をついてから、

「……素早さの種。名の通り、素早さを上昇させるもの」
「そっか!俺使っていいか!?」
「ご自由に……ああ、それと一ついいか?」
「ん?何だ?」
「敵のご登場らしいんで」
「は?…げっ!!またか!?」

すぐ真後ろに大烏どもがいたというのに、全然気付いていなかったらしい。
それくらいならばもう簡単に倒せるようにはなっていたが……それでもこの至近距離で全く気が付かないと言うのは、少々問題のような気がするのだが……。
まあ、蔵馬と飛影の2人がレベルアップしたので、とりあえず結果オーライなのかもしれないが。

 

 

 

「へえ。こんな所に村があったんだな」

キョロキョロと辺りを見回しながら、ため息をつく幽助。
そこはコジンマリとした小さな村で、彼らの出発した亜利亜半とは随分と差があるところだった。
それでも、亜利亜半以外の街村は初めての幽助。
何となく興奮し、桑原共々、あちこち見てまわった。

「こっちの方には来なかったもんな〜。なあ、蔵馬。何て村だ?」
「玲辺(レーベ)の村というらしい。さっき聞いてきた」

幽助たちの後ろを、半ば嫌になってダラけている飛影をひっぱりながら言う蔵馬。
盗賊相手に村名を教えてくれるとも思えないが、ここはあくまでコエンマの創ったゲームの中。
幽助も深くはつっこまないことにした。

 

一通り物色を終わらせ、いったん亜利亜半に戻ろうかと話し出した時、彼らの視界に見覚えのある人物が映った。
といっても、約二名には全く見覚えがなかったのだが……。

「あいつ……どっかで見たことあるような……」
「少林…じゃねえか?」
「そうそう、それ!」

確かに彼らが見ている先にいたのは、かつて幻海の奥義を盗もうと継承者トーナメントに参加した極悪妖怪・少林こと、乱童だった。
彼もまあ幽助に関わりのある人物ではあるが……何故に敵である彼が町中に?

「何やってんだろ?」
「岩を動かそうとしてるみたいだが…どうする?」
「う〜ん……とりあえず手伝ってみるか?」

敵だったとはいえ、攻撃してこないとなれば何とも思わないらしい幽助。
そういえば、飛影も元は螢子を人質にとった相手なのに、再会した時にはやけに親しげに話していたものである。
彼には元々、誰に対しても「危険人物」という意識はなく、敵になった場合のみ攻撃対象になるだけなのかもしれない……。

 

「ほらよ!」

ゲシッ!!

幽助が軽く蹴ると岩は呆気なく動いた。
途端、少林は幽助を振り返り、

「すごいですね〜!その力!いつか役に立つときがきますよ〜!」

と、やけに煽てまくって、岩の下から何やら拾い上げ去っていった。

「何だったんだ?あいつ…」
「多分、小銭でも落としたんだろう……あれ?」

屈み込んで地面を見据える蔵馬。
そっと草を掻き分けると……そこで何かを見つけたようである。

「何だ?」
「メダルみたいだ。ほら前にも拾った」
「ああ、あれか……もう4枚目だな」

今や袋の中はメダルで一杯、ジャラジャラと音を立てるようにまでなっていた。
ふと、その中でメダル以外にも何か入っているのがみえた。

「何だっけ?これ。羽根みたいだけど」
「鬼萌羅(キメラ)の翼。塔で拾ったヤツだな。これを使うと、一度行ったことのある町村へなら一瞬で移動が出来る」
「へえ〜」
「じゃあ、そろそろ帰る算段を…あれ?あんな所に家が……」

何気なく振り返った村の一番奥。
さっきまで馬がいたので気付かなかったのが、そこには赤い扉が……とりあえず物色しようと、蔵馬が歩み寄ろうとしたその時!

 

 

「えっ!?」

ブワッと身体が宙に浮いた。
自分だけではなく、すぐ隣にいた飛影も……そして幽助と桑原も。
そして、次の瞬間には見覚えのある所に4人揃って立っていた。

「へえ、これが瞬間移動って奴か〜」
「マジでいきなり亜利亜半に来ちまったな

「……幽助、桑原くん…」
「何だ?」
「何をしたんだ……?」

明らかに怒った声の蔵馬に、幽助と桑原は少し後ずさった。

「えっ?だから、その……翼使って亜利亜半に帰ってきたんだけど……
「……」

無言で、じろ〜っと細くつり上がった瞳で見据える蔵馬。
後ずさろうにも壁があってこれ以上下がれず、今度はすすっと小さくなっていく幽助たち。
しかし、蔵馬の視線による攻撃は容赦がなく、

「翼は使い切りなんだが……それをすぐ帰れる距離で使ったと?あれは25Gもするんだが?」
「(や、やばい…これはマジで怒ってる…)」

戦闘でヤバいことになっても、決して誰も責めなかった蔵馬だが……。
お金や宝のこととなれば、ここまで変わるのは、やはり彼が盗賊である証拠だろう。
いくら幽助たちが宝箱集めに精を出し始めたといっても、あくまで集めるのに快感を覚えているだけで、蔵馬のように今後のことを計画にふまえているわけではないのだ……。

 

「お仕置きが必要だな…飛影、少し待っててくれるか?」
「フン。寝てる」
「どうも。では……」

「ひ〜!!!!(×2)」