その8 <洞窟>
そして翌朝。
桑原よりも早く目覚めた幽助は、蔵馬と飛影のベッドが何故か使われていない様子を不可思議に思い、何かあったのではないかと、階段を駆け上がった。
が、二人はラウンジの椅子に腰掛け、机に突っ伏した状態でスヤスヤと寝息を立てていた。
安心の反面、かなり大きな疑問があったことは言うまでもないだろう。
折角、久々のベッドだったというのに……まあ、いたのだから問題はないのだが。
しかし、何故彼らがラウンジで寝ているのかは……言うまでもないだろう。
桑原の大いびきの側では寝られない、ラウンジで一夜を明かした方が賢明と判断したのだ。
暗黒武術会で相部屋になった幽助と違い、彼らには免疫がないのだから……。
「…ん?ああ、幽助。おはよう」
人の気配に気付き、蔵馬が目を覚ました。
つられて飛影もむっくりと身体を起こす。
「よお。なあ、何でここで寝てんだ?」
「まあ……色々あって」
「……」
言葉を濁す蔵馬。
本当ならここで、いびきの五月蠅さを愚痴愚痴と言い連ねたいであろう飛影も、寝起きで、しかも完全に満足のいく睡眠でなかったせいもあって、あまり喋りたくないらしい。
まあ寝起きでなくとも、そうだろうが……。
「朝食は?」
「まだだぜ。桑原の奴もまだ寝てるし」
「それはイビキ聞こえてくるから分かるけど……そろそろ起こして。朝食とったらすぐに出発するから」
「す、すぐ?」
「当たり前だろう。追加料金でも取られたらどうするつもり?」
そういう問題なのだろうか……。
まあ確かにコエンマなら、自分がプレイする場合をのぞき、イタズラ半分でやりそうなものだが…。
蔵馬に追い立てられ、渋々階下へ降りていく幽助。
そこでは未だに桑原が高いびきを立てながら、ベッドの上を転がり回っていた。
顔から察するにかなりいい夢を見ているらしい。
「気持ちわりーな〜。何だよ、ニヤニヤしながら……おい!起きろ!桑原!!」
耳元で叫んでみるが、一向に起きる気配はない。
「桑原!!おい!!」
「う〜ん…雪菜さ〜ん……」
「こいつ…おきろってば!……あ、そうだ。ああー!!雪菜ちゃんだーー!!」
「な、何ーー!!?」
……さっきまでどんなに怒鳴っても起きなかったというのに……
一瞬にして、ベッドから跳ね上がり、上下左右に頭をフル回転させる桑原。
幽助はこの、『雪菜ちゃんがいるといえば何があっても起きるだろうな、数回怒鳴ってみるか大作戦』が、一発で成功したことに、呆れる反面、感心していた。
「何だよ!!雪菜さん、いねーじゃねえか!!」
「いるわけねえだろ。まあ、この世界のどっかにはいるだろうけどさ」
「てめー!!騙しやがったなー!!」
「起きねえ、てめーが悪いんだよ!!」
「何だと、やるかー!!」
「けっ!やってやるぜ!!」
朝っぱらから、古塔に響き渡る「怒」の感情たっぷりこもった叫び声…。
彼らの辞書には懲りるという文字はないのだろうか……。
喧嘩は蔵馬が五月蠅さに鬱陶しくなり仲裁に入るまで延々と続き、その手当や、遅くなったが朝食もとらねばならなかったので、結局出発はその日の午後からとなってしまった。
幸い、追加料金は取られずにすんだのだが……。
ドスッ!!ズバッ!!ドッカーーンッ!!
タタタンタタターーン!!
「おっ!またレベルアップか!?」
「ここ入ってから頻繁だな。やっぱり敵が前より強くなってるもんな〜」
「フン。寝入って逃げ出して勝手に遊んで、ほとんど参戦していない奴が言うな」
「何だとー!!好きで寝てるわけでも逃げ出してるわけでも遊んでるわけでもねえんだよ!!勝手に身体が動くんだから仕方ねえだろ!!」
「フン、貴様の本性だろうが」
「あんだとーー!!」
「事実だ」
相変わらず喧嘩しっぱなしの桑原と飛影。
しかし、本当に桑原は好きで寝ているわけではない。
参戦したくても「遊び人」である以上、勝手にそうなってしまうのだ。
これは少々気の毒のような気もするが、レベルアップが一番速いのは桑原なのだから、飛影が嫌みを交えた妬みを言うのは無理もないかも知れない……。
「それにしても、幽助なかなか上がらないな……勇者だから無理ないけど」
「……ほっとけ。もうどうでもいい…」
どうでもいいと言いつつ、その顔は全然どうでもいいとは言っていなかった。
何せ、今回レベルアップしたのも彼ではなく、蔵馬と飛影だったのだ。
桑原はその前に、宿屋を出発して直後の対戦で既にレベルアップしているので、現在の状況は『幽助レベル2、桑原&蔵馬&飛影レベル4』とかなり開いてしまっているのだ。
「幽助。ぼおっとしてるから、怪我してるよ。薬草つけるから腕出して」
「あ、おう…」
「…そんなに気落ちすることないって。次は幽助の番さ、きっと」
と、蔵馬に気休め程度に言われても、あまり嬉しくはなかった(つまり多少は嬉しかった)。
が、浦飯幽助…彼は立ち直りが早い上に、ちょっとしたことでもすぐに歓喜するタイプである。
この数分後に蝎蜂(サソリバチ)を2匹を倒し、レベルが3にUPし、更に火系魔法「瑪羅(メラ)」を覚えた途端に、あっさりと元気を取り戻したのだった。
最も魔力が低すぎるので、魔法を覚えたことについては、あまり意味がないのだが……。
……蔵馬の盗賊としての感を頼りに歩く一向。
滅多に袋小路に行き当たることもなく、モンスターには度々出会ったがそれでも順調に(←やはり本人たちがそう思っているだけ)、上へ上へと進んで行けた。
「随分と歩いたよな〜。今どの辺だ?」
「多分三階辺り……あ、宝箱みっけ!」
「え、マジか!?」
蔵馬のお宝収集には、初めのうちこそ呆れていた幽助たちだったが……。
宿屋で支払う金を宝箱で見つけた分でまかなったとあっては、蔑ろには出来ない。
彼らもまた、宝箱を見つけるのに力を尽くすようになっていた。
最も蔵馬より先に発見したことなど、一度もないのだが……。
「ああ、またメダルだ」
「それ前にも見つけたよな。けど、何に使うんだろうな〜」
★の細工がされた小さな金のメダル。
装備するものでもないらしいが、使用法も分からず、かといって捨てるほど邪魔でもないと、今までとっておいたのだが、かれこれもう3枚目である。
「まあいいじゃねえか。とりあえずとっとこうぜ」
「そうですね。じゃあ…」
袋に大事そうにしまい込む蔵馬。
と、ふいに3人を振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「…やりましょうか」
「おう!」
「今度はまけねえぞ!」
「フン。それは俺の台詞だ」
「けっ!吠え面かくんじゃねえぞ!」
「そっくり返す」
「いくぜ〜!!」
皆から凄まじい闘気が発せられた。
全員が自分以外を敵とし、自分だけを信じ、全ての力をその拳に集結させた。
並みの戦いでは見られない白熱ぶりである。
しかし、こんな時に仲間割れだろうか…?
「じゃんけんぽん!!」
「かったーー!!」
「ふう、珍しいな、一発で決まるなんて」
「さっきはアイコ50回やったもんな〜」
「これで桑原の11戦11敗だな」
「ちくしょ〜!!」
……子供っぽいというか、何というか……。
彼らは何と荷物もちをジャンケンで決めていたのだ。
おそらくはモンスターとの対戦や宝箱が見つかった際の「停止」にて行われるのだろうが……。
聞くところによると、今までずっと桑原が持っていたらしい。
彼はゲームとしても現実としても一番運がよく、幻海師範の継承者トーナメント第二審査でジャンケンゲーム連勝の記録まであるというのに、何故なのだろうか……?(思いっきり疑問…)。
ブツブツ言いながら、荷物を担ぐ桑原。
いちおうはゲームなので、中にいくらいれても重さは変わらないらしいが、それでも元々の重量がかなりある。
成人男性一人くらいは軽く……。
「(コエンマのやろう〜。帰ったら、覚えてろよ〜!)」
と、桑原が心の中で何度も叫んだのは周知の事実である……。
「どうした。蔵馬?」
突然、一つの階段の前で蔵馬が立ち止まったため、皆が同時に彼を振り返った。
「いや…この先は今までとは全く違う雰囲気が」
「何!?まさかラスボスか!?」
「それはいくらなんでも早すぎますよ…」
早すぎるという段階ではないと思うのだが……。
「多分、ここに先へ進む鍵があると思うね」
「ホントか!?んじゃ、早く行こうぜ!!」
タッタカターと階段を一気に駆け上る幽助&桑原。
飛影と蔵馬も顔を見合わせてから、二人を追った。
が、しかし……上った先にあったモノには、全員が呆気にとられるしかなかった…。
まさかこんな展開が待っているなど想像もしていなかったから……。
「……何でだ?」
「さあ…」
「多分、ゲームの設定だろ…」
「だからって何故こいつだ。アニメのオリキャラの分際で…」
皆が見据えるその先には……椅子に寄りかかり、天井見上げながら桑原にも匹敵する大イビキで眠りこけている老人…に扮したジョルジュ早乙女だった。
誰だったら納得がいったというわけでもないが、何故に彼が……。
「おい起きろ!!」
何となくイラついて、蹴飛ばし起こす幽助。
しかし起き上がってきたジョルジュは、
「ん?おお、来られたな」
と、やけに普通にしている。
それには幽助たちもかなり引いた。
痛がりもせず、文句も言わないのは、少々気味の悪いものらしい……。
「(こいつはゲーム内のキャラで、現実のあいつじゃねえんだな……けど、やっぱり変だ)」
幽助たちが引いているにも関わらず、ジョルジュは勝手に話を進めていった。
「わしは何度も夢でそなたに鍵を渡すのを見てきた。この盗賊の鍵があれば赤い扉なら開こうぞ。受け取ってくれるな」
「あ、ああ……」
「わしは再び夢を見よう。こっくりこっくり…」
鍵を渡すとジョルジュはあっさりとまた寝てしまった。
シ〜ンッと辺りが静まりかえる……。
誰も何も言おうとしない。
あまりにも呆気なさ過ぎて、もう怒る気にもなれないのだ……。
「……帰るか、こここれで終わりみたいだしさ」
「そうだな……あ、本当に赤い扉開いた」
手近にあった扉を開けてみる蔵馬。
扉はいとも簡単に開かれたのだ。
もちろんコエンマの趣味であろう、重さに似合わぬ音付きで。
「へえ。あれ?ここさっき上ってきた階段じゃねえか?」
「さっきまで開かなかったのにな……おい、この扉確かコエンマの城にもあったぞ!」
「それはそれは。早速帰って開けてみないとね♪」
「よし、行くぜ〜!!」
「おおーー!!」
いきなり意気込む幽助&桑原。
しかし……それはかなり間違いであった。
「幽助!桑原くん!そっち行ったら危ない…」
「へ?…う、うわああああ!!!」
「あぎゃああああ!!」
「……あ〜あ。どうします?」
壁がないことに気付かず、四階から落ちていった幽助たちを見下ろす蔵馬と飛影。
頭から落ちていったのでひっくり返っているようだが、怪我はなさそうである(何故!?)。
「フン、手間のかかる連中だ」
そう言いつつ、二人を追って自分も飛び降りる飛影はやっぱり優しいのだった。
そんな飛影を蔵馬は穏やかな笑みを浮かべた面で眺め、そして自分もゆっくりと舞い降りていった……。
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