その6 <差>

 

「だあああああ!!!」

ズババッ!!

「やれば出来るじゃないか、幽助」

軽く微笑を浮かべながら言う蔵馬。
剣など使ったこともないと言っていた幽助だったが、蔵馬の指示通り、敵の間合いまで走り込んでいって、叩くように振り下ろしてみると、意外にも簡単に倒せたのだ。
敵と言っても、最弱モンスターの素羅威夢(スライム)なのだが……。

「飛影、そっち終わった?」
「……」

ドサッ…

蔵馬の足下に、ピクピクと痙攣している素羅威夢をほおり投げる飛影。
どうやら、幽助より後に終わったことが、負けず嫌いな彼にとって、かなり悔しかったのだろう。
意地を張って、未だに一人だけ素手でいる彼も悪いと言えば悪いのだが……。
蔵馬がヒノキの棒で半死半生の素羅威夢を叩き潰し、最初の魔物退治は無事終了。
しかし、何故か幽助は浮かない顔をしていた。

 

「けどよ〜。最初に倒した獲物が、素羅威夢2匹ってのは、何かな〜」
「仕方ないでしょ。バランスの悪すぎるパーティなんだから。大烏だって禄に倒せなかったんだし」
「……逃げたのは、蔵馬が引けって言ったから…うわっ!!」
「何か言いました〜?幽助〜」
「あ、いや…」

たら〜りと一筋の汗が幽助の頬を流れ落ちた。
何せ、目の前にさっきまで自分が握っていたはずの剣が突きつけられているのだから、無理もないが……。

「く、蔵馬…盗賊は銅の剣装備不可だろ!!」
「道具としてなら持てるよ」
「使ってるじゃねえかー!」
「まあ、細かいことは気にせずに……それより、さっき何か言いましたよね?幽助〜」
「な、なあ、敵倒しただろ!レベルアップってしねえのか?RPGってそういうもんだろ?」

脂汗を流しながら、必死で話題をすりかえる幽助。
こんなことで話をかけてくれるわけないと飛影は呆れていたが、蔵馬は意外にも素直にゲームカウントに目を映した。
その間に幽助はこそこそと銅の剣を奪還……盗賊相手に引く勇者でいいのだろうか…。

 

「まだまだだ。素羅威夢じゃ経験値が少なすぎる。一番速く上がりそうな桑原くんでも、後9はいるな」
「じゃあ、俺は?」
「勇者は基本的に一番遅い職業だけど……後27ってところかな」

ズデッ…

「け、桁が違う……」
「まあ、気長にやるしかないな。おっと、また来ましたよ」

一回死んだ者の余裕だろうか。
前方からモンスターが向かってきているというのに、落ち着き払っている蔵馬。
まあ、幽助たちも外に慣れ初め、取り乱したりするようなことはなかったが。

「今度のは何だ?ピョコンピョコン跳ねてくるけど」
「一角兎。兎属のモンスターで、レベルは2。素羅威夢よりは強いが、今回は一匹だけ。多分勝てるよ、余裕で」
「よっしゃ〜!」

ズバッ!ドカッ!

幽助と飛影が一発ずつ殴り、一角兎、一瞬にして死亡……。
何の活躍もなく、ゲーム内ではそれほど素早くない幽助よりもトロかった兎……少々気の毒である。

 

「おっし!次行くぜ!!」
「ちょっと待って」
「何だよ。人がやる気だしてるってのによ」
「桑原くん、起こさないと」
「は?何だよ、あいつまだ寝てたのか?」
「そうらしいね」

さっきから、一人台詞も行動も書かれていなかった遊び人・桑原和真。
彼は何と、草原の影でぐか〜ぐか〜といびきをかいて寝ていたのだ。
実は素羅威夢との戦いが始まった途端、いきなりぶっ倒れ、一瞬にして熟睡してしまったのだ。

「おい、起きろよ桑原!」
「んが?終わったのか?」
「終わったのか?じゃねえ!!人が必死に戦ってんのに、何寝てんだ、てめーは!!」

寝入った時には素羅威夢の相手をしていたため、怒る暇もなかった幽助。
いちおう蔵馬から、遊び人の「遊び」の話……遊び人はいきなり戦闘離脱し、勝手な振る舞いをするということは聞いていたが……。
だからといって「ああそうですか」で、すまされるような問題でもないし、すますような幽助でもない。
かなり遅いが、桑原に向かってひたすら文句を言い出した。

「大体、何で寝るんだよ!」
「知るか!いきなり睡魔が襲ってきたんだ!」

今度は桑原が逆ギレ……ついに二人の争いは、言葉を越え、拳へと発展していった。
まあ、いつものことだが。
その様子を蔵馬と飛影は呆れながら、これもまたいつものように眺めていた。

「遊び人の性なんだけどね」
「フン。性質に合わせた職業だろうが。なら、これはこいつの性だ」

 

 

 

そして、やっと喧嘩が終わり、進むこと数時間。
幽助たちは意外にも順調に歩を進めていった。
最も本人たち(蔵馬を除く)が、「順調」と思っているだけで、実際はかなり遅いのだが……。
だが、数回目のバトルを終了(勝利)した時、ついに……!

タタタンタタターーン!!

「な、何だ?今の音?」
「さあ……あっ」
「どうした?」
「レベル上がったんだよ、ほら」
「え、本当か!?」

バッと蔵馬に駈け寄る一同。
蔵馬は手早くゲームカウントを叩きながら、皆のレベルを表示していった。

「桑原くんレベル2、飛影レベル2、俺レベル2だな」
「そうか!そうか!やっと上がったのか!」
「フン、遅いぞ。このゲーム」
「え?標準知ってるんですか?飛影」
「……」

どうやら知らないが、何となく言ったらしい飛影。
こういう時、普段なら幽助が思いっきりからかいに出たりするのだが……。
しかし、彼は今、飛影の言葉のミスを気にしている余裕もない状況にあった。

 

「おい、蔵馬……」
「何です?」
「何で、俺だけ上がってねえんだよ!!」
「だから……勇者は遅いって言ったじゃないか」
「遅いったってなーー!!!」

半泣きになって怒鳴り散らす幽助。
まあ、仲間三人が綺麗にレベルアップしているというのに、自分だけしないというのは……泣きたくなる気持ちも分からないでもない。

「そのうち、上がりますよ」
「……本当だろうな〜」
「上がりたかったら、もっと戦ってレベルをあげないとね」
「戦って…よし、行くぜ!!!モンスター共を俺のレベルアップのためにぶったおすーー!!」

勇んで前進する幽助。
しかし、冒険の趣旨が変わってしまっているような気もするが……。

 

その後、再び数回のバトルを繰り返し……ようやく幽助はレベル2になることが出来た。
モンスターレベル3の大食蟻獣(オオアリクイ)を2匹、まぐれとはいえ仕留めることに成功したからだろう。

しかし、それと同時に桑原がレベル3になってしまったのだから。
レベルが上がった喜びよりも、ますます差が開いてしまった虚しさが、彼の感情を支配したのは言うまでもない……。