その4 <完敗>
「ほ〜、ここが『外』ね〜」
街から一歩出たそこは……さっきまで本当に街の中にいたのかと、疑いたくなるくらい一変していた。
見渡す限り大草原。
蔵馬のみ、遠くの方に海や山が見えているらしいが、他三名にはただ草原が延々と広がっているようにしか見えなかった。
背後に街がなければ、あまりの殺風景さに、気違いにでもなりそうなくらいである。
「で?ここから何処行ったらいいんだ?」
「とりあえずは、他に村がないか探すのが先決だな。小さな大陸みたいだけど、多分あるだろうから」
「んじゃ、行くか」
「あ、幽助、待った!下手に動いたら…ここは外なんだから、突然モンスターが出てくる可能性だってあるんだよ!」
「はあ?……げっ!!?な、何だーー!!?」
本当に冗談抜きで「突然」だった。
もう少し、この刺激のない風景に浸っていても良かったのに……。
現れたモンスターは、4匹。
全て同じ種類のようだった。
青みがかった黒光りする翼、するどいかぎ爪には髑髏が握られており、そのギラギラと光る金色の目には、明らかに殺意が込められていた。
「く、蔵馬……このモンスター、何なんだ?」
「カラスみたいだけど…」
「……」
「蔵馬?」
返答がないことを不審に思い、振り返る幽助。
桑原もふと後ろから覗き込んでみた。
しかし、その怒りに満ちた面を見た途端、全員が同時にバッと目をそらした。
蔵馬は……かなりご機嫌斜めのようである。
まあ、彼にとって「カラス」といえば……あの「鴉」を思い出される生物に他ならない。
暗黒武術会にて、勝負に勝ったとはいえ試合に負けた相手……いや、多分それ以前の問題なのだろう……。
「(ふ、深くはつっこまない方がいいな……)なあ、蔵馬!あれ敵だよな!?」
「…当たり前だろう」
『何を当たり前のことを聞いてくるんだ、この馬鹿』といった顔で、幽助を見据える蔵馬。
別に怒って悪いわけではないのだが……出来ればそれは、余裕のある時にしてもらいたいものである。
「大烏(オオカラス)。魔鳥属の一種。モンスターLv1。攻撃・スピード重視。特殊攻撃なし」
「く、蔵馬?」
「スライムと共に出現することが多い。まあ100%じゃないから、こういう場合もあるだろうね」
いきなりペラペラとモンスターについて解説しだす蔵馬。
怒りはまだ完全にはおさまっていないらしいが、とりあえず正しいことを言っているのだろう。
しかし何故こんな専門用語らしいことを知っているのか……。
「なあ、何でそんなこと知ってんだ?」
「さあ…頭の中にフッと自然に浮かんだって感じだったけど……多分、説明書も公式ガイドブックもないから、パーティの一人に記憶させるシステムになってるんだろう」
「なんつー、いい加減なやり方だよ……まあ、蔵馬なら適任だけど……」
確かに幽助たちに覚えさせても、三日で忘れてしまうのがオチだろう…。
蔵馬を人間ガイドブックにしたということについては、よい選択だったと思われる(人間じゃないけど)。
「それはそうと…」
一人じっと正面を見据えていた飛影が、初めて口を開いた。
「何だよ」
「あいつらと戦うんだろうが。さっさとやるぞ」
「そうだな!よし、行くぜ!!」
「え、ちょっと!」
「一人頭一匹なー!!」
蔵馬の制止も聞かず、アッという間に飛び出していく幽助たち。
「もう、仕方ないな〜」
不安要素は多々あるが……とにかく行くしかないと腹をくくった蔵馬も参戦した。
しかし……。
「くらいやがれ、れいがーーん!!!」
シ〜ンッ……
「おい…浦飯?」
「へ?霊丸!霊丸!!」
シ〜ンッッ……
「幽助…」
「な、何で!?れ、霊気が全然集中しねー!!」
「また無茶な撃ち方したんじゃねえのか〜?酎と対戦した時みたいにさ〜」
「してねーよ!!」
「どっちにせよ出ねーんじゃ話にならねえぜ、浦飯!ここは俺様が霊剣でぶった斬って……あ?」
シ〜ンッ……
「な、何で!?れ、霊剣が出ねーぞ!?」
「桑原くん…それ幽助と同じリアクション……」
「そ、そういう蔵馬はどうなんだよ!?飛影は!?」
「……(×2)」
「で、出来ねえのか?」
生唾を呑み込みながら、おそるおそる尋ねてみる幽助。
蔵馬と飛影は、同時にため息をついて、首を立てに振った。
「う、嘘だろ……じ、じゃあどうやって戦えってんだ!!」
「だから…渡された武器で、だろ?」
「んなこと言ったって、こんなの使った事ね…」
「幽助!後ろ!!」
「へ?うわっ!」
幽助が振り返るより早く、蔵馬が彼を突き飛ばした。
途端に……、
「うわあああぁっ……!!」
「く、蔵馬!!」
一瞬にして、群がる烏たち。
内部で蔵馬の悲痛な叫び声が木霊した……。
「蔵馬!!蔵馬!!!」
烏どもを蹴散らし、わっと蔵馬に駈け寄る幽助たち。
しかし……蔵馬は完全に事切れていた……。
「う、嘘…だろ?」
「じょ、冗談だよな…あは、は…だってゲーム始まったところ、だぜ?」
「……」
あまりに突然すぎた。
まさか…ゲームの序盤中の序盤……街を出たばかりなのである。
これからという時に……。
「……ない…そんなことあるはずない!!おい、起きろ!!蔵馬!!」
蔵馬の破れた胸ぐらを掴んで揺さぶる飛影。
息のない彼が返事をするはずがないのに……。
「起きろ!蔵馬!!」
「飛影。そんな乱暴に扱わないで」
「五月蠅い!!黙ってろ、蔵馬……え?」
「今の声…」
「蔵馬…蔵馬か!?」
「ああ」
「ど、何処だ!?何処にいる!?」
頭を360度に振り回して探す飛影。
しかし、その困惑しきった瞳に、話している蔵馬の姿は映らなかった。
邪眼で探そうとバンダナをむしり取ったが……何故か、その額に第三の眼がない。
「どういう…ことだ…」
「多分、ゲーム内では存在しないんだと思う。というか、妖怪も人間も関係ないんだ。俺もいくら気を高めても、感情を乱してみても、妖狐に戻れなかったよ」
つまり、烏に向かって怒りを放っていたのは、ただ鴉を思い出していただけではなかったらしい。
まあ、彼がただ単に昔の恨みだけで、あれだけ怒るとも考えにくいが……(全く可能性がないわけではないが)。
「と、とにかく蔵馬!貴様、今何処にいる!?」
「すぐ近くにいるけど……君たちからは見えないらしいね。いちおう死んでるから」
「どういうことだよ!?お前…やっぱり死んでるのか!?」
「いちおうって言っただろ。とにかく、一旦引くんだ。このままだと全滅する」
「ぜ、全滅?…げっ!!」
突然、暗い影が落ちたかと思うと……先ほどの烏たちが自分たちの真上を旋回しているではないか。
いきなり襲ってくるような気配はなかったが、それでも時間の問題のようである。
しかし……こっちは蔵馬を欠いている上、皆武器を使い慣れていない。
向かっていっても、結果は目に見えている。
と、なれば……。
「逃げるのは性にあわねーけど……」
「仕方ねえか、場合が場合だし……」
「……」
珍しく意見の一致した幽助たち…。
胸の内は、不満と不服に満たされ、怒りをおさえるだけでやっとという状況ではあったが……。
「ほら、早く!」
と、死んでいる蔵馬に急かされては致し方なく、結局初めての敵を目の前にしながら、街へと引き返していったのだった……。
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