第一章 〜亜利亜半大陸〜

 

その1 <朝>

 

 

「……すけ!幽助!!」
「ん〜?誰だよ、まだ眠てーっての…」
「幽助!起きなさいってば!!」

バッと布団を剥がされ、幽助は思わず飛び起きた。

「何すんだよ!……って、おふくろ!?」

驚きのあまり、一瞬にして目が覚めた幽助。
無理もない。
目の前で仁王立ちになっているのは……実の母・浦飯温子だったのだ。
しかし、彼女は宴会(?)に参加してもいなければ、ゲームの中に吸い込まれてさえいないはずである。

それなのに何故……。

 

「(え?今までのって夢なのか?…けど、ここ……俺の部屋じゃねえ…)」

キョロキョロと辺りを見回す幽助。
そこはレンガ造りの小さな民家のようなところで、ベッドとタンス以外何もない、質素な造りの部屋だった。

家が全壊する度、引っ越しを重ねてきたが(あくまで町内で)、こんな家に住んだことなど一度もない。
またマンションが大破でもして引っ越しただろうか……?
しかし、そういう記憶は全くない幽助。
首をひねっていると、温子がその頭に蹴りを入れてきた。

「いってー!!何すんだよ!?」
「あんたね〜!もう、はやく起きてよ!今日は、王様に会いに行く日でしょ!」
「はあ?」
「この日のため、母さん。あんたを一人前の男の子にしたつもりだからね!」

いつもと同じような横柄な態度……。
しかし何を言っているのかさっぱり分からない。
確かに彼女は肝が据わっていたし、ゲームは得意だったが……今はそういう問題ではない。
いつの間にゲームの中へ入ってしまったのか、ということなのだ。

 

 

「(…一体どういうことだ??)」

わけが分からないまま、とりあえずベッドから下りる幽助。
その時初めて、自分のしている格好に気づいた。
いつものTシャツとジーパンではない。
何やら、ド派手な青い上着に黄色の服、しかも紫色のマントまで付けている。

「こ、この格好…かなり恥ずかしいな…」
「ほら、早く!」
「ああもう!わーったよ!!今行く!!」

ブツブツ言いながらも、階下へ降り、温子の後に付いていく幽助。
外へ出てみると……やはり自分はゲームの世界へ来てしまったのだと実感した。
周囲の風景があまりに違いすぎる。
建物は皆レンガ造りだし、植わっている木々も,、見たことのないものばかりである。

「本当にゲームなんだな〜」
「何やってんの!ほら、こっからは一人で行くのよ!王様に失礼のないようにね!」
「ちぇっ」

 

気は進まないが、とにかく自分以外の誰かを捜さねば。
誰が主人公なのかも分からない状況では、自分一人ではどうしようもない。

まず一番に見つける必要がありそうなのは、諸悪の根元であるコエンマ(幽助とも言うが…)。
彼を見つけない限り、このゲームはそう簡単にはいかないだろう。
最も彼がいれば、どうにかなるのかと言えば、そうでもないかもしれないが……。

城へ入ると、門番が、

「ようこそ、亜利亜半の城へ!」

と言い、ビシッと敬礼した。
どうやらここは、亜利亜半(アリアハン)と言うらしい。
まあそんなこと、あまり関係ないが……。

「王様がお待ちです」
「王様はこの上です」

何人もの家来が次々と話しかけてくる。
普通のRPGならば、自分から話しかけていくまで何も言わないものなのだが。

「コエンマのやろう。聞かずに先先進んでく連中が多いからってな〜。これじゃうるせーだけだぞ」

そういう幽助が、一番先先進んでいくタイプだろうに……。

 

真っ赤な絨毯がひかれた階段を、一歩一歩上っていく幽助。
とにかく王様とやらに、会わねば……。
一体、どんな人物なのだろうか。
大概、こういう所の王様というのは、ヒゲが生えて、年配で、偉そうにしていながら、実際は頼りない人物と、相場は決まっているのだが……。

「(……待てよ。確か前にもこんなことなかったっけ?)」

幽助はふと下を向き、腕組みした。
前にも、こんなことがあった気がする。
適当に、何処かのお偉いさんを想像し、そして出てきたのが、笑い転げるような人物だったような……。

「(……そうだ。あの時、意気込んでいったのに、待っていたのは……)」

 

 

 

 

「遅かったな」

ズデンッ

思いっきり前方へ転がる幽助。
背中のマントがはためき、そのまま前が見えなくなった……。

案の定というか何というか……王様というのは、コエンマのことだった。

そう。幽助が一度死に、初めて霊界へ行った時のこと。
思い描いていたのとは、180°どころか別世界くらい違っていて、大笑いしたものであるが……今回は思いっきりコケただけだった。

 

「コ、コエンマ〜〜」
「現実でもゲームの中でも、わしは王が似あっとるらしいな。何せ、一大陸を統治している王だからな!」
「他になるのがなかっただけじゃね〜のか」
「幽助!失礼でしょ!」

コエンマの横から怒鳴ったのは、どうやら大臣らしいが、

「ぼたん…おめーが大臣か?」
「そうみたい。でも多分他の所でも会うと思うよ」
「どういう意味だ?」
「さあね」

よく意味の分からないとこを言うぼたん。
が、あまり深く考えない幽助である。
正面を向き直って、コエンマに問いただした。

 

「で、これからどうすりゃいいんだ。っつーより、主人公誰になったんだよ」
「……阿保か。お前に決まってるだろう」
「はあ?お、おれ!?」

ぎょっとし、後ずさりする幽助……。
いちおう『幽☆遊☆白書』では自分が主人公である。
コエンマが王になるならば、自分が主人公になるのが妥当ではあるだろう。
しかし、そんな単純な決め方をされるなど……。
流石、コエンマの創ったゲームというか何というか……。

「(…俺、死ぬつもりはねえけど……RPGってあんまり得意じゃねえんだけどな…蔵馬の方がよかったんじゃねえのか?)」

あれこれ思案している幽助を無視して、コエンマは勝手に話を続けた。

「まあ、とりあえず旅の目的言っとこうか。お前は勇者として世界の平和のために、この世界中を旅する。ちなみに設定は父親の意志を継いでということらしい」
「親父って……雷禅かよ」
「違う。この世界では外の世界とは設定が違うこともある。お前の父親は雄婁照果(オルデカ)という男だ。最も故人だがな」
「ふ〜ん。何かよくわからねーけど……あ、そうだ!」

突然、思い出したように叫ぶ幽助。
多分、本当に突然思い出したのだろうが……。

 

「何だ?」
「あのよ〜。さっきお袋がいたんだ。まさかあそこにいなかった奴まで、取り込まれたってことはねーよな!?」
「安心しろ。その母親は本物ではない」
「本物じゃ…ない?」

よく分からない言い方をされ、怪訝そうな顔でコエンマを覗き込む幽助。

「実はな。このゲーム、主人公の身近な人物が勝手にインプットされ、登場してくる仕組みになっておるのだ。だから、その母親は本当の母親ではない。コンピュータが作り上げたものだ。本物は現実世界にちゃんといる」
「なんだ、そっか……おい、ってことはまさか、他にも出てくるのか?」

何か嫌な予感がして、尋ねてみる幽助。
もう二度と面を拝みたくないような奴らが出てきたら……そう思うと、元々なかったやる気が、更に失せるというものである。
しかし、コエンマはあっさりと、

「ああ。お前の身近な奴らだったらな。まあ何処らへんまでが身近かはよくわからんが……ま、そのうち慣れるさ」
「いい加減にも、ほどがあるぜ…」

もう怒る気になれない幽助。
しかし、その半端な言い方がかえってコエンマを刺激してしまったようで、

「うるさい!ほれ、金と武器やるから、さっさと留衣々田(ルイーダ)の酒場に行け。そこで仲間を探してこい。まあ、誰かは検討つくがな」
「ああ、大体な……じゃあ、行ってくるぜ。はやいとこ、終わらせて帰りたいし」

足下に投げ出された金と武器を拾い上げ、幽助はため息混じりにその場を立ち去ろうとした。
が、ふいにコエンマに呼び止められた。

 

「そうだ。幽助。これ持っていけ」

後ろから投げられたモノを、振り向かずに片手でとる幽助。
ハタからみれば、かな〜りすごいことなのだろうが、本人にとっては朝飯前である(蔵馬も余裕で出来る)。

「何だよ?これ」
「ゲームカウントだ。パラメータや経験値の管理なんかをしてくれる。そうだな、蔵馬に渡しとけ。お前だとなくしそうだ」
「悪かったな!!」

いちおうもう18歳だというのに……彼は思いっきり子供のようである。
思い切りアカンベエなどをして、床が抜けるくらい足音でデカくたて(実際、一部抜けた…)城を後にした……。