<傷> 1
「出てきたら、どうなんです?」 そう問いかけても、彼は答えようとしなかった。
……蔵馬が今いるのは、とある建物の中。 うち捨てられ、古びた洋館。 複雑に絡み合う階段は、あちらこちら痛みが走っており、向こう側が見えているところもあるが、手すりなどに残された細工から、以前は凝った装飾であったことが伺える所だった。
其の分、お化け屋敷などという噂もあり、滅多に人は寄り付かない場所。 100%ではないのは、こうして蔵馬が時折訪れているから。 奥の方の部屋には、造り置いていたり、実験途中だったりする薬草の類が、ゴロゴロ陳列されている。 最も、今のところ一人暮らしなので、ある程度は持ち帰っていたが、近いうちに母も退院するので、改めて場所を移しに来たのだ。 ……もう一つのついでに。
「分かってるんだ、そこにいるのは。ずっとこっち、見てたでしょ?」 今度はちゃんと声が返ってきた。 無理もないと、蔵馬は苦笑する。
「そっちの階段の踊り場、鏡があったんだよ。今は破片しか残ってないけどね。そこに、ちらちらと影が」 「こっち、来たらどうです?」 「そうですか。それで、飛影」 飛影と呼んだ彼は、相変わらず出てこないまま。 しかし、蔵馬は気分を害した様子もなく、踊り場を下った廊下で、視線の先の天窓を見つめている。
正直、ホッとしていた。 一年前、再会できるかという問いかけに対し、「敵としてなら」と言ったのは彼だし、「どちらでも」と答えたのは自分だったけれど。 やはり、多少なりとも申しわけなくは思っていた。 あの日からさして日数は経っていないのに、こうして殺気なしに現れたということは、彼も執行猶予ですまされたのだろう。
「用件は?」
大体見当はついている。 裏切ったことへの恨み言か、何かだろう。 一発二発は殴られるかと思って、ここで待っていた。
(出来れば、腹はやめてほしいかな。この体、いちおう人間だから、治りが遅いし)
大分、妖怪化しているとはいっても、元々はひ弱な人間のもの。 飛影の背中からは、もう血の匂いはしない。 しかし、こちらは未だに傷が塞がっていない。 薬草を詰め込んで、思いっきり縫ってあるが、如何せん治りが遅い。
ただの刺し傷ならよかったのだが、何せ降魔の剣で刺された上、それにあの時……
「……傷は、どうだ」
「!」
飛影のその言葉に……蔵馬は、とても驚いた。 驚いてしまった。 意外すぎた。 想像の範疇外だった。
「…………」 「……どうだと聞いている」 ぽかんっとしている蔵馬に、飛影は重ねて問いかける。 それでも蔵馬は答えられなかった。
「……気に、してくれてるのか?」 「……答えろ」 「どうして? 君を裏切ったのに?」 「答えろと言っている」 「…………」 また蔵馬は黙ってしまった。
「……もういい!!」 「っ!」 次の瞬間、蔵馬の視界はひっくり返った。 「ちょっ、飛影!」 「飛影、俺そういう趣味は……」 「…………」
「……治って、ないのか」 「……ええ」 諦めて、蔵馬は溜息をついた。 そして手振りで、どいてくれと意を伝える。
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