<傷> 2

 

 

 

「しばらくはこのままかと」
「……いつ、治る」

 はがされた包帯を直しながら、蔵馬は答えた。
 あらかじめ手元に用意しておいた予備の包帯も使いこんでいく。
 血の滲みは、思ったほど酷くはなかった。

 

「分かりません。この体、いちおう人間だしね……降魔の剣で刺されたんだから、当然かな」
「それだけではないだろう」

「……気づいてたんだ」
「当たり前だ。自分の体のことだ」

 言いながら、飛影はくしゃりと頭を抑える。
 正確には、額を。

 

 

 そこにあるのは……あの邪眼。

 

 邪視≠ニも言われ、人間界では呪い≠フ表す魔力の象徴だった。

 魔界では多少概念が異なるが、同じような効果は勿論ある。
 だからこそ、同名で位置づけられているのだ。

 しかも、本物の邪眼は単なる呪い以上に、危険な代物。
 望遠や透視、炎の妖気の増幅だけでなく、そのまま直接的に、毒の如きダメージを与える力があり、だからこそ人間を操ったり封じたり出来るのだ。

 額のたった一つでさえ、その威力。
 ましてや、体中に邪眼を開いていたあの時には、その力は更に増していた。

 

 常ならば、蔵馬ほどの妖怪には、何の影響も及びはしない。
 普通の人間でさえ、邪眼で睨まれなくなれば、その内解放されるのだから。

 

 でも、あの時……蔵馬は傷を負っていた。

 しかもよりによって、降魔の剣で。
 あの毒の剣で。

 いくら妖怪でも、体は人間の蔵馬にとって、刺されたダメージだけでも計り知れないのに……。

 

 

 

「邪眼の力を……邪視≠大量に取り込んだだろう」
「ええ、まあ。でも、致死量には届かなかったから、その内治るよ」

「致命傷にはなったということか」
「……正直にいえば」

 流石にここまできて、誤魔化す気にはなれなかった。

 あの後、歩いて帰ることは出来なかった。
 結局、気絶した少女を霊界案内人に任せ、幽助に肩を借りた。
 彼だって大怪我していたのに。

 

 けれど、彼には悪いが……頭の中は、別のことでいっぱいだった。

 霊界の鬼たちが引き取りに来た、飛影の身柄。
 乱暴に担がれていった彼を。

 彼の後ろ姿ばかり、見ていた。

 家について、幽助が帰った直後、ベッドに倒れ込んで、何日もうなされながらも。

 考えていたのは、飛影のことばかりだった。

 

 今、こうして目の前にきてくれるまで……気が気でなかった。

 

 

 

 

「……何故、恨まない」
「はい?」

「何故、俺に何も言わん。恨み言の一つも」
「…………」

「何だ、その顔は」
「え〜っと、どんな顔?」

「さっきの驚いた顔より酷い。四白眼になっている」
「……三白眼が普通の君には言われたくないけど」
「どうでもいい。それで、何だその顔は」

「何って言われても……君こそ、恨み言の一つも言わないんですか? 俺が来なかったら、君、勝ってたのに」

 あえて、裏切った≠ニいう言葉は使わずに、問いかけてみた。

 

「……貴様が言うか」
「まあ、それはそうだけど。俺以外が聞くわけもないでしょう?」

「……今更貴様に言って、何になる」
「……どうでもいい、と?」

 それは少し寂しい、とは言葉にしなかった。

 

 

「いいわけあるか」
「…………」

「だが、貴様に言えば、その百倍、かえってくる。貴様はいつでも一言多い」
「……なるほど」

「それで、貴様はどうなんだ。死にかけたことを、何故恨まない」
「…………」

「答えろ」
「……そう、ですね」

 蔵馬は少し考えた。

 

 飛影は言った、正直に。
 彼にしては珍しく、嘘をついていない。

 いや、飛影は元々、あまり蔵馬に嘘をついてはいないけれど。
 単なる推測だが。

 嘘をつけばつくだけ、後が厄介だと本能的に知っているのだろう。

 

 

 

「はっきり言って、想定外でした」
「想定外?」
「ああ」

 蔵馬も正直に答えることにした。
 彼にしては珍しく。

 虚言も真実も、綯い交ぜにして生きてきた蔵馬だけれど。
 この時だけは。

 

「言われてみれば……とも、今になって、思うよ。誰かさんのせいで、死にかけたって」
「…………」

「けど、それよりも幽助に加担したことの方が後ろめたかったかな。そのことで、飛影が拘束でもされているんじゃないかって」
「…………」

「そのことで、頭、いっぱいだった。今日ここで待ってたのも、きっと恨まれているだろうから、」
「恨んでないとは言っていない」
「ええ。だから、一発二発殴られる覚悟で」
「…………」

 にっこり笑って言うと、飛影は大きく溜息をついた。

 その様子に。
 殴る様子のない手に。
 呆れかえった顔に。

 蔵馬は思った。

(ああ……俺はまだ……飛影の仲間≠ナいられているんだ……裏切った≠フに……恨まれている≠フに……それでも、飛影の中で、俺はまだ……)

 

 

 

 

 

「誰が殴るか。後々が死ぬほど面倒だ」
「それはどうも」

「帰る」
「ああ」

「伝言だ」
「はい?」

「近いうちに、コエンマから徴収がかかる。いちおう、身辺整理はすませておけ、だそうだ」
「了解」

 そして、黒い影は消えた。

 けれど、蔵馬の心にあった暗い影は、とても綺麗に流れ去っていたのだった。

 

 

 

 終

 

 

 

 

 

 

 〜作者の戯れ言〜

邪眼≠チて、まさか百科事典には載ってないよな〜と思って、ウィキあけてみたら、普通にありました!(爆)

 飛影くんの邪眼は、「1.霊力の弱い人間の動きをとめたり、操ったり、記憶をいじったり出来る」「2.色々すっとばして遠くが見える」「3.炎のワザの時、使う(ただし、生まれながらにOKだったので、なくてもいいっぽい)」「4.ジャンケンの遅出しが見える(笑)」とか、色々あったけど、出来ること全部明かされているわけじゃないんで。

「邪視(邪眼)によって人が病気になり衰弱していき、ついには死に至る事さえあるという」という記述から、想像してみました。

 まあ、幽助くんが動けなくなった邪眼を前にしても、フツーに動いていた蔵馬さんだから、問題はないと思うんですけれどね(考えてみれば、滅茶苦茶強いってことですよね。幽助くん、邪眼封じてもらって、やっと勝てたんだから)

 

 ……っていうか、いうほど「シリアス」じゃないですかね?(随所にコメディが……/汗)