<傷> 2
「しばらくはこのままかと」 はがされた包帯を直しながら、蔵馬は答えた。
「分かりません。この体、いちおう人間だしね……降魔の剣で刺されたんだから、当然かな」 「……気づいてたんだ」 言いながら、飛影はくしゃりと頭を抑える。
そこにあるのは……あの邪眼。
邪視≠ニも言われ、人間界では呪い≠フ表す魔力の象徴だった。 魔界では多少概念が異なるが、同じような効果は勿論ある。 しかも、本物の邪眼は単なる呪い以上に、危険な代物。 額のたった一つでさえ、その威力。
常ならば、蔵馬ほどの妖怪には、何の影響も及びはしない。
でも、あの時……蔵馬は傷を負っていた。 しかもよりによって、降魔の剣で。 いくら妖怪でも、体は人間の蔵馬にとって、刺されたダメージだけでも計り知れないのに……。
「邪眼の力を……邪視≠大量に取り込んだだろう」 「致命傷にはなったということか」 流石にここまできて、誤魔化す気にはなれなかった。 あの後、歩いて帰ることは出来なかった。
けれど、彼には悪いが……頭の中は、別のことでいっぱいだった。 霊界の鬼たちが引き取りに来た、飛影の身柄。 彼の後ろ姿ばかり、見ていた。 家について、幽助が帰った直後、ベッドに倒れ込んで、何日もうなされながらも。 考えていたのは、飛影のことばかりだった。
今、こうして目の前にきてくれるまで……気が気でなかった。
「……何故、恨まない」 「何故、俺に何も言わん。恨み言の一つも」 「何だ、その顔は」 「さっきの驚いた顔より酷い。四白眼になっている」 「何って言われても……君こそ、恨み言の一つも言わないんですか? 俺が来なかったら、君、勝ってたのに」 あえて、裏切った≠ニいう言葉は使わずに、問いかけてみた。
「……貴様が言うか」 「……今更貴様に言って、何になる」 それは少し寂しい、とは言葉にしなかった。
「いいわけあるか」 「だが、貴様に言えば、その百倍、かえってくる。貴様はいつでも一言多い」 「それで、貴様はどうなんだ。死にかけたことを、何故恨まない」 「答えろ」 蔵馬は少し考えた。
飛影は言った、正直に。 いや、飛影は元々、あまり蔵馬に嘘をついてはいないけれど。 嘘をつけばつくだけ、後が厄介だと本能的に知っているのだろう。
「はっきり言って、想定外でした」 蔵馬も正直に答えることにした。 虚言も真実も、綯い交ぜにして生きてきた蔵馬だけれど。
「言われてみれば……とも、今になって、思うよ。誰かさんのせいで、死にかけたって」 「けど、それよりも幽助に加担したことの方が後ろめたかったかな。そのことで、飛影が拘束でもされているんじゃないかって」 「そのことで、頭、いっぱいだった。今日ここで待ってたのも、きっと恨まれているだろうから、」 にっこり笑って言うと、飛影は大きく溜息をついた。 その様子に。 蔵馬は思った。 (ああ……俺はまだ……飛影の仲間≠ナいられているんだ……裏切った≠フに……恨まれている≠フに……それでも、飛影の中で、俺はまだ……)
「誰が殴るか。後々が死ぬほど面倒だ」 「帰る」 「伝言だ」 「近いうちに、コエンマから徴収がかかる。いちおう、身辺整理はすませておけ、だそうだ」 そして、黒い影は消えた。 けれど、蔵馬の心にあった暗い影は、とても綺麗に流れ去っていたのだった。
終
〜作者の戯れ言〜 邪眼≠チて、まさか百科事典には載ってないよな〜と思って、ウィキあけてみたら、普通にありました!(爆) 飛影くんの邪眼は、「1.霊力の弱い人間の動きをとめたり、操ったり、記憶をいじったり出来る」「2.色々すっとばして遠くが見える」「3.炎のワザの時、使う(ただし、生まれながらにOKだったので、なくてもいいっぽい)」「4.ジャンケンの遅出しが見える(笑)」とか、色々あったけど、出来ること全部明かされているわけじゃないんで。 「邪視(邪眼)によって人が病気になり衰弱していき、ついには死に至る事さえあるという」という記述から、想像してみました。 まあ、幽助くんが動けなくなった邪眼を前にしても、フツーに動いていた蔵馬さんだから、問題はないと思うんですけれどね(考えてみれば、滅茶苦茶強いってことですよね。幽助くん、邪眼封じてもらって、やっと勝てたんだから)
……っていうか、いうほど「シリアス」じゃないですかね?(随所にコメディが……/汗)
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