<プライド> 1
「そういや、蔵馬。一つ聞いていいか?」 広い広い霊界の大図書館。
別段、大きな声を出したわけでもない。 ましてや、彼……霊界の最高権力者の息子であるコエンマは、今のところ、怒っても驚いてもいないのだ。 つい先ほどまでの会話も、ここ数日の天気のことやら、人間界の社会情勢のことなどばかりだったくらいで……。
「何をですか?」 蔵馬と呼ばれた彼の声もまた、空間に響いた。 長い赤毛を邪魔にならぬよう、一つにまとめた様は、日頃の下ろしている姿も美しいが、これはまた趣を異にする。
事実、数週間前に、いちおうは盗賊≠ニして逮捕されたはずの彼を、霊界案内人の女性の半分は、危ない視線で見つめていたりする。 相手は妖怪。 天秤にかけるまでもなく、皆、赤らむ頬を抑えきれないらしいのだ。
とにかく、本来の意味以外で、ある意味、とても危険な人物であることにかわりはない。 よって、執行猶予中ということでコキ使いやすいにも関わらず、こうしてコエンマ監視の下でしか、仕事を押しつけられないでいるのだった(鬼に命じたこともあったが、霊界案内人らの方が強かった……)
「ほら、あれだ」 「お前たちが盗んだ秘宝のことだ。お前、どうして、暗黒鏡の細かい使い方や、捧げるモノの答え、知っていたんだ?」 コエンマの問いかけに、蔵馬の手が一瞬止まった。
「…………」 しかし、すぐに書類仕分けに戻った。 「どうして≠ニ、いうと?」 問いに問いで返されたが、コエンマは気分を害した様子もなく、言った。
「ああ、正直な話、わしと親父くらいしか知らなかったことだぞ。剣と玉はともかく、鏡の使い方……正確にいえば、代償≠セけはな。――お前が本当は何歳なのかは知らないが……あの鏡を親父がコレクションしたのは、わしが生まれる前だ。持ち主が転々と変わる≠ニいわれながら、実のところ、親父が使わずにずっと持っていたから、相当長寿の妖怪でも知らんヤツがほとんどだと思っとったんだが」 「まあ、そうでしょうね。剛鬼も知らなかったみたいだから」 さも当然と言わんばかりの蔵馬に、コエンマは「やっぱり……」と言いながら、少しひっかかりを覚えた。
「……その言い方だと、飛影は知っとったのか?」 「いいえ。でも、俺が教えました。使い方が分からないんじゃ、鏡は盗まなくていいって言ったから。剛鬼には聞かれないように、さりげなく」 「何で、剛鬼には教えなかった?」 さらっと、とんでもないことを言ったような気もするが、聞かないことにした。
「じゃあ……何で、お前は知ってた?」 そして、蔵馬は言った。
「俺が作ったんですよ、あれは」
「ああ、なるほど。それでか……。…………。…………。…………。…………は?」
「30秒。随分かかりましたね」 手元で時計を見ながら、くすくす笑う蔵馬。 「え、え、あれ、お、まえ…が?」 「……まさか、剣と玉も?」 「…………。……あそ」 「…………」
しばしの沈黙。
「蔵馬」 「ちょっと違いますよ。あれは俺が使うために作ったんじゃないから」 「霊界裁判に支障をきたすと思うので、それは内緒で」
「簡単にいえば、暇つぶし≠ナすよ。遊びだったんです。使うと命を奪われるけれど、どんな願いでも叶えるものを手に入れたら、人間はどんな反応するのかなって。数十年、遊べましたよ。色んなパターンがあって」 「…………」 「……そこで、ちょっと≠ニいう辺りが、今でも性格悪いと思うぞ、わしは」 はあっと溜息をつくコエンマ。
「……じゃあ、わざわざ盗まなくても、新しく作れたんじゃないのか? 遊びで作ったようなもの……そんなに時間がかかるものなのか?」 「やろうと思えば、3日ほどで」 蔵馬が秘宝を盗んだのは、母親のためだった。
「飛影たちが来なかったら、多分そうしてたと思います。実際、必要なものは集めきっていたし」 「ここだけの話にしておいてもらえます?」 さっきのことも含めて、これから話すこと全部……。
「……ああ、約束だ。誰にも言わん」 微笑んで、会釈して。 そして、蔵馬は語った。
「俺、飛影のこと、結構好きなんです」
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