<プライド> 1

 

 

 

 「そういや、蔵馬。一つ聞いていいか?」

 広い広い霊界の大図書館。
 その最奥――といっても、重要書類などがあるわけではなく、いらなくなったボロボロの古本が山積みになっているだけの倉庫的空間――で、彼の声は響いていた。

 

 別段、大きな声を出したわけでもない。
 無駄に天井が高すぎるので、嫌でも響いてしまうのだ。

 ましてや、彼……霊界の最高権力者の息子であるコエンマは、今のところ、怒っても驚いてもいないのだ。
 大きな声を出す理由もない。

 つい先ほどまでの会話も、ここ数日の天気のことやら、人間界の社会情勢のことなどばかりだったくらいで……。

 

「何をですか?」

 蔵馬と呼ばれた彼の声もまた、空間に響いた。

 長い赤毛を邪魔にならぬよう、一つにまとめた様は、日頃の下ろしている姿も美しいが、これはまた趣を異にする。
 ほこり避けの三角巾やエプロンも、彼が着ると、全く野暮ったく見えないから不思議である。

 

 事実、数週間前に、いちおうは盗賊≠ニして逮捕されたはずの彼を、霊界案内人の女性の半分は、危ない視線で見つめていたりする。

 相手は妖怪。
 でも、美形。
 それも絶世の。

 天秤にかけるまでもなく、皆、赤らむ頬を抑えきれないらしいのだ。
 その中に、霊界探偵助手が含まれていないのが、不幸中の幸いではあるが……。

 

 とにかく、本来の意味以外で、ある意味、とても危険な人物であることにかわりはない。

 よって、執行猶予中ということでコキ使いやすいにも関わらず、こうしてコエンマ監視の下でしか、仕事を押しつけられないでいるのだった(鬼に命じたこともあったが、霊界案内人らの方が強かった……)

 

 

 

「ほら、あれだ」
「あれ?」

「お前たちが盗んだ秘宝のことだ。お前、どうして、暗黒鏡の細かい使い方や、捧げるモノの答え、知っていたんだ?」

 コエンマの問いかけに、蔵馬の手が一瞬止まった。

 

「…………」

 しかし、すぐに書類仕分けに戻った。
 口はちゃんと動かしながら。

「どうして≠ニ、いうと?」

 問いに問いで返されたが、コエンマは気分を害した様子もなく、言った。

 

「ああ、正直な話、わしと親父くらいしか知らなかったことだぞ。剣と玉はともかく、鏡の使い方……正確にいえば、代償≠セけはな。――お前が本当は何歳なのかは知らないが……あの鏡を親父がコレクションしたのは、わしが生まれる前だ。持ち主が転々と変わる≠ニいわれながら、実のところ、親父が使わずにずっと持っていたから、相当長寿の妖怪でも知らんヤツがほとんどだと思っとったんだが」

「まあ、そうでしょうね。剛鬼も知らなかったみたいだから」

 さも当然と言わんばかりの蔵馬に、コエンマは「やっぱり……」と言いながら、少しひっかかりを覚えた。

 

「……その言い方だと、飛影は知っとったのか?」

「いいえ。でも、俺が教えました。使い方が分からないんじゃ、鏡は盗まなくていいって言ったから。剛鬼には聞かれないように、さりげなく」

「何で、剛鬼には教えなかった?」
「いけ好かなかったんで」
「…………」

 さらっと、とんでもないことを言ったような気もするが、聞かないことにした。

 

 

「じゃあ……何で、お前は知ってた?」
「そんなの簡単ですよ」

 そして、蔵馬は言った。
 あまりに衝撃的すぎて、コエンマも一瞬理解出来ない言の葉を。

 

 

 

「俺が作ったんですよ、あれは」

 

「ああ、なるほど。それでか……。…………。…………。…………。…………は?」

 

 

 

「30秒。随分かかりましたね」

 手元で時計を見ながら、くすくす笑う蔵馬。
 コエンマは外れそうになった顎を必死に元の位置に戻し、それでも金魚のようにパクパクというか、カクカクする口を何とか動かして、

「え、え、あれ、お、まえ…が?」
「はい」

「……まさか、剣と玉も?」
「いいえ。三大秘宝っていうのは、多分人間界の三種の神器になぞらえて、後から作られたのかと。俺が作ったのは、鏡だけですよ」

「…………。……あそ」
「はい」

「…………」
「…………」

 

 しばしの沈黙。
 その間、蔵馬の手元はしっかりと動いていたが、コエンマの両手は胸の辺りで、右にいったり左にいったりと、落ち着かないままだった。

 

 

 

「蔵馬」
「はい?」
「ってことは、お前は……元々、自分のものだったのを盗んだのか?」

「ちょっと違いますよ。あれは俺が使うために作ったんじゃないから」
「……まあ、それはそうだろうな。使ったら、普通死ぬんだから……って、じゃあ何で作った?」

「霊界裁判に支障をきたすと思うので、それは内緒で」
「……黙っててやる。ここだけの話だ」

 

「簡単にいえば、暇つぶし≠ナすよ。遊びだったんです。使うと命を奪われるけれど、どんな願いでも叶えるものを手に入れたら、人間はどんな反応するのかなって。数十年、遊べましたよ。色んなパターンがあって」

「…………」
「今にして思えば、ちょっと性格悪かったかなとも思うけど」

「……そこで、ちょっと≠ニいう辺りが、今でも性格悪いと思うぞ、わしは」

 はあっと溜息をつくコエンマ。
 そして、ふと気づく。

 

「……じゃあ、わざわざ盗まなくても、新しく作れたんじゃないのか? 遊びで作ったようなもの……そんなに時間がかかるものなのか?」

「やろうと思えば、3日ほどで」
「辻褄あわんぞ」

 蔵馬が秘宝を盗んだのは、母親のためだった。
 自分の薬草では、自分の力では、治せなくて。
 そのはずだった。

 

「飛影たちが来なかったら、多分そうしてたと思います。実際、必要なものは集めきっていたし」
「……なら、どうして……」

「ここだけの話にしておいてもらえます?」

 さっきのことも含めて、これから話すこと全部……。
 聞き返さなくても、分かっていた。

 

「……ああ、約束だ。誰にも言わん」
「どうも」

 微笑んで、会釈して。

 そして、蔵馬は語った。

 

 

 

「俺、飛影のこと、結構好きなんです」