<プライド> 2

 

 

 

 ……俺、結構飛影のこと、好きなんです……

 

 

 

「え゛」

 どん

 がん

 どすん

 ばさばさばさ……

 

「……大丈夫ですか?」

 脚立の上から振ってきた霊界最高権力者の息子を前に、蔵馬は困ったように屈み込んだ。
 その上に降り積もった本を、おなさけ程度にどけながら。

「あ、ああ……え、お前、まさか……」
「変な意味じゃないですよ」

 楽しそうに苦笑しながら、蔵馬は言った。

 

「仲間のような、好敵手のような、味方のような、敵のような、同志のような……時として、家族にも思える彼のことが」
「あ、そ、そうか。そういう意味、か……」

 心の底からほっとするコエンマ。
 別段、そういったことに差別意識があるわけではないが、いきなり言われれば、誰だって一瞬は驚くものだ。

 胸をおさえて、息を整える彼を見ながら、蔵馬はしばらく待った。
 そして頃合いを見て、言う。

 

 

「だから……叶えてあげたかったんです。捜し物=v

「……さがしもの?」

 初耳だった。

 何度か霊界裁判が行われた中で、飛影は一度として、そんなことは言ってはいなかった。
 事情が事情ならば、情状酌量の余地もあるだろうに。

 あえて、言わずにいる。

 飛影の真意も、蔵馬の真意も、見当がつかないまま、彼の次の言葉を待った。

 

 

「飛影には、捜し物があるんですよ。手段を選んでいられないほどに、大切な捜し物が。おそらく二つ」
「は? 二つも?」

「確実ではありませんけどね。多分、二つです。捜し物がたった一つだけならば、飛影はあそこまで死ぬのを怖れたりしないでしょうから」
「……怖れとるのか? あいつは」

「少なからず、少し前のオレよりは」
「…………」

 母親のために死のうとした……そんな経験があるからこそ、感じたのだろう。
 コエンマには、よく分からなかったが、ともかく次の言葉を待った。

 

 

「二つの捜し物の内、優先させ探しているモノは、今現在、人間界にある……飛影の邪眼をもってしても届かないけれど。かといって、他人には絶対に頼れないんでしょう、彼のことだから」

「それは、まあ……」

 どんな捜し物かは分からない。
 しかし、捜し物がなんであれ、見つけたいからと飛影が誰かを頼るとは、到底思えない。

 空よりも高く、海よりも深い、彼のプライドを考えれば……。

 

 

「できれば、協力したい。しかし、飛影のことだから、俺にだけは何があっても教えないと思うので」

「……それで、闇の三大秘宝、か。三つ揃っていれば、いくらでも使い道はある。――捜し物にも届くかもしれない、か」
「ええ」

 切った人間を下僕に出来る剣。
 人間の魂を吸い取る玉。
 願いをかなえる鏡。

 捜し物がなんであれ、人間界に存在していれば、おそらく100%の確率で見つかるだろう。
 方法はかなりエグくはなるだろうが。

 

 

「飛影が言っておったらしいな。隙を見て、蔵馬と剛鬼を殺して手に入れようと思っていた≠ニ」
「知ってましたよ」
「…………」

「そして、俺はそうしてあげたかった」
「…………」

 答える蔵馬には、痛みも苦しみもなかった。
 ただ、淡々と答えていた。

 そしてそれは、本音でしかなかった。

 

「けど、そんなこと言ったら……飛影のことだから、ムキになって、手に入れても絶対に使おうとしないでしょう?」
「まあ……そうだろうな」

 成層圏よりも高く、海底よりも深い、彼のプライドを考えれば……。

 

 

 

「かといって、飛影と俺が本気で殺し合ったって、彼が無傷のまま俺が死ぬなんて、ありえない。下手すれば、相打ちだ。それは避けたかった」
「だから……暗黒鏡を選んだのか? 自然な成り行きでお前が死ぬように……」

 母親を助けるという名目で。
 飛影が手を汚さず、飛影が肉体的な傷を負わず、宝を手に入れるために。

 

「ええ。そもそも、剛鬼と飛影が持ちかけたのは、『闇の三大秘宝を盗み出すこと』じゃなくて、『霊界の宝物庫から、人間界を支配できる品を手に入れよう』だったから。閻魔大王が三大秘宝を集めていることは知っていたから、これ幸いにと」
「…………」

「他にも、飛影の役に立ちそうな道具で、母さんを治せそうなものも、色々知ってたけど……都合良く行きそうだったのは、あれくらいだったから」

 

「……じゃあ、何で幽助に懺悔なんかしたんだ? わざとあいつの前に現れてまで」
「剛鬼がやられた時点で、計画が狂ったのは、事実ですけど、それ以上に幽助に興味を持って。死ぬ前にちょっと我が儘してもいいかな〜と」
「…………」

「まあ、あそこでオレが助かるのは、一番の計算外でしたけどね。あそこで暗黒鏡を回収してもらったら、霊体の状態で自首して、飛影の犯行動機を先に暴露してやろうかと思ってたから。そうしたら、飛影もただの『危険人物』じゃなくなるでしょう?」

「なるほどな、そういうつもりだったわけか……っと、ちょっと待て」
「はい?」

「なら……何で、幽助を助けた? 飛影の邪眼を封じてまで……」

 

 母親の命が助かり、自分も助かって。

 計画が狂ったのは確かだ。
 最後の宝を取り戻すまで、蔵馬の件は情状酌量の余地ありということで保留ということになっていたから、霊界へ告げ口にも来られなかっただろう。

 だが、飛影の捜し物を手伝いたいのが、一番の目的だったのならば。

 幽助を助ける理由がない。

 

 いや、助けてもいい。
 しかし、邪眼を封じるというあのやり方では、飛影の「負け」の可能性は……逮捕の可能性は、格段に上がってしまっただろう。

 とっさとはいえ、蔵馬がそれに気がつかないはずがない。
 幽助を助けた上で、飛影を負けさせないで逃がす方法に。

 予想外の「雪村螢子を妖怪化させる」という重罪を回避すべく、秘宝は諦めさせても、身一つで逃亡させ、別の手段で捜し物を追うという形に持っていくことは、いくらでも出来たはずだ。

 幽助の指令は、宝を取り戻すのが最優先。

 あそこで飛影が宝を置いて逃げたところで……追うことは、しなかっただろうし、出来なかったはずだ。

 

 

 

 

「幽助への借り……か?」
「まあ、それもちょっとだけありますけど……本心は違うかな。――貴方なら知ってますよね? あれで飛影、人殺しはまだしたことないってこと」
「いや、知ってるが……」

 裁判において、前科は徹底的に調べあげられる。
 蔵馬は今のところ、南野秀一≠ノなる前までさかのぼれずに、保留となっているが(大体見当はつくが、証拠社会である)

 剛鬼はともかく、飛影の罪状はとても意外なものだった。
 妖怪殺しは山ほどしているものの、彼は未だ人間を殺したことがなかったのだ。

 

「何でお前も知っている?」
「人を殺した妖怪はすぐに分かります。においでね」

「ああ、死臭か……お前は狐だったな」
「ええ」

 あっさり認め、そして蔵馬は言った。

 

「人間を殺したことがない以上、一度縛されても、執行猶予がつくのは分かっていた……だから、あえて捕縛してもらったんですよ。逃亡者として指名手配され続けるより、執行猶予で人間界に居続けさせた方が、捜し物へも届きやすいと踏んだのでね……だから、負けさせる方向へ持っていったんです。あそこで、幽助が勝てなかった時のことも、何通りか考えた上で」

「!」

 その言葉で、気づいてしまった。
 恐ろしい事実に。

 

 

 

「つまり、だ」

「はい」

 

「お前は、幽助も、ぼたんも、雪村螢子も、母親も、わしも、秘宝も、霊界も……お前自身さえも、全て利用したのか。飛影のために」

「少し違うかな。飛影に捜し物≠見つけてほしい、俺自身のため……ようは、エゴですよ」

 

 言った蔵馬は……わらっていた。

 笑っていない。
 嗤っていない。

 ただ、微笑っていた。

 

 当たり前のことだけど、ずっと思っていたことだけど。

 誰かに話せてよかった。

 そんな顔だった。

 

 

 ……そして、ここまで話を聞いて。

 更なる裏がないと思えないのが、悲しいところ。

 

 

 

「……何なんだ、その捜し物とやらは」
「あれ? 分かります?」

「ここまで聞けば、嫌でもな……お前、おおよそ感づいているだろう。あえて、わしに話したな?」
「話が早くて助かります」

 今度は嬉しそうに笑った。

 

「ユキナ=v
「ユキナ?」

「おそらくは、人間界にいるんだと思います。邪眼でも見つけられない以上、妖気を封じられ、監禁されているかと。飛影が邪眼を移植したのは、つい最近の話だから、そう大昔からということもないと思いますよ。彼まだ若いし」

「……情報、名前だけか?」
「種族は氷女」
「一番先に言わんか! 名前なんかより、よっぽどアテになるだろうがっ!!」

 怒鳴ってから、コエンマは大きく溜息をついた。

 

「……分かった。確約はできんが、探そう。執行猶予中に、面倒おこされたら、こっちもたまったものではないからな」
「ありがとうございます」

「全く……お前、本当に性格悪いな。書庫整理を手伝わせようと思ったのに、余計な仕事が増えたわい」
「それはそれは」

 軽口だが、内心では申し訳ないと思っているようだった。
 いくら霊界の捜査網でも、そう簡単にはいかないと分かっているからだろう。

 

 だが、あえて飛影の捕縛に協力し、こうした2人きりの状況をセッティングできる環境にはい上がってきたのだ。

 あくまでも、妖怪である彼。
 下手をすれば、命はない世界へ。

 

 それだけ、蔵馬は飛影のことが……。

 

 

 

「……本当に好きなんだな、飛影が」
「ええ……自分の命が惜しくない程度には」

「それ、結構だぞ」
「そうですか?」

「とりあえず、捜査代金と口止め料分、働け」
「はい」

 

 

 

 ……そして、数十日後。
 コエンマは一本のビデオテープを飛影に託した。

 本当のことを。
 宇宙よりも高く、マントルよりも低い飛影のプライドを考えてくれた蔵馬のことを。
 全世界よりも広く、ある意味どこまでも極端に狭かった蔵馬の愛情を。

 言おうか言わまいか悩んで……

 

「頼んだぞ」

 言えたのは、結局それだけだった。

 

 

 

 終

 

 

 

 

 2010年8月から2011年8月までのアンケートで、票を頂いたテーマ「ダーク」です。

 いつもに比べると、ややダークさが低かったかな?
 まあ、さりげなく酷いことは連発したけど。

 あ、蔵馬さんの飛影くんへの愛情は、あくまでもお兄さん%Iなモノですので。