<プライド> 2
……俺、結構飛影のこと、好きなんです……
「え゛」 どん がん どすん ばさばさばさ……
「……大丈夫ですか?」 脚立の上から振ってきた霊界最高権力者の息子を前に、蔵馬は困ったように屈み込んだ。 「あ、ああ……え、お前、まさか……」 楽しそうに苦笑しながら、蔵馬は言った。
「仲間のような、好敵手のような、味方のような、敵のような、同志のような……時として、家族にも思える彼のことが」 心の底からほっとするコエンマ。 胸をおさえて、息を整える彼を見ながら、蔵馬はしばらく待った。
「だから……叶えてあげたかったんです。捜し物=v 「……さがしもの?」 初耳だった。 何度か霊界裁判が行われた中で、飛影は一度として、そんなことは言ってはいなかった。 あえて、言わずにいる。 飛影の真意も、蔵馬の真意も、見当がつかないまま、彼の次の言葉を待った。
「飛影には、捜し物があるんですよ。手段を選んでいられないほどに、大切な捜し物が。おそらく二つ」 「確実ではありませんけどね。多分、二つです。捜し物がたった一つだけならば、飛影はあそこまで死ぬのを怖れたりしないでしょうから」 「少なからず、少し前のオレよりは」 母親のために死のうとした……そんな経験があるからこそ、感じたのだろう。
「二つの捜し物の内、優先させ探しているモノは、今現在、人間界にある……飛影の邪眼をもってしても届かないけれど。かといって、他人には絶対に頼れないんでしょう、彼のことだから」 「それは、まあ……」 どんな捜し物かは分からない。 空よりも高く、海よりも深い、彼のプライドを考えれば……。
「できれば、協力したい。しかし、飛影のことだから、俺にだけは何があっても教えないと思うので」 「……それで、闇の三大秘宝、か。三つ揃っていれば、いくらでも使い道はある。――捜し物にも届くかもしれない、か」 切った人間を下僕に出来る剣。 捜し物がなんであれ、人間界に存在していれば、おそらく100%の確率で見つかるだろう。
「飛影が言っておったらしいな。隙を見て、蔵馬と剛鬼を殺して手に入れようと思っていた≠ニ」 「そして、俺はそうしてあげたかった」 答える蔵馬には、痛みも苦しみもなかった。 そしてそれは、本音でしかなかった。
「けど、そんなこと言ったら……飛影のことだから、ムキになって、手に入れても絶対に使おうとしないでしょう?」 成層圏よりも高く、海底よりも深い、彼のプライドを考えれば……。
「かといって、飛影と俺が本気で殺し合ったって、彼が無傷のまま俺が死ぬなんて、ありえない。下手すれば、相打ちだ。それは避けたかった」 母親を助けるという名目で。
「ええ。そもそも、剛鬼と飛影が持ちかけたのは、『闇の三大秘宝を盗み出すこと』じゃなくて、『霊界の宝物庫から、人間界を支配できる品を手に入れよう』だったから。閻魔大王が三大秘宝を集めていることは知っていたから、これ幸いにと」 「他にも、飛影の役に立ちそうな道具で、母さんを治せそうなものも、色々知ってたけど……都合良く行きそうだったのは、あれくらいだったから」
「……じゃあ、何で幽助に懺悔なんかしたんだ? わざとあいつの前に現れてまで」 「まあ、あそこでオレが助かるのは、一番の計算外でしたけどね。あそこで暗黒鏡を回収してもらったら、霊体の状態で自首して、飛影の犯行動機を先に暴露してやろうかと思ってたから。そうしたら、飛影もただの『危険人物』じゃなくなるでしょう?」 「なるほどな、そういうつもりだったわけか……っと、ちょっと待て」 「なら……何で、幽助を助けた? 飛影の邪眼を封じてまで……」
母親の命が助かり、自分も助かって。 計画が狂ったのは確かだ。 だが、飛影の捜し物を手伝いたいのが、一番の目的だったのならば。 幽助を助ける理由がない。
いや、助けてもいい。 とっさとはいえ、蔵馬がそれに気がつかないはずがない。 予想外の「雪村螢子を妖怪化させる」という重罪を回避すべく、秘宝は諦めさせても、身一つで逃亡させ、別の手段で捜し物を追うという形に持っていくことは、いくらでも出来たはずだ。 幽助の指令は、宝を取り戻すのが最優先。 あそこで飛影が宝を置いて逃げたところで……追うことは、しなかっただろうし、出来なかったはずだ。
「幽助への借り……か?」 裁判において、前科は徹底的に調べあげられる。 剛鬼はともかく、飛影の罪状はとても意外なものだった。
「何でお前も知っている?」 「ああ、死臭か……お前は狐だったな」 あっさり認め、そして蔵馬は言った。
「人間を殺したことがない以上、一度縛されても、執行猶予がつくのは分かっていた……だから、あえて捕縛してもらったんですよ。逃亡者として指名手配され続けるより、執行猶予で人間界に居続けさせた方が、捜し物へも届きやすいと踏んだのでね……だから、負けさせる方向へ持っていったんです。あそこで、幽助が勝てなかった時のことも、何通りか考えた上で」 「!」 その言葉で、気づいてしまった。
「つまり、だ」 「はい」
「お前は、幽助も、ぼたんも、雪村螢子も、母親も、わしも、秘宝も、霊界も……お前自身さえも、全て利用したのか。飛影のために」 「少し違うかな。飛影に捜し物≠見つけてほしい、俺自身のため……ようは、エゴですよ」
言った蔵馬は……わらっていた。 笑っていない。 ただ、微笑っていた。
当たり前のことだけど、ずっと思っていたことだけど。 誰かに話せてよかった。 そんな顔だった。
……そして、ここまで話を聞いて。 更なる裏がないと思えないのが、悲しいところ。
「……何なんだ、その捜し物とやらは」 「ここまで聞けば、嫌でもな……お前、おおよそ感づいているだろう。あえて、わしに話したな?」 今度は嬉しそうに笑った。
「ユキナ=v 「おそらくは、人間界にいるんだと思います。邪眼でも見つけられない以上、妖気を封じられ、監禁されているかと。飛影が邪眼を移植したのは、つい最近の話だから、そう大昔からということもないと思いますよ。彼まだ若いし」 「……情報、名前だけか?」 怒鳴ってから、コエンマは大きく溜息をついた。
「……分かった。確約はできんが、探そう。執行猶予中に、面倒おこされたら、こっちもたまったものではないからな」 「全く……お前、本当に性格悪いな。書庫整理を手伝わせようと思ったのに、余計な仕事が増えたわい」 軽口だが、内心では申し訳ないと思っているようだった。
だが、あえて飛影の捕縛に協力し、こうした2人きりの状況をセッティングできる環境にはい上がってきたのだ。 あくまでも、妖怪である彼。
それだけ、蔵馬は飛影のことが……。
「……本当に好きなんだな、飛影が」 「それ、結構だぞ」 「とりあえず、捜査代金と口止め料分、働け」
……そして、数十日後。 本当のことを。 言おうか言わまいか悩んで……
「頼んだぞ」 言えたのは、結局それだけだった。
終
2010年8月から2011年8月までのアンケートで、票を頂いたテーマ「ダーク」です。 いつもに比べると、ややダークさが低かったかな? あ、蔵馬さんの飛影くんへの愛情は、あくまでもお兄さん%Iなモノですので。
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