<黒> 1
『フン! これはヤツの問題だ。ヤツが自分で解決するべきことだ』
……ああは言ったが、その時の飛影の心中は決して穏やかではなかった。
理由はいくつかある。
第一に、邪眼を持つ飛影には、敵が偽物であると気付いていたからだ。
あの化け物と呼ぶに相応しい冥界鬼であることを、邪眼はいち早く見抜いていた。
最も多分、蔵馬とて気付いていたのだろうが…。
偽物だと分かっていても、「偽物だ。倒す」と簡単に割り切れないほど、大切な友だったのだろう。
頭で理解していても、感情が追いついていかないことは、誰にでもあること……とりわけ、蔵馬は日頃感情を抑えているだけに、一度火がつくと止められないところがある。
だからこそ、敵とし、突き殺した瞬間は、今までにないほどの怒りに燃えたのだけれど。
第二に、多分ないとは思っていたが、万一蔵馬が倒されるようなことがあったら…と。
おそらくそれはない。
いくら幻影で騙していても、力量が違いすぎた。
しかし、もし蔵馬が反撃出来なければ……深手は負ってしまうかもしれない。
それが少しだけ……気になっていた。
それを人は「不安」や「心配」というのだが、飛影は多分認めはしないだろう。
そして第三に……。
「フン。くだらん…」
ぼんやりと数日前に起きた冥界との戦闘を思い出しつつ、ふいにいつもの台詞を吐き出した飛影。
最も思い出していたのは、冥界のことではなく、別のこと。
あの、蔵馬を騙した冥界鬼……そいつが化けていた男のことだった。
長い黒髪を持ち、藍色の瞳を持っていた。
黒い翼の生えた鵺一族の青年。
そして、あの、偽物とはいえ…いや、偽物だからこそ、蔵馬を惑わす材料として必要不可欠だった、赤い石のペンダント…。
……多分、間違いない。
あの日。
飛影が生まれ、捨てられ、そして出会ったあいつに……。
「何だ? 貴様は」
生まれる前から聞こえていた耳で、生まれてはじめて聞いた『男の声』は、彼のものだった。
同時に、生まれる前から見えていた目で、生まれてはじめて見た『男』も、彼だった。
黒く長い髪と、切れ長の藍色の瞳。
大きな黒い翼。
自分がどんな面をしているかは、まだ分からなかったが、少なくとも背中に羽は生えていないことは分かっていたから、とにかく彼と自分とでは、大きく種族が異なるということだけは分かった。
最も、知識などないに等しかったから、種族だの魔族だの言われても、何も分からなかったかもしれないが…。
「おい。何だって聞いてるだろ? いきなり空から、人の上に降ってきやがって。何で赤子が空から降ってくるんだ?」
……どうやら、氷河の国からほおり出された自分は、彼の上に落ちたらしいと、この時ようやく気づいた。
そういえば、かなり至近距離だなとは思っていたが。
周囲はいちおう森だが、地面はやたらと岩が多いごつごつした地形担っている。
あそこに落ちたら、死にはしなかっただろうが、まあただではすまなかっただろうなと、ぼんやり考えていた。
「……ひょっとして、あそこから落っことされたのか?」
ふいに彼が上を指さしているのに気づいた。
頭上に広がるのは、分厚い雲。
しかし、彼にはその先にあるのが分かっているらしい。
「あの雲の上にあるのは氷河の国だろう? ってことは、貴様、忌み子か?」
「……」
別段否定する理由もない。
あっさり頷くと、彼はため息をついた。
「全く。氷河の国は今も昔も進歩がないな……」
その言葉で何となく分かった。
「…貴様も忌み子か」
「何だ。喋れるじゃないか、貴様」
「…答えろ」
「ああ。俺も忌み子だ」
彼は隠す気もないようで、すんなり答えた。
そしてにやっと笑って言った。
「最も今は、忌み子としては通ってないがな。俺は盗賊だ。盗賊黒鵺」