<黒> 4
「……会ったのか?」
「あ?」
「会ったのか? そいつに。別れてから、一度…」
「……本当、お前意外なくらい鋭いな」
ふうっと大きく息を吐き出す黒鵺。
飛影は、言われ方に少しムッとしたが、
「答えろ」
とだけ言った。
黒鵺は頷いて、
「ああ」
と、答えた。
「ただし、一度だけじゃない」
「何?」
「何度も会ってる。毎日とは言わないが、月に一度は余裕で会ってる、今もな」
「……」
「付け加えて言えば、お前も会ってるぜ」
「何だと?」
これには少なからず驚いた。
確かに黒鵺と暮らしてから、色んな妖怪に会ってきた。
氷泪石や黒鵺の石、あるいは双方の命を狙ってきた連中だけでなく、黒鵺の同業者や古い知人とかいう連中も極々少数だが、いた。
「……どいつだ?」
「聞いても、覚えていないじゃないのか?」
「……」
図星だった。
はっきり言って、名前など誰一人として覚えていないが……というより、名前を聞いた覚えのあるヤツもほとんどいないような気もする。
名を轟かせたい盗賊はともかく、暗殺者などは名を知られることを嫌う。
そのため、飛影に面と向かって名乗った者などほとんどおらず、また黒鵺との会話上でも滅多に名の出た者はいなかったのだ。
「名前は聞いてなかったかもな。あいつが来たのは、俺に預けてた盗品を取りに来た数秒だけだったし。お前とは会話どころか、挨拶もしなかったからな」
とはいえ、飛影が誰かに挨拶したことなど一度もなく、向こうからしてきた者も極少数なのだが。
「覚えてないか? 銀髪の妖狐なんだが…」
「銀髪……あっ」
覚えがあった。
珍しく、奇跡的に。
あの銀髪。
あの冷たい金の目。
あの白い耳と尾の妖狐。
間違いない、ヤツだと、飛影は確信を持っていた。
長い銀髪。
月光に反射して光っているような、美しい髪が、風になびいていた。
白い肌に白装束。
何となく、氷河の国の連中を連想させながら、全然違うなと思った。
……顔は覚えていない。
というより、見ていない。
見たのは、あの…冷たい瞳だけだった。
何でも、盗んだ品に特別な毒が染みついていて、妖気の性質上、その妖狐は触ることが出来ず(出来ないこともなかったらしいが、あえて危険を侵す必要性もなかったらしい)、黒鵺は問題なく触れたので、預かっていたとか。
ようやく数年経って毒が抜けたので、妖狐が売りに出すとかで、引き取りにきたとか。
そういう用件だったと思う。
毒も完全には抜けきっていなかったため、妖狐はマスクをつけていた。
故に、飛影には瞳しか見えなかったのだ。
しかし、だからこそ、あの瞳が鮮烈な印象を与え、飛影にしては珍しく、しっかりと覚えていたのだが。
「……おい」
「何だ?」
「あいつが貴様を拾ったのか?」
「ああ……あ、もしかして、年のことか? あいつ、俺と同じくらい…というか、年下くらいに見えるって?」
「……」
無言で頷く飛影。
黒鵺はうんうんと頷いて、
「だろうな。いくら俺が年とるの早いといっても、ガキの頃の話だし。今は貴様にあってから、全く変わっていないしな。そんな俺より年下に見えるヤツが俺を拾ったというのは、変だという貴様の気持ちも分からないではない」
「……で、どうなんだ」
「ああ、間違えてないぜ」
手の平の中で、石を弄びながら、黒鵺は少し笑った。
「間違えるはずがないからな。あんなヤツ、この世に一人しかいない。色んな意味でな……まあ、種明かしすれば簡単なんだがな。妖狐は長寿を重ねた狐の変化。つまり、あの姿は変化だ。いくつにでもなれる」
「……なるほどな」
得心のいった飛影。
だから、次の言葉は特に待ってはいなかった。
だが、黒鵺は勝手にしゃべった。
そして飛影はそれを聞いていた。
「同時に妖狐となった狐は、不死の魂を手に入れるからな。ヤツは俺が生まれた日から、外見上、全く年を取っていない。内面も成長はしても、年は取らない。妖力も落ちない。落とされない限りはな。今、一体いくつなのかは、俺も知らないし、多分当人も忘れているだろう。ヤツはいつか殺されるその日まで、あの姿でいるんだろう……昔のことを、次々と忘れてな……」
そう言った黒鵺は、少し寂しそうでもあった。