<運命のサイコロ> 3

 

 

「じゃあ……3つ目は?」
「これが一番大きな違い……かな?」
「分からないから、教えて」

蔵馬が尋ねる前に、ずずいっと詰め寄るぼたん。
蔵馬は苦笑して、言った。

 

 

「まもるべきもの、の違いだよ」
「まもるべきもの?」
「そう」

言ってから、蔵馬はそっと窓から夜空を仰いだ。
満月だった。
多くの星が煌めくはずの空だが、今夜は月の光が全てを隠してしまっている。

 

「その王様は……王様だったことが、悲劇かもしれない。まあ、王様以前に将軍だったことも、かな?」
「どういう意味?」

「つまりね。ただ一個人であれば…ってことだよ。力はあっても、それを生かすための職業につかず、誰も引っ張れない……自分の僅かな大切な人たちとだけ、幸せに暮らしていく、僅かに大切な人たちだけを、まもっていく。そういう道があれば、彼もこんなことにはならなかったのかもしれない……」
「……でも、それは幽助も同じだろ? 魔界にも人間界にも、幽助を支持してる妖怪は多いし、人間界も…ちょっとだけど、幽助と仲のいい人たち、いるよ? 霊界はほんの一握りだけどさ」

ぼたんの言い分も最もだった。
今、幽助が一番大切なのは、間違いなく、螢子と子供たちだ。

だが、魔界には最初のトーナメント以来、幽助を応援する妖怪もたくさん出来た。
三年に一度、今でも出場しては、いい成績を収めている。
その度に、仲のいい連中は増えていた。
最も優勝経験が全くないのは、多分頭のせいだろうけれど……。

そして、人間界でも桑原はじめ、友人たちがいる。
霊界にはコエンマもいるし、もちろんぼたんもいる。

王様との違いは、特にないように思われるぼたん。
しかし、蔵馬は首を振った。

 

 

「大きく違うんだよ。王様…将軍でも同じだけれど。彼は自分の大切なものをまもることも必要だけど……それが失われた時、どうした?」
「……犯人捜しやめて、公務に勤しんだ」
「そう。そうでもしないと、平常心を保てない。犯人が分かれば、人間も吸血鬼もなく、迷わず殺しに行くから。でも幽助なら、どうすると思う?」
「あっ……」

考えるまでもない。
幽助にそんなことが出来るはずがない。
犯人捜しどころの話だろうか?
誰彼構わず……となっても、不思議はない。
世界の全て、破壊しても、「幽助らしい…」とすら、思ってしまうかも知れなかった。

 

 

「そういうこと。それに犯人が分かっても、王様は相手を殺していないだろう? 死んだ妻が悲しむから……でも、幽助にはそんなこと、多分出来ないよ。仮にね……螢子ちゃんを殺したのが、俺だったとして……きっと、俺を殺すよ」
「そ、そんな…!」
「すると思うだろ?」
「……」

する、絶対する。
いくら相手が蔵馬であっても……幽助はきっとする。

確証はないが、絶対にすると、ぼたんも言えた。
桑原が死んだ(と思った)時、幽助は絶望にうちひしがれた。
そして、戸愚呂を殺した。
それが螢子であれば、あれの非ではないはず……。

 

 

「そんな幽助なんだよ。王様みたいにはならない。自分の気持ちに正直に…本能的に生きている。それをみんな知っているんだ。誰もそんな危ない橋は渡らないよ。今まで、螢子ちゃんを人質にしたり、傷つけたりした連中、飛影以外は全員死んでるだろ?」
「まあ……ね」

確か、幽霊だった頃の1回は死にはしなかったと思うけど、と少し思ったが、あの当時は人間だったこともあるから、仕方ないだろう。

「最初のトーナメント直前、幽助と会ったことすらなかった黄泉ですら、人質は取らなかった。形だけでもね。審判の門が占拠された時も、ぼたんたちは人質になったけど、螢子ちゃんはならなかっただろう? 皿屋敷市はターゲットになったが、螢子ちゃんだけ先に殺されていたり、逃げられなくなったりはしていなかった。死を恐れない連中でさえ、彼女に手を出すことをあえて避けたんだ……人質一つで、安全な相手と危険な相手がいるけれど、幽助は後者だよ」

 

……だから、大丈夫。
蔵馬は笑顔で言った。

 

 

 

 

「……蔵馬は?」
「ん?」
「蔵馬は……どうなんだい?」

心配げに尋ねるぼたんに、蔵馬は意味を察したらしい。

「俺は王様みたいになるか…ってこと?」

こっくりと頷くぼたん。

 

「ならないよ、多分ね」
「……そうかい?」

まだ不安は晴れないらしい。
蔵馬は苦笑した。

 

「確かにね。さっき言ったみたいなことのうち、いくつは俺には当てはまらないね」
「だろう? 1つ目なんか、特にさ」

結構それは幽助に対して酷いのでは……。

「2つ目も、かな?」
「まあね。俺はこの通りだから」

そう言って、20を過ぎた頃から、ほとんど変わっていない外見を見下ろす。
幽助が検査した時、同行していた蔵馬もチェックしてもらった結果、蔵馬は幽助と真逆だった。
大隔世遺伝と融合では全く違うのは分かっていたことだが、蔵馬は年を取らない身体になっていたのだ。
寿命については、はっきりしたことは言えないが、おそらく人間よりも長いだろう。
既に千年以上生きてきたのだから、もはや寿命もないに等しいのかもしれない。

幸い、狐のため、変化の術が使えるため、もう少ししたら、少し年を取った風に変化するという手段を選び、人間界にいることにしている。
霊界は、今のところ、コエンマとぼたん以外、検査を受けたことすら知らない状態である。

 

 

「けどまあ……3つ目は幽助と同じだから」
「……そう?」
「ああ。俺も幽助と同じだよ。人質を取られたことは何度もあるけどね」

黄泉とかに……とは言わなかった。

「でもそういう連中の大半は、殺したよ」
「そっか……」
「俺は幽助以上に立場とかがないからね。仲間もそれほど多くはない。ある意味、幽助よりも放置した方がいいんじゃないかな。幽助以上に、殺すことに慣れているから、方法もいくらでも思いつくし」
「それは…怖いね」

やや引きつり気味のぼたん。
蔵馬は気付いていたが、あえて突っ込まなかった。

「王でない以上……まもるべきものだけ、俺はまもっていくよ。王様のようにはならない」

だからこそ、王が気の毒で仕方ないとも思う。
誰かの上に立つ人なのに、最愛の存在を見つけてしまった人の不幸。
力があるのに、大切な存在を見つけてしまったことによる悲劇。
それを突きつけられた、その言の葉。

幽助は自分と重ねてしまっていた。
蔵馬も少し自分と重ねてしまった。

 

でも彼とは違う。
自分たちは……違うのだ。