<運命のサイコロ> 2
「……そうなのかい?」
「ああ。もちろん、理由もね。ちゃんと言ったよ」
「理由?」
顔を上げるぼたん。
蔵馬は頷いて言った。
「まあ、漫画みたいなこと、滅多にないとも言おうかと思ったけれど。あり得ないようなことを、山ほど経験してきた幽助には、無意味だろうから、それは言わなかったよ」
それはそうだろう。
一度死んで生き返って、霊界探偵になって、また死んで、今度は魔族として生き返るなど、普通の人間も妖怪も魔族も、滅多に経験出来ることではない。
「じゃあ、なんて言ったんだい?」
「『君、何も考えてないから、大丈夫。馬鹿だから、大丈夫』」
「は?」
素っ頓狂な声をあげるぼたん。
一気に緊張は解かれたが、同時に「???」状態になってしまった。
その様子に、蔵馬はクスクスと笑い出す。
「ちょっ! 笑わないでおくれよ!」
「ああ、ゴメン。だって、幽助と全く同じ顔するから」
それでも蔵馬の笑いは止まらない。
よほど面白かったのだろうか。
「……それで、理由、そこで終わりかい?」
「まさか。それだけじゃあ、幽助は納得しないよ」
「そうだろうねえ」
うんうんと頷くぼたん。
それくらいで納得するなら、本当の馬鹿だろう。
……まあ、仲間ほったらかして、ゲーセン行ったくらいだから、馬鹿なのかもしれないが。
「まず、この漫画の主人公…王様はね。力でいえば、幽助と似たようなものかもしれない。ここ数年で、幽助は多分、雷禅の全盛期と互角くらいになっているはずだ。力だけなら、一人で世界を掌握出来ても不思議でないほどにね。でも……この王様と決定的に違う点が、3つある」
「3つ?」
「1つ目。これはぼたんも予想がつくと思うよ?」
「……」
しばらく考えてから、ぼたんはぼそっと呟く。
「頭が……ついてきてない?」
「正解」
指を立てて、蔵馬が言う。
「幽助にはこの王様ほどの頭脳はない。力で世界を征服出来たとしても、それだけの知能はないんだよ。その場その場、結構適当だろう? 結果的にそれがいい方向へ向くことが多いといっても、ほぼ行動は本能的。卓越した知略がなければ、攻略法はいくらでもある。だからこそ、霊界もあれほど力の強くなった幽助を、ほったらかしてあるんだよ」
「あ」
そういえば、そうだった。
幽助がもはやどんな機械を使っても、測定不能なほどの妖気を纏うようになってから、一度霊界の議論に上がったことがあった。
このまま人間界にいさせていいのか……と。
確かコエンマが上手く丸め込んだと聞いているが……もしかして、こういうことだったのだろうか?
馬鹿だから、大丈夫だ、と。
案外それで通るものかもしれない。
格闘バカで、戦闘においては結構色々考えつくが、しかし世界を掌握するには、それでは不可能に近い。
力と格闘センスだけでは、世界は回らない。
父親から国を任されて、いきなり国家解散し、トーナメントを開こうなどという大それた発言をするくらいである。
確かに魔界なら、それでも回るが、人間界・霊界ではそうはいかないのだ。
そんな3つの世界の王となるには、抜きん出た知略知慮が必要となる。
幽助に、それはなかった。
「2つ目。これも予想はつくかな? 分かる?」
「……ゴメン、分かんない」
「寿命の違いだよ。この間、幽助、躯のところで精密検査しただろう?」
「そういえば…」
少し前のことだ。
幽助と螢子が結婚し、子供が出来て、その子が魔族なのか人間なのかで、検査したことがあった。
どちらでも幽助たちにとっては構いはしないはないが、しかし成長速度が違っていては、学校などに問題が生じるから、と。
幽助は力は上がったが、大隔世遺伝の仕方が分からないとかで、隔世などは一切不可能のため、生まれた種族で一生を終えることになる。
結果は普通の子供と変わらないというものだった。
その際、幽助もついでだから、検査した。
やはり身体は魔族のものだったが……寿命だけは、人間レベルだということだった。
現に、ちゃんと年は取っていたから、予想はついていることではあったが。
「この王様の肉体は、不滅だろう? 寿命もないに等しいし、太陽に当たっても平気。それさえなければ、ある意味物語のような事態は回避できたはずだ。でも、王様は違っていた……」
「そうだね……」
少し切なげに、雑誌を見るぼたん。
それさえなければ、あるいはもっと別の道を歩めたのかもしれない……そう思わずにはいられないほどの、辛い真実だった。
「幽助は太陽は関係ないけれど、寿命はある。それも、千年二千年とかのレベルじゃない。せいぜい生きられて、後60年程度だろう。それも、幽助の子は人間で、幽助は隔世遺伝の方法を知らない。つまり、次世代に受け継がれる心配はないだ。この王様にとって、問題となったことが、ことごとく省かれる。霊界にとっては、問題視するほどじゃないんじゃないかな」
蔵馬は言いながら、少し微笑んだ。