<彩> 1

 

 

 

「なあ、蔵馬」
「何、幽助?」

……何か、出だしが47題目と似ていないこともないが、今回は全く別の話であるので、ご安心を。
別段、管理人が背景の色だけを変えたなどという、大ドジを踏んだわけではない。

とはいえ、現在の状況はあの時と差ほど変わらない。

 

とある日曜日に、温子に家事を押しつけられるのが面倒で家を飛び出した幽助と、いつもながら姉弟ゲンカに大敗し、逃げるように飛び出した桑原、そしてコエンマにドジを叱られる前にと、そそくさと審判の門を飛び出したぼたんが、今や駆け込み寺と化している南野家に転がり込んで、数時間後に四人でゲームやらなんやらをしていた折り、ふっと幽助が蔵馬に尋ねたのが、きっかけだった……といったところなのである。
(ようは、47題目と全く同じなわけである…)

 

 

 

 

「お前さ、前に言ってただろ?」
「何を?」
「ほら、お前が暗黒鏡使おうとした時にさ、『人間に化けたり、乗り移ったりする力も残ってなかった』って」
「ああ、あの時ね。言ったけれど」
「ってことはよ。力があれば、化けれんのか?」

幽助の単刀直入な質問に、ぼたんもぽんっと手を叩き、身を乗り出した。

「そういや、狐だもんね。変化の術とか使えるのかい? 木の葉のっけてさ! なんでも自由自在に!」
「いや、俺はそういう術はあまり磨かなかったから。変化の術は確かに便利ではあるけど、変化している間は、他の術が一切使えないっていう、リスクがあるからね」
「なんだ〜」

あからさまにがっかりしたのは、ぼたんだけではない。
幽助も桑原も、少なくとも何かしら色々化けられるのだろうと期待していたのだろう。
がっくりと肩を落としている。

 

その様子に、蔵馬はあまり気は進まないが、仕方ないかとため息をつきつつ、

「まあ、出来ないこともないけど」
「本当!?」

がばっと勢いよく顔を上げ、蔵馬に詰め寄るぼたん。
もちろん、幽助と桑原も同様に。

 

「本当か!?」
「マジでできんのか!?」
「あ、ああ。だけど、出来るのは、耳と尾を隠して、人間のふりをするってことくらいだよ。髪や瞳の色もやろうと思えば、変えられるけど。人相自体は、全く変わらないよ」

「へえ〜。そうなんだー」
「なあ、一回見てみてえ」
「あ、俺も俺も!」
「あたいもね!」

「……」

予想はしていたが、案の定三人はとても興味津々に言い寄ってくる。
これを断ることは不可能。
元より、「出来ないこともない」と言った時点で、覚悟はしていた。

 

「じゃあ、一度だけ…」
「おう!」
「一回で十分さね!」
「なあなあ、早く化けてみてくれ!」
「……」

深く深くため息をつきつつ、内心少し三人の子供っぽさに苦笑しながら、ゆっくりと妖狐の姿に戻る蔵馬。
銀色の妖気が辺りに立ちこめる。

その強い妖気に、ぼたんはこそっと幽助の後ろへ隠れた。
いくら彼女が霊界案内人として霊力が強いとはいっても、相手は大盗賊・妖狐蔵馬。
まともに妖気を当てられたのでは、流石に霊気に響いてくる。
もちろん、蔵馬もぼたんがいることを踏まえて、かなり押さえてくれてはいたが。

 

妖気が消え、白装束に耳と尾のはえた、あの銀髪の狐の姿になったかと思うと、再び銀色の妖気があふれ出す。
じょじょに蔵馬の身体を包み込んでいくが、先程とは少し違い、妖力は高まるどころかむしろ押さえられていた。

銀色の光の中、僅かに蔵馬の身体が見えてはいたが、顔はよく見えない。
必死に頭(特に耳があった辺りを)を見ようとしていた三人は、ふと気付けば、蔵馬が白装束を着ていないことに気付く。

いつ着替えたんだ? と思っていると、ふうっと小さなため息が聞こえ、同時に妖気が去った。

 

現れたのは……確かに蔵馬だった。

顔立ちは正に妖狐そのもの。
鋭い目つきといいい、大人びた顔立ちといい、長い銀髪といい、南野秀一の時よりもキツい表情といい、確かに妖狐蔵馬でしかなかった。

しかし、獣耳はなく、顔の横には人間の耳があり、尾もなくなり、服装も白装束ではなく、Tーシャツとジーパンに変わっていた。
これが不思議なくらい似合うため、三人は思わずマジマジと見つめてしまい、しばらく無言が流れた。

 

 

「……変か?」

誰も喋ろうとしないのを、見慣れないせいもあるだろうが、似合っていないと思われたらしく、幾分不機嫌そうに言う蔵馬。
声は妖狐の時のものに戻っている。
普段の妖化は肉体自体は戻っていないため、声質に変化はなかったが、術の場合は声も変わるらしい。

ついでに性格も、どちらかというと、妖狐の時の蔵馬のようであった。

 

「いや、似合ってるぜ」

蔵馬の不機嫌さなど、微塵も気にせず、あっさりと言い切る幽助。
これが相手が桑原ならば、からかったりするが、蔵馬相手にはからかう気になれない。
似合っているならば、似合うと言うべきだろう。

「へ〜。確かに耳と尾がねえと、人間みてえだな」
「うんうん。銀髪も最近は珍しくないもんね。染めてる人多いから。カラコンとかで、金眼でも不思議ないし」
「けど、こんな美形のあんちゃん、あんまりいねえけどな」
「このままモデルとか出来そうだよ! 街中歩いたら、声かけられるんじゃないかい?」

「……」

いちおう褒められているらしいので、まあいいかと思う蔵馬。
ちなみに街中で声をかけられるくらいならば、南野秀一の時から、嫌と言うほど体験している。

 

 

 

……そんな折りだった。

 

コンコン

 

「失礼します、お邪魔するわ……あら、秀一は?」

突如、部屋の扉が開かれ、入ってきたのは……南野秀一の母・志保利だった。
突如といっても、ちゃんとノックはしたのだから、あまり突然ということもなかったかもしれない。
お茶を煎れて持ってきてくれることなど、いつものことだった。
そう、普段なら……。

 

「(あ゛…)」(×4)

 

しまった…と思ったが、もう遅い。
この部屋に今、南野秀一は影も形もない。
モノが少なく、シンプルすぎる故、入り口からは一つの死角もないのだ。
強いて言うなら、クローゼットの中だろうが、そんなところに蔵馬が入った後、秀一が出てきたら、余計に変なだけである。

かといって、何も言わないのも、明らかに不自然。
しかし、事の次第をばらすなど、言語道断のため、全員が答えに詰まっていた。

 

 

「あ、あの…ちょ、ちょっと買い物に」

苦し紛れに、それでも必死に言うぼたん。
普通トイレに…というところだろうに。
しかし、志保利はあっさりと納得したらしく、

「そうなの。あら、新しいお友達? はじめまして、秀一の母です」
「ど、どうも…」

顔を微妙にそらしつつ、とりあえず挨拶だけする蔵馬。
自分の母親に、違う姿で会い、他人のようにされるというのも、何だか妙な感じである。

 

 

「(何か名前言わないと、マズいな……)」

そう思ったところで、適当な名前など、簡単に思い浮かぶはずがない。
いくら蔵馬が長年生きてきたとはいっても、こんな状況、産まれて初めてである。

 

「く、蔵馬といいます…」

結局思いつかず、本名を名乗る蔵馬。
名字も言った方がよかったかと思ったが、思いつかなかったし、ぼたんや飛影は元々ないから、名前でしか名乗っていない。
特に志保利も違和感を感じた様子はなかった。

 

 

 

 

それから何日かが、何事もなく過ぎ去った。
あの後、いちおう念のため、蔵馬は変化した姿のまま、一度外に出て、人気のない場所で元の姿に戻ってから、近所のコンビニで菓子などを買って戻ってきたのだ。
家について、志保利に『蔵馬』は帰ったということを告げられたが、「彼は忙しいらしいから」と何とか誤魔化した。

あまり母に嘘はつきたくない。
これまで散々ついてきたから。
これ以上の嘘はつきたくなかった。

 

しかし、本当のことなど、言えるはずがない。

自分は妖怪・妖狐蔵馬。

そのことを思うたび、身体の中に乱れがしょうじる。
バイオリズムが崩れる。

……そして、この日もそうだった。

 

 

「フン。雑魚が…」

雨の中、ぐちゃっと踏み潰したそれは、数分前までは生きていた。
今はただの肉塊と化し、雨によって少しずつ排水溝へと流されていく。
向こうから襲ってきたのだから、自業自得といえばそれだけなのだが……。

 

その様を長い銀髪が雨に濡れることも気にせず、蔵馬は平然と眺めていた。
なかなか、リズムが戻らない。
心を落ち着かせなければ、元の姿には戻らない。

何とか心を静めよう……そう思って、目を閉じた、その時だった。

 

 

 

「あら? 蔵馬くん?」

突然声をかけられ、蔵馬は固まってしまった。
はっと目を見開き振り返ると、そこには傘を差して、買い物袋を手にした、母の姿……。

 

「(しまった)」

ばっと慌てて頭を押さえ、顔を背ける。
全力で妖気を高め、必死に変化した。
元に戻るには、心が乱れすぎている…となれば、変化の方が事ははやい。
『蔵馬』としては見られているのだから。

霊力の低い志保利には、おそらく妖気は見えないだろうが、もし耳と尾を見られていたら……。

 

 

「どうしたの? こんな雨の中で、傘もささないで」

すっと傘が差し掛けられる。
変化を終え、振り返った蔵馬は、志保利が少し困ったような顔ではいるが、何かに驚いている様子はないことに、ほっと胸をなで下ろした。

 

「(よかった。見えていないらしいな)」
「蔵馬くん?」
「あ、いや……突然、降ってきたから…」

ここで普通ならば、敬語でも使うところなのだろうが、如何せん妖狐の時には敬語など使ったことがなく、どうしても丁寧でない言葉になってしまう。
しかし、志保利は気を悪くした様子もなく(最も、これくらいで母の気が悪くなるなどあり得ないことくらい、蔵馬が一番分かっているが)、笑顔で言った。

 

「このままだと風邪をひくわ。早く来て」
「え?」
「お風呂湧いてるから、入っていって。服も洗濯しないと」
「……」

完全に帰るタイミングを逃してしまった。
逃げることも出来ないこともないが、しかしそうなると、これ以降似たようなことがあった時、あまりいい気分にはなれない。
もちろん、こんなヘマ二度としないつもりではいるが。

仕方なく、蔵馬はそのままの姿で、他人の家に招かれるように、自宅へと戻ったのだった。