<彩> 2

 

 

 

住み慣れた家に、多少なりとも演技で他人行儀に入り、使い慣れた風呂に、遠慮げに入る蔵馬。
風呂は沸いていたが、しかし浸かる気分には慣れず、シャワーで適当に身体を温めた。
これで風邪をひいてしまっては、秀一の時にも風邪をひいていることになり、事がややこしくなる。

バスタオルで丁寧に身体をふき、髪の毛の水気を取って、脱衣所に上がると、自分の服一式が置かれていた。
ちらりと見やった洗濯機はカタカタと音を立てている。
どうやら、さっきまで着ていた白装束は、知らぬ間に洗われていたらしい。
気で出来ているが、まあ蔵馬の身を離れても、一日くらいは存在を維持できるだろうから、いきなりなくなった…などという妙なことはないだろうが。

洗濯されている以上、用意されたものを着るしかない。
手を伸ばし、取ったTーシャツは大きめのもので、ズボンはジーパンではなく、伸縮性のあるやや大きめのジャージ。
南野秀一と妖狐蔵馬では、身長差が十センチ以上あるが、これなら着られるだろう。

 

「……」

何とも言えない妙な気分で、自分の服を着る蔵馬。
床を濡らさぬよう、髪の毛にタオルを巻いたまま、居間へと向かった。
蔵馬の足音に気付いたのか、志保利は笑顔で彼を迎え、

「あったまった?」
「あ、ああ…」
「よかった、服があって。秀一の方が、少し小さいから。きつくない?」
「何ともない」

何故か素っ気なく言ってしまう自分がいる。

 

どうも調子が狂う。
いつものように、母として接するわけにもいかず、かといって温子に対するように、友人の母として接するのも難しい。

元より、交友関係があまり広いとはいえず、かなり親しいと呼べる人間の友人も少ない蔵馬。
当然、親を紹介されるほどの友人など、そうそういないため、会ったことのある友人の身内など、滅多にいないのだ。
どうしても他人行儀になってしまう。

 

 

 

一方、志保利は蔵馬の態度を特には気にしていなかった。
息子が連れてくる友人は、それほど多くはない。
だからこそ、こういうタイプの友達は初めてなのだが、逆に言えば、こういうタイプがいても不思議はないと思えるのだ。

最近よく来る子たちは結構自分に親しげに話しかけてくれているが、そうでない子がいても不思議はない。
これがそう何十人もいるうちの、たった一人ともなれば、違和感も多少あるのだろうけれど。

 

 

「お名前、蔵馬くんって言うのね」
「あ、ああ……」

蔵馬をソファへ導き、お茶を煎れてくるからと言って、戻ってきた志保利は、まずそんなことを口にした。
渡されたティーカップを手に、なるべく視線を合わさないようにしながら、答える蔵馬。

 

「それで分かったわ」
「……?」

何がだろうかと思いながら、お茶を口にする蔵馬。
しかし、次の母の言葉に、一瞬むせかけてしまった。

 

 

「似てるわ、本当に。秀一に」

「!!」

 

流石にこの場でお茶を吹き出すわけにもいかず、かといってむせかえるわけにもいかない。
必死に飲み込み、そして平静を装った。
が、流石は母親。

「大丈夫?」
「へ、平気だ…」
「そう?」

どうやら焦ったことに、気付かれたらしい。
しかし、疚しいことに焦ったというよりは、ただ気管に茶が入ってしまっただけだと思われたのか、軽く背中をさするだけで終わらせてくれた。

……焦ったことについては。

 

 

「時々ね。幽助くんたちが、秀一のこと…蔵馬くんの名前で呼ぶの。あだ名だって、秀一は言ってたけれど。どこからそのあだ名が来たのか、分からなかったけど。まさか関取ではないでしょうから」
「……」

どうコメントすればいいのか、分からず、黙り込んでしまう蔵馬。
しかし、志保利は気にした様子もなく、いつもの穏やかな笑顔で言った。

 

「貴方と秀一……似てるわ」
「……似ているのか?」

「ええ。とっても……顔は似ていないけれど、瞳が似ているの。強くて優しい瞳……いいえ、同じなのね。似ているんじゃないわ…同じなの」

はっとして顔を上げる蔵馬。
そして志保利の顔を見つめ……更に、はっとした。

 

これは…赤の他人に対する時の瞳ではない。

幽助や飛影といった「秀一の友」に対する瞳ではない。

 

秀一の時の自分と…弟の秀一にしか向けられない、母の瞳だった。

 

 

見抜かれている……

本当にそう思ってしまった。

 

あり得ない。
志保利は妖怪も魔界も霊界も何一つ知らないのだ。

霊力もはっきり言って、普通どころか、むしろ低いくらいになる。
大概の人間が見えるであろう、地縛霊やら何やらさえ、おそらくは見えないほどに。

 

それなのに……

 

志保利は自分が秀一だと気付いている。

そう。
確信などなく。
おそらくは、母のカン。

 

 

そう思ったと同時に、身体が熱くなるのを蔵馬は感じた。

 

母は知っていて……そして、あえて本当のことを聞かないでいてくれているのだ。
「貴方は秀一なの?」とも聞かず、「貴方は人間なの?」とも聞かず。

ただ……似ている、同じ目をしている、とだけしか言わない。

 

そう思った途端、身体が熱くなった。

 

「(母さん……)」

ぎゅっと拳を握りしめる。
志保利は気付いているのか……でも、触れないでいてくれた。

 

「(……俺は…貴女の息子のままでいいのか? こんな姿になる……普通じゃない俺でも……それでもいいのか?)」

心の中で問いかけた。
答えてくれるわけがない。

それでも母の満点の笑顔を前にして、蔵馬は……自分のエゴでもいいから、と肯定の意味にとった。

 

 

 

 

「……そろそろ帰る。雨もあがったし」
「そう。気をつけてね。服は今度秀一に届けさせるから」
「ああ…」

自分で届けない…それがまた、「帰る家」のことを触れないでいてくれることに繋がり、自然に笑顔になった。

 

「あの……」
「何かしら?」

外門に手をかけた蔵馬だが、ふいに立ち止まり、そっと振り返った。
志保利は変わらず、玄関に立っている。

 

「……あの……秀一のこと……どう思って…る?」

 

しどろもどろながら、問いかける蔵馬。
そのことに志保利は一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔に戻って、

「……とても大切で、自慢の息子よ。それだけ」
「自慢って……どこらへんが?」
「全部よ。母親ってそんなものなの。息子が何をしていようと、関係ないの。成績がいいとか、運動が出来るとか、聞き分けがいいとか、そういうことは気にならないの。息子の存在そのものが大切だから」

志保利の微笑みに嘘偽りはない。
本当に鮮やかで……雨上がりの空の下、虹のように、美しく彩られた空気がそこにはあった。

「そうか…」

 

 

 

 

「ただいま、母さん」

元の姿に戻り、帰宅した蔵馬は、自分でも驚くくらい、冷静だった。
少しくらい、焦りがあってもいいと自分自身思う。
それなのに、今の自分には寸部のよどみもなかった。

当たり前のように笑顔で迎えた志保利にも、ごく普通に接していた。

「お帰り」
「あれ、誰か来てた?」

居間に置かれたままになっているティーカップを見て、さっきまで自分が飲んでいたものなのに、普通に問いかけている自分に、内心苦笑する。

 

 

「ええ。蔵馬くんが。入れ違いになっちゃったわね」
「そっか」

「また遊びに来るように言ってね。いつでも待っているって」
「分かった。彼もきっと喜ぶよ」

そう言った心に、偽りはなく、本心から笑顔で言うことが出来たのにもまた、苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

出だしが前のと同じで、すいません…(まずは謝ります)
特に意識していたわけでもないんですが、状況的に似通ってしまいました…。
幽助くん・桑原くん・ぼたんさんで組み合わせて、きゃいきゃい騒いでもらうのは、実に楽しいです(笑)

今回のテーマ「妖狐の姿で志保利御母様に会ってしまった蔵馬さん」ということで。
妖狐蔵馬さんと南野秀一さんだと、若干性格も違ってくるから、どう接していいのか分からない…とかがあるのでは、と。

蔵馬さん、必死に隠しますが、母のカンでバレてます。
やっぱり母親って特別だと思うので。
例え見た目が違っていても、気付くんじゃないかな〜と(「母」でない私が言うのもなんですが…)
何はともあれ、志保利御母様はやっぱり蔵馬さんのお母さんってことで!