<光の季節> 1

 

 

 

「幽助。今ちょっといいべ?」
「ん?」

いきなり声をかけられ、幽助は振り返った。
別に驚いた様子はない。
背後に誰かが迫っている雰囲気はあったのだが、それが悪意がないことが分かっていたため、警戒していなかったのだ。
そしてその口調のおかげで、誰なのかはっきりしたため、あっさりと振り返ったのである。

 

「何だよ、陣」
「お前等もうすぐ帰るんだろ? その前にちょっといいべ?」
「ああ。まだ出港までは時間があるから、いいぜ」
「でもよお。もうすぐ女共も来るだろ。雪菜さんを待たせるのはな〜」

幽助の隣に座っていた桑原が、ため息混じりに言った。

 

「(それより、静流さんに殴られるかもしれないことを心配すべきじゃないのかな…)」

口には出さなかったが、彼の正面に座っていた蔵馬が、小さく息を吐きながら思った。
ちなみにその隣の飛影は、全くもって無言で、何も考えずに座っていた。
待つのは嫌いな彼だが、どうせ出港まで時間があることは蔵馬から聞かされて知っていたので、むやみにギャーギャー言えば、桑原と同レベルにされることは明白だったためである。

 

 

「じゃあ、幽助だけでも来てくれねえか? ちょっとでいいんだべ」
「え……出来れば、俺は蔵馬に来てもらいたいが」

いつの間にか……というか、多分ずっと陣の後ろにいたのだろう、凍矢が現れた。
身長差を考えれば、見えなくても当然である。

 

「? 俺に?」
「ああ」
「じゃあ桑原くん、待っててくれるかな?」

立ち上がりながら、桑原を見やる蔵馬。
幽助も鞄は置いたまま立ち上がった。

「ああ、いいぜ……って、俺一人?」
「飛影と二人にすると、ケンカするでしょ?」
「……」

ようするに、飛影は強制連行らしい。
強情貼って、逆に無理矢理連れて行かれるよりはマシか……と、半ば諦めモードで、飛影も立ち上がった。

 

 

 

 

「それで、用って?」
「会ってもらいたい奴がいる」
「会ってもらいたい奴? 誰だよ」
「会えば分かる」

と言われたが、会ってもさっぱり分からなかった。

 

……多分関係者以外立ち入り禁止の区域なのだろう、人気のない廊下の突き当たり手前で、凍矢と陣は立ち止まった。
釣られて幽助たちも立ち止まる。

まもなく、角を曲がって現れたのは……割と愛らしい妖怪だった。

 

頭の上の方で二つにくくった、長い金色の髪。
大きな橙色の瞳。
赤やピンクなどの明るい色合いの和服。

身長は飛影くらいだろうか。
しかし、幼い顔立ちのためか、飛影と違って、全然恐怖心を駆り立てられない顔のせいか(飛影の顔が恐怖心を駆り立てられるのかと言えば、微妙な気もするが)、随分幼く見える。

 

 

「……誰だ?」
「俺たちの同胞……忍の一人だ」
「初めまして。黒夢といいます」
「はあ…」

この明るい色合いの風貌には、あまり似合わない名前だが。
それにしても少年なのか少女なのか。
どちらなのか、少々悩むところだが……。

「言っておくが、こいつは男だ」

と、幽助が悩んでいるのを見越したのか、凍矢が言ってくれたので、謎は解けた。

 

 

しばしの沈黙。

会わせたい奴というのは、彼に間違いないのだろうが……。
だからといって、会ってどうしろというのか。
向こうが用件を言ってくれないと、何も分からない。

しびれをきらして、幽助が怒鳴ろうとした、その時。

 

「……本当、すみませんでした!」

 

「は?」
「はあ?」
「……」

いきなり謝られ、目が点になる幽助&蔵馬。
飛影は相変わらず無表情のままだったが、しかし言っていることはやっぱり分からないらしい。

 

「本当に申し訳ありませんでした! すみませんでした!! ごめんなさい!!」
「あ、あのさ……何の話? 理由を言ってくれないと、謝られても困るよ」

連発して何度も謝り続ける黒夢に、混乱しつつも、止めに入る蔵馬。
その言葉に何とか幽助も正気に戻った。
一方、黒夢の方もがむしゃらに言っていただけということ気付いたらしく、少し恥ずかしそうに俯きながら、

 

「私の弟弟子が皆様に大変ご迷惑をおかけしたと聞いています。兄弟子として深くお詫び申し上げます。本来なら、私が出場すべきでした……」
「???」

ますます分からない。
彼の弟弟子が誰かは知らないが、多分こんな雰囲気の人物なのだろう。
しかし、心当たりは全くない。
出場と言っている以上、多分今回の大会で会っているはずなのだが……。

小柄という点では、鈴駒は近しいものがあるが、別に迷惑をかけられた覚えはない。
第一、鈴駒は忍ではないはず…。
となれば、同様に身長の低い、戸愚呂兄や裏浦島も違うだろう(最も連中を例にあげる時点で、何か間違っている気もするが…)

弟子だといっている以上、実の兄弟である可能性は限りなく低いが、師匠が同じであれば、雰囲気などは似てくるはず。
だが、こんな所謂小動物系の可愛さを持つ妖怪など、今大会にはいなかった気がするが…。

 

 

「凍矢、陣……どういうこと?」

もはや黒夢に直接聞いても分からないと、凍矢や陣に助け船を求める蔵馬。

「……やっぱり、話が見えないか?」

凍矢の問いかけに頷く蔵馬。
しかし、凍矢自身、「やっぱり」と言っている以上、多分分からないことは承知の上なのだろう。
まあそうでなければ、わざわざ彼ら二人で呼び出しに来た上、今なお同乗する必要はなかっただろうが。

 

 

「黒夢。術使えよ。一番てっとりばやいって」

陣の突拍子もない言葉に、ばっと振り返る黒夢。
もちろん幽助たちには何のことか、さっぱり分からない。

「え、でも……」
「危害を加えるわけじゃないだろ。それに、元々その性格が今回の事態を招いたんだ。生真面目なのはいいが、時と場合を考えろ」
「……はい」

凍矢の厳しい、しかし幽助たちにはよく分からない言葉に、黒夢は観念したように頷いた。
そして、すっと両手を胸の辺りまで持ち上げ、少し間隔を取って掌を合わせると、瞳を閉じた。

 

途端、彼の手と手の間に、白いモヤのようなものが現れたではないか。
とはいえ、何か術をするのは、さっきの会話で分かっていたため、特に驚かない幽助。
しかし、蔵馬はその様子に、少しだけあっと声をあげた。

それに気付き、蔵馬を振り返ろうとした幽助だが……出来なかった。

 

 

振り返った先に蔵馬はいなかった。

否、見えなかった。

 

蔵馬も、飛影も、陣も、凍矢も、黒夢も。
廊下の天井や壁や、見下ろしても床すら……自分自身まで見えなかった。

 

 

 

「何だ、これ……蔵馬! 飛影! いるか!」
「……すぐ隣にいるよ、幽助。というより、全員いるから大丈夫」
「あ、そうか…」

いることが分かり、ほっとする幽助。
しかし、さっきよりも声が遠いような……。

 

 

「なあ、蔵馬。少し動いたか?」
「いいや。少しも」
「飛影は?」
「変わっていない」
「幽助が二歩動いたみたいだけどね」

「うっ……な、何で分かるんだよ! おめえらには、見えてんのか!?」
「見えん」
「見えないよ」

あっさりと帰ってきた返答。
がくっとする幽助だが、それをよそに(見えていないのだから、当たり前だが)、飛影に問いかける蔵馬。

 

「飛影の邪眼でも見えない?」
「ああ。妖気が邪魔している」
「なるほど……音もかなり遠くに聞こえるし、俺もかすかな匂いしか感じられないし。実際の水蒸気ではなく、妖気の凝集。あいつと違って、ただの霧じゃないってことか」

 

「あいつって誰だ? ……って、霧!? おい、まさか!!」

 

 

幽助が叫んだ途端、ざっと霧が晴れた。
窓もない、霧が逃げる先など狭い通路しかないはずだが、しかし充満していた霧は、本当に一瞬で晴れてしまったのだ。
いや、幽助が霊丸でやったように「晴らした」というより、むしろ「消した」という方が正しいかもしれない。
それほどまで、目の前の彼は霧を操る力が大きいということだろうか。

 

しかし、今はそんなことよりも……。

 

 

 

「お、お前の弟弟子って……」

口をぱくぱくさせながら、おそるおそる尋ねる幽助。
蔵馬と飛影は既に確信を持っているのだろう、平然と後ろから見ていた。
黒夢は両手を下におろし、そして少し言いにくそうに答えた。

 

「はい……爆拳といいます」