<光の季節> 2
……予想はしていたものの、あまり聞きたくない名前だったせいもあり、ざっと間合いをとる幽助。
飛影もいつでも剣を抜けるように、服越しに鞘を強く握った。
蔵馬だけは、特に構えもとらずにいたが、幾分表情だけは険しくなっていた。
まあ、黒夢に嫌悪したわけではなく、単に爆拳の名前を聞いて、気分が悪くなっただけだが。
しかし、黒夢にしてみれば、三人のそれぞれの行動が自分に対する怒りだと思ったらしく、
「ご、ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
再び連発で謝りまくった。
言葉だけではなく、頭まで下げまくり、ついには土下座まで……。
そこまでされると、逆にこっちが悪いことをしてしまったような気になる幽助たち。
とまどいながら、視線を陣や凍矢に移すと、彼らも少々呆れ顔になっていた。
「黒夢。幽助たちが困ってるべ」
「でも…」
「あのよー。別にお前には怒ってねえから、立てって」
幽助の言葉に、少しほっとしたように立ち上がる黒夢。
改めてじっと見た黒夢は……とてもあの爆拳の兄弟子には見えなかった。
魔性使いチームにおいて…というか、多分暗黒武術会の出場選手全員においても、いや幽遊白書という漫画においても、最悪キャラクタートップ10には余裕で入るであろう、最低愚劣の卑怯なバカ。
蔵馬ファンにアンケートをとれば、多分嫌いなキャラ1位か2位には楽々ランクイン出来るであろう、救いようのない大馬鹿者。
何せ全く動くことの出来ない蔵馬を殴ったり蹴ったりしたのだから……しかもアニメに至っては、一発や二発ではない。
確認出来る限りで、顔を三回、腹を一回(ないし二回)、蹴ったのが一回、何処か分からないがもう一回殴っている……最終的には次の幽助との試合で、見事にぶん殴られて終わったが、ファンとしては後数億回は殴ってほしかったところである。
あそこまで顔も力も性格も悪いのは、そうそういないだろう。
(少々言い過ぎかもしれないが、作者の心中ではそういう奴のため、あしからず…)
その男の兄弟子が、こんなに可愛らしく、性格もよく、しかも力もある少年など……。
なかなか信じられないものがあった。
「本当なら、こいつに出てもらいたいところだったんだべ。黒夢はつえーし、頭いいし、性格いいし、卑怯でもねえし」
「あいつは霧で身を隠しての攻撃だが、こいつは違う。霧で身を隠しはするが、それはあくまでも密偵の際の防御手段だ。そのまま背後から襲ったりはしない。攻撃する時は相手から見える状態でしか、決してしない。他にも霧の扱い方は、無限にあるからな」
そこまで揃っていれば、爆拳と比べるまでもない。
「じゃあ、何で出なかったんだよ、お前」
不思議そうに尋ねる幽助。
多分、彼が出ていれば、浦飯チームの勝率は更に低くなっていたろう。
爆拳がバカだったからこそ、幽助との試合は楽勝だったというもの。
霊丸一発ですんだのだから、安いものだった(最もその前の試合は、理屈や霊力がどうこう以前の問題だったが)。
陣や凍矢が認めるほどの強さ。
となれば、霊丸一発ではすまないかもしれない。
三発も使わざるを得なかった陣が認めているのだから、多分足りない。
だが……そういうことは抜きで、出来るものなら、彼に来てほしかった。
爆拳の存在を考えると、他の何においても。
例えこちらが負けたとしても。
あいつのとった行動だけは、どうしても許せなかった。
「私が……断ったんです」
意外な返答に、幽助はきょとんっとして、黒夢を見つめた。
しかしそれきり黒夢は黙ってしまって、続きを言おうとしない。
見かねた凍矢が変わりに答えた。
「こいつの師匠…故人だが先代の霧使いが、ものすごい生真面目な性格でな。いまわの際に……仕事以外では絶対に戦うなと。その条件の元、こいつに技も力も譲ったんだ」
「……それじゃあ、この子が今の霧使いということか。あのバカは?」
もはや名前を言うのも嫌らしい蔵馬。
「あいつは勝手に名乗っているだけだ。先代霧使いの弟子は、黒夢と奴以外にも何十人もいたが、奴はその中でも特大級の大バカでな……100%後継者にはなれない奴だった。普通の忍なら、そういう勝手な奴を生かしておくことはない。だが、黒夢はそういうことをわざわざする性格じゃないからな。奴もそれを分かっていて、やっていたんだろう」
「……なんで、そんな奴選んだんだよ」
最もな疑問である。
が、返答は至極分かりやすく単純なものだった。
「他に乗ってくれる忍がいなかった。それだけ」
「そ、それだけ?」
「それだけ」
あまりの単純すぎる理由に、呆気にとられる幽助。
蔵馬は頭が痛いらしく、ため息をつき、飛影はやっぱり無表情だった。
「別の奴あたろうって俺は言ったんだけど、よくよく考えてみればよー。忍以外の奴に知り合いって、ほとんどいなかったんだべ」
「結局、人数あわせに、あいつにした。いちおう忍ではあったしな」
「っつってもよー。あいつ他のどの忍の師匠からも破門されてて、先代霧使いだけ受け入れてくれたんだべ。生真面目だったけど、そういうところでは優しくってさ」
笑いながら言う陣に、凍矢はうんうんと頷いた。
優しすぎるのも問題だなと、結構自分が優しいのを棚に上げて思う蔵馬に、そういう理由でもああいうのは選ばない方が…と思う幽助。
飛影は相変わらずだった。
「あの……」
話が切れたところで、遠慮しながらも声をかける黒夢。
「ああ、もういいって。あいつのやったこと、お前が気にするこたあねえよ」
ひらひらと手を振りながら言う幽助。
その顔に警戒の色は全く見られない。
「むしろほっとしたよ」
すっと幽助を追い越して、黒夢の正面に立つ蔵馬。
少し腰をかがめて、彼に視線を合わせ、にこっと笑った。
「あんなに綺麗な霧もあるんだってね」
「綺麗…ですか?」
「ああ。すごく綺麗だった。君の妖気だろうけど、光ってるみたいで。匂いも清々しいしね」
遠回しに、爆拳の技を貶しているようにも聞こえるが、今の蔵馬にそういうつもりは特になかった。
しかし幽助たちにはそう聞こえたらしい。
そっと陣の隣に立って耳打ちした。
「汗じゃあな……」
「黒夢は、あんな方法使わねえべ」
「真の霧使いは、俺の氷と同じだ。自分の妖気を操って、何も存在しないところから霧を起こす。だから、一瞬でも消せる。あいつはそれが出来ないから、自分で汗をかいて、必要な水分を調達するしかなかったというわけさ」
凍矢の説明は、選択問題があればこそ理科のテストが得意科目になる幽助にはさっぱり分からなかった。
ただ黒夢には出来ることが、爆拳は弱いせいで出来ず、あんなに恰好の悪いことになったということだけは分かった。
「君が霧使いでよかったよ。綺麗な霧は、君に似合ってる」
笑顔で言う蔵馬に、少し顔を赤らめる黒夢。
陣や凍矢に聞いていて、蔵馬が男であることは知っていた。
しかし……少しドキドキするものがあるのは、否めなかった。
男とか女とか関係ない。
彼はすごく……。
「あの……」
「何?」
「貴方の方が……綺麗です」
「?」
「すごく……綺麗です」
小さな声ながら、はっきり言う黒夢。
その口調に、女と勘違いしている雰囲気がないことを悟り、蔵馬は素直に言った。
「ありがとう」
「陣。凍矢」
蔵馬たちを乗せた船が港を離れ、地平線の彼方まで見えなくなっても、三人はまだ海を眺めていた。
キラキラ光る青い海は、やがて日を沈めて紅くなり、漆黒に染まっていく。
その光景をじっと眺めていた。
「なんだべ?」
「何だ」
「あの人……光みたいだね」
呟くように言った黒夢の方へ、ゆっくりと視線を送る陣と凍矢。
「ああ。そうだな」
「俺は幽助もだべ!」
「お前、本当に幽助贔屓だな」
「凍矢だって蔵馬のこと好きなんだろ?」
「そういう趣味はない!」
「そういう……どういう趣味?」
「好きで何かあるのか? だって友達だべ?」
「……何でもない」
この二人にそういう話が分かるわけなかったかと、自分に呆れる凍矢。
自分自身そういう趣味は毛頭無いが、そういう趣味の意味すら分からない二人には何を言っても無駄である。
「ねえ。陣、凍矢」
手すりから身体を離し、夜道を帰路へつく黒夢。
陣や凍矢もその後を追った。
「僕って贅沢だね。戦いにも出なかったのに……陣や凍矢と同じように、光が見つけられたもん!」
「……そうだな。本当、幸せものだな」
「いいべ! おめーならさ! その代わり、ちょっとは戦いにもつきあうんだべ!」
「それは嫌」
「何でだべ!」
「師匠の言い分は守らないと」
「本当生真面目だな…」
ため息をつきながらも、笑う凍矢。
陣もやっぱり駄目かと思いつつ、顔は笑っていた。
その二人を見る黒夢もやっぱり笑顔でいる。
光を手に入れた三人に、もう暗い闇の色は見られなかった……。
終
〜作者の戯れ言〜
えー、この話ですが……「霧」って、私の中では、それほど悪いイメージはないんです。
むしろ昔は、幻想的で壮大なイメージがあったんですが、爆拳のせいで、一気にダウンしてしまったというか。
なので、イメージアップのため、あいつは偽物だったという設定に!
吏将も偽物だったことにしようかな〜とも思ったんですが、いちおう奴はそれなりに割とちょっとは少しは、強かったんで。
偽物を大将にするわけないし…ということなんで、吏将は本物だったということで、爆拳だけ偽物に(土のイメージ回復もしたいけどな…)
他のメンバーに比べ、あまりに弱すぎるので、何であんな奴メンバーに加えたのか疑問だった…というのもあります。
今回のオリキャラ・黒夢ですが……別に蔵馬さんに惚れたわけではありませんので(笑)
単に純粋に、綺麗で光みたいな人だなと思っただけで。
そういえば、蔵馬さん、あの試合どこから起きてたんでしょうか?
幽助くんがぶっ飛ばして帰ってきた時には、既に起きてましたけど……そういう話も一度書いてみたいかも。
しかし……せっかく飛影くんも一緒に来てくれたのに、何か出番少なかったですね、すいません。