<Battle
Diary> 1
「コエンマの野郎ー!!」
「帰ったら、覚えてやがれー!!」
「……はあ」
「……」
「おい、何でてめえら無言なんだよ!」
「ため息はつきましたよ」
「大してかわらねえだろ!!」
「そうはいっても、怒ってどうにかなる問題でもないでしょう」
「んなこと言ったってよー!!」
……と、作者にはありがちの、幽助&桑原の正当な罵声で始まり、蔵馬が呆れ、飛影が無視してはじまる、今回の物語。
舞台は人間界ではない。
かといって、魔界でもないし、霊界でもない。
ましてや冥界や暗黒界でもない。
では、何処なのかといえば……。
空間的には、人間界が一番近いだろう。
もしかしたら、冥界だったかもしれない。
いや、冥界自体ではなく、冥界の住人たちに近かったというべきか。
名前を、惑星カルバリ。
地球(つまり人間界)より、はるか五億光年も離れた、ある物事専用に開発された星。
冥界の連中が飛ばされた闇宇宙とは、かなり違う方向にあるため、異質な空間ではあるが、地球から遠いという意味合いでは、ある種一番のお隣さんだったろう。
最も、連中はとっくに、幽助の特大霊丸と、蔵馬の怒りの竹剣と、飛影の怒りの黒龍波と、桑原の根性により、ふっとばされているのだが……それは置いておいて。
何故、彼らが宇宙などに来ているのかと言えば……。
コトの発端は数時間前。
浦飯宅でトランプなどをしていた幽助・桑原・蔵馬・飛影の元へ、ぼたんが指令だと言って、コエンマから預かったあるモノを渡されたのが、悪夢の始まりである。
「何だ、これ?」
「腕輪にしか見えねえだろ。バカか、てめ……いてっ!」
全部言い終わる前に幽助の鉄拳を受けたのは、もちろん桑原。
この場にいるメンツの中で、そういう目にあうのは、彼以外にはいないだろう。
「で? これどうすんだって?」
「さあ?」
「さあって…」
「五個あるからさ。とりあえず、一人一個ずつ付けるように言われてるんだけど。どれでもいいから」
ぼたんの言葉に、幽助以外の男三人があからさまに嫌な顔をする。
まあ、普通はするだろう。
彼女の言葉の意味が分かった時点で…。
「げっ、つーことは、今回も俺たち巻き添え喰うのか?」
「またタダ働きか…」
「フン。くだらん」
言い残して、真っ先に窓から去ろうとする飛影。
しかし、逃げようとする彼を後ろから二人が押さえ込む。
その勢いで飛影は思いっきり前のめりに倒れ、そして窓枠に額をゴツンっとぶつけた。
邪眼とはいえ、目のある場所……かなりの痛みだが、しかしそれしきのことで人に弱みを見せる彼ではない。
額を抑えつつも起き上がり、すごい形相で自分の上に乗っかるように引き留めている二人を睨み付けた。
「離せ! 下りろ!」
「出来るか! 俺は最初っから逃げられねえんだぞ! クビになってもこき使われてんだぞ! クビにもなりようのねえ、てめえを逃がしてたまるか!」
「俺だって、家まで呼びに来られるのがオチなんだ! 宿無しで逃げれる、てめえを逃がしてたまるか!!」
どうも二人とも日本語がおかしいような気もするが……。
しかし、いくら飛影でも二人がかりで……しかも自分より体格の大きな二人に乗っかられては、逃げられない。
といっても、それくらいで諦める彼ではないのもまた、事実。
「下りろ!!」
「ふざけるな!」
「ふざけてるのは、どっちだ!」
「そっちだろ!」
「どう考えても、貴様等だ!!」
ギャーギャーと低レベルな喧嘩をしている飛影たち。
その様子を眺めている蔵馬とぼたんは、暢気にお茶などをすすっていた。
蔵馬は逃げようと思えばこの隙にも逃げられるが、家が割れている以上、逃げたところであまり意味がない。
数日帰らない…という手も使えないこともないが、いきなり押しかけてきて「蔵馬! 何処だー!」などと叫ばれる方が、よほど迷惑。
結局のところ、巻き添えを大人しく食うしかないのである……。
小一時間ほどの喧嘩の後。
勝敗はあっけなくついた。
いや、勝敗の問題ではなかったかもしれない。
飛影があまりに暴れて逃げたがるため、半ばキレた幽助が強引に腕輪の一個を飛影の手にはめたのである。
特に深い意味はなく。
これだけで逃げられなくなるなど、特には思わなかった。
単にやけくそでやっただけ……。
それがまさか引き留めるという行為において、最も手っ取り早い、かつ分かりやすい、かつ納得のいくことだったのだが……。
「うわっ!!」
飛影の左腕……手首に腕輪が通された途端だった。
ばちっと感電した時のような音と光が発せられたかと思うと、さっきまで小錦がはめれそうなくらいだった腕輪が、飛影の手首にフィットしてしまったのである。
まるでぎゅっと手を握りしめられたような感覚…。
「な、何だこれは!!」
驚きのあまり、がばっと起き上がったことで、ぽかんっとしていた幽助と桑原が後ろへひっくり返ったが、そんなことはお構いなし。
必死に引っ張るが、しかし抜けない。
いや抜けないというよりは、くっついてしまって取れない。
まるで肉体の一部になってしまったかのようで。
「おい、ぼたん!!」
「え? な、何?」
あまり飛影に名を呼ばれたことがない(というより、呼ばれたことあったか?)ぼたん。
煎餅を囓っていたが、あまりの剣幕に、とっさに身体が動いた。
こそっと蔵馬の後ろに。
流石に蔵馬の後ろに隠れられては、無理に引きずり出すのも、難しい。
女に手加減するということを知らない飛影だが、しかし蔵馬に被害が及んだ時の恐ろしさは重々承知している。
「何だ、これは!!? いきなりはまって抜けんぞ!! コエンマのやつ、何をたくらんでいる!!」
腕輪を指さしながら、その場でぎゃんぎゃんと怒鳴る飛影。
幽助と桑原は飛影のあまりの怒りぶりに、少々呆気にとられていた。
まさかここまで怒るとは思っていなかったのだろう(いや、普通これくらい怒ると思うが…)。
一方、ぼたんといえば、そういうことになるとは聞かされていなかったらしい。
「ええっ?」と驚いた上で、着物の袖から一枚の紙切れを取り出し、開いて見た。
「ぼたん、それは?」
いつもながら、一人冷静な蔵馬が振り返って尋ねる。
「コエンマさまから、預かったんだよ」
「見ていい?」
「ああ」
自分が持っていても、多分誰かに取り上げられるだけと察したのか、素直に蔵馬に渡すぼたん。
流石に蔵馬の手に渡っては、飛影も手出し出来ない。
むろん、内心とても見てみたかった幽助や桑原も。
「えっと……何これ?」
「だから……そういう手順にしてって」
「手順も何も……」
やや頭をかしげ気味の蔵馬。
彼がこういう顔をするのは珍しい、世ほど訳の分からないことが書いてあるのだろう。
「なあ、蔵馬。何が書いてんだ?」
「何って……大したこと書いてないよ。『腕輪を一個ずつ、幽助・桑原・蔵馬・飛影につけさせる。赤・青・黄・白・黒。色は指定はなし。選択は自由に』……つまり適当にってことだろうね。『残った一つはお前がつけること』」
「って、それ紙に書くほどのことじゃねえだろ……」
確かに、それくらいなら、霊界案内人歴数百年というベテランのぼたんともあろうもの、一度聞けばさっさと覚えそうである。
よっぽどヒマだったのだろうか?
「多分書きたかったことは、続きじゃないかな」
「続き?」
「何て書いてんだ?」
「『つけた後、赤をつけた者は“レッドチャージ”。青をつけた者は“ブルーチャージ”。黄をつけた者は“イエローチャージ”。白をつけた者は“ホワイトチャージ”。黒をつけた者は“ブラックチャージ”と叫ぶこと。以上』だって」
「れっどちゃーじ?」
「何だ、そりゃ?」
「そこまでは俺にも……」
紙を裏表させたり、光に透かしたりして、他にも何か書いていないかと確認してみる蔵馬。
だが、それ以上は何一つ書かれていなかった。
「とりあえず飛影。言ってみたらどうです? 俺たちが言っても無駄みたいだから」
「何故俺が……」
「少なくとも外せないみたいだから。言ったら、外れるかも知れませんよ?」
その保障は何処にもない。
むしろ、あり得ない……と蔵馬自身思っていた。
だが、自分が言っても幽助が言っても、何の反応もなかった。
ぼたんや桑原も独り言のように言っているが、やはり反応はない。
とすれば、飛影が言えば、何かしら起こるかもしれない……外れる以外の何かが。
飛影もこんなものをつけているのは気分が悪い。
外れる保障はないが、何もしないよりはマシだろう。
腹をくくり、かの言葉を口にした。
「れっど…ちゃーじ」
……数十分後。
浦飯宅には、今にもぼたんが連れて行かねばならないようなくらい、ボロボロにされた幽助と桑原の姿があった。
邪王炎殺拳は受けていない。
多分全部殴られたか蹴られたか……こたつやらタンスやらが散乱しているところを見ると、多分それらでも殴られたのだろう。
しかし……彼らの顔には、笑みが溢れていた。
穏やかな微笑みを浮かべて、あの世からの使いを待っている……というわけではない。
本当におかしくておかして笑いすぎた、という顔だった。
目尻に涙が浮かんでいるところを見ると、泣くほど笑ったのだろう。
多分腹が苦しくなるまで笑いすぎて、飛影の攻撃を避けられなかった、といったところか。
「……つまりあれを付けて、言葉を言うと、こうなるんだね」
「非常に付けたくない心境なんだが」
「でも飛影一人犠牲っていうのも……」
「いや、犠牲者は一人じゃない。ほら、三人に増えてる」
部屋の隅で、ぼたんに被害が及ばないよう、背中に彼女を隠し、自分もいちおう身構えた状態でいた蔵馬。
その背からひょっこりと顔を出したぼたんが見たのは、床に転がっていた腕輪を二つ拾い、幽助と桑原の手にはめる飛影の姿だった。
彼がこういう復讐を思いつくとは、蔵馬にとっても結構意外だったが。
それだけ怒っているということで、それは結構納得出来ることだった。
「じゃ、ぼたん。俺たちも大人しく付けようか」
「え?」
「押さえつけられるだけならいいけど、殴るか蹴るかも有り得るよ、あれじゃあ。無理矢理付けられるくらいなら、自分から付けた方がマシだ」
「なるほど」
飛影が振り返ってこちらを見る前に、素早く床から残りの腕輪を拾い上げる蔵馬。
片方を自分の手に、もう一つをぼたんに渡した。
ぼたんもささっとつける。
途端、周囲の景色が変わった……。