<WHITE BIRTHDAY> 1
「なあ、蔵馬」
「何?」
「今度の日曜、ヒマか?」
そう幽助が唐突に聞いたのは、新年の始まりの月が後僅かで終わろうとしていた、ある日のことだった。
割合大きな商店街で、何気なく散歩に出ていた蔵馬と、何やら大量に買い物をしていた幽助が、偶然出会ったのは、十数分前。
ただの散歩である以上、当然蔵馬は手ぶらなので、幽助の両手を埋め尽くさんばかりの荷物を、半分持ちながら、徒然に話していたのである。
「そうだな。特に予定はないけど」
「んじゃ、付き合ってくれねえか? 実はさ、螢子の誕生日なんだけどよ…」
「ああ。誕生日パーティをするとか? 二人っきりの方がいいんじゃないのか?」
「なっ、何言ってやがんだ!!」
ニッコリと笑顔で言った蔵馬に、慌てふためき真っ赤になって怒鳴る幽助。
通行人が数人、何事かと振り返ったが、蔵馬がニコニコしているので、カツアゲなどの類ではなさそうだと、また向きを変えて歩き出した。
そんな通行人など全く眼中にない幽助。
ひとしきり叫びまくった後、何を言っても無駄と悟り、ため息をついてから言った。
「何かよー。学校の友達呼んで、みんなで大騒ぎするとかでよー。丁度、螢子のガッコーの先輩だかなんだかも、お祝いがあるとかで。まあ、当日から少しズラしてやるみてえなんだけどよ。31日は日曜じゃねえから」
「そう。ああ、この買い出しはその時の」
「こっちはこっちで準備があるから、ヒマそうだし行ってこいってよ。ったく、人使いあらいぜ」
そう言いつつ、わざわざ行っているのだから、結構幽助もお人好しである。
「何だって、螢子の学校のヤツとの祝い事に、俺がって思ったんだけどよー。何か、幽霊騒動の件で、俺のこと見てたヤツが何人かいたみてえでさ。おもしれーから来いとさ。後、お前のことも噂で……はっ」
「そう……」
一気に周囲の空気が冷たく変わる……暖かさの欠片もない冬の空の下。
しかし、幽助はそんな温度変化よりも、真横で雪女のごとく凍り付くような視線を送ってくる化け狐の方が怖かった。
言うんじゃなかった。
そう思ったところで、時既に遅し……である。
あの時のことを蔵馬が忘れるわけがない。
何が悲しくて、一日に二度も桑原の彼女に間違われた翌週号(雑誌掲載当時の話だが…)、いきなり女子校へ来てくれと言われねばならないのか……。
「……いいよ。どうせヒマだし」
しばしの沈黙の後、蔵馬が言った。
まだ不機嫌さは治っていないようだが、ひとまず目線の冷たさは解除され、いつもの普通の顔に戻っている(いや、顔は無表情である意味いつもと変わらなかったのだが…)。
とりあえず、命の危機を脱し、ホッとする幽助。
しかし、その次の言葉には、一瞬焦った。
「螢子ちゃんのお祝い出来るのも、今年限りかもしれないからね」
「え? お前どっか行くのか!?」
「来年からは幽助と二人っきりかもしれないから♪」
「あ、あのなー!!」
そして、次の日曜日。
雪村宅……正確にいえば、雪村食堂を貸し切って、パーティは行われていた。
主役の螢子を囲んで、友人が十人ほど。
幽助や蔵馬はその勢いに押されつつも、割合適応力があるので、結構ノリについていっていた。
「それにしても遅いな〜」
「誰が?」
入り口の方を見ながら、待ち遠しそうに呟く、友人その1。
全員揃っていると思っていた幽助は、不思議そうにポテトチップスを囓りながら聞いた。
「先輩なんだけど……寄るところがあるから、遅くなるとは言ってたんだけど、まだかな〜」
「先輩?」
「ほら、言ったんじゃない。先輩のお祝いも兼ねてるって。その先輩がまだ来てないんだけど…」
螢子が少し心配混じりに言った直後、食堂の前で車が止まった。
ガラス戸ごしに、黒い塊が見える。
「あ! 来たかも!!」
パッと立ち上がり、ドアに駆け寄る螢子。
暖簾を押しやりながら出て行くと、案の定その先輩だったらしく、「おまたせ」という声と「早く早く」という声とが、交わされていた。
「じゃあ、いよいよ本当に乾杯だね!」
「んじゃ、ジュースでも入れて待ってようぜ」
幽助の意見に賛同し、奥のクーラーボックスから、ジュースを出してくる蔵馬。
紙コップを持った友人たちに、一人一人ついでいく。
「先輩、こっちこっち!」
「来た来た!」
わあっと、わく友人たち。
螢子に腕を引っ張られ、長い髪を押さえながら入ってきたのは、確かに螢子たちよりもほんの少し年上の女性だった。
静流……とまでは、いかないだろう。
多分、今年で大学卒業といったところか。
数歳年下であろう(実際は、何千歳も年下であろう)、活気溢れる少女たちの間を縫って、ジュースをついでいた蔵馬だったが……。
「(……あれ?)」
前髪をかきあげた『先輩』の顔を見た途端、一瞬その手が止まった。
「(何処かで…見覚えがあるような……?)」
「蔵馬さん? どうかしたの?」
「あ、ゴメンゴメン」
ジュースを半分だけつがれて、突然手を止められたので、何事かと思った友人その2が、不思議そうに聞いてきた。
慌ててペットボトルを傾け、なみなみと濯ぐ蔵馬。
慌てていて、溢れない正確さは流石である。
改めて、再び見やった『先輩』が、何処かで会ったことがあるのかないのかは、何故か思い出せなかったが……。
全員が紙コップを持ち、席に着き、一人が代表で立ち上がって叫んだ時。
デジャビュかと思われていたそれの正体に、気づけたのだった……。
「じゃあ、行くよ! 幸せいっぱいの螢子と麻弥先輩に、かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
紙コップ同士が、擦れ合い、皆の喉を潤していく。
幽助などは一気に飲み干したせいで、むせ混んでしまったが……。
「げほげほっ…」
「幽助。もっと落ち着きなさいよ…」
「げほっ、わーってるよ、げほげほ……あれ? 蔵馬?」
ふいに螢子とは逆の隣に座っていた蔵馬を見やる幽助。
見れば、蔵馬は自分でついだコップに全く口をつけず、ぽかんっとした表情をしている。
視線の先には、正面に座った『先輩』が……。
「……蔵馬? おい、どうした!」
「あ、いや。何でも……」
「あっ!!」
蔵馬の声を遮るように、声を張り上げる『先輩』。
テーブルから身を乗り出し、食い入るように蔵馬の顔を覗き込んでいる。
驚きの直後、その表情には歓喜が浮かび、そして叫んだ。
「南野くん! 南野くんでしょ!」
紙コップを持ったままの蔵馬の手をつかみ、上下に振りまくりながら、確認するように……しかし、彼女は確信を持って呼んでいた。
弾みでジュースが僅かに零れたが、幸いテーブルの上で、服などは濡れなかったが。
だが、蔵馬はジュースなどもはや眼中になく、ぶんぶんっと振られまくる腕と、その先で笑顔でいる少女に、唖然としていた。
「わ〜、懐かしいー! 元気だった?」
「……やっぱり……喜多嶋?」
「うん! わー、覚えててくれたんだ!」
嬉しさが更に増したように、満点の笑みを浮かべる『先輩』……いや、『喜多嶋』。
「髪の毛伸ばしてるから、気付かなかったよ。部屋に入って、パッと見て、どっかで見たことあるな〜って気はしてたんだけど。いつから伸ばしてるの?」
「高校生の時…からかな。喜多嶋も伸ばしたんだ」
「うん! そっかー、もう六年になるんだねー、最後に会ってから。南野くん、中学卒業する前にまた転校しちゃったから」
二人のやりとりに(正確には、喜多嶋がほとんど喋っていただけだが)、口をはさむヒマもなかった周囲の一同。
幽助ですら、蔵馬と親しげに話す少女に呆気にとられていた。
数分後、やっと一段落した時、螢子が問いかけた。
「麻弥先輩、蔵馬さんと知り合いなの?」
「…くらま??」
きょとんっとする『喜多嶋』。
心当たりがないという気持ちと、何かを間違えているのではないかという気持ちが合いまった表情であることを、瞬時に見抜き、訂正する蔵馬。
「あ、いや。あだ名だよ、高校の時からの」
「へえ、そうなんだ」
「お、おい。蔵馬? マジで知り合いなのか?」
「ああ……中学の時の同級生」
とても意外そうに尋ねる幽助に、蔵馬は懐かしそうに言った。