<WHITE BIRTHDAY> 2

 

 

 

『喜多嶋 麻弥』

言った通り、中学時代の蔵馬の同級生。
母子家庭で転校の多い蔵馬にとって、彼女がいた中学に在学していたのは、ほんの一時のことだった。
しかし、その一時の間に、実に色々なことがあったのも事実。
最も、どれだけ在学していようと、色々なことがあったのは、あのたった一日だけなのだが……。

 

以前倒した妖怪が宣戦布告に訪れたこと(まあ、それはどうでもいいのだが)。
元々、霊力の強かった彼女には、その妖怪が見えてしまったこと。
その妖怪はとある強力な妖怪の下についていて、その強力な妖怪と対決したこと。

一対一ではなく、ある妖怪と協力して倒したこと。
ある妖怪とは、髪の毛が黒くて、眼が赤くて、背丈が低くて、額に第三の目があって、ひねくれているが、大切な人のために想像を絶する苦痛に耐えたこと。
更に、その後も敵になったり味方になったりしながら、共に歩んでいったこと。

 

そして……彼女に、今目の前にいる少女、『喜多嶋 麻弥』に、告白されたこと。

 

本当に色々なことがあった。
自分自身、彼女に惹かれていたが、告白はきっぱり断り、更に妖怪を見てしまった記憶ごと、全て消し去った。
強まっていた霊力も、不自然でない程度におさえもした。
おそらく、今の彼女には自分や幽助は普通の人間にしか見えないだろう。

そのことを後悔はしていない。
最善だった。
彼女のため……そして、自分のためでもあったのだから。

 

 

 

 

「懐かしいな〜。中学生なんて、大学卒業前にしてみれば、大昔だもん」
「大昔はオーバーだろ」
「そうかな〜。そういえば、あの時はまだ『喜多嶋』だったもんね。えへへ、今は妃芽川っていうの」
「ひめ…かわ?」

彼女の言葉に、蔵馬は一瞬だけ、とまどったが、すぐに答えが分かった。
そして、あっさりと返した。

 

「そうか、結婚したんだ。おめでとう」
「なるほどなー。その祝いだったのか! 大学卒業と同時にってか?」
「何言ってんの、幽助。先輩が結婚したのは、三年も前よ。学生結婚だったの」
「マジかよ。はえーな」

と言っても、幽助はそれほど驚いている様子はない。
当然だろう。
彼の母が彼を産んだのは、十五の時……入籍はしなかったらしいが、していれば早婚中の早婚だったのだ。
それに比べれば、彼女は大学一年くらいなのだろうから、別段不思議はない。

蔵馬も蔵馬で、大して驚いてはいない。
自分のことが好きだったのは、中学生の時で、しかもその記憶はない。
とすれば、翌日から誰か別の人を好きになっていても、不思議はないのだから(流石に多少無理はあるだろうが)、三年後に結婚していたところで、何も不自然なところはないのだ。

 

 

「じゃあ……今回の祝いってのは?」
「もう、幽助くん! にぶいわねー!」
「女の子のお祝いで、結婚の次といえば、決まってるじゃない」
「次の祝い? 何だ?」

友人数人に言われても、さっぱり分からないらしい幽助。
しかし、蔵馬には流石にすぐに分かった。

「オメデタ、なんだ」
「正解! 流石、蔵馬さん!」

笑顔で言う蔵馬に、ぱちぱちと拍手が送られる。
『喜多嶋』……いや、妃芽川は、僅かに恥ずかしそうにしていたが、それでも嬉しそうに、自分のお腹をさすった。

 

「へえ、お袋になるのかー。もう、どっちか分かってるのか?」
「まだだよね、先輩」
「えへへ、実はもう分かってるんだ!」
「ええー!」

その場にいた友人全員が、叫びながら立ち上がった。
おそらく、この場にいた誰もが知らされていなかったのだろう。
驚きでいっぱいの表情を、妃芽川に向けた。

 

「今日、病院行ってきてね。分かっちゃった♪」
「あ、それで遅くなったんだ」
「どっちだった?」
「男の子!」
「そっかー。名前はどうするんですか?」

何気なく聞いた友人その3の問いかけに、妃芽川はふっと面を下げた。
何か悪いことでも聞いたかと、とまどう友人。
しかし、おずおずと妃芽川が顔をあげたので、ホッとした。

妃芽川は、少し赤くなった顔で、ちらっと蔵馬を見ると、すぐ視線をそらし、思い切って言った。

 

 

「……しゅういち…とか」

 

「しゅういち?」
「いいんじゃないですか? 普通といえば、普通だけど」
「でも、漢字とか色々考えられるし」
「下手に変わった名前よりはねー」
「それは俺に対する当てつけか?」
「そんなこと誰も言ってないって!」

幽助や友人たちが漫才紛いに言っていた時……蔵馬だけは、一人真顔で妃芽川を見つめていた。
そのことに幽助が気付いたのは、大分後だったが、はっと思いだしたように、

「そういえば……『しゅういち』って、蔵馬の…名前だろ?」

思わず、『人間の名前』と言おうとして、言葉を飲み込んだ。
ここにいる蔵馬は間違いなく、人間・南野秀一なのだから、余計なことを言っては、後々まずい。
誤魔化す手だては色々あるが、蔵馬に怒られるのは、やっぱり怖い……。

 

 

「……南野くんはあたしの初恋の人だから。六年も経っちゃったけど……」

思わぬ告白。
蔵馬どころか、その場にいた全員が、石のように固まってしまった。
むろん、一番かちんこちんになっているのは、他ならぬ蔵馬だったが……。

 

記憶は消した。
自分に対する思いも全て……なのに、何故今、自分のことが好きだと言うのだろうか。

あの事件の後、『喜多嶋』は以前ほど自分に話しかけてくることは……いや、あった。
あの後も全く…本当におかしなほど、全く変わらなかった。
妖怪を倒して、失踪事件が終わりを告げたにもかかわらず、まだ誰か消えるなどと楽しそうに言って、声をかけてきたではないか。
てっきり、好きとか関係なく、単に同級生として話しかけてきていると思っていたのに……。

 

 

「町で失踪事件あったでしょ? あれが終わったかくらいからかな……よく覚えてないけど。きっかけも分からないけど……」

石になっているが、何とか声だけは聞き取れた。
ということは、いちおう記憶は抹消出来たようである。
ただ、その翌日からまた自分のことが好きになってしまったらしいだけで……。

そんなことが起こるなど予想だにしなかった蔵馬。
もう呆気にとられるしかないが……まあ、自分のことを好きでいてくれたことにも気づけなかったのだから、二度目も気づかなくても不思議はないかもしれない。
不幸中の幸いは、二度目には告白されなかったことということなのだろうか……。

 

 

「転校する日。告白しようと思ってたんだけど……先、越されちゃったから」
「(……そういえば、クラスの女子、五〜六人から告白されたような……)」
「行っちゃった後……ちょっと後悔したこともあったんだ。やっぱり、あたしも告白すればよかったって……」

こんなことを言われて、いくら蔵馬でも赤くならないでいられるわけがない。
幸い、他の者も石化しているため、誰一人からかってこようとはしなかったが。
しかし、妃芽川は至って真面目に……真剣に言った。

「今は……もう結婚して、その人が一番大好きだけどね。あの時は南野くんだったんだ……だから…告白しなくてよかったのかもしれない。でも、例えふられても……告白しておきたかったんだ。だから……遅くなっちゃったけど……本当に、大好きだったよ」

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

「え? 何?」
「いや、何でもない……でも『しゅういち』は、止めた方がいいよ。俺みたいに、ひねくれるから」
「…南野くん、どこら辺がひねくれてるっけ?」
「思いつかないな〜。幽助なら、そのまんまなんだけど」
「あのなー!!」

何気に言った螢子の言葉に、ぎゃんぎゃんと怒鳴る幽助。
それを引き金に、全員が我に返った。

「でもいい名前じゃない? 漢字かえたりすればいいわけだし」
「それも手だけど……やっぱり止めた方がいいよ。生まれるまで、じっくり考えた方がいい」

 

 

 

 

 

「……なあ、蔵馬」

夜。
パーティがお開きになり、車やバイクでの迎えではなく、電車の子たちを駅まで送った帰り道、幽助が口を開いた。

「何?」
「いや……何で、あんなに否定したんだ? お前と同じ名前つけるのに……別にそこまでムキになることないじゃねえか。『しゅういち』なんて、珍しい名前でもなんでもねえんだし」
「……」

珍しく鋭いツッコミに、少し黙る蔵馬。
しかし、何となく幽助には話してもいいかと思い、一呼吸おいてから、話し始めた。

 

「彼女が俺を好きだったこと、知ってたよ。いちおう……今も、嫌いではないだろうね」
「……」
「でも、恋していたのは、昔の話だ。いくらなんでも、彼女の夫だって、妻の初恋の人の名前なんて、聞きたくないだろうし……生まれてくる子供だって、母親の初恋の男と同じ名前なんて、やっぱりイヤだろうから」
「……そんなもんか?」
「そういうものだよ」

しばしの沈黙。
ふいに歩を早め、蔵馬の前に立つ幽助。
何かと蔵馬が視線をあわせると、幽助はあまり自信はないが、そうなのではないか…という表情で聞いた。

 

「もしかして、お前も……あの子のこと好きだったのか?」
「……まあね」

呟くように言った後、幽助を追い越して早足で歩く蔵馬。

「お、おい…」
「それも昔の話さ……」

 

それだけ言うと、蔵馬は完全に口をつぐみ、幽助が何を言っても答えなかった。
星で埋め尽くされた夜空を見上げ、過去を思い出すことに専念する。

 

 

……好きだった記憶はある。
それを伝えられなかった記憶も……彼女にはないけれど。

 

 

今は恋していない。
彼女が結婚したとか、子供が出来たとかは、関係なく。

彼女にとって、蔵馬は過去の人。
蔵馬にとっても、彼女は過去の人。

違うのは、今好きな人が、いるかいないかということだけ。

 

今、好きな人がいないからといって、彼女に再び恋をすることはない。
あの諦めた…あの時から永遠に……。

 

「(俺にも……いつか、巡り会えるのかな……永遠に好きになれる人が……)」

 

 

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

螢子ちゃんだけなんですよね。
主要キャラで誕生日が正確に分かっている子は……何せコミックに記載されているから、誤魔化しようもない事実。

しかし……これは、一体誰に謝るべきでしょうか?
蔵馬さんファンにも謝るべきだろうし、麻弥ちゃんファンにも謝るべきだろうし、おそらくは極少数派でしょうが、蔵麻派の方にも、ものすご〜く謝るべきでしょうね(爆)

個人的に、麻弥ちゃんはこれでも好きなんです。
でも蔵馬さんと繋がるのは、遠慮したいかな……蔵馬さんが彼女を好きだったのは、あくまでも中学生の時だけってことで。
別に今回の件で、蔵馬さんはショックを受けたり、後悔したわけではありません。
ただ、懐かしい過去に触れたかな…というくらいで。

ちなみに麻弥ちゃんの新しい名字ですが……「ガラスの仮面」読んだ事ある人なら、すぐ分かると思います(笑)
深い意味はありませんが、さっと適当な名字思いつかなかったんで…。
「田坂」にしてあげようかなとも思ったけど、やっぱりやめました(あの二人がくっつくイメージは全くない…)