<片道切符>

 

 

タタンタタン…タタンタタン……

 

……この単調な音が、どれくらい続いただろう?

ぼんやりと窓の外の景色を眺めていたが、いい加減に蔵馬はイライラしてきていた。

見つめている景色は決して悪いとは言わない。
むしろ、広大な雪景色でとても綺麗だと言えるだろう。

しかしそんなものも、数時間見ていれば、次第に飽きてくる。
それが目的のものと違うものでは、尚更だ。
いくら美しくても、今回蔵馬がこの列車に乗った理由は、景色のためではないのだから……。

 

 

 

妖狐蔵馬。

夜に輝く長い銀髪。
刃のように鋭い妖気と視線で、見る者全てを無に帰したとされる、恐るべき極悪盗賊。

魔界にその名を知らぬ者はまずいないと言われるほどだったが、ここ人間界では事情が違う。

 

知っている者は決して少なくはないが、それは妖狐蔵馬としてではなく、何かしらの妖怪として。
もちろん、あくまで「人間は知らない」という話であって、人間界に定住している妖怪たちにとっては、既に脅威と化していた。
しかし、人間において、名前と姿を一致させて知っている者は、一つの国に一人いればいい方だったろう。

 

 

だが、別に蔵馬は人間界で名を轟かせる必要は、感じていなかった。

 

人間に知られたところで、メリットは特にない。

これが妖怪や祟りを何よりも恐れているような時代であれば、もしかしたら何らかの利益があったかもしれない。
しかし、こんなに機械が発達し、人間が恐れるのは他ならぬ自分たち「人間」でしかなくなった時代では、妖怪の名が広まったところで、一種の都市伝説にでもされるのが、オチである。
それは恐怖というより、侮辱に近い。

第一、下手に知られれば、霊界に感づかれ、追われるかもしれない。
ある程度のレベルなら倒せる自信はあるが、時と場合にもよるだろうし、万一追跡者全員でこられでもしたら、少々キツイ部分がある。
どれだけ勝つ自信があったとしても、相手を甘くみるのは、あまり有益なこととは言えないだろう。

 

……ならば、人間たちには自分の存在は知られない方がいいだろう。

 

 

人間になりすますのは、慣れている。

元々彼は、人間に近い姿をした妖怪である。
耳と尾を隠せば、後は適当に周囲に合わせて、髪の色と肌の色、そして服装を変えるだけである。

 

 

そしてこの日。
彼は髪を黒くし、肌を少しだけ濃くし、雪国に対応出来るだけの簡単な服を着て、列車に乗っていた。

 

目的は一つ。
人間たちの観察だった。

ここ数年、蔵馬はその作業を中心にしている。
魔界を本拠地にしていた時代でも、人間界にはよく来ていたし、割と知っていたつもりだった。
だが、いざ本格的に人間界へ入り込むとなれば、やはり知らないことも多い。
最も主な理由は、人間界の発展が魔界に比べ、異様なまでに早すぎることにあるのだが……。

とにかく人間界に潜伏する以上、やはり人間のことは知っておくべきだと、色々な方面から観察することにしたのだ。

 

 

しかし……目的は人間の観察だったのに。

 

始発から乗って、既に数時間。

いつまで経っても、人間が乗ってこない。
もちろん全く無人なわけではない。
時々、乗っては来ている。

だが……別に観察するほどの人間ではなかった。

こんな人間、別に電車に乗らなくても、都会にも田舎にもワンサカしている。
そして基本的に、蔵馬があまり好きではない人間たちであった。
どういう人間なのかは、詳しく記載はしないが、彼がいけ好かないとなれば、大体想像はつくだろう。

 

 

 

 

「……はあ…」

いい加減、電車にも飽き、人間の観察も面倒になり(というより意味がない)、そろそろ降りようかと思った時だった。

 

とある寂れた駅にたどり着く直前、ふいに目に入ったホームに、一人の女性がいた。
いや、16か17だから……少女といった方がいいだろうか?

しかし、その雰囲気はおおよそ幼い子供とは思えぬものだった。
別に大人びているわけではない。
何となく子供とは違う、でも大人でもない…奇妙な雰囲気だった。

着物を清楚に着こなし、長い黒髪は後ろで一つに束ねられている。
手には白い包みが抱えられていた。

 

「(何だ、こんな寂れた駅に……とても田舎娘には見えないが)」

乗り間違えでもして、戻りの電車を待っていたのかとも思ったが、しかしこれからこの電車が向かう方向は、更に寂れたド田舎になるはずである。
乗り間違えの可能性は低い。
前の電車がここで終わり、乗り換え待ちであったとすれば、辻褄は合うが…。

しかし、それでも何となく妙な違和感があった。

何か……そう、普通の人間とは少し違う。
むしろ、蔵馬たち妖怪のような、異様な雰囲気があるような……。

 

 

「……」

蔵馬が見ている前で、少女は電車に乗り込んできた。
ゆっくり一歩一歩…。

退屈しのぎに眺めていた蔵馬だが、ふいに少女と目があった。
蔵馬は何とも思わなかったが、少女は失礼だと思ったのか、とっさだったのか、視線をそらした。
それを見ても、別に蔵馬は不快にも愉快にも思わない。
視線をそらしたがるのは、日本人にはよくあることだというし。

まあ自分と目線を合わせたくないのもあるかもしれないと、窓の外へ顔を向ける蔵馬。
一方、少女はといえば、蔵馬とは少し離れた席にゆっくりと座った。

 

 

 

お互い、全く興味がなさそうに見える、無関係な2人。

いや、実際少女は蔵馬にほとんど興味はなかったろう。
常人離れした美しさにだけは、少々驚いたようだったが、それだけだったらしい。
蔵馬も蔵馬で、大概大人が乗り込んでくる電車に、少女が一人で乗り込んでくるのは、かなり不思議に思ったが、それだけだった。

 

 

 

しかし……その後の少女の行動で、蔵馬はとても彼女に違和感を覚え、そして興味を持った。

電車にただ乗っているだけの時、彼女は何もなく、普通の少女だった。
時折、窓の外を眺めたり、手にしている包みを確かめるように撫でるだけ。

 

だが、駅につく度、彼女はとても奇妙な行動をするのだ。
それはとても奇っ怪で、奇妙で、変哲で……妖怪である蔵馬は元より、人間の車掌もまた、不思議に思っているらしかった。

 

 

まず、駅につく少し前。
彼女は必ず席を立つ、そして扉の前で、待つのだ。
時々、その駅で降りる他の乗客が先に立ったため、その後ろに立つことはあったが、それ以外の時は必ず先頭で降りる準備をしていた。

そして駅につくと、当たり前だが彼女は電車を降りた。
ここまでは普通だろう。

 

しかし、彼女はその足で改札口へは向かわない。
少女は必ずその場で立ちつくすのだ。
降りた方向を見たままの時もあるし、電車をむき直す時もあるが、とにかくその場からは一歩も動かないのである。

そして電車が発車しようとすると、意を決したように、再び乗り込むのである。
時折、蔵馬と目があったが、回を増す事にあまり気に留めなくなっていた。

 

電車が確実に走り出すと、彼女はまたゆっくりと席を探す。
これは同じ席の時もあったし、違う席の時もあった。
だが、車両だけは変わらない。
必ず最後尾のこの車両に乗り、そして席につく。

 

 

 

 

……と、少女はこれを駅につく度にやっているのだ。

これが初めて…という雰囲気ではない。
多分、今朝か、もしくはずっと前からやっていて。
さっきの駅で待ちぼうけを喰らっていたのは、乗り損ねて電車が出発してしまったためなのだろう。

 

ハタからみれば、かなり変わったことをしているように見えるし、実際に蔵馬自身も、奇妙な女としか見ていなかった。

そう、最初のうちは……。

 

回を増す事に、彼女へ視線を向ける時間が増える。
普通ならば、飽きてきて減ってくるはずなのだが……何故か、彼女の場合は増えていた。

理由は一つ。
彼女の顔の変化を見ていたのだ。

回を増していくうち、彼女の顔は少しずつ変わっていく。
噛みしめられた口元、険しい目つき、しかしそれには強固な意志が感じられた。
手元で握りしめられる白い包みに寄せられたシワが、それをより強調させていた……。

 

一体それが何を意味しているのか、蔵馬には分からなかった。

こんな顔をした人間は、今まで見たことがない。
妖怪でもなかった。
いや、見ようとしなかっただけで、もしかしたらあったのかもしれないが、記憶の限りでは初めてだった。

 

初めてだから分からない……。

だが、少なくとも蔵馬は少女に惹かれている。
もちろん興味という意味で。
決して恋愛めいた子供っぽい感情ではなく、ただ純粋に人間として興味を持ったのだ。

 

この奇妙で……惹かれる想い。

 

 

あの包みの中身も気になってきた。
よくよく見てみると、僅かに気を放っている。

妖気とは違う。

霊気には間違いないらしいが、どう考えても人間が入れる大きさではない。
まあ、赤ん坊なら入れないこともないが、それにしては随分と強い霊気を帯びているような……。