<忘れもの> 2

 

 

「そっかー、魔界から来たんだ。その大事な石、つらら女が持ってるといいね。氷泪石って綺麗なんだよね? つらら女って綺麗な石が好きだから、猫ばばしてるかもしれないし」

あれこれしつこく聞かれ、しかし邪見には出来ず……結局、ここまで色々喋ってしまった。
妖力が皆無の状態で名前を明かすのは危険と、何とかそれだけは隠し通してきたが。
しかし、子供は名前を聞いたのは一度きりで、それについて飛影が答えなければ、もう二度と聞こうとしなかった。
小さいがいちおうの礼儀は弁えているのだろうか?

しかし、この減らず口というか、止まぬ口は……どうにかならないのだろうか。
とにかく飛影が一つ喋ったことについて、百はコメントしている。
いい加減にして欲しいと思いつつ…いや、何度か五月蠅いと言ったが、全く子供は黙ろうとしなかった。
嬉しそうに楽しそうに……何度も何度も飛影に話しかけてくるのだった。

 

鬱陶しい。
そう思わないわけでもない。

元々喋ることの苦手な飛影である。
他人が喋るのに答えることほど、苦手なこともそうそうなかった。

 

だが……何故か心底イヤとは思えない。
その声はとても軽やかで可愛らしくて……。
時折振り返った時見せる笑顔は、今まで飛影が見てきた誰よりも愛らしいものだった。
その度に慌てて前方を見るのは、自分の顔がもしかしたら赤くなっているかも知れないという焦りからだった。

石を「綺麗」と思ったことはあっても、何かを「可愛い」とか思ったことのない飛影。
だが、この子供は……すごく、可愛かった。

 

 

「(お、俺は何を考えている! たかが人間界にいる低級妖怪に!!)」

頭を振り回し、考えを打ち消す飛影。
その様子を子供は、最初のうちこそ不思議そうに見ていたが、回を増すにつれ、段々と慣れていき、しまいには笑顔で見つめるようになった。

 

「……何が、おかしい」
「ううん。ただ君、可愛いなと思って」
「なっ……!!!!」

ぼんっと沸騰するように、顔を紅潮させる飛影。
こんなこと言われたのは、生まれて初めてである。
いや、生涯絶対に言われるわけがないと思われた言葉……それをこの子供はいとも簡単に、当たり前のように言い切ったのである。

「ば、バカか!! 冗談にも程がある!」
「え〜? 冗談なんか、言ってないよ。本当にそう思っただけだよ」
「き、貴様からかうのも、大概に……」

 

ふいに飛影の動きが止まった。
しかし子供は不可解さを感じていない。
いや、子供も同じだったのだ。

 

近くにいる……。

右か左か、前か後ろか……。

 

 

「いや……下だ!!」

バッとその場から跳び上がる子供。
飛影もほぼ同時に跳び上がり、近くの突出した岩の上へと降りた。

 

 

と、次の瞬間!

 

 

 

ドドドオオオオ!!!

 

 

雪崩のような轟音と共に、二人の目の前に現れた者……。
青白い肌に冷たい白い髪。
白い両眼に白い着物と、白で埋め尽くされた女。
その瞳からは冷酷な眼差しが注がれ、まるで凍て付く冬そのもののようだった……。

 

「こいつが…」
「つらら女!」

「くくっ……子供が二人。こんな山奥でどうしたのかしら?」

「五月蠅い! 母さんの石を返せ!」
「(…母さん?)」

ふいに子供の叫んだ言葉に、つらら女から視線を外し、そちらの方を見やる飛影。
そういえば、自分のことばかり聞かれて、あまり子供のことは聞いていない気がする。
人間界に住んでいるとか、すきーとやらに来ていたとか、その程度しか……今更になって悔しい気もするが、今はそれどころではないし、それ以上の感情があった。

この子供も自分と同じ。
取り返したい石の存在が……母のモノだったのだ。

 

 

「あれは渡せないわね。あんまりにも綺麗だから。アタシの元で大事に大事にしてあげるわよ」
「お前なんかが持ってても、綺麗になんか見えない!」
「……『お前なんか』ですって?」

ぴくんっと、つらら女のこめかみが痙攣し、眉間にうっすらシワがよる。
結構冷徹に見えて、実は短気なのかもしれなかったが……そんなこと、飛影にとっても子供にとっても、関係ないことである。

「そうだな。貴様なんぞ、鉄くずでも持っていたらどうだ」
「あ、上手いね! きっと栄えるよ!」
「鉄くずの方が、な」
「うんうん!」

変なところで同調している飛影たち。
その様子に、つらら女が怒りを示さないはずがなかった!!

 

「おのれ…生かしてかえさーん!!!」

 

ドオオーーッ!!!

 

突如、周囲の雪が一気に盛り上がり、二人に襲いかかってきた。
だが飛影にも子供にも焦りは見られない。
人間にしてみれば、焦る前に念仏でも唱える状況だが、妖怪にしてみれば何て事はない。
それなりに実力のある者だけだろうが……。

どうやら飛影だけでなく、子供にも実力はあったらしい。
ギリギリまで雪を引きつけると、軽い足取りで飛び退き、近くの倒木へ舞い降りた。
雪の上は危険、となれば雪が降る前に倒れたらしい木の上や岩の上が一番安全というわけだ。

飛影の意見も同じ。
子供とほぼ同じようなスタイルで次々に雪を避けていたが……。

 

「つっ!!」

ズキンッ……

 

飛影の右足に痛みが走った。
そう、人間界へ来た際に折った足……いくら添え木がしてあるとはいえ、簡単に治る傷ではなかった。
無理に動き続けた結果、ついにガタがきてしまったのである。

それをつらら女は見逃さなかった。
子供の方へ回していた力も飛影の方へ。
大量の雪が飛影にのしかかる。

 

「くっ…」

雪は量を重ねると、想像以上に重い。
やっとのことではい出してきたが、言うことを聞かない右足のせいか、下半身がまだ雪に埋まったままだった。
何とか脱出しようともがいていた時……。

 

「ほほほっ。なんてザマなのかしら。威勢のいいのは、最初だけね!」

最悪の展開。
つらら女が飛影の真上までやってきていたのだ。
手には、名前の通りの巨大なつららが……しかも両の手に一本ずつ、握りしめている。

これで刺されれば、飛影とてタダではすまない。
しかし、彼女の目的はどう考えても、それだった。

「さよなら! 強気で馬鹿な坊や!!」

 

 

 

 

 

ザクッ…!!

 

 

 

つらら女のつららの刃は……抜群の切れ味で、深く深く突き刺さった。

しかし、それは飛影の肉体ではない。
いやそれどころか、今彼の目の前に、つらら女はいなかった。

 

彼の目前にあったのは……あの子供の小さな背中。
血が滴るのは、その細い腕からだった。

とっさに飛び出し、飛影の目の前で両手を組み合わせ、つららを受け止めたのである。
深々と刺さるつららは一本だけ、もう一本は二人のすぐ脇の雪に突き刺さっていた。
だが、一本でも充分の威力だったろう。
重ね合わさった両の腕からは、紅い血が流れ続けていた……。

 

「くっ……」
「き、貴様! 何を…!!」
「だ…大丈夫?」
「な、何考えて……!」

痛みを堪えて振り返った子供の表情を見て、飛影はハッとした。
その表情には……飛影が無事だったことへの安堵と…もう一つの意味があったのだ。

「……三つ数えろ…いいな」
「うん……一…二…」
「何をやっているのかしら? 弱い者同士でかばい合いなんて、笑いが止まらな…」
「三!!」

『三』を数えた瞬間、子供はその場から飛び退いた。
腕に刺さったつららはそのままに。
とにかくそこから退いたのである。

当然、つらら女は子供の向こう側にいた飛影と対峙することになるが……。
それに気付いた時には、遅かった。

 

飛影は子供の背中の影に隠れ、すぐ傍にあったもう一本のつららを手にしていたのである。
子供が退いた瞬間、飛影はそれを構え、つらら女の頭へ……一気に突き刺したのだ。

 

 

「ぎゃああああ!!!」