<忘れもの> 3
「じゃあ…」 ちらついていた雪も止んだ頃、二人は元いた場所まで戻っていた。 つらら女の死体は、彼女の死と同時に雪に還り、子供の腕の傷もみるみる癒されていった。 元々なくて当たり前。
飛影の石がなかったことで、子供は自分の石が見つかったというのに、至極がっかりした様子だった。 そう、飛影が生まれて初めて、可愛いと思ったあの笑顔で……。
「元気でね」 足の具合が大分よくなったので、木々を伝いながら森の奥深くへと消える飛影。 しかし帰る直前、少しだけ未練のようなものがあった。 だが、氷泪石を探すのが先。 絶対に見つけ出すと……。
あれから八年。 あの子供も成長しているだろう。
今にして思えば、あの子が初恋だったのかもしれない。
「……」 ふいに氷泪石を懐にしまい、同じ内ポケットから別のものを取り出す飛影。
紅いシミのついた白いそれを見つめながら、深く長い息を吐く飛影。 骨折した足に巻かれたハンカチ。 だが、このハンカチだけは大切にとっとおいていた。
「何してるんだ?」 突如、背後から声をかけられ、驚き振り返る飛影。 「く、蔵馬!」 すぐ背後に立っても気が付かないと言うことは、飛影では滅多にない。
「珍しいね。君が気が付かないなんて♪」 「まあまあ……あれ? ハンカチ?」 ふいに飛影の足元に落ちていたハンカチを拾い上げる蔵馬。
「飛影。何で君が、ハンカチなんか持ってるんだ。それもこれ、人間界の生地じゃない?」 買ったでもなく、もらったでもなく、拾ったと断定され、言葉につまる飛影。 となれば、拾ったとしかあり得ないと思ったのだろうが……。
「わ、忘れものだ…」 苦し紛れに言い訳する飛影。 「誰の? 何処で? いつ?」 焦り混じりに、とにかく怒鳴りながら、ハンカチをひったくり、逃げるように走り去る飛影。 もはやこの冬は蔵馬に会わない方がいいだろう。 どちらにしても、しばらく人間界に来るわけにはいかない。 そう思っただけで、生きた心地がしない!!
「くそっ! よりによって、一番厄介なやつにー!」 彼にしては珍しく、叫ぶまでに焦っているらしい。 いや、そこまで考える余裕すら、今の彼にはなかったのである……。
一方、一人残された蔵馬は呆然としながら、飛影が走り去った方を見つめていた。 そして手を顎にあて、首をかしげて、考え込む。
「……あれって…どう見ても……」 記憶の糸を辿っていく蔵馬。
「子供の頃にスキーに行った時に、子供の妖怪にあげた……あれ、飛影だったのか」
……もし、この言葉を飛影が聞いていたならば、彼はショックのあまりその場で卒倒していたかもしれない。
そう……飛影の初恋の人は、実は「男」で、あまつさえ「蔵馬」だったのだ!!
飛影が名乗っていないため、子供も名乗らず、お互いに名前は伏せたまま。 服装は人間界のもので、しかもスキーウェア。
また黒い三つ編みだが……実はあれは、帽子に飾りとしてつけていただけだったのだ。 そして本来の紅い髪は全て帽子の中。
そしてあの石だが……実はあれは志保利がいつも身につけている、亡き夫との想い出のペンダントだったのだ。 単に母子でスキーに来た時、ホテルに置いてあったペンダントを盗まれて、部屋に残された妖気から妖怪の仕業とわかり……。
ただ、それだけだったのだ。
「……そうだ! いいこと考えた♪」 突然、気分がのったらしい蔵馬。 「スキーウェアは確か去年買ったものが、タンスの中に…そう、丁度あの時と同じ、赤の地に黄色のラインのが。ニット帽は……買うのもいいが、手編みの方がいいかな。セーターでもほどけば、毛糸くらい手に入るし。髪は…そうだな、今度は自分のを編むか。二つのお下げなんて、やったことないけど。後は……」 色々と考えているらしいが、どう考えても悪巧みである。
この後、二人がどうなったかは……。 読者の想像に任せることとし、飛影の初恋物語はこれにて閉幕とする……。
終
〜作者の戯れ言〜 飛影くんが可哀想な小説part…いくつ目でしょうね?(笑) 飛影くんにも初恋はあったかなと。 これを見て、途中で蔵馬さんであるということに気付いた人、結構多いかもですね。 また別パターンで幽助くんたちのも……いや、自粛しますね!(汗)
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