<忘れもの> 3

 

「じゃあ…」
「……ああ」

ちらついていた雪も止んだ頃、二人は元いた場所まで戻っていた。

つらら女の死体は、彼女の死と同時に雪に還り、子供の腕の傷もみるみる癒されていった。
同時に近くの雪がぽっかりと一塊、消滅。
そこは案の定、峠の洞窟で……中には大量の石が。
二人で物色したところ、子供の石はあったが、やはり飛影の氷泪石はなかった。

元々なくて当たり前。
なくしたのは、魔界なのだから、ここまで来る可能性など、万に一つ程度しかないだろう。

 

飛影の石がなかったことで、子供は自分の石が見つかったというのに、至極がっかりした様子だった。
だが、飛影がどうせ時間はあるから、また探せばいいと、それほど気にしていないように言うと、ようやくあの笑顔を見せてくれた。

そう、飛影が生まれて初めて、可愛いと思ったあの笑顔で……。

 

「元気でね」
「……貴様もな」

足の具合が大分よくなったので、木々を伝いながら森の奥深くへと消える飛影。
幸いにも魔界の穴は、少し移動しただけで、まだ開いており、そこから飛影は魔界へ戻ることが出来た。

しかし帰る直前、少しだけ未練のようなものがあった。
あの子供……このまま帰ったら、二度と会えないかもしれない…。

だが、氷泪石を探すのが先。
それは子供にも約束したことだった。

絶対に見つけ出すと……。

 

 

 

あれから八年。
またいつか何処かで……そう思ってから、もう随分になる。

あの子供も成長しているだろう。
もしかしたら、会ってもお互いに分からないかもしれない。
それでももう一度会いたい……そう何度思ったことだろう。

 

今にして思えば、あの子が初恋だったのかもしれない。

 

「……」

ふいに氷泪石を懐にしまい、同じ内ポケットから別のものを取り出す飛影。
氷泪石よりも大きいが、氷泪石よりも軽いもの……それは一枚のハンカチだった。

 

紅いシミのついた白いそれを見つめながら、深く長い息を吐く飛影。

骨折した足に巻かれたハンカチ。
他のスキー板やバンドは旅をしている間、どうしても手放さねばならなくなったり、また武器として使ってしまい、なくしてしまったり…。

だが、このハンカチだけは大切にとっとおいていた。
いつか巡り会った時、返さねばならないと思っていたから……。

 

 

 

 

「何してるんだ?」

突如、背後から声をかけられ、驚き振り返る飛影。
そこに立っていたのは、いつも気配を絶ってからかいにくる毒舌家……。

「く、蔵馬!」
「何もそんなに驚かなくても……」

すぐ背後に立っても気が付かないと言うことは、飛影では滅多にない。
まあ、他のメンツでは珍しくもないが。

 

「珍しいね。君が気が付かないなんて♪」
「う、五月蠅い! 何の用だ!」
「用事がないと来てはいけないなんてこと、ないだろ?」
「きさま〜」

「まあまあ……あれ? ハンカチ?」

ふいに飛影の足元に落ちていたハンカチを拾い上げる蔵馬。
当然飛影はハッとしたが、もう遅い。
何故蔵馬に背後から声をかけられたくらいで、落としてしまったのか……自分のふがいなさに猛烈に腹が立った。

 

「飛影。何で君が、ハンカチなんか持ってるんだ。それもこれ、人間界の生地じゃない?」
「か、返せ!!」
「……何処で拾ったんだ? それ…」
「ひ、拾った?」

買ったでもなく、もらったでもなく、拾ったと断定され、言葉につまる飛影。
考えてみれば、金のない以上、買えるわけもないし、人間界にハンカチをくれるような知り合いもいない。
雪菜が渡したとすれば、とっくに蔵馬の耳に入っているはずである。

となれば、拾ったとしかあり得ないと思ったのだろうが……。
『こうばん』とやらに持って行こうなどと言われては、たまらない。

 

 

「わ、忘れものだ…」

苦し紛れに言い訳する飛影。
蔵馬はなおも不思議そうに、

「誰の? 何処で? いつ?」
「き、貴様には関係ない!!」

焦り混じりに、とにかく怒鳴りながら、ハンカチをひったくり、逃げるように走り去る飛影。

もはやこの冬は蔵馬に会わない方がいいだろう。
いや、春になっても、忘れてくれているかどうか……。

どちらにしても、しばらく人間界に来るわけにはいかない。
もし初恋のことなど知られたら、どうからかってくるか分かったものではない。
万が一、幽助や桑原に知られたら……。

そう思っただけで、生きた心地がしない!!

 

「くそっ! よりによって、一番厄介なやつにー!」

彼にしては珍しく、叫ぶまでに焦っているらしい。
顔が紅潮し、焦りのせいで汗が流れ、頭のてっぺんからは蒸気が噴き出している。
ハンカチのことを見られるよりも、この光景を見られた方が、後々余計にからかわれる要素になるとは思わなかったのか……。

いや、そこまで考える余裕すら、今の彼にはなかったのである……。

 

 

 

 

 

 

 

一方、一人残された蔵馬は呆然としながら、飛影が走り去った方を見つめていた。
しかし、しばらくすると近くにあった切り株の雪を払い、そこに腰をかけた。

そして手を顎にあて、首をかしげて、考え込む。

 

「……あれって…どう見ても……」

記憶の糸を辿っていく蔵馬。
だが、結論はハンカチを見た瞬間の直感と同じだった。

 

「子供の頃にスキーに行った時に、子供の妖怪にあげた……あれ、飛影だったのか」

 

 

……もし、この言葉を飛影が聞いていたならば、彼はショックのあまりその場で卒倒していたかもしれない。

 

そう……飛影の初恋の人は、実は「男」で、あまつさえ「蔵馬」だったのだ!!

 

 

 

飛影が名乗っていないため、子供も名乗らず、お互いに名前は伏せたまま。
そして実は子供は一人称に『ボク』という言葉を使っていたのだ。
だが、魔界では一人称など適当のため、それほど気には留めておらず、そこら辺で性別を考えることすらしなかったのである。

服装は人間界のもので、しかもスキーウェア。
飛影でなくとも、服装から性別を判断することは難しいだろう。
色合いからしても、どちらかといえば女物に近い雰囲気……あれはただ単に、母の志保利が蔵馬に赤が似合うと思って編んだ帽子に合わせただけである。

 

また黒い三つ編みだが……実はあれは、帽子に飾りとしてつけていただけだったのだ。
つけたのは志保利ではなく、その帽子を見た学校の被服科教員で…。
せっかくつけてくれたものを外すのも悪いかと、少し邪魔だがそのままにしておいたのだ。

そして本来の紅い髪は全て帽子の中。
当時は短髪だったため、余裕で入ってしまったのである。
更に人間界ではマレな緑の瞳も、暗がりではっきりとは見えず……まあ、そうでなくても魔界では珍しい色ではないから、飛影は全く気にすることもなかったのだ。

 

そしてあの石だが……実はあれは志保利がいつも身につけている、亡き夫との想い出のペンダントだったのだ。
飛影は勝手に母親が死んで、その形見だと勘違いしていたが、あの時蔵馬は一言もそんなことは言っていない。

単に母子でスキーに来た時、ホテルに置いてあったペンダントを盗まれて、部屋に残された妖気から妖怪の仕業とわかり……。
志保利が寝てしまった後、気付かれぬようにホテルを脱出。
つらら女の噂は昼間に聞いていたので、住処を目指していた折、飛影に出会った。

 

ただ、それだけだったのだ。

 

 

 

 

「……そうだ! いいこと考えた♪」

突然、気分がのったらしい蔵馬。
楽しそうに立ち上がると、そのまま家路についた。

「スキーウェアは確か去年買ったものが、タンスの中に…そう、丁度あの時と同じ、赤の地に黄色のラインのが。ニット帽は……買うのもいいが、手編みの方がいいかな。セーターでもほどけば、毛糸くらい手に入るし。髪は…そうだな、今度は自分のを編むか。二つのお下げなんて、やったことないけど。後は……」

色々と考えているらしいが、どう考えても悪巧みである。

 

 

この後、二人がどうなったかは……。

読者の想像に任せることとし、飛影の初恋物語はこれにて閉幕とする……。

 

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

飛影くんが可哀想な小説part…いくつ目でしょうね?(笑)
書きすぎてて、もはや勘定が不可能に。
飛影くんファンの方、すいません!
決して悪気はないんですが……ただ蔵馬さんと飛影くんの話書くと、いつもこういうオチになっちゃうんで…(それが悪いんだろ…)

飛影くんにも初恋はあったかなと。
最初はそれについて、からかい遊ぶ蔵馬さんというのを考えていたんですが……いつの間にか、勘違いで蔵馬さんが初恋に(爆)
今の蔵馬さんもすごく綺麗だけど、でも小さい頃の蔵馬さんすごーく可愛いから、こんなこともあったかな〜と思って(おいおい)

これを見て、途中で蔵馬さんであるということに気付いた人、結構多いかもですね。
一言も女の子だって言ってませんし、態度からして普通の子じゃないというか。
いちおう大人バージョンの蔵馬さんよりも、子供らしさを前面に押して出してはみたんですけど(どうでしょう??)

また別パターンで幽助くんたちのも……いや、自粛しますね!(汗)