<BABY PANIC> 1

 

 

……その日は突然やってきた。

いや、正確に言えば、「彼」はその日を待っていたのである。

 

幽助・桑原・飛影の三人が、三人だけでいるという、マレな組み合わせが完成したこの日を……。
そして、人里離れた山奥にいるという、この時を……。

ちなみに何故そういうことのなったのかといえば、最初は蔵馬の家に遊びに行っていたのだが、彼がお茶を入れに行っている最中に、桑原と飛影がケンカ。
止めるのも面倒なので、その辺でゴロゴロしようとクッションを整えていた幽助が、はずみで蹴飛ばされ(むろん蹴飛ばしたのは飛影である)、本棚に激突。

幸いというか当たり前というか、幽助に怪我はなかったが、本棚は勢いよく倒れ、部屋の真ん中にあったテーブルの上へ。
板がガラス製だったため、あっという間に木っ端微塵になり、その破片が部屋中に飛び散って、観葉植物etcに突き刺さり、窓ガラスにも食い込んで、羽毛布団からは羽があふれ出し……。

 

 

……と、こういうことがあったため、トドのつまりは、逃げてきたのである。

 

バラバラに逃げた方がよかったのだろうが、蔵馬が追ってくるかもしれないという危機感からか、そこら辺の神経が正常に働かなかったらしい。
三人まとめて、走りに走り、結果人里離れまくった山の中……位置的には、幻海が生前暮らしていた寺の辺りにいるのだ。

そこへこういう機会を待っていた「彼」が訪れたのである……。

 

 

 

「……何だ、この音…」
「さあな……」
「ぶっ壊れたコンピュータか電化製品みてえだけど……ん? 前にもこんなことなかったか??」

「……ま、まさか!」

ようやく意味を理解した幽助&飛影。
だが、遅すぎた。

以前の彼らなら間に合っていただろう。
しかし、「彼」による「それ」は、以前よりも数倍早く事を済ますことの出来るものだったのだ。

 

「あぶねえ、桑原! ふせろっ…」

 

 

 

ボンッ!!

 

 

巻き立つような煙。
幽助たちを飲み込んで湧いた、その向こう側に、ぼんやりと何かの影が見えた。

 

「ホーッホホッホッ!!」

 

……何処かで聞いたことのある、不気味で間抜けで腹の立つ笑い声。

実は酎や剛鬼と声優さんが同じという、幽白に全く関係ないわけではない彼。
煙は上の方から収まってきたため、幽助たちよりも先に、はっきりと姿を現した彼は、以前と変わらぬ出で立ちで、宙に浮いていた。

透けた身体と、ピエロの顔。
道化師の派手な襟元と靴。
ただし、右手のラッパだけは以前のものと少々違っているらしい。

 

しかし、この出で立ち、この風貌、この笑い声……。
作者の駄連載小説『子守りは大変』にて、登場した間抜けな悪役・パイパー以外にいるだろうか。

 

 

「ホーッホホッホッ!! 間抜けな連中ね! 同じ手に二度もひっかかるなんて!」

完全にバカにしきった台詞……。
しかし、意外にもそれに反論したり、また無言の反撃をする者はいなかった。
これは幽白至上、最もあり得ないことと言えよう。

だが、それも無理はない。
幽助たちは今、反論出来るような状況ではなかったのだから……。

 

 

 

 

「あーあー!!」
「だーだー!!」
「うー!!」

……まるで赤ん坊のような声……いや、どう考えても赤ん坊の声だった。
泣き声とは少々違うようだが、それでも……。

だが、この場に赤ん坊など、いただろうか??

 

答えは煙が完全になくなった時、明らかになった。

 

パイパーの足元から2mほど下。
ちょこんっと座っているのは、黒髪に茶の大きくて強気な瞳の赤ん坊。
地面に這い蹲るようにしているのは、くるくるの茶髪に細い瞳の赤ん坊。
上半身だけ必死に起こしているのは、尖った黒髪に赤くて目つきの悪い赤ん坊。

 

年齢は決して一致しない。

だが、しかし……それが彼ら以外の誰であるというのか!!

 

 

 

「ホーッホホッホッ!! どうかしら! 新しいラッパの威力は!! ホーッホホッホッ!! ……ん?」

「あー!! あー!!」
「だーだーだー!!」
「……」

足元で自分を見上げる赤ん坊たちを見て、違和感を覚えるパイパー。
以前、同じように日本の妖怪を子供にしたが、その時とは何だか様子が違う。
自分のことも分かっているようだし、何より赤ん坊らしさが感じられない。
見上げる瞳には敵対心が浮かび、更には子供にされたという怒りで満ちあふれていた。

 

「……ちっ。性格は元のままのようね。前の笛はツギハギ女に没収されたもんだから、不便だわ。十六〜七年しか戻せないし。でもまあ、日本の妖怪にも使えることは分かったし。後はあの狐だけね」
「あー!?」
「ん? 何故って? 当然でしょ。あいつのせいで、酷い目にあったんだから」

それは少し違う気もするが……。

「とにかく! あいつを子供にして、いたぶり殺すのよ! あんたたちは、そこで獣にでも喰われるといいわ。じゃあね〜♪」

そう言い残すと、パイパーは空の彼方へ飛んでいってしまった……。

 

 

 

 

残されたのは、赤ん坊と化してしまった幽助・飛影・桑原のみ……。

しばらく呆然としていたが、ようやく正気に戻って、焦り始めた。

「あ、あーあー!!(ど、どうすんだよ! あのままじゃ、蔵馬がガキにされちまうぞ!)」
「だーだー(やばいぜ! どうすんだ!! ……そ、そうだ! 能力使えたら、大丈夫だぜ、あいつのことだから! 浦飯、霊丸うてっか?)」
「あ、ああー。あー!!(そ、そうか。霊丸ー!!)」

ぽしゅんっ…

今…シャボン玉のように現れ、消えたのは何だったのだろうか……深くは突っ込まないことにしよう。
そうでなくても、撃った本人はかなり落ち込んでいるようだし……。

 

「だ、だーだー(け、けど! 蔵馬なら大丈夫なんじゃねえのか!? 前にガキになった時、あいつ平気で植物を……)」
「あーあー(そ、そうだよな。いくらガキになっても、あいつなら……)」

 

「…うー(そこまで戻ればの話だろうが…)」
「あー?(どういう意味だ?)」

ずっと黙っていた飛影の言葉に、幽助と桑原が同時に振り返った。
飛影はやっと体勢を立て直し、座ったばかりらしい。
実際の年齢は不明だったが、おそらく幽助や桑原よりも若干年下なのだろう。
今も、二人より一歳ほど年下になっているように見える。

 

「うーうー(あのバカのラッパ……一定年齢しか戻せないんだろうが)」
「あーあー(らしいな。十六〜七年とか言ってたし)」
「だーだー(俺たち今、十八だから、十七年くらいだろ。つーこた、お前十七だったのか? にしては、ちっけーな)」
「うー!!(うるさい!!)」

ガブッ!!

「だー!!(いってー!! か、かみつくんじゃねえ、ばかやろう!!)」
「あーあー!(いいから、早く先言えよ!)」

「うーうー(蔵馬は今、ハタチ前後だろう。ということは、十七年前では三つか四つ程度。妖狐に戻れるわけがないだろうが)」
「あー!(あー!)」

何か意味のないカッコだったような気がするが…。

「あーあー!(まずいじゃねえか、それ!)」
「だーだー!(早いところ、蔵馬に知らせねえと!!)」

 

 

 

 

ということで、蔵馬に知らせるべく、幼い身体を引きずって、蔵馬の家へ向かう一同。
しかし……赤ん坊の身体では、1m進むだけでも、何分もかかる。

一般的な話だが、赤ん坊の成長の仕方は次のようになっている。

首が座る・・・五ヶ月頃。
一人で座れる・・・七ヶ月頃。
ハイハイする、つかまり立ちする・・・十ヶ月頃。
伝い歩き・・・一歳頃。
一人でヨタヨタと歩く・・・一歳三ヶ月頃。
走る・・・一歳六ヶ月頃。

 

そして、彼らが今、どのくらいに該当するのかというと……。

幽助は何とか一人でヨタヨタと歩いている。
つまりは一歳三ヶ月くらい。
だが、少し歩いては地面に手をつき、また立ち上がるということを繰り返しているため、それより少し前の一歳二ヶ月くらいだろう。

桑原は立てないことはないが、何かに掴まっていないとまともに歩けない。
つまり一歳頃であろう。

しかし一番悲惨だったのは、もちろん一番若返った飛影である。
いくら五歳でA級妖怪になった彼でも、赤ん坊の時は自分一人では歩けなかった。
しかも今はあの時使えた妖力も使えない。
生まれて初めて、自分の身体に不便を感じた瞬間……。
気力だけでハイハイをするという状況のため、おそらくは八ヶ月か九ヶ月くらいだろう。

 

 

 

「あーあー(ぜーぜー)」
「だーだー(ひーひー)」
「……うー(……くそっ)」

歩き始めてから、一時間。
彼らはまだ幻海の寺の近くにいた。
いつもなら、そろそろ蔵馬の家につく頃である。
しかし、今はいつもとは大違い……。

 

まず木々をジャンプしていくということが出来ない。
これについては、桑原は普段から出来ないため、詳しい説明は省くとする。

次に地面を走るということが出来ない。
走れる年齢は一歳六ヶ月から。
それでも長時間走れるという意味ではなく、数mほどは走れるという意味である。
少し走れば、足が絡まって転けてしまう年齢……現に幽助は、根性で走ってみたが2mもしないうちに、すっころび額に大きなたんこぶを作ってしまった……。

更に歩くという行為すら、桑原や飛影にとっては難しい問題。
桑原は周囲の背の低い木々に掴まって何とか歩いているが、飛影はもはや這うことに専念していた。

だが、平地ならまだしも、周囲は自然に出来た多種多様な罠だらけ。
引っかかっては、また戻り、喰われかけ、死にかけ……もう散々だった。。
霊力・妖力が使えないというのは、ここまで不便だったとは……。

 

 

「だ、だーだー(ま、まだつかねえのか〜)」
「あーあー(何言ってんだ、てめえ。後ろ見てみろよ。まだ出発地点が見えてんだぜ)」
「だ、だー!?(げ、マジかよ!?)」

ばっと振り返る桑原。
その拍子にコロンッと倒れてしまったが、直前に何とか後方は見えていた。
自分たちが身体を引きずってきたため、ずるずると付いた地面の跡……それが始まった瞬間が……。

 

「だーだー!!(だー!! こんな調子じゃ、百年かかってもつけやしねー!!)」
「うー…(百年かかって、つければいいがな……)」
「だーだー!(だったら、何か手考えろよ!!)」

 

 

 

「あれ? 赤ちゃん?」

 

……疲れ切って、その場にひっくり返った桑原の上に、影が落ちた。
閉じていた瞳をパカッと開けて見てみると……。

そこには、望んでいた男の姿が……。

 

「あー!!(蔵馬!!)」
「だーだー!!(蔵馬、俺だ!! 桑原だ!!)」

「こんなところで何してるんだろう」

必死で叫ぶが、当然言葉は通じていない。
蔵馬は不思議そうな顔で、赤ん坊となっている三人を見下ろしているだけだった。

 

だが、言葉が通じないからと諦めるわけにはいかない!!
幽助や飛影も身体を引きずって、何とか蔵馬の足元までやってくると、ズボンにしがみついて、叫びまくった。

「あーあー!!(蔵馬!! 分かんねえのか!? って、分かるわけねえだろうけど……でも! とにかく気付け!! お前が危ねえんだぞ!!)」
「だーだー!!(そうだ! パイパーがな!! お前をガキにしようとしてだな!!)」
「うー!!(とにかく、あのバカに気をつけろ!! いつ来るか分からんのだぞ!!)」

 

 

「……何か言いたいのかな? あれ…」

 

一番小さな赤ん坊を抱き上げる蔵馬。
つまりは飛影のことだが……。

突然、抱かれて混乱する飛影。
抱っこされたことなど、生まれて以来一度もない(……いや、正確には気絶している間に何度かあったのだが、本人はないと思っている)。
しかもあろうことか、蔵馬に……。
硬直している飛影の状態には気付かず、じっとその顔を覗き込む蔵馬。

 

「……どっかで見たような顔だな」

「あ、ああ!(そ、そうだ! 飛影なんだよ!!)」
「だーだー!!(目つきの悪さ! 態度の悪さ! 髪のトンガリ具合! 他にだれがいるってんだ!!)」
「うー(貴様…)」

桑原の暴言に、正気に戻った飛影。
しかし、蔵馬の腕から抜け出そうとせず、なるべく視線を合わすようにしていた。
しっかり顔を見てくれた方が、思い出せるだろう。

だが、蔵馬は見覚えはあるが、何処で見たのか分からないといった感じで、首をかしげるだけだった。

 

 

「何処だったかな〜。何かすごく身近のような……」
「あーあー!!(だ〜か〜ら〜! 俺たちなんだってば!! 昼間に本棚倒して、机壊して、植物細切れにして、窓ガラス割って、布団ダメにしただろー!!)」
「だー…(いや、出来ればそれは忘れて欲しいけどよ…)」
「あーあー!(今はこっちが先だろ!!)」

本心では、自分もあんまり思いだして欲しくないのだが……。
しかし、とにかく気付かせなければ、蔵馬の命が危ないだけでなく、自分たちもずっとこのまま!!
何としてでも気付いてもらわねば!!