<GOLDEN LEGEND> 2
それからまた数日後。
幽助は再び幻海の寺を訪れていた。
あの日はゲームをやる時間も余裕もなかったため、ゲーム大会はおじゃんになっていたので、その時の埋め合わせに来たのである。
といっても、今日は平日。
他の面々は学校へ行っており、飛影はあの日以来全く姿を見せていない。
ぼたんは何とか霊界が落ち着いたため、少しだけ暇になり、遊びに来ていた。
つまり、今寺にいるのは幽助と幻海、それにぼたんと雪菜だけである。
「でよー。結局、蔵馬の奴、霊界獣見せてくれなかったんだぜ。わざわざ家にまで行ったのによ」
「そうなんだよー。どっかの森に放したんだって」
「放すくらいだったら、プーとかキーとかドギャースみてえに、ここに連れてこりゃいいのによ」
「蔵馬がそう簡単に見せる奴か。奴のなら、お前たちのよりもマシだろうがな」
「少なくとも桑ちゃんよりも、すごいのは生まれないよね」
「ああ、めったなことじゃな…」
ピコンピコンッとテレビゲームをしながら、会話する三人。
やっているのは幽助と幻海で、タイプは格闘ゲーム、珍しく幽助の方が優勢らしい。
だが、最後の一撃を決めようとした途端、幻海のキャラが最大奥義を繰り出し、あっさりと逆転勝ちを決めてしまった。
「がー! また負けた!!」
「これで幽助の2勝339敗だね!」
「言うな! いちいち!!」
「幻海さん、幽助さん、ぼたんさん。お茶が入りました」
「おっ、グッドタイミングだな。自棄食いだ、自棄食い!!」
雪菜が運んできてくれたお盆から、次々お菓子を手に取り、ほおばっていく幽助。
ぼたんもお菓子を食べ、幻海は茶をゆっくりと口へ運んだ。
雪菜も一通り掃除などが終わったので、一息入れることにし、その場に静かに座り、自分の湯飲みを手に取った。
と、その膝に何かがちょこんっと乗っかった。
目つきが悪く、ヤマアラシのような頭で、黒い塊のような霊界獣……キーである。
実はキーとドギャースは本体たちの側ではなく、幻海の寺で暮らしているのだ。
飛影はこんな恥ずかしいもの、魔界へ持ってかえったりすれば、大笑いされると断固拒否し、桑原も学校の友人に見られたらと断固拒否。
何より霊界獣たちも、狭っ苦しい生活よりは、雪菜の側の方がよかったのだ。
本体と永遠に会えないわけでもなし、どうせ時々来ているのだから……。
キーは頭さえ触らなければ、実質痛くも痒くも気持ち悪くもない。
頭以外はプーのように短い毛で覆われているので、さわり心地は言うなれば柴犬のような感じなのである。
それに比べ……トゲトゲかぬるぬるしかないドギャースは、雪菜の膝に座りたくとも座れない。
座ればどうなるか……別に雪菜は怒らないだろうが、痛い思いをさせてしまうか、スカートを汚してしまうことになるのは必須。
桑原の霊界獣らしく、ドギャースも雪菜を好いているのだが、しかしその分そういう行為は出来ないのだ。
つくづく可哀想なドギャース…。
「プー」
「よお、プー。おめえも喰うか?」
「プー!」
縁側の方から、ぬっと顔を出した巨大な霊界獣・プー。
長い黄色のくちばしで幽助の手から菓子を受け取り、ごくんと飲み込んだ。
今は不死鳥か鳳凰のような美しい鳥の彼……しかし、初登場の折りはペンギンのような風船のような姿であった。
ということは、ドギャースもいずれはそうなれるのかもしれない。
「旨いか?」
「プー!」
「そっか、んじゃもう一つ…」
「クオオオオオオンンッ……」
「……何だ、今の?」
「遠吠えかね〜?」
「さあ…時々聞こえるんですけど」
「まさか……蔵馬の霊界獣か!!?」
ふいにひらめいた直感に、幽助はわき上がった。
狐が遠吠えするのかどうかは知らないが、しかし同じ犬っぽい狼がするのだから、狐もするのかもしれない。
しかも蔵馬は何処かの森へ放したと言っていたのだ。
灯台もと暗し……もしかすると、幻海の森だったのではないだろうか。
そんな予感で胸が高鳴り、今すぐにでも森を探索しようと立ち上がった幽助だが……。
「ああ、やつか。雪菜には教えてなかったか」
「え、幻海さん。知ってるんですか?」
きょとんっとした顔で幻海を見つめる雪菜。
同時に幽助がずっこけたことは言うまでもない。
この口調では、期待は外れに外れたようである……。
「あいつは蔵馬の霊界獣なんかじゃないよ。昔からこの辺りに住み着いている妖怪さ。金色の髪に金色の眼を持つ狼…人狼だ」
「な、なるほどな。だから遠吠えを……」
がっくりと肩を落とす幽助。
期待も予感も直感も外れ、物の見事に落胆……だが、そのくらいで一日凹んでいるような彼ではない。
20秒後には、当たり前のようにゲームを再開。
負けるたびに自棄食いをしまくり、ついでに飲みまくり、結局その日は酔いつぶれて、そのままその場で眠りこけてしまったのだった……。
夜。
ぐーぐーと寝息を立てている幽助の横で、ぼたんも同じようにして眠っていた。
彼女はやけではないが、一緒になって盛り上がって飲んでいたため、酔いつぶれてしまったのである。
とはいえ、二人ともそれなりに酒には強い方だから、二日酔いなどの心配はないだろうが。
幻海はそんな二人を見て、呆れながらも、布団をかけてから、部屋を去った。
一方、雪菜はといえば、外で霊界獣たちと遊んでいる。
そろそろ寝る時間だが、今夜は月が綺麗だったため、何となくもう少しだけ遊んでいたかったのだ。
紅いボールを投げ合いながら、月明かりの元、遊ぶ雪菜と霊界獣たち。
ドギャースが触った後は、多少ぬるぬるしているものの、まあ使えないほどではなかった。
と、プーがくちばしで突いたボールが、風にのって遠くへと飛んでいてしまった。
雪菜たちの背丈では大した風は吹いていないが、プーの頭くらいの高さともなれば、下とは雲泥の差がある。
「プー…」
ごめんなさいというように、小さく声を発すプー。
しかし、雪菜は笑顔でそれを流して、
「私、とってきますね」
そう言いながら、境内の裏戸から森へと向かった。
当たり前のように後ろへ続く、キーとドギャース。
プーも行きたいところだが、何分身体が大きすぎるため、茂みの深い森へは入れないのである。
がさがさと森の奥へと入っていく雪菜。
確かボールはこちらの方向へ飛んできたはず……しかし、森に月の弱い光は差し込みにくく、手元も危ういほどだった。
「えっと……あっ」
ドサッ…
交差する茂みで見えていなかったせいだろうか。
木の根に躓き、すっころんでしまった。
「いたたっ…」
「キーキー!」
「ドギャースドギャース!!」
「あ、大丈夫です。本当に……あっ!」
今回の声は躓いたわけでも、転んだわけでもなかった。
まだ立ち上がっていないのだから、当然だろう。
座った体勢のまま、彼女が見た先にあったもの。
あの少し汚れた紅いボールは、間違いなく彼女たちが遊んでいたものである。
「よかった! じゃあ、戻りましょう…か……」
ボールを手に取り、いざ寺へ戻ろうと振り返った、その時!!
一人と二匹の背後…つまり、丁度三人の視線が注がれた先にいたもの……正に化け物と呼ぶに相応しい、化け物であった。
とても人型には見えないし、なおかつとても友好的には見えない。
ギラギラと光る大きな眼は、何となく飢えているようにも見えるが……。
となれば、答えは一つ!
「きゃあああ!!」
悲鳴を上げながら、駆け出す雪菜。
彼女が直前までいた場所を、太い毛むくじゃらの腕が深くえぐった。
ぞっとするような光景だが、雪菜はそれを見てはいなかった。
そんな余裕などない。
とにかく走るしか……。
しかし、その両手には、しっかりとキーとドギャースが抱きかかえられていた。
ドギャースの棘もぬるぬるも全く気にせず…僅かに血が滴っていたが、それも気がついていなかった。
だが、化け物の方が圧倒的に速かった。
これだけ繁っている森だというのに、全く気に留めず、巨体を揺らしながら、追ってくる。
あっという間に追いつかれ、頭上を飛び越えたかと思うと、目前に立ちはだかった。
「ひっ!」
ガタガタと震えながらも、方向転換をして逃げようとする雪菜。
しかし、化け物との距離は数メートルもない。
彼女に巨大な腕が伸ばされ、細い身体をわしづかみにした。
「い、いや!! 離して!!」
そう言って離してくれる奴などいないが、叫びたくなるのが人情だろう。
化け物は低くうなりながら、巨大で歯のびっしりと生えた口を大きく開けた。
よだれがダラダラと流れ、雪菜のスカートの裾をべっとりと濡らす…。
これだけでも気を失いそうなほど恐ろしいが、それでも雪菜が意識を保っていられたのは……、
「キーキー!!」
「ドギャース!!」
捕まる直前、彼女が手放したことによって助かったキーとドギャース。
しかし、この二匹が彼女を置いて逃げるわけがない。
至らないが、とにかく噛みついたり、引っ掻いたりしている。
化け物はしばらく鬱陶しそうにしていたが、イライラが最高峰まで募ったのか、空いている手で二匹を掴み、地面に叩き付けた。
「キッ!」
「ドギャッ!」
「キーさん! ドギャースさん!」
自分が捕まった時よりも恐ろしい目にあったように、悲鳴をあげる雪菜。
化け物はそんな声など気にも留めず、邪魔者がいなくなったことにせいせいしたように、何のためらいもなく、口へと運ぼうとした。
が……、
「グギャアアーーー!!」
突然、雪菜でもなく、キーやドギャースでもない巨声が周囲に木霊した。
声質からして、化け物のものであることは誰にでも理解出来たろう。
途端に雪菜の身体から力が抜け、ぐらりと傾いたかと思うと、地面へ落下しかけた。
が、地面へ後1mをきった頃だったろうか。
身体が再び浮き上がった。
しかし、化け物につかまれたらしい痛みはない。
むしろ誰かに抱きかかえられるように優しく暖かな……。
おそるおそる開けてみた彼女の瞳に映ったもの……それは一人の青年だった。
金色に光る長い髪。
今夜の月のように輝き、神々しいまでの光を放ち……とにかく美しいの一言で片づけられる金色。
それと同じ色をした、穏やかな瞳。
氷女である自分よりも色白のきめ細やかな肌。
年の頃は幽助と同じくらいか、少し下。
まとっているのは、薄い乳白色の着物。
頭にはバンダナのようなものを巻いていたが、足は何もはかずに素足のまま剥き出しだった。
「あ、あの…」
「大丈夫?」
声をかけようとした雪菜だが、先に青年の方が問いかけてきた。
微笑を浮かべた表情に、思わず赤面してしまう雪菜。
おそらく蔵馬の顔で美形を見慣れていなければ、失神するところだろう。
「? どうしたの?」
「え、あ、はい…大丈夫です…」
「そう、よかった。あ、まだよくもないかな……」
「えっ……きゃあ!!」
青年に抱えられたまま雪菜が見た先では、先程の化け物が背中から蒼い血を流しながらも起きあがり、突出した眼でこちらを睨み付けている情景だった。
背中の傷は割合深くえぐっているようだが、急所には届かなかったらしい。
何によるものかは考えなくても分かることだった。
青年が、雪菜を抱えているのとは逆の手に持っている細い剣。
蒼い血液がついている時点で、それが武器であり、化け物にダメージを与えたのは明白だった。
「そこの霊界獣たちと隠れていて。すぐに終わらせるから」
「あ、はい…」
青年の腕から解放され、雪菜は地面へ降ろされた。
すぐにキーとドギャースに駆け寄るが、特に怪我はしていないらしいので、ホッとした。
だが、のんびりはしていられない。
さっと抱き上げると、近くの岩陰に隠れた。
雪菜が隠れたことを確認すると、青年は剣を両手に持って、化け物と対峙した。
手傷を負っているとはいえ、化け物にはまだ充分余力がある。
それに比べ青年の方は、いくら隠れているとはいえ、絶えず雪菜たちに気を配りながらの戦い。
決して楽なものではなかった。
時折かすめる化け物の爪が、青年の白い肌から紅い血を吹き出させる。
化け物の返り血を浴びたところの血は、紫色に染まり、それが一掃色白さを強調し……ある種、恐ろしいほどの美しさを醸し出していた。
それに見とれて……だから気がつかなかったのだろうか?
いや、例えそんなことがなくとも、戦ったことのない雪菜には無理だったろう。
化け物の投げた岩が、手元が狂って自分の方向へ飛んできたとしても、それを避けることなど到底……。
ドガガッ!!!
雪菜の目前まで迫っていた岩は、彼女に触れることはなかった。
青年と…キーやドギャースが庇ったためである。
幸い、キーやドギャースは岩の断片で軽く傷を負っただけだったが、青年はそうはいなかった。
全身で岩を受け止めたため、頭や背中から、大量の血が……。
「あっ…」
「だ、大丈夫?」
血を流しながらも、なお雪菜の心配をしている青年。
その光景に雪菜は氷泪石をはらはらと落としながらも、治療をしようと手を伸ばした。
しかし、青年はその手を制し、
「そっちの子たち、お願いするよ。僕は平気だから」
笑顔で言って、再び化け物の元へ……。
だが、その身体が怪我と疲労によって、ズタズタになっていることは明白だった。
「あ、あ…」
何も出来ず、ただ守られているだけの自分に混乱しながらも、雪菜は青年に言われた通り、キーとドギャースに回復を施した。
程なく、二匹は目を覚まし、辺りを見回す。
そして状況を瞬時に理解したのは、キーの方だった。
苦戦している青年の元へ迷わずに突っ込んでいくと、化け物の巨大な目に噛みついたのである。
「グギャッ! ギャッ!!」
剥き出しになっている目に噛みつかれては、痛いなんてものではないだろう。
化け物は青年への攻撃も忘れ、ひたすらキーを追い払おうと、必死になっている。
それが青年に攻撃のチャンスを与えたのは言うまでもない。
今度は一撃で……そして、確実に化け物の急所を貫いたのだった……。
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