<GOLDEN LEGEND> 3

 

 

「こっちです! 早く!」

化け物を倒して数分後。
雪菜は一度寺へ戻り、再び森へ足を踏み入れていた。
言うまでもなく、幽助たちを呼びに行ったのである。

化け物を倒した後、青年はその場にぐったり座り込んでしまい、もちろん雪菜は回復を施したが、傷は思ったよりもかなり深く、彼女の治癒能力ではとても追いつかなかったのだ。
ぼたんの心霊術と幻海の霊波動による治療しかないと、その場で待っているように言い、キーとドギャースについていてもらって、全速力で向かったのである。

「金髪のって…バーさんの言ってた狼か? そんなに若かったのかよ?」
「わからん。はっきり見たことはないからな。だが妖怪ならば、実年齢と見た目年齢が一致することはマレだ。別に不思議ではないさ」
「とにかく急ごう!」

 

 

草木をかき分けかき分け、ようやくあの場所へたどり着いた一同。
しかし、そこに彼はいなかった。

「あ、あれ…」
「雪菜ちゃん。本当にここ?」
「は、はい…」
「けど誰もいねーぜ」
「いや……血だな。ここに間違いないだろう」

足下を懐中電灯で照らしながら言う幻海。
血は思いの外、先程よりも多く感じられ、雪菜は泣きそうになるのを堪えるので必死だった。
と、遠くの方から、何やら聞き覚えのある鳴き声が……それは段々と近づいてきた。

 

「キーさん、ドギャースさん!」
「キー! ドギャース!」
「一体どうしたんだい? 狼みたいだって子、何処さ?」

「キーキキッキーキーキー!!」
「ドギャッドギャッドギャースギャース!!」

「……何て言ってるか、分かる奴いるか?」
「……」

全員無言で首を振る。
無理もないだろう、霊界獣の言葉というものは、個体ごとにバラバラの上、特に統一性があるわけでもない。
犬や猫の方が幾分バリエーションがありそうなくらい、たった一つの言葉を連用しているだけなのだから。

 

「キーキー!」
「え? 来いって言ってるのか?」
「キー!」

それくらいは誰にでも分かるだろう。
キーは幽助の袖口に噛みついて、自分たちが現れた方向へと引っ張っているのだ。
他に理由があろうか……。

「あ、見て! 血が続いてる……でも、ここを歩いたって感じは…」
「空を飛んだのかも…さっき少し飛んでいた気がします」
「んじゃ、簡単だ。行こうぜ!」
「……そうじゃな」

幽助の意見に賛同しつつも、幻海は少し疑問を覚えているようだった。
人狼が果たして空を飛べるだろうか?
それに雪菜に聞いた限りでの、その青年の身体的特徴は金髪と金目という点以外、何一つ狼らしい特徴を持っていない。
獣耳もなければ、耳もなく、牙も爪も鋭くはなかったという。
金髪で金目……珍しいといえば、珍しいが、しかし珍しくないといえば、それほど珍しいものでもないだろう。

果たして、本当にその人物は例の人狼なのか……。
違ったところで、何か困ることがあるわけでもないし、雪菜を助けたことは事実なのだから、とりあえずは何も言わず、血の後を追うことにした……。

 

 

 

しかし、血の後が途切れた後(途中で血が止まったか、止血でもしたのだろう)、キーやドギャースの案内の元、たどり着いた場所には、皆いささか驚いた。
そこは幻海の寺から遙か遠く離れ……あまりの遠さに、一度ぼたんがオールでプーを呼びに行き、プーに乗ってから、再び訪れなければならないほど遠く離れたところ。
何と皿屋敷市のすぐ近くだったのだ。

「何でこんなところに……」
「それよりも、ここから何処に行ったんだろう」

血はとある公園で途切れ、キーやドギャースもこれ以降はよく分からないらしい。
ウロウロとしながら、鳴きまくっているだけで、あまりアテにはなりそうになかった。

 

「……そういや、この辺って見覚えねえか?」
「そういえば……あっ!! そうだ、ここ蔵馬の家のすぐ近くじゃん!!」

思いだしたように叫ぶぼたん。
そう、幽助の学校より駅二つ先……私立・盟王高校から更に2qほど歩いたところに、彼の家はあった。
この公園はよく幽助たちと落ち合ったりする時に利用していた場所である。
直接家に行ってもいいが、それだと必ず幽助は『蔵馬』と呼んでしまい、いつもパニックになるため、外での待ち合わせが主流なのだ。

「んじゃ、蔵馬に手伝ってもらうか? この辺の妖怪には詳しいだろうしよ」
「そうだね。えっと…確かあっちだよね」

プーに乗ったままの移動というのは、あまりにも目立つと思うのだが……時間は深夜3時過ぎ。
あまり人が起きている時間帯ではない。
仮に外を歩いていたとしても、寝ぼけていたか酔っぱらっていたかで、適当に片づけられてしまうことだろう。

 

数分も経たぬうちに、蔵馬の家の上空へとやってきた幽助たち。
流石に屋根の上に下りるには、プーは重すぎるため、幽助は数メートルの高さから飛び降りて、屋根に降り立った。
ぼたんはオールで雪菜を乗せて。
幻海も幽助と同じように下りてきた。

この夜更けに玄関から行ったのでは、あまりに非常識すぎるだろうと、部屋の窓から尋ねることにした一同。
しかし……てっきり寝ていると思っていたのに、何故か蔵馬の部屋にはまだ明かりが灯っていた。

 

「まだ起きてんのか」
「みたいだね……あっ!!」

カーテンの隙間から中を覗き込んだぼたんが、驚きの声を上げる。
しかし思い切りではなく、必死に抑えて……夜中だからということもあるだろうが、それだけではなさそうである。

「どうした?」
「中! 中! いる!」
「はあ? そりゃ蔵馬の家だろ。蔵馬がいても、当たり前…」
「違う! 金色の男の子!!」
「えっ…」
「マジかよ!?」

ばんっと窓に張り付いて中を見入る幽助。
雪菜もそっと中を見てみた。
幻海は瞬間に全てを理解したように、三人の後ろでため息をついている。

 

 

 

幽助たち三人が見ている部屋の中。
さっぱりとした物の少ない蔵馬の部屋には今、蔵馬以外にもう一人いた。
ここは一人部屋だし、こんな夜中に弟が来ているわけがない。
何より、彼の弟は金髪でも金目でもないのだから、間違えようもなかった。

金髪の彼は上半身を露わにして、蔵馬から手当を受けているところだった。
白い肌に薄い黄緑の薬草がすり込まれ、包帯が巻かれていく。
時折傷みに顔をしかめたが、それでも青年は無言で、手当を受けていた。
そんな彼に蔵馬は少し呆れたようにため息をつきながら、言った。

「無茶しすぎだよ。何のために、俺がお前をあそこに隠したと思ってるのさ」
「……え?」
「な、何のことだ?」
「しっ! 気付かれるよ!」

何とか蔵馬に見つからぬよう、蔵馬の視界には入らぬように務める三人。
幸いにも蔵馬は向こう側を向いており、こちらに気付いている様子はなかった。
そのせいか、淡々と話しを続けている。

「雪菜さんを助けたのは、いいことだけど、もう少しやりようなかったのか?」
「……僕は貴方ほど戦闘に慣れていないんだ。この間生まれたばかりなんだから……」
「その割りには大きいけどね。霊界獣って、最初の形態は小さいとばかり思っていたのに……この大きさじゃ、家になんて隠しておけないし」
「悪かったよ。大きく生まれて」
「そうは言ってないさ」

 

「あれが……蔵馬の霊界獣!?」

思わず声を大にして張り上げてしまう幽助。
流石に蔵馬も気付いたのか、ゆっくりと窓の方へと向かってきた。
大慌てで窓から離れ、屋根に上がり、プーまでひとっ飛びで跳び上がる幽助。
ぼたんや雪菜、幻海もその後に続き、プーへと舞い戻った。
もちろんキーやドギャースも……。

全員が乗ったことを確認すると、プーは全速力でその場を離れた。
幽助が見つかってはマズイと思ったのが伝わったのだろう。
しかし、別に見つかってマズイことは特になかった気がするが……。
人間とは不思議なもので、特にやましいことがなくとも、のぞき見をしていたり、盗み聞きをしていたりすると、逃げたくなるものらしいのだ。

 

 

「……なあ、おい」
「何さ」
「あれが……あれが蔵馬の霊界獣なのか!?」
「本人がそう言ってるんだから、そうなんじゃない? あんだけ美形なら、納得もいくさね…」
「け、けど……ばあさん、金色の狼って、山に昔から住んでるって…」
「……おそらく蔵馬はそれを利用したんだろう」
「へ?」

まだよく分かっていない幽助は、ぽかんっとして幻海の顔を見た。
明らかに頭の悪い奴だなという視線を送りながら、

「つまり蔵馬は前から、あそこに金色の狼が住んでいて、なおかつあたしがそのことを知っていると、分かっていた。だからあそこに隠したんだろう。例え本物がいたとしても、同時に現れなければいいだけのことだ。獣の妖怪は常に形が一定ではないことが、ほとんどだからな…」
「……」
「どうした。まだ納得いかんか。頭の鈍い奴だな」
「んなんじゃねえ!! 何で俺たちのと全然違うんだよ!! あれじゃ全然大笑いできねえぞ!!」
「…知るか、そんなもん」

そんなことで黙り込んでいたのかと、呆れる幻海。
しかし、ぼたんや雪菜の考えていたことも、それとは大差なかった。

「人の言葉話せる霊界獣もいるんですね」
「そうだね〜。あれじゃ、鳴き声から名前つけるのは、無理っぽいね。何て呼んでるんだろ、蔵馬は」
「そうですね。髪の毛が金色だから……」
「う〜ん。キーちゃんじゃ、この子と一緒になっちゃうし。ゴールドとかかな?」
「ごーるどって何ですか?」
「あ、英語で金ってこと。でも蔵馬のことだから、凝ったのつけてるのかもね。今度会うときに聞いてみようか」
「はい!」

笑顔で頷く雪菜。
金髪の青年……少しだけ他の霊界獣とは違う人。
そして、他の霊界獣とはほんの少しだけ違う『好き』のあった人。

今度会う時には、一緒にいっぱい遊べたら。
そんな気持ちを抱きながら、雪菜はプーの羽に頭を埋めて、そのまま寝息を立ててしまったのだった……。

 

 

 

 

「そろそろいいかな」

窓から外を見やりながら呟く蔵馬。
双眼鏡で遙か遠くを見つめ、段々プーの後ろ姿が遠くなっていくのを確認し、窓を閉めた。
もちろんカーテンもきっちりとしめる。
先程のようにわざと隙間を作りはしなかった。

「もう戻っていいよ」

ベッドを振り返って言う蔵馬。
そこには金髪の青年が包帯まみれで座っていたが……蔵馬の言葉を聞いた途端、彼はすっと瞳を閉じた。
その途端、青年から淡い銀色の光が発せられ、彼の全てを包み込んだ。
しばし光り輝いていたかと思うと、少しずつ小さくなっていき、蔵馬の掌に乗るほど小さくなると、光は止んだ。

 

そこに現れたのは……またもや、例えの難しい生物。
しかしそれは決して、珍妙で奇妙という意味ではない。

全身を覆うふわふわの長い毛は妖狐の蔵馬を思わせる銀色。
美しく輝いているところだけは、金色の青年だった頃と何ら変わりなかった。
瞳は澄んだ緑色で、獣耳や尾の他に、背中には天使のように可愛らしい翼が生えている。
それを軽く羽ばたかせて、小さな彼は蔵馬の元へやってきた。

「くきゅ、きゅっ」

小さく鳴くと、蔵馬の片腕にちょこんっと座り、にこっと笑った。
全身に巻いた包帯は消え失せているが、怪我の痕跡は全くない。
それはそうだろう。
霊界獣は元々心をエネルギーとする生き物。
怪我などしても、本体が近くにいて心がしっかりしていれば、簡単に治ってしまうのである。

「きゅ、くきゅきゅ、きゅっ!」

可愛らしい声で鳴きながら、しっぽを振っている霊界獣。
それを見下ろしながら、蔵馬はゆっくりと床に座った。

「こんなの見せられないからな……」

 

 

あの日……幻海の寺から帰って来た時、丁度この卵は割れた。
落雷は起こったが、幸い家には誰もいなかったため、ブレーカーが落ちることもなく、とりあえず家族にバレずにはすんだ。
しかし、家族にはバレなくとも、仲間にバレるのも時間の問題…。
いつ留守中に押しかけて、探そうとするかなど、分かったものではない。

それが、まだある程度モンスターっぽいものならいいが、これはどう考えても愛玩動物のような可愛らしさ…。
女性たちに見せれば、絶対に抱かせて抱かせてと言い張り、更には記念撮影にまでなりかねない。
幽助たちにはからかわれるだろうし、飛影が見たら何を言われるか……。

 

何とか隠し通す手段はないものか。
そう考えた時、偶然にもこの霊界獣に隠された力を知ったのである。
人間の場合は不明だが、自分のような妖怪が本体になった場合、ある程度本体の力を受け継ぐらしいのだ。
それが彼の場合、変身能力だった。

実は蔵馬は一度も幽助たちには見せたことはないが、変化の力がある。
狐や狸だけでなく、大概の獣の動物には使える術であり、蔵馬は昔から得意だった。
しかし、人に化けた状態では、植物を上手く操れないため、滅多に行わなかっただけのこと。

 

その術をこの霊界獣が行えると知った時、蔵馬にある考えが浮かんだのだ。

幻海の森には、金色の狼がいると聞いている。
どんな姿なのかは聞いていないが、ということはつまり幻海も知らないということだろう。
金髪で金目であれば、何とか押し通せると踏んだのである。

そして何かのきっかけで、誰かにその姿を確認させ、自分と一緒にいるところを見てもらう。
その時にこれが自分の霊界獣だと言えば、その金髪の方の変化した姿が本来の姿として、皆には映るはずである。
そうすれば、少なくとも自分にあんな可愛すぎる霊界獣が出来てしまったとは、誰も思わないことだろうから……。

 

つまり蔵馬は最初から、幽助たちが屋根の上に下りてきていることを知っていたのだ。
考えてみれば、そういう理由でもなければ、あんなに大きな声でわざわざ分かりやすいように、話したりはしなかったろう。
狐の聴覚は犬よりも鋭いのだから、聞こえてない方がおかしいはずなのだ。
まさかあんな化け物が現れるとは思ってもみなかったから、こんなに早く決着がつくとは夢にも思わなかったが。

 

 

「……それにしても、これが俺の心の分身か。情けないというか、恥ずかしいというか。こんなの見せられないな、やっぱり……」

深く深くため息をつきながら、霊界獣の頭を撫でる蔵馬。
名前はまだ決めていないが、少なくとも鳴き声でつける気は毛頭無い。
ゴールドというのも悪くないが……まあ、それはゆっくり考えればいいことだ。

自分の心が弱くならない限り、この子はずっとここにいる。

 

……例えどんな姿でも、嫌いになれないのは何故だろうか。

『自分の分身だから』……そんな小さな理由ではないような気がする。
もっと大きな……本体も分身もない、そんな不思議な関係が、この不思議な霊界獣とはあるような気がした……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

霊界獣、幽助くんが魔族になってもプーちゃん大きくなっただけだったから、妖怪でも孵るのかなと思って、書いてみました。
蔵馬さんと飛影くんと桑原くんの霊界獣……。
どんなものだったかは、皆さんのご想像におまかせします!
大体想像したのはあるんですが、それの通りに書いてもつまらないかなと思って。

出来れば、私も欲しいです、霊界獣の卵。
私のじゃなくて、蔵馬さんの卵が♪(おい)
そしたら、ずっと蔵馬さんといられることになるし……ただ問題は、大きくなった場合、何処にいてもらうかですかね(笑)