<初めて。> 1
××県○○郡の人里離れた山奥。
誰も住んでいなさそうなそこに、何処までも続いていそうな長い長い石段が存在していた。
それは普通の石段ではなく、寺独特の雰囲気のあるもの…。
普段ならば、木の葉が散らばり、雑草に覆われ、どう考えても荒寺としか思われないだろうが、この日は違った。
今朝から…いや正確には数日前から、大勢の者たちがこの石段を登ったのである。
そのため、木の葉や雑草などは踏みつけられ、払いのけられ、ほとんどなくなってしまっていたのだ。
おまけにここを登った者たちは、この石段を全てのスタートとするかのように、じっくりと踏みしめていたため、歪みや凹凸も大分すり減って目立たなくなっている。
故に、今出来上がったような雰囲気まで醸し出していたのだ……。
その石段を今、一人の少年が登っていた。
さっきまで登ってきた連中とは大分違う……明らかに面倒くさそうに登っていた。
差ほど疲れてもいないはずなのに、面倒さと苛立ちと理不尽さが相まって、かなりお疲れの様子である。
「くそ〜〜〜。なんだってせっかくの休みに、こんな人気のねえ山奥にこもらなきゃなんねーんだよ」
手にした地図を見つつ、汗をぬぐいながら、石段を登っていく。
一体何がそこまで不満なのかは、謎だが……とりあえず、本人の意志ではないことは確実だった。
では、どういう理由で訪れたのだろうか?
霊界探偵としての誇りや信念で来るとは、とても思えない。
短い付き合いだが、それくらいは何となく分かる。
それがまさか、全世界異種格闘技戦東京ドーム最前列のチケットに釣られたためなどとは、流石の蔵馬も思わなかった……。
石段脇の木の陰から、イライラしつつ登っていく幽助を見送る蔵馬。
母親が無事に退院し、療養ついでに会社の上司である畑中と温泉旅行へ行っている上、土日と祝日が続いて、暇な連休を過ごしているはずの彼が、何故ここにいるのかといえば……。
簡単な話、コエンマに送り込まれたのである。
情状酌量の余地ありということで、執行猶予中は自由に過ごしていいことにはなっているが、あのコエンマがこういう状況を利用しないはずがない。
しっかりと霊界探偵と互角なほど、コキ使われているのだ。
当然、これが初めてではない。
バラバラになった書類整理の片づけを手伝わされるわ、天国行きと地獄行きの整理もさせられるわ、霊界案内人の仕事もやらされるわ、低級妖怪の駆除もさせられるわ……。
流石に霊界案内人の着物を着ていけと言われた時は、断固として断ったが。
社会復帰の奉仕活動…というより、コエンマの下働き及び下働き連中の補佐だが、それによりもちろん情状酌量は更にUPし、裁判もかなり蔵馬に有利になっていた。
というより、仕事を手伝ってもらっている、鬼や案内人たちが弁護しまくったため、罪を重くすれば、集団ストでもされそうな状況で、軽くせざるを得なかったのだが……。
今では罪人でありながら、自由に審判の門を出入りしている始末。
更には一緒に罪を犯した飛影の弁護も買って出ており、その弁論は的確で、飛影もまた罪は軽くなりつつあった。
とはいえ、本人がいないところで言っているため、飛影本人は知らないのだが……後に、飛影がぼたんの発言だけで、無罪放免となれたのも、これのおかげだったのだろう。
ちなみに何故剛鬼の弁護をしないのかといえば……する前に、剛鬼は脱獄した上、看守を半死半生にするという罪を犯したため、いくら蔵馬でも弁護のしようがなかったらしい…。
しかし、とにもかくにも、罪人である以上、当分は色んなところでコキ使われる運命にあるのだ。
今回もその一つに過ぎない。
幻海の継承者トーナメントに幽助を送り込んだが、一人では心配なので、様子を見てきてほしいと言われたのだ。
幻海といえば、人間界でも魔界でも有名な霊能力者。
蔵馬ともあろう者が、知らないわけがない。
そして、そのトーナメントに潜り込んでいるであろう乱童のことも……。
いちおう幽助の修行も兼ねているらしいため、ギリギリまで助太刀はしないよう、言われている。
そのため、そのギリギリまでは隠れていることにしたのだ。
幽助の性格からして、自分に頼るようなことはないだろうが、近くに自分がいるとなれば、多少なりとも集中力が下がる恐れがある。
それに乱童が標的をこちらへ変えてきても、幽助の修行の妨げになって悪いだろうと、しばらくは見守ることを決め、気配を絶っているのだ。
幽助が門をくぐった後、しばらくしてから中が静かになった。
どうやら幻海師範が現れたらしい。
境内には隠れる場所がないようだし、弟子志願者だと勘違いされても困るので、門の外から見る蔵馬。
「第一次審査は……」
境内中に緊張が走った。
どれだけ恐ろしく、厳しい難題なのか……その場にいたほとんどが、意気込みと恐れを交えた顔で、師範を見上げている。
が、次の師範の言葉……、
「クジ引きじゃ」
には、全員がひっくり返った。
むろん、蔵馬は起きているし、呆れてもいない。
別に驚くほどのことでもない。
クジに細工をして、ある程度の霊力を測るなど、差ほど珍しくないだろう。
まあ、それは数十年前までの話であり、最近ではあまり使わないが……。
とりあえず幽助はクリアしたらしい。
彼の隣にいた少年も……初めて見る顔だが、親しそうに会話をしているところを見ると、幽助の友人のようである。
皿屋敷中学校へ赴き、浦飯幽助を呼んで欲しいと言った時、周囲にいた者たちは結構引きつっていたので、多分彼は人間にはあまり好かれていないのだと思っていたが、見る目を持つ者はいるらしい。
幻海師範に続いて、幽助(と隣の少年)含め、奥の部屋へと消えてゆく合格生達。
それが完全に見えなくなってから、蔵馬は境内へと入った。
泣き崩れている者、放心している者、悔しそうに地団駄踏んでいる者、さっさと帰り支度をしている者、先程幻海に殴りかかっていって返りうちにあい、目を回している者……多々いたが、それらを見回しながら、蔵馬はため息をつき、小声で言った。
「この程度で幻海に弟子入りするとはな……」
「全くだ」
……気配は感じていた。
大分前から、近くにいると……。
しかし、話しかけてくるとは思わなかった。
それもこんな近くで……。
ゆっくりと振り返ると、崩れかけた土塀の上に、小さな黒い影があった。
「……飛影」
「フン、貴様もコエンマにコキ使われたってことか」
塀から下りつつ言う飛影。
そのまま蔵馬に歩み寄るが、完全には側に寄らず、少し離れたところで立ち止まった。
お互いの間合いギリギリ……これ以上は、何となく近寄りがたかった。
「非常に割りにあわないアルバイトってところだな。しかも労働基準法に違反した」
「何だそれは」
「さあね…貴方は今回が初めて?」
「……貴様は他にもあるのか」
「ほぼ毎日。時間はバラバラだけど、時給0円なのは変わらないね」
「だから、何だそれは…」
「さあ……行きましょうか、第二次審査が終わったようですし」
奥の部屋から、どやどやと人間が出てきた。
幽助たちは境内の方へは来ないようなので、動かずにそれを見送る二人。
20余人が幻海に続き、残りが肩を落としながら、境内を通り抜け、石段を転がるように下りていった。
どちらが合格者かは一目瞭然……そして、幽助だけでなく、あの少年も一緒だった。
さっきと同じように、口げんかまがいに喋りながら、
「あの人間と仲がいいみたいだね」
「大した霊力も感じん」
自分が負けた相手が、弱そうな人間と親しげにしているのが、むかつくのだろうか。
変なところでイライラしているらしい飛影。
それを見ながらも、蔵馬は彼をからかわなかった。
言った後で、からかってくるかとも思って、少し構えたのだが……何も言われないことに、少し拍子抜けしてしまった。
「何か?」
「……何もない。行くぞ」
「ええ…」
二人が距離を取りつつ、幽助たちに追いついた頃、丁度幻海が第三次審査について説明していた。
魔性の森とやらに入り、二時間以内に彼方に見える大木まで来るというもの……これくらい飛影や蔵馬にとっては、朝飯前もいいところである。
何せ彼らが本来獲物としてきたものは、常に危険地帯にあり、スピードを必要とするのだから、こういうところは誰よりも慣れているのだ。
しかし……どうも幽助はこういうことは初めてだったらしい。
何を血迷ったのか、いきなり大木目がけて真っ直ぐに走り出したのだ。
一瞬、道を間違ったのかと思ったが、そうではないらしく、本当に真っ直ぐ行く気らしかった……。
「……何を考えているんだ、あのバカは…」
「さあ…」
呆気にとられつつ、彼を見ているように言われた以上、自分たちも真っ直ぐ行くしかない。
ヒルや蛇は面倒だが、飛影の炎を使っては、幽助に見つかってしまう。
蔵馬の植物で適当に凌ぎながら、後をつけていった……。
二時間後。
何とか幽助は間に合ったらしい。
「ちくしょー。まっすぐ来りゃ一番早いと思ったのによ。散々な目にあったぜ、くそったれ」
「まっすぐこの木に向かって来ただと? 途中にいたコウモリ使いはかなり手強い奴のはずだが…」
「あ? こいつのことか、そりゃ?」
数分前に倒し、ズルズル引きずってきた吸血妖怪を持ち上げる幽助。
あれの何処が手強い奴なのかは、蔵馬たちにもよく分からなかったが……。
「チョロチョロうるさかったが、スピードは飛影に比べりゃ、ハナクソみてーなもんだな」
「褒められてるみたいですね」
「うるさい…」
また…またからかわなかった。
蔵馬がからかわないなど……変な感じがする。
初対面のその夜に、いきなりからかってきた奴が……。
そう思いながらも、飛影は何も言わなかった。
第四次審査会場へ向かう幽助たちを追って、蔵馬が歩き出した時も、黙ってその後ろを歩いていたのだった……。
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