<初めて。> 2

 

 

第四次審査。
会場は寺の道場だったが、中へ入るわけにはいかない。
しかし、蔵馬は耳が優れているし、飛影には邪眼がある。
それほど問題にはならなかった。
コエンマから知らされていないのか、いきなりぼたんが現れた時には、若干焦ったが、とりあえず見つからなかったし。

幽助も例の少年も勝ち上がったらしい。
もちろん乱童も…。
幽助はまだ気付いていないらしいが、蔵馬も飛影も誰が乱童なのか分かっていた。
そしてあの桑原と呼ばれたいた少年が、とてつもなく危険な状況にいることも……。

 

準決勝と決勝の場所は、今までとは違う場所で行われた。
戦場跡でもある沼地…霊的な力場が強いということは、本当らしい。
戦う予定もない二人には関係ないが、妖力が少し上がってきた。

「妖力を抑えないと、見つかりますね」
「フン。気付く余裕もないだろう」

多少回復しているが、霊丸を撃てるほどの余裕はない幽助。
確かに蔵馬や飛影の気に感づく暇など、なさそうである。
次の相手は乱童ではなく、人間。
もしこの人間に幽助が敗れたなら、飛影の面目丸つぶれ……それくらい蔵馬なら、一瞬で分かることなのに、それでも彼はからかわなかった。

段々そのことについても、イライラしてくる飛影。
しかし、今は幽助の決闘の方が大事である。
ここで負けられたら……。

だが、飛影が心配することもなかった。
運も実力のうちというのだろうか?
幽助は間抜けに底なし沼にハマったことによって、勝ってしまったのだ。

流石の蔵馬と飛影も呆気にとられるしかない……。
とりわけ、二人は視力がいいため、無様に沼にハマった瞬間をも見事に目撃したのだから……。

 

 

 

次は桑原という少年と…少林と名乗っているが、乱童である。
一回戦で霊力の物質化能力を得たものの、まだ戦いには不慣れで、しかも乱童の恐ろしさを全く分かっていない。
99ある術のどれを使ってくるかという以前に、相手が妖怪だということも知らないのだから、勝敗は目に見えている。

そして……案の定、負けた。

とてつもなく、酷い負け方だった。
縮身の呪文、蔵馬たちも聞いたことはあった。
それを乱童が持っていることも……。

だが、まさか本当にこんなところで使うとは。
まだ若い、戦い慣れていない者に対して…しかも腕を折り、握りつぶすとは……。
飛び出していきたいのを、抑えるので精一杯だった。

 

乱童が彼を投げた時、とっさに蔵馬は地面に手をついた。
足下の植物の根に妖力を伝わせ、落下予測地点の植物まで、妖力を送り込む。
落ちる瞬間に柔らかい新芽で受け止め、とにかく落下によるダメージをなくしたのだ。

しかし……元に戻った彼は酷い有様だった。
両腕は粉々、アバラや左足も折れているらしい…。
蔵馬には分かっていた。
幻海ならば、それくらい治せるし、彼女なら絶対にやるだろうと。

 

 

それでも怒りはおさまらなかった。
それは飛影も同じ……。
まさか赤の他人に対する行為で、ここまで苛立つとは、自分でも思わなかったほど……。

だが、二人とも飛び出さなかった。
二人の目の前で……さっきまでボロボロだった幽助が走り出したのだ。
けしかけてくる奥義をモノともせず、とにかく突っ込んでいく。

そして…倒した。
少林としては……。

倒れた少林の足下の地面が割れ、派手な登場をしたのは……赤毛に橙色の瞳、蜘蛛の文様の入った顔。
見るのは初めてだったが、すぐに分かった。
あれが乱童の本性だと……。

 

「乱童…」

手強い…それはすぐに分かった。
霊丸を撃った上、霊撃力も使い切っているあの状態では……幽助に勝ち目はない。
渾身のパンチも全く効いていない。
いいようにやられ、池の上の木に吊され、自分の技である霊丸を向けられた。

 

「……どうします?」
「知るか。助けるなら、貴様一人でいけ」
「別に俺は行くとは一言も言ってないよ」
「冷たいヤツだな」
「そうですね…」

蔵馬が言い、飛影が怪訝に彼を振り返った瞬間、乱童の霊丸が炸裂!
幽助が池に落ちた……。
しばらくお互いに無言で、池を見つめていた。
揺らぎもない、静かな水面…。

 

 

が、突如爆発が起こった。
水柱が立ち、魔界魚が吹き飛び……幽助は意外なところから、現れた。
先程の底なし沼と池が繋がっていたらしい。
乱童を後ろから、殴りつけた。

それでも乱童は倒れず……。
今度こそ終わるかと思い、二人とも膝を上げようとしたが…。

 

すぐに再び隠れた。
乱童が唱えた縮身の呪文で、何と術者である乱童の方が縮んでしまったのだ。
あの技が耳を塞げばいいことは知っている。
しかし、幽助が何故そんなことを知っているのかと思ったが……。

今度もまた、運に助けられていた。
耳に藻が詰まっているなど、いくら乱童でも気がつかなかったらしい。
というより、まず発想としてあり得ないだろう。
あえなく、乱童は幽助のひじ鉄の前に破れ、幻海の継承者トーナメントは終わりを告げた。

 

 

 

「……やることなかったですね。骨折り損ってやつかな」
「やろうと思えばあっただろうが」
「まあね。でも、俺は冷たい奴だから」
「全くだ。流石は裏切り者だな」
「……」
「何だ」

ここまで言われれば、からかいを通りこして、怒ってくるかもしれないと思ったのだが……。
振り返った蔵馬の表情は、怒っているものではなかった。
かといって、何も感じていない顔でもない。

沈んでいた……。
暗く、深く……。
こんな顔……飛影は初めて見た。
まるで、母の墓へ行った時出会った、あの泪というらしい氷女のように……。

そして次の言葉……飛影は生まれて初めて、聞いた。
他の誰からも聞いたことなどなかった言葉。
だが、意味だけは知っていた。

 

 

「……すまなかった」

飛影の顔がひきつる。
驚きと…動揺。
そして…他にも何かあった。
言い表す事の出来ない……奇妙な感情だった。

蔵馬は飛影から視線をそらし、寂しそうな背を向けながら、

「言い訳はしないよ。俺は裏切り者だ……君が捕まったのも、俺のせい…」

 

バコンッ!!

 

「いったた……何?」
「らしくないことを言うな!」

蔵馬の後頭部を撃打した上、怒鳴りつける飛影。
蔵馬の表情が一変、きょとんっとした顔になる。
飛影に殴られたのは初めてである。
戦ったことはあるが、殴られたことはない。

それ……説教されたのも、もちろん初めてだった。

蔵馬が半分放心状態なのを、飛影は分かっているのかいないのか。
支離滅裂な言語を、次々吐きだした。
頭が混乱しているので、蔵馬にはよく理解出来なかった。

からかいもしないなど、貴様ではないとか、非礼を言うなど、ばからしいとか、貴様の存在にかかわらず、幽助との決着はついていたとか…。
いつもと言っていることが、大分違う上、。辻褄も合わず、意味も通っていない。

 

しかし……段々冷静になってきて、蔵馬は分かった。
飛影の本当に言いたいことが……。

 

 

 

「……くっくっ…」
「な、何がおかしい…」
「いや、別に。飛影って意外と饒舌なんだね」
「……ジョーゼツ?」
「おしゃべりってこと。それくらい知っておいたら? 損はないよ」
「……!!」

笑いながら、からかう蔵馬。
真っ赤になって顔をそらす飛影。
そんな彼に追い打ちをかけながら、肩に手を置く蔵馬。

 

怒りと恥ずかしさと悔しさと……いつもの感情が入り交じる。
だが……いやではなかった。

 

蔵馬はこうでなければいけないのだ。
非礼を詫びるなど、彼ではない。
からかってこないなど、彼ではない。
嫌な奴だが……そうでなくてはいけないのだ。

初めて会った時…あのベッドの上。
初対面で戦った後だというのに、いきなりからかってきた。
寝言を言ったことを、初対面で当たり前のように持ち出してくるなど、言語道断でとても失礼だが…。

 

嫌な奴。
しかし、蔵馬はそういう奴。

そういう奴の側が一番心地よいと思うなど、どうかしている。
そう思いながらも、飛影にとって、ここはかけがえのない場所なのだ……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

幽助くんが迷宮城の近くで再会した蔵馬さんと飛影くん。
普通では考えられないくらい、仲よかったですもんね。
迷宮城内での、蔵馬さんへの飛影くんの発言も、一度裏切った相手へのものとは思えないくらいの賛辞でしたし。
「貴様は蔵馬の強さを知らんからだ」「蔵馬だからこそ、かわせたんだ」「蔵馬にこれほどの傷を負わせるとは」「蔵馬を欠いて残り三匹か…」って、全部彼の強さを認めた褒め言葉ですし。
(桑原くんを馬鹿にしているだけかもしれないけど…)

幽助くんが幻海師範の元での修行中、彼らは何していたんでしょうね。
まあ霊界裁判とかはあったと思いますが、それ以外でも会っていたのかも…。

って、こういう話、管理人は大量に書きまくってますが(爆)
蔵馬さんと飛影くんの仲直り小説……幽助くんが修行してた間、マンガでもアニメでも全く触れられていないため、色々パターン浮かぶんで、楽しいんです(笑)
他にも色々ありますので、暇が出来たらまた書くかも(予定中の50題の中にもあったかも/笑)