<A.B.C.> 1
とある秋の朝。
チームで最強のはずが、ガールフレンドのビンタの前に倒れてばかりの浦飯幽助は、礼によってコエンマに押しつけられた指令に対する不満を叫んでいた。
その横では、後見人のような存在らしいが、何故かドジの多いぼたんが、適当にツッコミを入れている。
「コエンマのやろー!! 俺はもう霊界探偵じゃねえってのに!! 毎度毎度、面倒おしつけやがって!」
「しょうがないだろー。他に頼める人いないんだから」
「黒呼さんとかいるだろ! 人間じゃねえ俺に押しつけんじゃねえ!!」
「あんたが一番暇そうじゃないか。寝てばっかだし」
「暇じゃねえ! 夜の屋台に向けて、力を温存してんでい!」
「それを暇っていうんだよ! 第一、あんた一人に押しつけてるわけじゃないんだから、我慢しなよ」
「今回、来てくれたの、蔵馬だけじゃねえか!!」
ぎゃんぎゃんと怒鳴りながら、後方を歩いている蔵馬を指さす幽助。
あまり指さされるのは良い気分はしないが……まあ、蔵馬はそれほど気にせず、黙っていた。
いつもに増して、イライラしている幽助にツッコミを入れても、効かないだろう。
余計な体力は使いたくない……ようするに、蔵馬もまたイライラしているのだ。
もちろんちゃんとワケはある。
指令内容はいつも通りぼたんが持ってきたビデオで報告されたのだが、どうやら妖怪がとある寺に巣くって、人間を惑わして呪いの儀式を起こさせているとかで……早い話が、その妖怪の逮捕が指令だったのだ。
だが、相手はかなり頭がキレる男だったらしい。
なので、かなり難解な事件かと思われ、幽助一人では不安だと、他の浦飯チームにも協力を要請。
しかし、桑原は夏風邪が治りきっておらず、床に伏せっており、無理なのは目に見えて明らかだった。
最も「夏風邪はバカがひくんだよな」という幽助の台詞には、一瞬だけ元気になって殴りかかっていったが……40度も熱があっては、それも長続きしない。
ついでに返り討ちにあって、ベッドに沈んでしまったから、数日は起きあがれないだろう…。
飛影は風邪ではなかったが、動ける状態ではなかった。
また躯と痴話ゲンカして、蔵馬の家で寝ていたのである。
今回の理由はなんだったのかは謎だが……しかしここ最近、十日に一度はケンカし、蔵馬の家に厄介になっているらしいので、幽助も慣れてしまった。
流石にまだからかう段階ではなかったが…。
寝ている飛影を残して出かけるのは、少々気がかりだったが、家族全員が合宿や出張で当分留守にしているため、特に問題はないだろう。
ある程度元気になれば、勝手に帰るだろうし。
ということで、蔵馬だけが今回の件には参加してくれたのだが……。
実はこの事件、異常なまでにあっさりとカタのついてしまったのだ。
それもそのはず…倒すはずだった妖怪が、幽助たちが到達する前に死んでしまっていたのだから…。
あまりにもあっけない終わり方。
これが皿屋敷市だったり、蟲寄市あたりだったら、「無駄足だったな」程度ですむだろう。
だが……場所が場所だけに、それだけでは終われなかったのだ。
浦飯チームが向かわされた場所……何と、東京から遠く離れた京都だったのだ!
それも街中などではなく、電車を降りてから、かな〜り歩かねばならないような山奥の更に奥…。
これが文句を言わずにいられるだろうか?
いちおう旅費はコエンマ持ちだが、一番安く行けるルートを選んだのは、明白で……駅から駅へ結構歩かされた。
もちろん山の中は徒歩のみ…。
帰りもあの道を歩くハメになると思うと、苛立ちは尚募ってくる。
とある茶店に入って、コエンマにツケる予定で、団子をバカ食いしているが、それでも怒りはおさまらない。
最も、がっついているのは一人だけ…言わずとも分かるだろうが、幽助である。
ぼたんは意外にも味わって食べているし、蔵馬はお茶を飲みながら、奥の部屋で流れていたラジオを聞いていた。
「「……では、次のニュースです。京都府の貴船神社が昨夜、何者かによって爆発されたことで、警察は…」」
「貴船神社って昨日行った場所か?」
団子の櫛を口からはみ出させながら、蔵馬を見やる幽助。
聞く気がなくとも、ラジオの音量が大きいので、イヤでも耳に入ってくる。
それが知っているモノや場所であれば、否が応でも反応してしまうのは、自明の理というもの…。
幽助に尋ねられ、蔵馬はウェットティッシュを差し出し、口周りを拭くように促しながら、
「ええ。コエンマから指令を受けた場所ですよ」
「俺たちがつく少し前だったよな、爆発したのって」
昨日のことを思い出しながら、口をごしごしと拭く幽助。
『昨日』といっても、今は午前八時過ぎで、爆発があったのは、夜の十一時頃。
なので、それほど時間は経っていないため、忘れっぽい幽助でもはっきり思い出せた。
あの時……。
もうすぐ妖怪の潜伏先に到着すると確信し、さっさと倒して帰路につきたいと、道なき道を進んでいた幽助たちだが……。
後一歩というところで、突如視界が遮られた。
煙が舞い上がり、火の粉が散っている。
その少し前に轟音が聞こえたことも踏まえて、それが爆発だということに気付くのには、時間はかからなかった。
慌てて神社に駆け込んだが……。
既にそこは神社ではなく、神社があったであろう場所に過ぎなかった。
そして、崩れた屋根の下にあったのは、数秒前までは妖怪と呼ばれていたであろう、黒い肉塊が転がっていた。
流石に呆然とせずにはいられなかったが、そんなにのんびりしている場合でないのも事実。
煙が上がったことで、麓の方が騒がしくなっていた。
もちろんそれが聞こえたのは蔵馬だけだが……。
ここにいては自分たちのせいにされかねない。
まあ、もしあの爆発がなければ、後々そういう事態になっていたかもしれないが…。
早めに下山するか、隣の山辺りに移動するかした方がいいだろうと、とりあえず元・神社を離れた。
下山途中で警察と鉢合わせては、元も子もないので、隣の山へと向かい、現在に至っている。
日が昇る直前くらいに一度仮眠したが、ここまでくればおそらくは大丈夫だろう。
「……にしてもよ。あの爆発、何だったんだろうな?」
「さあ…妖怪退治にしては、派手だったような気もするけど」
「そういえば、少し前に同じような爆発がありましたね」
ふいに彼らに誰かが声をかけた。
今の会話を聞かれたかと、ハッとして振り返ると……そこにいたのは、さっきお茶を運んできた茶店の主人。
おそらくは90を越えているであろう、所謂ヨボヨボの老人である。
これならば、聞かれたところで大したことはないだろうと、ホッと息をつく幽助たち。
しかし蔵馬だけは、少し怪訝な顔をして、尋ねた。
「何処で起こったんです?」
「ラジオで聞いただけなんですけどね。二日前に鏡神社であったらしいですよ。おっとヤカンが吹いてる」
そう言って、老人は追加の団子を置くと、奥の間で鳴っていたヤカンを止めるべく、引っ込んでいった。
それを確認してから、蔵馬は小さく呟くように、
「鏡神社か……妙だな」
「は? 何が変なんだ?」
「そりゃ、こんな短時間で爆発が二度もあるなんざ、変だけどよ」
「いや、そうじゃないんだ。偶然にしてはできすぎているかなと思って」
「何がだ?」
蔵馬の言っている意味が分からず、きょとんっとする幽助。
ぼたんも同じような顔をして、団子を食べる手を止めた。
「何が出来すぎてるんだい?」
「いや、大したことじゃないんだけど……鏡神社といえば、源義経が元服の折に参拝したと言われている神社。そして貴船神社も源義経ゆかりの地なんだ」
「ふ〜ん、義経か〜」
ゆかりの地がどうとかは分からずとも、義経がどんな男かくらいは、日本人ならば大体知っているだろう。
源義経。
源義朝を父に、常磐御前を母に、源頼朝を異母兄に持ち、幼名は牛若丸。
父の死後はしばし京都で過ごし、後に奥州平泉へ。
兄の挙兵を聞いて、参戦。
一ノ谷・屋島・壇ノ浦の合戦にて、父の敵である平氏を破り、滅亡させた。
が、その後兄に追われ、平泉まで逃げ延びるが、追いつめられて自害。
簡単に言えば、こんな感じである。
逃げ延びたという説も多々あるが、本当のところはよく分からないのが現状だろう。
何せ800年以上も前の話なのだから……。
「でも二つだけだよ? そんなに気にする事じゃ…」
「いや、二つじゃない。他にもある」
「はい?」
「石清水八幡宮、牛若丸誕生井、吉野山。京都以外にも、奥州…義経が最期を遂げたと言われる高館があった辺りや、安宅の席付近がやられたらしい。全て義経に何らかの関係がある場所だ。どれも大したことはなかったみたいだけどね。あまり気にしてなかったが、ここまで過激な爆破になると…」
「なら、その爆弾犯。義経とか言う奴に恨みでもあるんじゃねえの?」
「……幽助。義経ってかなり昔の人だってこと、分かってる?」
「え、最近の奴じゃねえのか?」
「……」
勉強嫌いなのは分かり切っていたことだが、義経すら知らないとは。
以前、社会という暗記科目は選択問題がなければ0点だと、自信満々に答えていたが…。
今の総理大臣は知らない人であろうとも、義経くらいは知っているだろうに。
最も幽助は両方とも知らないと思われるが。
「ねえ、蔵馬」
「何?」
「その爆弾犯さ。ABC殺人事件をマネしてるんじゃない?」
「ABC殺人事件?? 何だそりゃ?」
むろんこれは蔵馬の台詞ではなく、幽助のものである。
蔵馬がABC殺人事件を知らないわけがない。
これは単に彼が物知りで頭がいいというだけではなく、割合知っている人の方が多いであろう作品だからである。
小説家アガサ・クリスティの描く、名探偵ポアロシリーズの傑作中の傑作。
地名と同じ頭文字を名前に持つ人物をアルファベット順に殺していくが、実は標的はCの頭文字の人物のみ。
つまり、冗談のような関連性があるだけの無差別殺人に見せかけた、計画殺人である。
今回は幸い死亡者はいないらしいが、確かにぼたんの言い分は分かる。
『あ』から順番に、源義経に関係している場所を破壊していく行為は……。
「でもよ。『え』がねえじゃねえか」
「無理すればあるよ。吉野山は桜の名所でもあるけど、役行者(えんのぎょうじゃ)を開祖とする修験道だからさ。ちょっと厳しいけど、『え』になるし。『お』までも全部あいうえお順だったんでしょ?」
「まあね」
確かに、かなり厳しいが…。
だが、ここまで順番通りに来ていて、抜けているということは考えにくい。
それに義経が関連している場所で、『え』から始まるところはあまりないので、無理に選んだ可能性もある。
ということは、次に狙われるのは必然的に……。
「じゃあ、次に狙われるのは、『く』から始まるところってことか?」
「だろうね」
「なあ、どっかあるのか?」
「……鞍馬寺」
「は? 蔵馬寺?」
「…違う、鞍馬寺。義経が幼少期を過ごした寺だよ。可能性としては一番高いだろうけど……どうする?」
お茶を一口飲んでから、幽助とぼたんの方を向く蔵馬。
尋ねた言葉の意味を一瞬では理解出来なかった幽助だが、すぐに分かった。
自分たちはあくまでも、コエンマから押しつけられた指令のために来ていたのである。
そしてその犯人はもう死んだ……。
別に爆弾犯を捕まえろとは言われていない。
だから、無視して帰ることも可能である。
別に正義のために戦っているわけではないのだから……。
だが……。
「行ってみる? 俺はどちらでもいいよ。会社の休みは明日までとってあるからね」
「……行ってみよっか、幽助」
「げっ、行くのかよ!?」
「だってこれが妖怪の仕業だったら、コエンマさまからの指令になるかもよ? 東京戻った途端に、いきなり次の指令だーって。とんぼ返りになるかもしれないじゃん」
「…すっげー、ありえそうなことだな……」
とてつもなく、ありそうなことでならない。
コエンマならば、疲れ切って帰ってきたところで、問答無用だろう。
それも二回目となれば、旅費を出してくれるかどうかも妖しいところ……。
二度もこの道を歩くのは、面倒極まりない。
気は進まないが、行った方が賢明だろう。
「貴船神社から直接向かったとすれば、急いだ方がいいかもね。妖怪の仕業なら、それほど時間はかからないはずだ」
「んじゃ、行くとすっか」
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