<A.B.C.> 2
夜。
鞍馬の山を銀色の月光が照らしている。
昼間が清々しい鞍馬の山だが、今はまるで魔界への扉が開かれたような妖しさがあった。
美しさの中の恐ろしさ…というのだろうか?
その鞍馬山を一匹の妖怪が飛び交っていた。
『黒』という印象を残す衣装に、小柄な身体。
髪は短く逆立ち、瞳もつり上がり気味。
どことなく飛影をイメージさせるような妖怪だが、彼ではなかった。
飛影は未だに痴話ゲンカの傷のせいで、動けないのだから……。
木から木へと、自由自在に渡り飛ぶ妖怪。
一見、滅茶苦茶に動き回っているようにも見えるが、実はある場所へ向かっていたのである。
一直線に向かっては、他の妖怪に見つかる可能性があるために、あまり派手には行動出来ないのだ。
しかし、段々と近づいてきた。
目的の地へ……。
手にしているのは、妖気によって作り出された爆弾。
正確には妖気だけでなく、土地のモノなどを材料にしている…つまり彼は、鴉のような支配級ではないのだ。
だが、この爆弾が何よりの証拠。
彼が7つの縁の場所を破壊し、そしてこれから8つ目を破壊しようとしている妖怪であることは……。
当然、向かう先は鞍馬寺。
……かと思いきや。
彼は鞍馬寺を大きく回って、通り過ぎてしまった。
幽助たちが番を張っていたからではない。
疲れてグースカ寝ている連中など、気に留める必要もないだろう。
いやそれどころか、彼は鞍馬寺には見向きもしなかったのだ。
彼が行き着いた先は、鞍馬寺の奥にある僧正ヶ谷不動堂。
義経が天狗に剣技を学んだとされる地である。
確かに義経に関連する場所ではあるが、しかし『そ』を頭とする場所をターゲットとするには、まだ何文字分か間がある。
いきなり飛ぶのは妙だが……しかし、彼の瞳に迷いはなかった。
不動堂を睨み付けると、手にしていた爆弾を振り上げ、勢いよく投げつけた。
当然、不動堂は大爆発……しなかった。
爆弾は破裂する前に、灯火が消え、地面に転がったのだ。
驚く妖怪。
しかし更に追い打ちをかけるように、背後から声がした。
「待ってたよ」
「なっ…」
反射的に退き、振り返った。
生い茂る木々の奥、月明かりも届かぬ場所に、僅かに人影が見えた。
ゆっくりとこちらへ近づいてきた彼は……長い銀髪を持つ妖狐。
月よりも美しい金色の瞳に見つめられ、硬直する妖怪。
それは単に彼が美しすぎるというだけでなく、彼のことを知っているが故の反応だろう……。
「鞍馬寺のことを連想させるような発言して、俺たちを寺の方へ行かせ、本来の目的を達成させる……まあ作戦としてはよかったかもしれないけど、俺の目はごまかせないよ……ね、カラス天狗の九郎?」
自らの名を呼ばれ、全てを見抜かれていると察した妖怪。
観念したのか、その場に腰を下ろした。
月明かりが照らす彼は、背中に黒いツバサを持つ、山伏のような姿をした妖怪だった。
頭襟の代わりに頭につけているのは、くちばしを連想させる。
まるで、カラスのような男。
いやカラス天狗と呼ばれていた以上、カラスに縁のある妖怪なのだろう。
闇から現れた銀髪の妖狐……蔵馬は九郎と呼んだ妖怪の前で立ち止まると、軽く膝を折って、彼の顔を覗き込んだ。
「……よく分かりましたね。鞍馬寺が目的でないと……」
「あんなところに茶店があるわけないからね。あの老主人も君も幻術かい?」
「ええ。霊界が貴船の妖怪を倒そうとしているのは、噂で聞きましたから。それに乗してすれば、隠せると思って。まさか貴方が来るとは予想外でしたよ…」
「運が悪かっただけさ…というより、君はいつでも運が悪いね……義経に剣技を教えたと勘違いされた時も」
「……」
蔵馬の言葉に、妖怪は特に反応もせず、黙っていた。
見抜かれているだけでなく、全てを知っているから……それに相手が他でもない、この男だから。
怒る気にもなれない。
他の誰かだったら、殺していたかも知れないが。
「君も気持ちも分からないことはないよ。義経に剣技を教えたと言われ続けるのは、辛いことかもね。義経に教えた剣豪……そう思っていたのが、真実を知ったら、掌返されることもある」
「……『こともある』じゃない。いつもですよ……」
そう言った九郎の拳は少し震えていた。
蔵馬に対してではない。
過去を思いだしているのだろう。
思い出したくないが、忘れられない過去を……。
「いつもいつも……人間たちはここへ来る度に言う。義経の偉大さを……それだけならいい。私も義経が嫌いではないから、それは構わない。だが、人間たちはそれ以上のことを言う。義経に剣を教えた偉大なカラス天狗。最強だの何だのと……こっちにしてみれば、いい迷惑ですよ。私は剣を教えたことなどない。ただ単に相手をしただけだ。それも一度も勝ったことなどないのに……」
「牛若は本当に強かったからね……人間とは思えないほどに。俺の教え子の中でも最強だよ」
夜空を仰ぎながら言う蔵馬。
800年は経った今でも鮮明に思い出せる。
幼い牛若丸。
たまたま訪れた人間界で、偶然にも見つけた意志の強そうな子供。
気紛れで鍛えてやったが、面白いくらいに強くなっていった。
一度教えたことは忘れず、どんどん吸収していく。
剣だけでなく、戦法も学び、更には独自に形作っていく。
修行相手にと、知り合いの大天狗から一羽のカラス天狗…この九郎という男を預けて貰ったが、互角以上だった。
流石に自分には一度も勝てぬまま、山を下りてしまったが……別にそれでもよかった。
何千年も生きた妖狐に勝つには、彼はあまりに幼かった。
だが、大人になるのを待ってはいられない。
彼にはやるべきことがあったから……。
「……何故、貴方のことは全く受け継がれていないんでしょうね……」
「牛若に言ったからだよ。俺のことは誰にも話さないってね。まあ、俺は外には出ずに不動堂から見ていただけだったこともあるだろうけど……まさかお前が剣の師と言われるとは思わなかったな」
「いい迷惑ですよ、こちらは……」
すねた子供のように、視線をそらす九郎。
その様子に蔵馬は少し苦笑したが、すぐ真顔に戻り、
「だろうね……でもさ。今回のことは間違いなんじゃないか? 爆発で死者は出なかったけど、あれは人間たちのものだ……俺たち妖怪が手出ししていいものじゃない…」
「……」
「ここにしてもそうだ。元は妖怪のものだったが、今は違う。人間のものなんだよ」
「……」
「世界は変わる。歴史は変動し、その中で誤解も生まれる……だが、それも受け入れなければならないこともあるんだよ」
「……貴方もあったんですか?」
「まあね……牛若の彼女が危険な目にあってた時に助けたこと…妙な伝えられ方をされたようだし」
「……あの忠信に化けたとされている白狐……貴方だったんですか」
「ああ。何処で間違えられたのか、随分と変にね。それでも俺は気にしないけど」
くすっと笑って言う蔵馬。
それを見て、九郎は少しだけ……本当に少しだが、肩の荷が下りたような気がした。
ずっと悩んでいたこと……。
勝手に勘違いしておいて、勝手に落胆して、侮辱されて……。
何故自分だけがこんな目に遭うのか、いつも悲しく思ってばかりだった。
だが……そういう目にあっているのは、自分だけではない。
人間のエゴに巻き込まれているのは……。
目の前にいる、自分が最も尊敬している妖狐もまた、誤解の中に埋もれてしまっている。
それを事実として受け止め、気にせずに水のように流している彼は、いつもよりも大きく見えた。
いや……自分が小さくなっただけかもしれない。
人間の勘違いと妖怪の軽蔑などに、悩み続けるなど、小さいことである。
肝心なのは、そうなった後どうするか。
落ち込んで怒りをお門違いな方へ向けるか、笑顔で流せるか……前者である自分と、後者の妖狐。
どちらが正しいかは、一目瞭然だった……。
「それにさ」
ふいに蔵馬が言った。
「少なくとも、牛若は君のことが好きだったし、大切で尊敬していたよ。九男だからってだけで、九郎なんて名前、つけないでしょ」
「……そうでしょうか?」
「受け取り方はそれぞれだから、好きに思えばいいさ」
「そうですね」
夜空に雲がかかった。
金色の月を覆い隠し、森を闇で包んでいく……。
それに乗じて、九郎は姿を消した。
カラス天狗の十八番である風を操った幻術……しかし、蔵馬ほどの腕であれば、追うことも可能。
だが、しなかった。
その必要はなかったから……。
風に混じって聞こえてきた声。
それさえあれば…そう思う心さえあえれば、もう彼は大丈夫。
これからは、爆発が起こることもないだろう。
7つの事件の真相は、解明されぬまま終わるだろうが、別にそれでもいい。
妖怪の起こす事件など、人間の起こす事件に比べれば微々たるもの……そのうち闇に葬られるだろう。
……彼の最後の言葉。
「じゃあ、そう思うことにします……」
終
〜作者の戯れ言〜
実習でパソコン使えず、二週間遅れてUPしました。
時間かかった割りには内容無茶苦茶だけど……。
ABC殺人事件、実は管理人見たことありません(爆)
『名探偵コ●ン』コミック39巻の赤い馬の事件で出てきたのを見ただけで……。
あくまで参考にしただけなので、あれとは全く別物ですが(汗)
でも……順番通りの名前探すのって、大変なんですね。
最初はカ行だけにするつもりだったんですが、それだとあまりに数が少ないので、『あ』から探しました。
義経ゆかりの地、『え』だけが見つからなくて……ああなりました(無理ありすぎ?)
個人的には義経好きですねー。
白拍子が好きになったのも、静御前の影響ですし♪
というか、幽助くんたち途中からいなくなっちゃいましたね(爆)
まあ、何事もなく無駄足だったと、またイライラしながら帰られたと思われますが。
|