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とある夏休み。
幽助たちはみんなで幻海が所有する山の一つへキャンプに来ていた。
言い出したのは、もちろんお祭り好きのコエンマ。
幽助たちとしては、この暑苦しい季節に、更に暑苦しいことなどしたくなかったのだが……。
しかし、螢子たち女性軍は勝手に盛り上がり、幽助たちの意見などお構いなし。
問答無用でキャンプへと連行したのだ。
自然に開けた草原を見つけると、中央辺りにテントを張る。
もちろんこれは男の仕事…といっても、やらされたのは主に幽助と桑原だけ…。
コエンマは当然面倒なことはやらないし、蔵馬や飛影は強制連行されたものの、こういうことは免除されたのだった。
人徳の差か、幼なじみや姉弟という問題なのか……もし後者であるならば、飛影は結構いい立場にあることになるだろう。
一口にテントといっても色々あるが、今回二人が張らされたのはかなり大きなタイプで、普通ならば五人くらいが協力し合って、やっと出来上がるくらいの大きさだった。
しかし暗黒武術会を制覇し、魔界統一トーナメントでも本戦第三試合まで勝ち進んだ者ならば、常人とは比べものにならないくらいの力があるのだから、テントなど朝飯前……。
……と、上手くいくほど、世の中甘くはなかった。
テントというのは、決して力だけで張るものではないのだ。
ロープの引っ張る力は全て均等にならず、少しでも違えば、何処かの方向へ傾いてしまう。
更にロープを結わえ付ける杭を、地面の何処に打ち付けるかによっても、完成度は格段に違ってくるのだ。
元々細かいことを考えるのは苦手な幽助&桑原。
戦いとて、頭脳戦を全くしないというわけではないが(多分…)、基本は肉弾戦やら霊気の放出し合いなど、単純な戦法ばかりなのだ。
故にテント張りも力任せにやってしまう傾向にあり……、
「桑原! そっち引っ張りすぎだっつーに!!」
「てめえの方が引っ張りすぎてんだよ! ロープ切れかけじゃねえか!」
「おめえの方はテントが破れかけてるじゃねえか!」
「これは元々あった穴でい!」
「さっきはそんなにデカくなかっただろ!!」
と、テントを張り始めてから数時間、ずっとこんな感じで喧嘩ばかり…。
結局最後は蔵馬がしぶしぶ手伝いに入り、やっと完成したのだ。
最も蔵馬が手伝いだしてから、五分で完成したことを考えれば、最初から彼がやればよかったのだと誰もが思うことだろうが…。
ようやく完成したテントから、少し離れた場所には、テントを張っている間に女性軍が近くから集めてきたマキで焚き火が作られていた。
その脇には石を集めて作ったカマド、中には小さめのマキがくべられている。
カマドといえば、なかなか火がつかないことで、大抵の人が悩むところだろうが、飛影がいるおかげで、その苦労とだけは無縁だった。
まああまりに業火になりすぎて、後々の調整の方が大変になるような気配はあったが……。
近くには湧き水があり、水には苦労しなさそうである。
鍋や半合、包丁、まな板など調理器具一式もそろっている。
後は夕飯の支度をするのみ……。
……と、ここへ来て、一行は肝心なことを忘れていることに気がついた。
「……おい、材料持ってきたか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
幽助の一言に全員が押し黙った。
たまたま振り返った幽助の視界に、一番最初に入ってきた蔵馬や飛影は、持ってきているわけがないといった風に首を振った。
彼らは仕方がないだろう。
コエンマの指令(?)を受けたぼたんは、幽助たちのところに行った後、蔵馬の家へ押しかけたため、本当に突然…しかも今朝にキャンプのことを言われたのである。
たまたま彼の家に来ていた飛影も同様に…。
逆に言えば、持っている方が不自然な状態なのである。
次に見やった桑原姉弟は、蔵馬たちほど突然ではなかったものの、やはり持っていない。
いちおうは昨日…つまりキャンプの前日に言われたのだが、それでも夜の九時過ぎだったのだから、持っていなくても当たり前。
螢子や雪菜も同じようなもので、幽助もこの辺りに該当される。
そこで見るのは、キャンプのことを伝えに来たぼたん……しかし、彼女の顔を見た途端、元々あった嫌な予感が膨れあがった。
何となく苦笑いを浮かべ、額には冷や汗が浮かんでいる。
ということは、間違いなく……、
「も、持ってないよ…」
小声ながらも、はっきり言うぼたん。
殴られるのではないかと思ったが、しかし諸悪の根元とも言うべき人物がいるのだから、何とかそれだけは回避された。
少しばかり冷たい視線が降りかかりはしたものの、それだけですんだのだから、まだいい方だろう。
問題は最後の一人……。
キャンプの計画を勝手に一人で立て、強引に連行し、ついでにテント張りもマキ拾いも手伝わず、その辺でゴロゴロしていた、霊界の次期長とは思えない人物…。
そちらへ向くと、全員がそれぞれの心の中に秘めていた嫌な予感が、見事なまでに的中してしまっていることを悟った。
八人の視線を受けながら(うち四人ほどは、かなり冷ややかで刺々しいものだった…)、こそこそと逃げだそうとしていたのだから……。
「コエンマ、てめえ!!」
「材料なくて、どうやって飯つくるんでい!!」
脱出用ロケットのスイッチを入れようとしていたコエンマを、飛びかかる形で押さえ込む幽助と桑原。
それでもこっそりスイッチを入れて飛び立とうとしたコエンマだが、隠そうとする物を見つけるのが得意な本業・盗賊の蔵馬によって、あっさり発見され、飛影の剣によって間二つに壊されてしまった。
せっかく、暗黒武術会で使わずにすんだ貴重な代物なのに……。
「さあ、話してもらいましょうか? 俺たちに納得のいく説明を…」
「……納得いかなければ、斬るぞ…」
ゾゾ〜ッ…
ドタバタと飛びかかってきた幽助や桑原よりも、ただ目の前に立って、冷酷な眼差しを注いでくるこっちの方が数倍怖い…。
綺麗さっぱり忘れていたと正直に言ったら、絶対に斬られる。
かといって、下手な言い訳をしても、結局斬られる。
とくれば、嘘しかないが、一体何と言えばいいのか……。
「そ…それは…」
「それは?」
「こっ、これから取りにいくんだ!! この山には野草とか大量にあるはずだからな!」
「……今、『あるはず』って言いませんでした?」
「い、いや…ある! 間違いなく!! カレーの材料くらいある!!」
「……」
釈然としない蔵馬……。
たった今思いついて、嘘八百並べていることは一目瞭然だったが…。
「ったく、そういう面倒くせえことなら、最初から言えよ。早くしねえと、日が暮れるじゃねえか」
「作る時間考えたら、喰うの夜になるじゃねえか。一日五食の俺には、キツイぜ」
と、幽助や桑原はとりあえず納得したらしい。
これが何故嘘だと分からないのか……彼ら、戦い以外のことに関しては、結構鈍いらしい。
飛影は嘘か本当かで少々悩んでいるらしかったが(悩まずとも嘘だろうに…)、
「ま、行きますか…」
諦めて言った蔵馬の一言で、多分本当なのだろうと思うことにした。
「でもあたしたち、あんまり山の奥には行かない方がいいって、幻海さんが…」
「ああ、だから幽助たちだけで…」
「コエンマも来ますよね〜?」
留守番しているつもりだったらしいが、嘘だと分かっている蔵馬が逃がしてくれるはずがない。
嘘をつかれた上に、これからどう考えても面倒なことが起こりそうだというのに、コエンマだけに楽をさせるなど、気分的に許せない。
伝説の極悪盗賊妖狐蔵馬に、眼が全く笑っていない笑顔で言われては、コエンマとて逃げるわけにはいかない。
断れば、即座に斬られる…いや、もっと酷いことになっても不思議ではないだろう。
「じゃあ、行ってくるぜ」
「お茶とか湧かしておいてくれますか?」
「オッケー! いってらっしゃーい!」
女性軍に見送られ、山の奥へと向かう幽助たち。
しかし……彼らが向かった方角。
名を魔朧の森というのだが、実はある意味、幻海が継承者トーナメントを行った折に使用した魔性の森以上に、厄介なところなのだ。
例えS級妖怪となった幽助たちでも、おそらくは死ぬほど苦労するような。
そんなところだとは露知らず、五人は魔朧の森へ。
そして案の定、死ぬほど苦労することとなったのだ……。
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