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数十分後。
幽助たちはキャンプから離れた森の中にいた。
今のところは何も起こっていないらしい。
当然だろう、まだ入ってから五十メートルほどしか経っていないのだから…。
「さてと。カレー作るとしたら、まずいるのは……」
「肉」
「肉」
「肉」
「ちょっと…」
いきなり肉とは…まあ確かにいるといえばいるだろうが、他にもっと大事なものがあるだろうに。
呆れると同時に、蔵馬は何となくこの森の異様さを感じ取っていた。
彼以外の四人は何も感じていないらしく、平然としているので、気のせいかとも思ったのだが…。
しかし、この異様な雰囲気は自分以外には気づけないものだと、すぐに分かった。
そしてとてつもなく厄介なものだとも…。
「肉は後回しの方がいい。結構面倒だろうからね」
「……どういう意味だ?」
「そのうち分かるよ…」
蔵馬の意味ありげな言葉を不可思議に思い、いちおう警戒はしておくことした飛影。
だが、他三名といえば、二人の会話などそっちのけで、肉探しに没頭していた。
むろんコエンマは強制連行だが…。
「幽助、桑原くん。がむしゃらに探しても見つかるわけないだろ。まず何か一つに絞って探さないと」
ため息をつきつつ、そこら辺で土を掘り返したり、木の枝を折ったりしている幽助たちに話しかける蔵馬。
なるほどと思ったのか、顔を上げる幽助たち。
顔や体中、土だらけ木の葉だらけで、蔵馬たちよりも妖怪らしい風貌ではあったが……。
「で、何から探すんだ?」
「そうだな。カレーといえば、まずいるのはカレー粉だけど」
「んなもん、こんな森にあんのか?」
「あるんじゃないですか。ねえ、コエンマ〜?」
あるわけないと分かりつつ、コエンマに話をふる蔵馬。
ニッコリと笑いかける蔵馬に、ぎくっと背筋を震わせるコエンマ。
それを見ても、まだ幽助たちはコエンマの嘘に気づけていないらしい。
ここで逃げだそうとすれば、一瞬にしてバレただろうが、しかしコエンマには逃げる気力もなかった。
「えっと…そ、そうだな……あっ、蔵馬! お前、スパイスくらい持ってるだろ!」
「……」
そうきたかと、心の中で舌打ちする蔵馬。
確かにカレーに使えるスパイスくらいなら、ある程度持っている。
基本的に相手を撹乱させたりするために使うので、割合匂いのキツく辛味の出やすいものばかりだが、まあ調合出来ないことはないだろう。
もちろんここで無理だと言えば、コエンマは更に困ったことになるだろうが、しかし出来ることを不可能だというのは、性に合わない。
「……出来ますよ」
「何だ。じゃあ、後は肉だけじゃねえか」
「幽助……野菜どうするんですか。俺は人参もタマネギもジャガイモも持ってませんよ」
「……やっぱ、入れんのか?」
幽助の言葉が少し濁った。
それに一瞬きょとんっとした蔵馬だったが、瞬時に理解。
同時に、ハッとした。
周囲がやけに静かなのだ……。
「(……もしかして…)」
くるっと桑原や飛影の方を見てみると、彼らも今の幽助と同じような顔をしている。
ということは、つまり……。
「まさかとは思うけど。みんな人参嫌いとか言わないよね?」
ギクッ!!
一同硬直。
よく見てみれば、コエンマも固まっていた。
彼が黙っていたのは、てっきりスパイスの話題に戻られると困るからだと思っていたのだが……どうやら違ったらしい。
そう、彼も幽助たちと同じことが原因だったのだ!
この年になって人参嫌いとは、まるで子供である。
幽助や桑原はもう十八になっているはずだし、飛影とてそれほど若くない(はず)、コエンマは700歳だというのに…。
カニすきを食べていた時に、人参は食べなかったのだろうか??
「じゃあ、まず人参探しに行きますか」
「えっ、最初にか!?」
「あ、後でいいんじゃねえのか?」
「ダメです」
きっぱり言い切って、スタスタ歩き出す蔵馬。
弱みを握られた以上、逆らうわけにもいかない…。
人参が見つからないことを祈りつつ、最終的にカレーに入れることになっても、何とか避けて食べる努力をしようと心に決め、とぼとぼと彼の後を歩き出したのだった……。
しばらく歩いていると、急に蔵馬が立ち止まった。
何事かと彼の横に立って、先を見てみる幽助。
しかし彼が見ているらしい方角には何も見えなかったが……。
不思議に思って、蔵馬の顔を覗き込んでみると、彼は何かを見ているわけではなさそうだった。
どちらかというと音を聞いているか匂いをかいでいるかといった感じである。
「蔵馬?」
「あっちに何かあるかもしれない」
蔵馬が見やったのは、進行方向ではなく、九十度左の茂みだった。
こちらも特に何も見えないが、しかし蔵馬が嘘をついているようには見えない。
最も彼の嘘はこの場にいる誰よりも見抜きにくいものだろうが……まあ、今のところは嘘をつく理由も特にないし、本当のことだろう。
「んじゃ、行ってみるか」
「いちおう注意して。奇妙な気配もするから」
「そうか〜? 何も変な感じしねえぜ、俺は」
けろっとして言う桑原。
今日まで、桑原のカンは誰よりも当たるものだったため、幽助たちは蔵馬の意見を聞きつつも、あまり緊張しなかった。
最も飛影だけは、齢千年を越えた狐の経験の方を信じ、警戒を怠らなかったが。
その差が今後の彼らの運命を大きく左右するとは、夢にも思わなかったろう……。
「何だ、こりゃ?」
「人参じゃねえだろ」
そう言いつつも、内心ホッとしている幽助たち。
たどり着いたところに大量に生えていたのは、どう見ても人参ではなかった。
真っ赤な華……まるで赤々と燃える焔のような華だった。
葉は薄い緑色でカミソリのよう。
まあ人間界でも特に珍しい華ではなかったが、植物関連には天で疎い幽助たちには、それが何という華なのかさっぱり分からなかった。
むろん蔵馬はしっかり分かっていたが。
「(奇妙な気配がしていたのは、これか。元々霊気を帯びた華だからな……)あっ」
「どうした?」
「人参じゃないけど、あったようだよ」
「へ?」
蔵馬が何を言っているのか、今ひとつ分からない幽助たち。
しかし、蔵馬が赤い華をかき分けて進み、少し華の群生から離れた場所を掘り返し始めたので、近くまで行ってみることにした。
しゃがみこんで、地面を掘っている蔵馬の後ろから覗き込んでみると…、
「あっ!」
「タマネギか!!」
蔵馬が四人の前に差し出したのは、間違いなくタマネギだった。
これが人参に見えるならば視力健診に行くことを勧めたいと思われるくらい、はっきりとタマネギと分かるもの。
しかし、確かタマネギの収穫時期は春から初夏にかけてだったと思うのだが……深くは突っ込まないこととしよう。
「んじゃ、これ掘って帰るか。この辺に埋まってんだよな?」
「ああ。ただし、これだけ持って帰るんじゃないからね〜?」
「……」
上手いこと口先で誘導してタマネギだけで帰ろうとしたのだが……やはり蔵馬に勝つのは千年早かった。
というか、蔵馬を言動で負かすなど、世界が終わっても無理だろう。
しぶしぶと、地面を掘り、タマネギ収穫を始める幽助たち。
しかし収穫時期がずれているのか、あまり見あたらない。
元々ある方が不思議なのだが……。
「えっと、こっちの方はっと……おっ、あったあった!」
少し離れた場所で、小さめのタマネギを発見した桑原。
更に掘り進んでいくと、小さいながらも大量のタマネギがあったのだ。
ラッキーとばかりに次々と掘り、後ろに置いた籠へ入れていく桑原。
ここで蔵馬が念のために一つ一つ確認していれば、後々あんな苦労をすることもなかったのだろうが……まさかあんな失敗を犯すなどとは、流石の彼も思わなかったのである。
籠いっぱいタマネギを詰め込んだ一行は、日が傾きだしたので、次の材料を探して、足早に移動した。
しかし、次に発見したものも、蔵馬が望んでいたものであり幽助たちが見つかって欲しくないと思っていたものではなかった。
「ジャガイモだね」
「へえ、これがジャガイモなのか」
不思議そうに幽助が言ったのは、まだ蔵馬が地面を掘り返す前に、ほとんど枯れてしまっている茎や花だけで判別したからである。
桑原が掘ってみると、確かに地面の下にコロコロとジャガイモが発見された。
しかし何故こんなところにじゃがいもが自生しているのだろうか??
普通じゃがいもは栽培して作られるものであって、野生種はアンデス山脈の三千メートル以上の高地くらいにしかないはずなのだが……。
が、ここは幻海の私有地。
理屈が通らなくても当たり前である。
元々タマネギが自生しているのも不思議なこと…。
妖怪植物・みちくさ草なんぞが襲ってくるよりは、幾分マシというものだ。
「んじゃ、採るか」
タマネギと違い、収穫時期が一致しているせいか、適当に地面を掘り返すだけで、次々と出てくるジャガイモたち。
それはなかなか面白いもので、幽助たちは夢中になって掘りまくった。
この次が人参探しになることなど、すっかり忘れて……。
「あ、そうだ。言い忘れてたけど」
「あ? 何だ?」
「時々、芽が出てるジャガイモあるでしょ?」
「ああ、さっきから結構あるぜ」
「それ毒がありますから…」
「毒ーっ!?」
ぎょっとし、手にしていたジャガイモを落としてしまう幽助。
その後ろで桑原・飛影・コエンマも似たようなポーズを取っていた。
何せ、彼らがたった今手にしていた四つのジャガイモは、全て芽が出ていたのだから……。
「だからそういうのは、なるべく避けて…」
「お、おい! 蔵馬!!」
「はい?」
「『はい?』じゃねえ!!」
一人でジャガイモを掘り続けていた蔵馬に、つかみかかっていく幽助。
蔵馬は何事かと驚いた表情で、
「何です?」
「『何です?』でもねえ!! 毒があるなら、最初から言えってんだ!!」
「え、遅かった? もうそんなに採ったの?」
「採りまくったわい!!」
コエンマも加わり、桑原のその後ろから怒鳴ってきた。
「どうすんだよ!! あんなに触っちまったんだぞ!!」
「はあ?」
「『はあ?』って暢気にしてんじゃねえ!! 早く解毒剤つくれー!!」
「……何、馬鹿なこと言ってるんだよ。食べなかったら問題ないよ」
「へ??」
ようやく幽助たちの混乱の原因が分かった蔵馬。
はあっと深くため息をつきながら、シャツをつかんでいた手を解き、
「ジャガイモの芽にある毒はソラニンっていうんだけどね。身体の中に入って初めて症状が出るんですよ。それもかなり大量に取らないとね。いちおう芽が出てるジャガイモも、芽の部分を取れば食べれないことないけど、取るのも面倒だから、なるべく避けてという意味なんですよ」
「……」
「第一、触っただけで死ぬような有毒植物なんて、人間界には滅多にありませんよ。そこまで危険なものを人間が栽培するわけないでしょう」
呆れながら、ジャガイモ収穫作業に戻る蔵馬。
幽助たちといえば、そんなことで混乱しまくって、叫びまくっていた自分が恥ずかしくなり、お互いに顔を見合わせることもなく、真っ赤っかになって立ちつくしていた。
一人蔵馬を責めるのに加わらなかった飛影だが…。
実は、後一歩のところで自分も行きかけたということは、棺桶の中まで隠し通そうと心に誓い、何事もなかったかのように、地面を掘り始めたのだった……。
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