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ジャガイモを籠いっぱいに詰め込んだ一行は、今度こそ人参探しに向かった。
幽助たちとしては、このまま肉が偶然見つかって、日が完全に落ちてくれることを望むだけだったが……。
しかし、その淡い望みはあっさりと経たれたのだった。

「あ、人参…」

偶然にも視界の隅に人参らしいものを見つけたコエンマの一言を、彼らはどれだけ恨んだことだろうか……。
まあ、根底から言えば、それは人参ではなかったのだが。

 

「コエンマ。これは人参じゃないですよ」

植物の側に屈んで、観察してみる蔵馬。
幽助たちにしてみれば、それは自分が幼い頃から戦い続けてきた憎き敵以外の何者にも見えないのだが…。

「じゃあ、何なんだ?」
「人間界で見かけるのは珍しいけど……でもまあ、人参の代役にはなるかな。あんまり時間もないし」
「んじゃ、持って帰るか……」

もはや諦めムードの幽助。
それにここに自生している分だけならば、大した量ではない。
別の場所へ行って大量に収穫してしまう可能性を考えると、ここにある僅かな量を持って帰り、自分たちの皿には装わないようにした方が利口だろう。

それでも足取り重く、蔵馬から少し離れた位置にある人参モドキに手をかける幽助。
ぐっと力を入れて引き抜こうとした瞬間!!

 

「幽助、ちょっと待って!!」
「へ?」

 

ズボッ…

 

 

ギャアアアア!!!

 

 

 

 

「あ〜あ…だから言ったのに…」

目の前にひっくり返った幽助&桑原&コエンマを見下ろし、ため息をつく蔵馬。
その手はしっかりと両耳を押さえ、一切の音が鼓膜に響かぬようにされている。
隣にいる飛影も、瞬時に彼の行動を把握したのか、同じように耳を押さえている。

しばらくその体勢のままでいた二人だが、蔵馬が用心しながら手を下ろしたので、飛影も手をポケットに戻した。
しかし、地面に伏せっている三名はいっこうに起きる気配を見せない。
仕方ないかという風に、髪の毛から植物を取り出し、三人の口の中に押し込む蔵馬。

「ほら、三人とも起きて」
「……んあ?」

蔵馬の植物が効いたのか、ゆっくり眼を開ける幽助たち。
しかし、次の瞬間!!

 

 

「ぎゃああああっ!!!」
「ぐはああああっ!!!」
「いたいーっ! からいーっ!!!」

 

思い思いに絶叫しまくり、その辺を飛び回る三人。
口腔内から唇まで真っ赤に腫らし、舌は火傷したように茶色く変色した上、二倍以上に膨れあがっている。
しかし本当に痛かったのは、どうやら口ではなく、喉の方らしく、三人とも喉を押さえて、はね回っていた。
口がこうなっているのに、それよりも喉の方が痛いとは……一体、蔵馬は何を飲ませたのだろうか?

 

「ぐ、ぐらまー!!」
「何です?」

痛みを堪えながら、何とか蔵馬の方を振り返るコエンマ。

「だにをのばぜだー!?」(←訳:何を飲ませたー!?)
「何って……ただのスパイスですよ? 持ってるんじゃないかって言ったの、コエンマでしょ?」

笑顔でさらりと言ってのける蔵馬。
そう言われては文句も言えないコエンマ……先程の発言がこんなところで、失言に変わるとは…。

「レッドサビナっていうんですけどね。ハ○ス食品のレトルトカレーにも使われてる、歴とした人間界の香辛料ですよ。辛さは唐辛子の八〇倍ですけど」
「はちじゅう…」

 

パタッ…

 

ただでさえ辛いのに、そんなゾッとするような具体例を出されては、もはや現実逃避して失神するしかない幽助たち。
せっかく激辛香辛料で目覚めたというのに、それによって再び寝てしまうとは、何という世の中の無情だろう。
いやどちらかというと、蔵馬が非情なのかもしれないが……。
元を正せば、材料を持ってこなかったコエンマに原因があると言ってしまえば、そこまでだが。

 

 

 

結局、自然覚醒を待つことにした蔵馬と飛影。
だが、何もしないで待っているのも時間の無駄…。
この人参モドキの採取は全員起きていた方が都合がいいため、二人で肉探しに行くことにした。

もちろんこんなところに牛や豚がいるわけないが、山中なのだから、イノシシくらいなら普通にいる。
手頃な大きさのイノシシを見つけたので、一瞬にして飛影が狩り、蔵馬が解体して籠の中におさめた。
流石に丸ごと持って帰っては、女性軍が食べにくいだろうという配慮である。
内臓や骨などはカレーには使えないが、捨てるのももったいないので、蔵馬が妖狐に変化し、近くの狐を呼び寄せて与えた。

「普通の狐とも会話出来るのか」
「まあね。よかったら、今度人に友好的な子、紹介しようか? 雪菜ちゃん、こういう小動物好きでしょ?」
「……行くぞっ!」

無理に聞かなかったことにして、スタスタ歩き出す飛影。
蔵馬は面白そうにそれを見ながら、狐たちに別れを告げて、幽助たちの所へと戻っていった。
ついでにその途中で米の代理になりそうなものを見つけたのは、正にラッキーとしか言いようがないだろう。
(何でそんなものあったのかは、謎だが…)

 

 

 

人参モドキのところへ戻った二人だが、幽助たちはまだ寝たままだった。
面倒だから何かして起こそうかと言った蔵馬だが、また寝直されても困るので、飛影が止めた。
むろん、最終的に担いで帰らねばならない可能性があるからではあるが…。

数分後、ようやく三人は覚醒したため、蔵馬たちは人参モドキの採取に入ることにした。
しかしさっき引き抜いた時に起こった出来事もあるため、もちろん誰もいきなり収穫に入ろうとはしない。

「なあ、蔵馬。さっきのあれ、何だったんだ?」
「抜いた途端に、これが叫んだみてえに聞こえたんだが…」

そう、幽助が手にかけた植物。
今は籠の中にあるそれは、一見凹凸の多いただの人参にしか見えないが、引き抜いた瞬間、悲鳴を上げたような気がしたのだ。
それも金属と金属が擦れ軋むような、とても不快な音で……身体の芯まで嫌な感じが伝ったかと思うと、そのまま気絶してしまったように思う。

 

「叫んだんですよ。間違いなく」
「どういうことだ」
「これはマンドラゴラっていう、基本的には魔界にある植物なんだけどね。種は小さいし、妖力もほとんどないから、時々自然発生した魔界の穴から人間界に来ることがあるんだよ」
「……それって人参の代役になんのか?」
「味は大差ないはずだよ。有害な毒もないし」

そういう問題なのだろうか?
味や毒だけの問題とは到底思えないのだが……。
しかし、もう突っ込むのも面倒だし、意味もなさそうである。
日ももう半分くらい落ちているし、肉も取ってきたというのならば、ここを終わらせてさっさと帰りたい。

 

「で、どうやって採るんだ?」
「割とコツがいるんだ。さっき幽助が抜いたのは、かなり小さいのだったから、大丈夫だったけど、普通はこの悲鳴聞いたら死ぬからね」
「おい…」

そんな大事なこと、何故一番最初に言わないのだろうか……。

「まず、マンドラゴラの周囲に剣で三重の魔法の輪を描いて、樹皮に3つの十字架の印を彫りつけて…」
「んな面倒なことすんのか!?」
「死にたくなければ」
「ったく…」

ブツブツ言いながら、蔵馬の言った通りにしてみる幽助たち。
剣など持っていないので、木の棒を代理にして、魔法の輪とやらを描いていく。
魔法の輪というよりは、単なる円にしかみえないが、それでも時間がかかるし、デコボコの地面に描くのは結構難しい。
これでは山を下りて、スーパーに買いに行った方が早かったのではないだろうか……ということに気付く者は誰一人おらず、一同は、

「おい、桑原! せっかく描いたのに、消すんじゃねえよ!」
「しょうがねえだろ! 近くに生えてんだから!」
「おめえがそっちの方やればいいんだろ!」
「あー! 幽助、わしの輪踏んだだろ!!」
「知るか!!」

と、低レベルかつアホらしい喧嘩をしながら、必死に輪を描いていた。
しかしふと顔を上げてみると、言った本人である蔵馬が何もしていない。
飛影も同様に……彼はおそらく蔵馬がやっていないので、自分もやらずにいるのだろうが。

 

「おい、蔵馬! おめえもやれよ!」
「……あのさ、話まだ終わってないんだけど」
「後で聞くっつーに。輪描いて、皮に十字架が…なんだっけ。とりあえず、それ終わってから聞く」
「だから、そんな面倒なことしなくてもいいんだって」

「……は?」

桑原と蹴り合いをしながら、輪を描いていた幽助。
同じく幽助と蹴り合いをしながら、輪を描いていた桑原。
もはや自分の輪が完全に幽助に踏み荒らされ、仕方なく一から描き直していたコエンマ。
三人の疲れと疑惑に満ちた視線が、肩を落としている蔵馬へと向けられた。

 

 

「簡単だよ。耳栓すればいいんだ。悲鳴を聞かなければいいんだから」
「……」
「どうかしたのか?」

そう言いながら、何故か蔵馬の手は彼の耳へと持って行かれていた。
うつむき身体を震わせている三人には、おそらく見えなかったのだろう。
それが彼にとっては幸いなことであり、隣で同じように耳を塞いでいる飛影にとっても、幸運なことであった。

 

「最初に言えー!!!」(×3)

 

 

 

「あっ、やっと戻ってきた!」

日が完全に落ち、焚き火の火を囲んでいた女性軍だが、草原の向こうに見覚えのある五人を見つけ、走り寄っていった。

「遅かったじゃない、幽助!」
「何してたんだい、和」
「コエンマさま、もうお腹ぺこぺこですよ!」
「でもみなさん、無事でよかったです」
「……おう」

空腹とはいえ元気そうな女性たちに比べ、もはや疲れ切っている男たち。
最も蔵馬や飛影はそれほどでもなかったが。
幽助・桑原・コエンマの三人は、数年間何も口にしていないような、何日も不眠が続いているような、やつれた顔立ちでその場にバタッと倒れてしまったのだった……。

 

 

その後、女性たちの手によって、カレーは無事に作られ、キャンプを囲んで遅い夕食となった。
(ちなみにカレー粉だが、普通の人間である螢子も食べるということで、蔵馬はちゃんとしたものを調合してくれたのだった)

「じゃあ、いただきま…って、幽助、桑ちゃん、コエンマさま!」
「ちゃんといただきますしないとダメでしょ!」
「うるせー、それどころじゃねえんだ!!」

胸の前で両手をあわせているぼたんたちを尻目に、ガツガツと皿に食らいつく幽助たち。
人参モドキのマンドラゴラは綺麗に避け、ろくに咬みもせずに、腹へと押し込んでいく。

「全く…」
「じゃあ、あたしたちも食べようか?」
「そうだね。いただきま…」

 

カチャーンッ…

 

「ど、どうしたの? 幽助」
「桑ちゃん? コエンマさま?」

「ぐ、ぐるじい…」
「い、でえ…」
「腹が…」

バタッ…

「ゆ、幽助ー!!」
「和!!」
「コエンマさまー!!」

突如、スプーンを落とし、地面に仰向けに倒れてしまった幽助たち。
慌ててかけよる螢子たちだが、どうすればいいのかさっぱり分からない。
変なものでも入っていたのかと(いや間違いなく入っているのだが…)、とにかく吐かせようと俯せにして吐かせようとするが、なかなか上手くいかない。

とくれば、頼りになるのは、一人だけ!

 

「蔵馬! これどういう症状!? 何か変なものでも入ってるの!?」
「(マンドラゴラ…ではないな。こんな症状でないはず……ん?)あ、これだ」
「どれ!?」

蔵馬がお玉で鍋の中から出したのは……タマネギの切れっ端だった。

「それが…原因?」
「これタマネギじゃないんだよ。誰か間違えて、彼岸花の根入れたんだ。あれには毒があるからね。タマネギが自生していたところに近くに赤い華があっただろ。あれだよ」
「……ぞういや、ぐわばら…おめえあんとき……」
「…ぼりがえじでだな…ばなのぢがぐ……」
「……」

ぶっ倒れ、腹をかかえながらも、桑原を睨み付ける幽助とコエンマ。
原因を作った桑原といえば、腹痛を忘れるくらい真っ青になっている……これで、幽助が回復すれば、どういう目にあわされるか……。
出来ることなら、解毒剤などなく、このまま夜明けまで倒れていたかったが、しかし彼の淡い期待は見事に裏切られた。

だが、それは単に幽助が回復するという、それだけでも恐ろしい事態ではなく、彼らにしてみればそれ以上に驚愕的な解毒法だったのだが……。

 

 

「まあ、大丈夫だよ。解毒法は簡単だから」
「あ、そうなんだ。よかったー」
「でもこのお鍋もったいないね。食べられない…」
「心配いらないよ。鍋の中にあるもの全種類食べれば、問題ないから」
「全種類? どういうこと?」
「この人参みたいなの、解毒作用があってね。これも一緒に食べれば問題ないよ」
「何だ、心配して損した」

ホッと胸をなで下ろすぼたん。
しかし、その言葉は幽助たちにとって、とてつもなく嫌な予感をさせるもので……それは見事に的中した。

 

「じゃあ、解毒法ってこれを食べさせるってこと?」
「そういうこと。幽助たち、さっき食べなかったみたいだからね。だから倒れたんだよ」

ニコッと笑って言う蔵馬。
だが、それは天使のような悪魔の微笑みであった。
特に色々振り回されたコエンマに対しては……。

 

「よかった! じゃ、幽助。口開けて」
「い、いや…おれは……」
「ほらコエンマさま、食べないとよくなりませんよ」
「べ、べつにたいしたことは…」
「和〜。あんたまさか、まだ人参ダメなんてことないわよね〜?」
「ま、まざがぞんな…」
「なら、食べる食べる!!」

 

 

「ぎゃ〜〜っ!!」(×3)

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

人間って何かする時、肝心なもの忘れたりしますよね。
結構いらないものとかは持ってるんだけど…。
サンドイッチ作るのに野菜とか肉とか用意したのに、パン忘れたり、遠足にお弁当とか缶詰とか持って行ったのに、お箸と缶切り忘れたり、旅行の際に旅館にありそうなタオルとか大量に持って行ったのに、チケット忘れたり、運動会にカメラとかフィルム大量に持って行ったのに、電池忘れたり…。

まさかキャンプに行くのに、食材忘れる人はいないと思うんですが、急なことでしたから(笑)
皆さんも旅行に行く時には、忘れ物がないよう、お気をつけ下さい!
(旅行の際には必ず何かを忘れる管理人でした/笑)