<タブー> 1

 

 

「大体てめえ! 諦めるのが早すぎるんだよ!!」

猛暑と呼ぶに相応しいその日。
とある家のとある家には、浦飯幽助の絶叫が木霊していた。
幸いにも家の住人は、幽助が怒鳴りつけている人物以外は外出中で、隣近所が何事かと思っている程度だろう。
今時、隣の家が五月蠅かろうと、一度や二度で警察に通報する者はいない。
回数を重ねても、警察の前に直談判だろうし……まあ、この日が初めてなので、多分近所とのイザコザはないだろう。
が、しかし、住人にしてみれば、突然押しかけてきた客たちに耳元でギャーギャー怒鳴られるのは、かなり迷惑である。

『客たち』…そう、この日この家に来ていたのは、幽助だけではない。
もう一人、彼と同じように怒鳴り散らしている者がいるのだ。

 

「そうだぜ! 一回蔵馬に負けたくらいで、もう勝てませんだー!?」

幽助と互角の巨大な声。
彼の永遠のライバルらしい桑原和真だった。

「おい、『らしい』ってどういう意味だ」
「勝ったことねえからだろ」
「あんだとー!!」
「俺に怒るなよ! 作者が書いたことだろ!!」
「……君たち、誰に怒鳴ってるんだよ」

作者への文句を始め書けた桑原と、未だ興奮収まらぬ様子の幽助を見つつ、ため息をついたのは、この家の住人であり、さっきまで(今でもだろうが)耳をビリビリさせていた男。
クシャクシャの黒髪に眼鏡。
有名私立である盟王高校にて、常に学年二位の座に位置し、たった一度だけ一位に立ったものの、次からはあっさり二位に逆戻りしてしまった海藤優であった。

「……今の解説、酷くないか?」
「二位ならいいだろ、別に」
「そうだぜ、浦飯なんざ12点で自慢してやがったのによ」
「なんだとー!」
「事実だろうがー!! 言っとくが、俺は7点の後に53点とったかんなー!!」
「7点とるよりは12点キープの方がマシだろー!!」
「……」

どっちもどっちだなとため息をつく海藤。
口喧嘩から取っ組み合いに発展するのには、大して時間はかからず、人の部屋だというのに、二人はドズンバタンと音を立てながら殴り合っていた。
時間がかかりそうなので、このシーンは飛ばすこととする。

 

 

 

そして数十分後。

ようやく喧嘩に一区切りがつき、本題を思いだした幽助たち。
海藤が入れなおしてきたお茶を飲みつつ、お菓子をほおばりつつ、言った。

「だからよ! おめえ、もう一回くらい挑戦してみろよ! 蔵馬に!! 禁句(タブー)で!」
「そうだぜ。他のことはハナから諦めてるみてえだけどよ」
「し、失礼な!」

『そっちは俺たちよく分からねえ』と桑原が言う前に、海藤は真っ赤になって叫んだ。
これには桑原たちも意外だったのか一瞬黙った。
最も幽助はお菓子を口に入れすぎていただけかもしれないが…。

「俺だって勝とうとしたさ。南野に……能力の勝負以外のことでも、何度も!」
「本当か〜?」
「本当だ!」
「例えばどんな時だ?」

ごくんっとお菓子を飲み込み、ドンドンと胸を叩きながら言う幽助。
海藤は座布団に座り直してから、一口お茶を飲むと、話し始めた。
どうやら話は長くなる様子であるが、ここは肝心だと思われるので、とばさないこととしよう。

「…これとばしたら、この話の内容全然分からねえんじゃねえか?」
「いや、何とかならねえこともねえんじゃねえの?」
「……君たち、聞いておきながら…」
「あー、いいからいいから。さっさと話せよ」
「……」

『何がいいんだよ』と言いかけて、海藤は言葉を飲み込んだ。
さっさと始めないと、また作者にすっとばされないとも限らないからだろう……つくづく酷い作者である。

 

 

「南野と初めて会ったのは、高校入学した時……クラスは違ったけど、あの容姿だ、十分目立つ。思いっきり知ってた」
「そりゃなあ、男のロン毛なんて珍しいよな」
「いや、当時はそれほど長くなかったぞ。今の半分くらいだな」
「へ〜、短かったんだな。昔は」

いや、今の半分くらいの長さでも、男子ならばロングヘアに入ると思うが。

「まあ、髪の毛のこともあったけど、どっちかっていうと顔だな。三日後にはファンクラブが出来てたよ。本人は未だに気付いてないみたいだけどな」
「……変なところで鈍いんだな、あいつ」
「恋愛に関してだけかもしれないけどな……でもって五月に入るか入らないかくらいで、あいつの成績優秀さを知らないやつはいなかった。運動神経もそうだけど」
「まあ、妥当なところだな」

ふむふむと頷く幽助と桑原。
しかし手は休むことなく、菓子に伸び、口へと次々運んでいた。
話をまともに聞いているのかとも思ったが、とりあえず進める海藤。

 

「もちろん俺もあいつが優秀なことは知ってたさ。小テストは毎回百点で、授業中も当てられて答えられないことはないって。けど、それは俺も同じだった。だから、頭がいいっていっても、大して気にしなかったさ。中間テストになるまでは…」
「ほーほー。中間テストね」
「俺はそれまでずっとトップだった。どの定期テストでも全科目学年一位だった。だから今回も当然…と思ってたんだ」
「……で、結果は」

大体分かっていたが、いちおう聞く桑原。
海藤は明らかに落ち込んでいるが、暗い影を背負いつつ言った。

 

 

「言わなくても分かるだろ。南野の方が上だった。二点差で、負けた」

ガッターン!!

派手にひっくり返り、転がる幽助たち。
海藤は何か変なことでもあったのかと、きょとんっとした顔をしている。
むろん影は背負ったままだが。

「な、何だよ、たったの二点かよ!」
「二点で落ち込むことか!!」

起きあがって、ギャーギャー怒鳴りつける幽助たち。
さっきまで五点差のことで喧嘩していた者たちの台詞だろうか……。
海藤はかなりその迫力に押されていたが、

「あ、あいつは全科目一〇〇点だったんだ!」
「……へ?」
「ぜ、全科目!?」

ぎょっとする幽助たち。
全科目…オール一〇〇点など、人智を越えた神にのみ許されそうな点数…。
それをあっさり、しかも進学率一〇〇%で、全国でも五本の指に入る有名私立で!

 

「高一の最初のテストはまだ中学の復習も入ってるからな。俺も国語と社会と理科は出来た。けど、数学と英語が一問ずつ間違えて…」
「復習っていっても、ようするに……私立レベルのことだろ?」
「ああ。南野は中学まで公立通ってたらしいから、その辺でもなめてたと思う……あいつのところ母子家庭だろ? 引っ越しも多かったらしくてな。噂だけど、中学だけで五回引っ越したって。それ全部公立だっていうし、一度は失踪事件まであった田舎にもいたらしいしな。まあ、家出かなんかだとかで、カタついたらしいが」
「へ〜」

もしこの場に飛影がいたならば、その失踪事件の真相が何だったのか、一瞬で分かっただろう。
まあ、だからといって、発言するとは思えないが。

「けどよ。何で公立一本だったのが、いきなり私立に入ったんだ?」
「学費免除の推薦。これは有名な話だ」
「納得…」
「成績で勝てなかったら、他では絶対に勝てないだろ。運動神経なんて比べようもないし、人徳だってあっちの方が上。ついでに女子にもてるのも……」

段々、海藤の背負っていた影が暗く重くなっていく。
どんよりとした空気が、家中を駆けめぐった…。

しかし、そんなことで引き下がってくれるほど、幽助たちは大人しくもなければ、状況を読んでもくれない!!

 

「おめえなあ!! 一回や二回や三回や四回や五回や六回や七回や八回や…」
「…いつまで続くんだい?」
「うっせー! 浦飯に負けた回数数えてやってんだ! そのくらいならあ!」
「んなに少ないわけねえだろ。百は軽いって」
「あんだとー!!」

再び喧嘩勃発。
暗い空気は一掃されたが、代わりに真夏の陽射しよりも強い闘志と、想像を絶する暑苦しさが充満していった。

と、いうことで再度喧嘩が終わるまで待つとしよう……かと思ったのだが、意外にも今回の喧嘩はあっさりと終わった。

 

「……あのさ、取り込み中悪いけど、一ついいかい?」
「あ?」
「何だ?」

組み合ったまま、海藤の台詞に振り返る二人。
喧嘩中に誰かの話を聞くというのは至極珍しいことだが……。

 

 

「君たちようするに、うちに何しにきたんだい? いきなり人の家に上がり込んで、禁句(タブー)の話なんかして……もしかして、やりたいのか?」

ぎくッ

 

……図星だったらしい。

そういえばそうである。
考えてみれば、「禁句(タブー)」の能力で海藤が負けたことは二人とも知っていても、現場は誰も見ていない。
いやコエンマたちは盗み見ていたらしいが……後に蔵馬が夢幻花の花粉で記憶消去して、ビデオも持ち去ったらしいし。
それを今になって、ぎゃーぎゃー言うなど、かなり変である。
となれば、自分たちが禁句をしたいからと考えた方が筋が通っているだろう。

 

「……そうならそうと先に言えばいいだろ。で、何の目的で?」
「く、蔵馬を……負かさねえといけねえんだよ」
「南野を負かす? 何でだい?」

首をかしげる海藤。
蔵馬とこの二人の関係は、とりあえず戦友だと聞いているが、しかしそれはあくまで拳や霊力の話で、頭脳戦である禁句とは関係ないはずである。
いや、それ以前に何故仲間を負かさねばならないのか?
一時は敵になったこともあったが、今では以前の関係に戻ったと聞いているし……。

海藤が悩んでいる間にも、二人は拳をわなわなの震わせていた。
どうやら世ほどの恨みがあるらしいが……。

 

「……元はといやあ、あいつが悪ーんだ!!」
「そうだぜ!! 人の弱みにぎって、遊びやがって!!」
「弱みって?」

海藤が言うか言わないかの間に、ばっと立ち上がる幽助&桑原。
どこから取り出したのか、マイクを右手に叫びだした。

「例えば、俺が螢子の制服着た時に、実は醤油こぼしちまったのを修正液で隠したこととか!」
「姉貴のタバコ、一ダース間違えて庭でゴミと一緒に焼いちまったこととか!」
「お袋の一本十万のワインひっくり返しちまって、バーゲンで売ってた五百円のワイン代わりに入れといたこととか!」
「姉貴の大事にとってた酒、やけ酒代わりに一晩で飲んじまったこととか!」
「ぼたんのオールこっそり持ち出して遊んでたら、ドブに落としちまって、シンナーでこすりまくったこととか!」
「姉貴のマフラー借りたのはいいが、喧嘩して破いちまったこととか!」

「それは自分で蔵馬に直して貰いに行ったんだから、自業自得だろ」
「そ、そりゃそうだが……他は違うだろ! タバコ焼いた時は煙の臭いだけで気付きやがったんだ! 姉貴の好きな銘柄だって!」
「臭いだけで? そりゃすごいな」

素直な意見を述べる海藤。
しかし、それは二人を逆上させるだけであった。
めらめらと燃え上がる眼でにらみ付けながら、

「すごいなんてもんじゃねえよ!! あのやろう、鼻がききすぎるから、現場にいなくても、会っただけでバレんだよ!!」
「醤油のことも酒のことも! 僅かに染みついてる臭いだけで!! 滅多に飲まねえくせに、ワインの値段臭いだけで分かるなんて、反則だ!!」
「俺なんざ、三日酔いで寝込んでただけでバレたんだぞ!! それを弱みにからかいやがって!!」

「不適な笑顔でさらっと毒吐きやがる!!」
「殴られるよりも蹴られるよりも、いてーんだよ!!」
「あっちが笑ってる分、キレたらこっちが悪役だしよ!」

「ある意味、螢子の怒突きよりも恐ろしい!!」
「ある意味、姉貴のパンチよりも恐ろしい!!」
「ある意味、無茶苦茶な指令押しつけてくるコエンマよりもタチがわるい!!」

 

 

 

散々叫びまくった後……ようやく疲れたのか、床に突っ伏す幽助たち。
海藤はしていた耳栓(いつからしてたんだ?)を外しながら、

「……からかいだけか? たかられたとかじゃなくてか?」
「あいつそれほど金には困ってねえよ」
「第一、何か押しつけるにしても、俺らがやるより自分でやった方が効率いいだろうしな……って、そういう問題じゃねー!」

本当に疲れていたのかと問いかけたくなるくらいの回復力。
再びマイクを手に、

「蔵馬のやろう! ここ数日、飛影が仕事忙しくて、人間界に来ねえせえで退屈してるからって、俺たちで遊ぶんだよ!!」
「俺たちはあいつのおもちゃじゃねー!!」
「おもちゃは飛影で充分だー!!」
「……」

結構、飛影に対して酷いことを言っていると、本人たちは気付いていないらしい。
いつ飛影が蔵馬のおもちゃになったのか……確かにしょっちゅう遊ばれてはいるらしいが。

 

「つーわけで頼む!!」

何がどういうわけでなのかは分からないが……。

「……何で、直接殴らないんだい?」
「読者が怒るからだ」

きっぱり言い切る幽助。
確かにこの小説を読むであろう読者さまは、大半が蔵馬ファン。
気にしない方もいるだろうが、しかし怒る方もいるだろう……。

 

 

納得いくようないかないような……しかし、断ればまたぎゃんぎゃんと叫ばれるのは、明白である。
ちゃんと筋の通った説得をしたところで、自分は南野秀一ではない。
彼ならば、返す言葉がないくらいまで、説得出来るだろうが、自分がやったら、単に八つ当たりされるだけ…。
ここは一つ協力するしかないだろう。

「じゃあ、何をタブーにするんだい?」
「簡単簡単! つまり全部の言葉をタブーにすればいいじゃねえか! そこに蔵馬を誘い込めば…」
「無理だろうな」
「何で?」
「能力を使えば、領域(テリトリー)が発動する。南野はそれを察知出来る。となれば、領域に入ったら用心するだろう」
「あ、そっか。むやみに喋ったりしねえわな」

ふむと考え込む幽助。
一番簡単でてっとりばやいと思って考えてきたのに……蔵馬の頭のよさを考えれば、確かに無理があるだろう。

 

「じゃあ、他の能力者ひっぱってきて、やるか?」
「城戸なんかいいだろ。影(シャドウ)なら、俺たちが避ける特訓してるとでも言えば」
「……まあいいけど。それだと、こっちが全く喋らないのはおかしい」
「ああ、そうだな…」

「それじゃあ、蔵馬が言いそうで、俺たちが言いそうにない言葉……」
「何かあるか?」
「言葉遣いとかか? あいつ時々敬語使うし」
「それも難しいだろ。南野は時と場合で結構違うみたいだし……学校では教師の前でしか使わないよ。第一、意味も意図もないんだから、君たちが百パーセント喋らないという保証はない」

それは実体験した桑原が一番よく分かることだろう。
かの、『あつい』と言ってはいけない対決。
『ああ』と言った後に、『ついでに氷もいれてくれ』と言っただけで、魂を抜かれたのだから…。

あれこれ考えてみたが、元々幽助たちのおつむでは、そんなに言語は考えつかない。
第一、自分たちが一〇〇%言わなくて、蔵馬が言いそうな言葉など、あり得るのだろうか?
だったら、自分たちが注意して言わないようにすればいいだけの話だが、しかしそれには全くもって自信がない……。

 

 

「まあ一つだけ…あるにはあるけど」

ふいに海藤が言った言葉に、幽助たちは食らいついた。

「何!?」
「何だ!?」
「多分だけど……」