<タブー> 2
「あれ、珍しい組み合わせだね」
とある空き地の前を通りかかった蔵馬。
見ると、幽助・桑原・海藤・城戸が何かしているのが見え、まだ帰宅時間には早いかと声をかけた。
もちろんこれは彼らなりに、蔵馬をはめるために張ったワナ……あえて、蔵馬が会社から帰ってくる時に通るであろう道で、丁度良さそうな空き地を探したのである。
「何してるんだ?」
空き地に一歩踏み込んで、蔵馬は違和感を感じた。
これは能力者が領域を広げた時の感覚……一瞬緊張したが、しかし幽助たちが平気でいるところを見ると、領域を広げているのは、海藤か城戸のようである。
「ああ、ちょっとな」
「城戸の能力でちょっと訓練をな」
「訓練?」
「踏まれても動けるようにする訓練!」
「ふ〜ん。それで固まってるんだ♪」
「う、うるせー!!」
いちおう格好だけでもつけておかないとという海藤のアドバイスから、城戸に影を踏まれた状態でいる幽助と桑原。
当然のことながら、完全に固まり、一歩も動けなくなってしまっている。
これはS級妖怪にも破ることの出来ないものらしい……。
ふと蔵馬が影を踏まれて動けないのも面白いかと思った幽助たちだが、蔵馬があっさりと踏ませてくれるとは思えない。
第一、蔵馬は手足が動かなくても攻撃出来るのだから、無意味だろう。
いちおう顔だけは動かせるのだから、髪の毛も同じように動かせるだろうし。
「もしかして日が沈むまでそうしているの?」
「うっせー!!」
「てめえには関係ねえだろー!」
ニコニコ笑顔で二人をからかう蔵馬。
その光景に、海藤と城戸は顔を見合わせていた。
考えてみれば、蔵馬が人をからかっているところなど、見るのは初めてである。
一番からかいの対象になるらしい飛影は、境界トンネル騒ぎの時、ほとんど一緒にいなかったし、そうでなくても色々と忙しかったから、からかっている余裕などなかっただろう。
御手洗からビデオの話を聞かされた幽助を、少しばかり脅していたことはあったが、あの時二人は現場にいなかったし。
特に海藤は、学校とのギャップにかなり驚いていた。
南野秀一は女子から人気絶大、男子からも人望厚く、教師からも頼りにされている。
言うべきことははっきり言うが、人をからかったりは決してしない。
それが今目の前にいる南野秀一は、完全に幽助たちをからかうことを楽しんでいた。
幽助たちの話では、いつもからかわれているのは飛影だという。
結構暑くなりやすいのは、魂を抜いた時に分かったが、しかしからかいやすいようには見えない。
あの時自分は必死に余裕を演じていただけで、内心はかなりドキドキしていた。
いくら攻撃されないとはいっても、あの目つきである。
もしかしたら何かの作用で攻撃出来るかも……そう思うと、生きた心地がしなかった。
真っ先に魂が抜き取れたことには、心底ほっとしたくらい……。
その彼をからかって遊ぶ……。
今はヒマじゃないから、からかわないというが、裏を返せばヒマさえあれば、からかっているということに……。
つくづく、謎の多い男だと、ため息をつかずにはいられなかった。
「大体てめえなー! 螢子の制服の時にしたって!」
「自分の失敗を人のせいにしないでよ」
「いつてめえのせいにした! それをネタにからかうんじゃねえってんだ!」
「脅すよりはマシでしょ?」
「余計わるい!!」
怒鳴りまくっている間に、どんどん日は傾いていく。
もちろん、この時点で海藤は領域を発動しているし、禁句も決定されている。
蔵馬もしっかりその領域に足を踏み入れていた。
疑われないように、城戸と喋ったり、蔵馬自身にも話しかけたりしているが……。
いっこうに、蔵馬は禁句を口にしない。
もしかして気付かれているのではと、幽助たちは焦ったが、海藤には分かっていた。
幽助たちの話の持っていき方が悪いのだ。
今の幽助たちのやり方では、なかなか喋ってくれなくて当たり前。
もう少し禁句を喋るような方向へ持って行けばいいのに……。
この勝負は城戸の領域が効力をなくす、日の入りまで。
しかし日は段々とビルディングの向こうへ姿を消していった……。
「だから、てめえはなー!!」
「お、おい! 浦飯!」
「あ? 何だ?」
「あ、あれ!!」
「あれって? …ああーーー!!!!」
「ど、どうしたの?」
いきなり大絶叫を上げる幽助に驚く蔵馬。
しかし、幽助の視線は蔵馬へは向かず、城戸たちの向こう側へ……。
何と頼りにしていた太陽が、ビルディングと更には夕立雲に隠れかけていたのだ。
段々自分たちの影も薄くなっていく。
消えた時点で領域は消える……つまり海藤の領域だけになってしまうのだ。
バレる……。
終わる……。
誰もがそう思った、その時!!
「一体、どうしたのさ? 幽助、桑原くっ…」
ドクン
ドドドド…
「な、何!?」
「よっしゃー!! 言ったー!!」
「はあ?」
「最近、俺たちのこと、からかいまくるのが、わりーんだ!!」
「そうだぜ!!」
打って変わった幽助たちの嬉しそうな顔。
そしてこのよく分からないが奇妙な感覚……蔵馬も気付いたらしい。
これがワナだったということに……。
「……つまり、海藤も領域を発していたわけか」
「……悪い。断れなかった…」
心底すまなさそうに謝る海藤。
いくらなんでも卑怯だったかと、今更ながらに少し後悔した。
警告なしでは、蔵馬でも分からないだろう。
つまり……禁句は『ゆうすけ』だったのだ。
この場にいる者で、幽助のことを『幽助』を呼ぶ者は蔵馬しかいない。
桑原は『浦飯』、海藤は『浦飯くん』、城戸は『浦飯さん』としか呼ばないのだ。
呼び方というものは人それぞれで、場合によって変わることもあるものだが、このパターンは滅多に変わらない。
最も桑原はマンガにおいては、『幽助』と呼ぶこともしばしばだが……それは除外して考えることとしよう。
「ざまーみやがれってんだ!! がははっ!」
「何て低レベルな……」
「うるせー! てめーこそ俺たちからかって……っていうか、何でおめえ喋れてんだ? まさかおめえ…魂、抜けねえのか?」
「……抜けてるよ、今でもね……上見たら?」
「上? ……げっ!!」
「な、何だありゃ!?」
大絶叫を上げる幽助&桑原。
その後ろでは海藤と城戸が、顔面蒼白で立ちつくしていた。
四人が見上げた先……通常ならば、紫色にかわりかけている空が見えているはずだった。
しかし、今は全く見えない。
覆い隠されていたのだ。
この広い空き地の上空を完全に占拠してしまっている。
そう……銀色に輝く巨大な…蔵馬の魂によって……。
「な、何だこりゃー!!」
「うわ! こっちくんなー!!」
「ぎゃああああ!!」
「うわああああ!!」
思い思い好き勝手に叫びまくっているが、そうしたくなるかもしれない。
彼らの目の前で、銀色の魂はどんどん大きくなっていく。
その膨れ方が上へと広がるものならよかったのだが、下へも広がってきているのだ。
つまり大きくなるにつれて、地面へと近づいている……早い話、幽助たちを押しつぶさんばかりの状態なのだ。
実際、四人はもう立ってもいられない。
日が沈んだだけでなく、真上から光が当てられているせいで、城戸の影は消えた。
なので、幽助も桑原も自由に動き回れるが、だからといって楽観は出来ない。
空き地から逃げようにも、そんな隙間さえなくなってしまった。
何とか途中までは匍匐前進で移動したものの、それも束の間で、背中にずしっと重く魂が乗っかって……ついには、四人とも魂と地面の僅かな隙間に閉じこめられてしまったのだ。
唯一暢気だったのは、魂を今なお抜かれているはずの蔵馬だけ……。
「海藤、前に言ったよね? 魂だけは鍛えようがないって……実は鍛えようがあるんだよ。ただ長く生きればいいだけ。千年も生きれば、魂も自然と大きくなるんでね。まあ人間にはマネ出来ないだろうけど……さ〜てと。俺の魂が抜けきるのが先か、君たちが押しつぶされる方が先か……後者かな、やっぱり。まだ俺、半分も魂出てないし」
苦笑しながら言う蔵馬。
魂を抜くという能力である以上、蔵馬自身には魂は何の影響も及ぼさない。
それを分かっているからこそ暢気に喋っているのだろうが……しかし、海藤たちにそんなことを聞いている余裕などなかった。
「ふ、普通に死ぬぞ、おい……」
「な、何とかしろ…海藤……」
「そ、んなこと…言った…って……」
「テリト…リー…解けば……いいだろ……」
もはや半分死にかけていながら、何とか的確に言う城戸。
それを薄れた聴覚で何とか捕らえた海藤は、
「『ゆう…す……け』……」
と、何とか禁句を言った。
言おうが言うまいが、魂は抜ける運命にあった気もするが……。
ドギューンという音がして、蔵馬の魂が肉体へ戻った。
何事もなかったようにケロッとしている彼の前には、ぼたんを呼ぶ直前とも言える、車にひかれたカエルのような男が四人……。
約一名はその上に黄緑色の魂がプカプカと浮いているが、他の面々もあまり変わらない様子だった。
彼らを見下ろしながら、ため息をつく蔵馬。
「全く……人をおもちゃにしようとするから、そういう目にあうんだよ」
そう言い残すと、海藤の魂を肉体へ押し込んで、そのままきびすを返すと家路を急いだ。
もちろん内心は新しいからかいのネタが増えたことで、喜んでいたが……。
星空の下。
ようやく起きあがり、木の棒を杖代わりにしつつ、帰路につく幽助と桑原。
背中には意識は戻ったものの、自力で立てない状態の城戸と海藤を背負っている。
「ちっくしょ〜。蔵馬のやろ〜」
「あんなの反則だろ〜。第一、あんなの出来るんだったら、海藤の領域なんざ一分で突破出来たんじゃねえか〜」
「屋敷が潰れると思ったんだろう」
「ああ、そうか……」
海藤の意見に一応納得した桑原。
その後も会話は少なく、それぞれ家に帰るまで、蔵馬への苛立ちと自分の失敗への嘆きで、ぼんやりとしていた。
中でも海藤は……。
苛立っているというよりは、ある意味恐怖を感じていた。
四次元屋敷での対決。
おそらく負ける気はなかったろう。
自分に禁句を言わせる自信は十二分にあったろう。
だが、もし何かの弾みで負けていたら?
負けた時は、「オレの魂をやろう」と言っていた。
あんなでかい魂、貰ったところでこっちが困るだけ。
さっきは空き地が広かったからよかったものを……あんなに狭い部屋の中、魂が出てしまえば、次の瞬間には圧死である。
「(南野……はじめから禁句で破れても、魂の大きさで勝つ気だったなんて言わないだろうな……殺す気か、本当に…)」
終
〜作者の戯れ言〜
幽助くんたちがタブーで勝負…。
勝てるわけがないのに、あえて挑戦していただきました(笑)
いちおう「禁句」を使っているとは知らず、「影」を使っているだけと思えば、蔵馬さんも喋るかなとは思ったんですが。
だからといって勝てるという問題ではないということをアピールしてみました(おいおい)
蔵馬さんだけなんですよね、魂がどんなのか分かっていないのは…。
アニメ7話に出てきたの、魂っぽかったけど、「霊体の状態で」って言ってたから、多分違うんでしょうし。
あれだけ長生きしてたら、魂の大きさも普通ではないのかな〜と(笑)
しかし……あの柳沢も含めたあの三人、能力使わないって幻海師範に誓った筈なんですけどね(爆)
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