<百花繚乱> 1
「うわ〜!! すごーい!!」
「きれー!!」
「すごいですね!」
楽しそうに叫びながらはしゃいでいるのは、言わずと知れた螢子・ぼたん・雪菜の三人組である。
そして、彼女たちが走り回ったり跳びはねたりしている此処は、魔界の花畑。
魔界といっても最上層部なので、霊力の低い螢子でも特に問題のない地域である。
しかし魔界といえば、暗闇の中雷鳴が轟き、綺麗な植物など育たなさそうだが…。
何故、こんなところに花畑があるのか?
それもちまっとしたものではなく、360度何処を見渡しても花・花・花で、地平線の果てまでずっと続くような広大さの花畑が何故……。
答えだが、実は全然分かっていないのだ。
それもそのはず、ここら辺りは以前霊界が管理していた地域でもなければ、躯・黄泉・雷禅の領土でもない。
所謂、無法地帯なのだ。
たまたま暇つぶしに足を運んだ幽助たちが見つけるまで、おそらくは誰も知らなかったろう……。
「幽助、ありがとう!! こんな素敵なところ連れてきてくれて!」
「い、いや…別に……」
「桑ちゃんもありがとね!」
「大したことねえよ」
「本当にありがとうございます」
「いえ! 雪菜さんのためですから!!」
「(……相変わらず、すごい態度の違い……ま、いいけどさ)」
各々思うことは、色々らしいが……。
しかし幽助と桑原は満足であった。
偶然にも見つけた花畑。
人間界のものとは違う植物だらけだが、とにかく美しいの一言に尽きるモノばかり。
きっと気に入る…そう確信し、翌日になる今日、速攻で連れてきたのだが。
本当に気に入り、はしゃいでいる姿を見るのは、やはり嬉しい限りであった。
「わ〜!!」
「気持ちいいー!」
「ふわふわだねー!」
ひとしきり走り回った後、ぼたんたちは花畑に寝転がった。
それは人間界の花々よりも柔らかく、全身を温かく包み込むようであった。
まるで全てがタンポポの綿毛のよう……いや、それ以上である。
「本当…」
「いい…気持ち……」
「ですね…」
ふいに三人の会話が途絶えた。
少し離れたところから見ていた幽助と桑原だが、不信に思い走り寄った。
寝転がった三人のところまで駆けていくと、ひょいっと上からのぞき込む。
しかし、女性たちはただ寝ているだけだった。
可愛らしい寝息が三和音になって、小さく響いている。
「あんだよ。脅かしやがって」
「そりゃま、こんなところだったら寝たくもなるわな」
「俺たちも寝るか?」
「そうだな……なんか眠くなってきたし……」
ふわあっと大きく欠伸をした後、螢子たちの横に転がる幽助と桑原。
流石にすぐ脇に寝る気にはなれず、ある程度距離は置いた。
寝ていたとはいえ、膝枕までしてもらっていたこともあるのだから、あまり関係ないような気もするが…。
魔界とは思えぬ晴天の下。
五人の若者たちが完全に無防備で、夢の中へと吸い込まれていったのは、そのすぐ後だった……。
……それからどれくらいの時間が経ったろうか?
「……ん?」
ふいに目を覚ましたのは幽助だった。
すぐそこでは他の四人が未だに眠っている。
それほど時間は経っていないのかと、また眠りに入ろうとして、ふと辺りの異変を感じ取った。
周囲に差ほど変化はない。
ただただ花畑が続いているだけである。
その美しさは不変なものであるかのように……。
しかし……空は無常ではなかった。
先ほどまでは、快晴と呼ぶに相応しい青空だったというのに、今は違う。
他の地域と同じように、雷鳴が轟き、暗雲がたれ込めているのだ。
「ど、どうなってんだよ……」
少しばかり異常を感じたが、しかしここは魔界である。
人間界での生活が長居幽助には知らないことの方が多い。
もしかすると、魔界の天気は山と同じように変わりやすいものなのかもしれない。
とすれば、一雨くるかも……。
「早いところ、帰った方がいいかもな……おい、起きろよ、桑原!」
「……んあ?」
「『んあ?』じゃねえ! 一雨来そうだぜ」
「げっ。マジかよ。そんなになげーこと寝てたのか?」
「知るか。時計なんざ持ってきてねえし、全員で寝てたんだからな。とにかく急いだ方がよさそうだぜ。みんな起こせ」
「お、おう。雪菜さん、起きて下さい。雪菜さん」
優しく雪菜を揺さぶってみる桑原。
しかし、雪菜は起きない。
雪菜の寝起きなど見たことはないが、揺すられれば普通は起きるだろう。
少し弱すぎたかと、ほんのちょっとだけ力を入れてみる。
だが、それでも起きなかった。
「随分眠りが深けーみてえだな。んじゃ、俺が背負っていくとして……おい、そっちはどうだ?」
「……起きねえ」
「は?」
「起きねえんだよ!! どんだけ殴っても、どんだけどついても!!」
そう言いながら、幽助はまだ螢子とぼたんの二人に往復ビンタを喰らわし続けていた。
これでは別の意味で起きないような気もするが……まあ、幽助に殴られた経験のある二人ならば、多分問題はないだろう。
しかしここまでされて起きないのは、少しおかしい。
ぼたんは知らないが、幼なじみなのだから螢子の寝起きくらい知っている。
彼女はそれほど悪くない。
さっさと起きるタイプかといえばそうでもないが、これだけ殴られれば、自分にビンタを一発喰らわすために飛び起きるはずである。
それが今は完全に熟睡しているのだ……。
「……なんか、ものすごーく嫌な予感がすんだけど……」
「気のせいじゃねえよな。明らかに変だぜ……と、とりあえず帰ろうぜ。二人くらい行けるだろ」
「まあな…」
言いながら、螢子を左肩に担ぎ上げ、ぼたんを右脇に抱える幽助。
本当ならばお姫様だっこでもしたいところだが、二人も同時に出来るはずがない。
とりあえずぼたんを引きずらないようにだけ注意して、歩き出した。
しかし……ここへ来て、二人は肝心なことを忘れていたことに気付いた。
「……どっちから来たっけ?」
「さあ……」
しばしの無言。
「ちょっと待て!! てめえ、覚えてねえのか!?」
「おめえこそ覚えてねえってのかよ!?」
「てめえが覚えてると思ってたから、覚えてねえよ!!」
「それはこっちの台詞でい!!」
また一瞬にして、静寂が幽助たちを襲う。
二人とも顔面蒼白、額からは脂汗がにじみ出していた。
もし両の手が女性たちでふさがっていなければ、おそらくガクガクと震えまくっていただろう。
そして静寂を打ち破ったのは、彼らのすぐ上空で鳴り響いた、とびきり大きな雷鳴だった。
ドンガラガッシャーン!!
「迷ったのか!? 俺たち迷ったのか!!?」
「迷ったのかよ!? こんなところで!!?」
雷に負けず劣らず、ものすごい絶叫をあげる幽助と桑原。
しかし叫んだところでどうにもならない。
四方八方見渡したところで、全て花。
他に見えるものは何もない。
黒雲が広がる空では、方角すら割り出せない。
万が一、螢子たち三人の内の誰かが覚えていたとしても、本人たちは夢の中……さっきあれだけ殴っても起きなかったのだから、今やったところで無駄だろう。
つまり……幽助たち五人は、完全に迷子と貸してしまったのだ。
「こ、この年になって迷子かよ……」
「言うんじゃねえよ。虚しくなる……」
ため息混じりに呟く幽助と桑原。
だが、ここでこうしていてもラチが開かない。
この花畑がどれほどの広さがあるかは分からないが、とにかくここへ入ってきてからは、それほどの距離は動いていないはずである。
何処か正しい方向へ進めば、地平線の彼方に出口らしいものが見えてくるはず……問題はどの方角へ行くかということだが。
「桑原。どっち行ったら、いいと思う?」
「あ? ああ、そうだな……」
目を懲らし、全ての方向をじっと見つめる桑原。
しかしその顔は険しいままだった。
「……どうした?」
「分からねえ…妙な妖気が邪魔してやがる。地平線が曇って見えるぜ」
「妙な妖気?」
「ああ。かなり強力だ……しかも無茶苦茶な数だぜ…」
そう言った桑原の頬には、つうっと汗が伝っていた。
別に珍しいことでもないが、焦っているようである。
だが、幽助も同時に焦り出すというのは、特に強大な敵が現れた時か蔵馬が怒った時くらいで、珍しいといえることであろう。
「……気のせいか、増えてるような気がするぜ」
「気のせいじゃねえよ。俺にも感じてきた……すげえ数だ…」
「何処にいる?」
「さあな……近い気もするし、遠い気もするけど……つーより、両方か?」
両腕の二人を一度抱え直し、辺りに神経を集中させる幽助。
桑原も雪菜を背負い直してから、更に霊力を研ぎ澄ませた。
いる。
それは分かっている。
しかも一匹や二匹ではない。
十や二十でもすまないだろう。
百か千か……いずれにせよ、それくらいの単位だと思われる。
だが、何処からなのかが全く分からない。
どちらの方向なのかも……。
遠くにいるような、近くにいるような、両方のような。
そして、答えは……。
幽助の言う通り『両方』…つまり遠くにも近くにもいたのである。
それがいっせいに飛びかかってきたのだ。
「げっ!?」
「嘘だろ!? なんつー数だ!!」
足下に広がる花の間から飛び出してきたモノ……それは妖怪であった。
魔界なのだから、人間が飛び出してくるよりは現実的だが。
形状は幽助たちと同じく人型で、長い薄紅色の髪と、羽織っている唐紅の和服のようなものが目立つ妖怪たちであった。
その全てが、同じ顔で同じ服装。
奇妙なものを見慣れている幽助たちだからこそ、絶えられる状況だろう。
普通ならば、まずその異様な光景にショック死するだろうから……。
妖怪たちは一度も地に足をつけることなく、幽助たちの頭上に降り注ぐように落下してきた。
その数は先ほど感じた気の全てではなかったが、それでも百は越えていたはずである。
「死ねー!」
「死ねー!!」
鋭く伸ばした爪を振りかざし、五人(内三人は爆睡中だが)へと襲いかかってきた。
しかし、それくらいでやられるような幽助ではない。
右脇に抱えていたぼたんを足下に寝かせると、ぐっと拳を固めた。
「くらえ!! ショットガーーン!!」
ドン! ドンッ! ドン!!
幽助の得意技の一つ、ショットガンが炸裂。
これだけの数である、適当に撃てばどれかには当たるというものだ。
ほとんど隙間なく撃ったから、これで大方は方がつく。
それらをくぐり抜けてきた連中を桑原が霊剣で斬れば、全てが綺麗さっぱりになるというものだ。
「あんだよ。数だけかよ、こいつら」
「拍子抜けだな。ま、本当に数はいるみてえだけど」
ため息をつきながら、辺りを見渡す幽助。
そこには先ほどの妖怪たちと同じ妖怪が、わんさかと蠢いていた。
さっきとは違い、すぐに襲ってくる様子はなかったが、それでもすぐにでも襲いたい様子である。
「さっさと来いよ。早く終わらせてえんだ」
【貴様ラ……ヨクモ、仲間ヲ殺シテクレタナ……】
片言のようだが、言葉が話せるらしい。
誰が話しているのかは分からない。
声が辺りに反響しているようで…もしかしたら全員が同時に話しているのかもしれなかった。
しかし、幽助たちはけろっとしたもので、
「は? そっちが先に襲ってきたんだろ。こっちは正当防衛でい」
「そうだそうだ」
【ヨクモぬけぬけト……ズット踏ミ潰シテイタクセニ……】
幽助たちの発言が、彼らの怒りを増長させたのだろうか?
恨みのこもった声が空気を重くする。
流石の幽助たちもこれにはたじろいだ。
「い、いつだよ」
「いつ、てめえらが仲間が俺たちの足下に……」
【今モダ……】
「今もって…俺たち何も踏んでなんか……」
【踏ミツケテイル……】
「ま、まさか……」
嫌な予感が全身を駆け抜ける。
お互いに顔を見合わせた後、二人は下を見下ろした。
そこにあるのは、広がる花畑のほんの一部……だが、それら一つ一つは確かに命の宿った花である。
もしこれらが妖怪であるとすれば……。
「え、えっとこれは……その…」
【殺シタ…仲間ヲ……】
「い、いやこれは悪かったな。じゃ、俺たちすぐに出てくから……」
【生カシテ帰サン……大切ナモノヲ奪ワレル悲シミ、存分ニ味ワエ……】
「た、大切なものって……なっ!?」
ドサッ!!
突然、足下がぐらつき、その場に倒れ込む幽助と桑原。
身体が動かない。
指一本動かせない……。
「な、何だこれ……」
「う、うごか…ねえ……毒、か?」
【我等ノ毒ハ強力ナリ……貴様ラノ始末ハ後ダ……】
そう言うと、妖怪たちは幽助たちのすぐ脇まで来て、二人が倒れたと同時に横に投げ出された螢子たち三人に近寄った。
「や、やめろ!!」
「雪菜さんに触るな!!」
「てめえら、ぶっころすぞ!!」
【貴様等ハ仲間ヲ殺シタ……同然ノ報イダ……】
「んなこと知るか!! 螢子を離しやがれ!!」
螢子のことが関わってくると、もう誰が誰を殺したとかそういう次元ことは考えられない幽助。
相変わらず指の先すら動かせないが、それでも怒鳴り続け、罵声を飛ばし続けた。
桑原も桑原で、雪菜のことで叫びまくっている。
二人とも何とかしようとあれこれ試そうとするが、身体はおろか霊気も妖気も使えない。
目と口以外の感覚が全て麻痺しているようである。
しかしこの二カ所が動いたところで、どうにもならない。
妖怪どもは三人を高みへ持ち上げ、下からゆっくりと爪を伸ばしていった。
心臓の手前でぴたりと止まる。
【思イ知ルガイイ。仲間ヲ奪ワレル苦シミを……】
「やめろーー!!!!」
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