<百花繚乱> 2

 

 

ザシュッ!!!

 

幽助たちに血の雨が降り注いだ……。

しかし、それは紅くなかった。
色のない…滑りのある透明の水のような血だった。

そんな血を人間の螢子や霊界案内人のぼたんが持っているはずがない。
雪菜とて血は紅い種類の妖怪である。

 

では、何の血か……。

それはすぐに明らかになった。
雨が止んだ次の瞬間、幽助たちの目前に妖怪の残骸が落ち、二人の身体は何事もなかったように動くようになったのだ。

「あ、動ける! 動けるぜ!」
「感動してる場合か! さっさと受け止めねえと!!」

慌てて跳び上がった幽助。
その視線の先には持ち上げていた支えのなくなった螢子たちが、重力に従って落ちてくる姿があった。
まず螢子を受け止めると小脇に抱え、次にぼたんを片手で受け止めた。
雪菜は桑原が受け止めるだろうからと二人を抱えて降りてくる幽助。
もちろん下では桑原が雪菜を受け止めるために、準備万端待ちかまえていた。

 

「雪菜さん!! さあ、安心して俺の胸に!!」
「って、寝てるじゃねえか…」
「うるせ、細けえことは突っ込むな! 雪菜さーん!!」

他のメンバーに比べ、あまり高くは飛べない桑原。
しかしそれでも必死になってジャンプし、いざ雪菜を腕に!!

 

 

……と、思ったのだが。

その行為は実に無駄に終わった。
桑原が雪菜をキャッチする直前、何かが彼の目の前を横切り、あっさり雪菜を受け止めてしまったためである。

「……へ? え、え!? 雪菜さん!?」
「あっ! 飛影!!」

呆然としている桑原をよそに、幽助は視界に飛び込んできた黒い影に向かって叫んだ。
そこにはいつもの黒装束に身を包み、腕に妹を抱いた飛影が立っていたのだ。
心なしか、いつもより不機嫌のようだが……。

 

「飛影! おめえ、いつ来たんだ!?」
「……たった今だ。それより貴様等! 何故魔界で一番危険なところへ雪菜を連れてきた!?」

本人が寝ているからこそ、口に出来る台詞だろうか?
それとも頭に血が上っていて、何も考えていないのだろうか?
ならば、後で雪菜が寝ていてよかったと、心から思うことだろう。

「き、危険? 魔界で一番? 何だよ、それ」
「知らずに来たのか…命知らずにもほどがある…」
「あー! 飛影、てめえ!!」

幽助が気付いてから、数秒後。
ようやく飛影が来たことに気付いた桑原だが、雪菜を受け止められなかったことが、世ほど悔しかったのだろう。
ぎゃんぎゃん吠えながら、飛影に詰め寄った。
別に彼は間違ったことは何一つしていないはずだが。

「何しにきやがった!」
「……騒ぎがするから、邪眼で見たら、貴様等がここにいるのが見えた。だから来た」

相手が雪菜と自分の関係を知らない桑原だからなのか、『雪菜が』とは言わない飛影。
しかし機嫌の悪さは更に悪化したようである。

「なあ、飛影。ここが魔界で一番危険ってどういう意味だ?」

中断された会話を再開しようと、問いかける幽助。
飛影は不機嫌さは変わらなかったが、それ以上に何やらマズイことでも抱えているのか、しばらく考えてから、小さな声で話し出した。

「……正しい意味では違う。魔界の上層部で強力な妖怪はほとんどいないからな」
「じゃあどういう意味で危険なんだ?」
「それは……」

 

 

 

「飛影ー! 何処行ったんだ、飛影ー!」

飛影が口ごもってから間もなく、聞こえてきた声に……彼はぎくんっとして、背筋を固めた。
それは明らかに聞き覚えのある声であった。
飛影に限らず、幽助たちにも……。

 

「あれ。蔵馬じゃねえか。おい、蔵馬ー!」
「……幽助? 桑原くんも!?」

地平線とまでは行かないが、大分遠くから走り寄ってくる少年。
長く紅い髪をなびかせながらやってきたのは、紛れもなく蔵馬であった。

「どうしたのさ。こんなところで…」
「おめえこそ、何やってんだよ」
「あれ、螢子ちゃんたちも一緒だったんだ」
「あ、ああ……寝ちまったけどな」

「そうだろうね。ここのは螢子ちゃんたちにはちょっとキツイだろうし」
「……はい?」
「二人は平気だった? 覚醒薬飲まないで。まあS級クラスなら平気だろうけど」
「おい、ちょっと待て…」
「でも歩いてて大丈夫だった? 確かこの辺りは人型オジギソウの苗植えてたから、回避薬つけずに下手に踏んだら襲ってくることもあるはずだけど。あれは即効性の睡眠薬や神経毒もあるし。まあすぐに消えるけど」
「苗…植えてた、だと? おい、蔵馬。それって……」

「もしかして知らずに入ったのか? ここは俺の菜園だけど」

 

「さ、菜園だー!!?」

 

絶叫のついでに驚愕し、硬直する幽助と桑原。
脇では飛影がため息をつきながら、頭を抱えていた。

甘い蜜に誘われる蜂のように入り込み、いきなり襲われて、大切な人を失いかけるという、恐ろしい体験をした場所が何と菜園……。
しかも何処かの敵妖怪ではなく、仲間の蔵馬の、だったのだ。

 

これが驚かずに、そしてショックを受けずにいられるだろうか?
いいや、いられるはずがない。

そして怒らずにいられるだろうか?
いいや、いられるはずがない!

 

 

 

「蔵馬ー!!!!」

 

「な、何?」
「『何?』じゃねえ!! 俺たちがどれだけ苦労したと思ってやがる!?」
「そうだぜ!! 危うく死にかけたんだぞ!! 雪菜さんたちが!!」
「自分の家庭菜園なら、ちゃんと管理しろ!!」
「誰でも簡単に入れるようにすんじゃねえ!!」
「危険な植物だったら、野放しにすんな!!」

ぜいぜい肩で息をしながら、怒鳴り続ける幽助と桑原。
しかし蔵馬は困ったような顔をして、

「死にかけたのは悪かったけど……でもここ元々、迷い込んできた妖怪を肥料に育ててるから、解放しとかないといけないんだよ。第一、数輪踏み潰してもすぐには襲ってくることはないはずだけど……ああ、原因はそれだ」

と言って、蔵馬が指さしたのは……雪菜の頭だった。
そこには足下に咲いているものと同じ花が飾られていた。
ここへ来てすぐ、桑原が雪菜の頭に飾ったものである。

 

「踏み潰しただけじゃなくて、引っこ抜いたでしょ? それが原因だよ」
「……おい、桑原」

蔵馬のさらっとした誘導により、幽助の攻撃対象はぐるりと180度後ろへ振り返った。
そこには脂汗をだらだらと流す桑原がいる。

「てめえが原因だったんじゃねえか!!」
「う、うるせえ!! てめえだって、何本かひっこぬいてたじゃねえか!!」
「俺はその場に置いてきた!! てめえが雪菜ちゃんに持ち歩かせるような真似したせいだろ!!」
「あんだとー!! やろうってのかー!!」
「上等でい!!」

 

 

 

「……」

あっさりと蔵馬への怒りを忘れ、あっさりと二人でケンカをおっぱじめた幽助と桑原を、もはや呆れるしかない飛影。
蔵馬はといえば、花に横たわったままの螢子とぼたん、そして飛影が抱えたままの雪菜の額に小さく円を描いた。
触れた指先には何か黄色い薬が塗ってある。
これが先程言っていた『回避薬』だろう。
これで三人が足下に広がる花々に襲われることはなくなった。
最も、もうすぐに家へと帰すつもりではあるが、念のためである。

「やれやれ。人の畑を滅茶苦茶にしてくれたな」
「……元を正せば、貴様が菜園などしているのが問題だろうが」
「ここはいちおう俺の土地だけど? 昔買ったところだし。まあ、無法地帯ってことにはしてあるけど」
「…無法地帯にしておいて、何処が地主だ」

「そういうこと言ってると、喋っちゃうよ? 雪菜ちゃんに♪ もうすぐ起きるだろうし」
「なっ…蔵馬、貴様あ!!」

今にも斬り掛からんばかりの勢いで剣を抜こうとする飛影。
しかし……、

「……くっ」
「飛影…もしかしてくっついてるんじゃない? 何か植物斬ったのか? この辺の植物の液は粘着性が強いから……」
「さ、先に言え……」

いくら抜こうとしても抜けない……。
おそらく先程斬ったオジギソウの液だろう、あれはかなりべっとりとしていた。
こんなことなら、乾くまで出したままにしておけばよかった。
サヤに納める時もかなり手間取っていたというのに……。

「まあまあ。人間界に戻ったら、何とかするよ。それまでは下手に触らない方がいい。また折れるかもよ」
「……」

口惜しいがそれしかない。
サヤから抜いてもらうのも悔しいが、剣自体を直してもらうのはもっと悔しい。
前に折れた時も、三回とも蔵馬に直して貰い、その度に笑顔でからかわれたのだから……あんな思いは、二度としたくない。

 

 

「さてと。帰ろうか? 螢子ちゃんたち、家まで届けないといけないし」
「……あいつら、ほっといていいのか?」

ちらっと後ろを見る飛影。
相変わらずケンカを続行している幽助と桑原は、蔵馬が螢子とぼたんを担いだことにも気付いていなかった。

「大丈夫でしょう。万一またオジギソウが襲ってきても、何とか対処出来るでしょうから。それにしてもまた手入れ出来なかったな。せっかく飛影に来て貰ったのに、無駄足だったね」

そう言って歩き出す蔵馬の背中を見つめたまま、飛影は深く息を吐いた。
TVゲームに負けて、いやいや菜園の手入れに付き合わされて来たのだから、中断されたことについては嬉しい。
しかし、この状況はあまり素直に喜べない。
実の妹が死にかけたというのだから……。

かといって、蔵馬を怒る気にもなれない。
確かにコトの発端は蔵馬だろうが、連れ込んだのは桑原たちだし……というより、少し不思議だったのだ。

「……蔵馬」
「何?」
「貴様、何を隠している。いくら貴様でも、死にかけたとなれば、少しは悪いと思うだろうが。何故思っていない」
「何だ、ばれてたのか。流石、飛影だね」
「さっさと言え」

「はいはい。簡単に言えば、死ぬはずないからだよ。オジギソウは苗の状態では、虫も殺せない。鋭そうに見える爪だけど、実際はストローよりも柔らかいよ。いちおう妖怪を養分に大きくなるけど、それは自然死した妖怪だけだよ。ここに迷い込んで花を売り物にしようと、ここから離れようとしない連中のね。身の危険を感じれば、睡眠薬も出すし神経毒も出すけど、一時的なもので半日も保たないし」

 

「……ならば、どうしてあの馬鹿どもに、そう言わん…」
「だって、面白いじゃない♪」

天使のような悪魔の微笑みを浮かべて言う蔵馬。
飛影は、幽助たちに対する呆れと少しばかりの同情、そして蔵馬に対しての『やはり絶対敵に回したくないヤツだ…』という気持ちでいっぱいだった。
それを知って知らずか……多分知っているのだろうが、蔵馬は何も言わずに歩き出す。
少し距離を開けてそれに続く飛影。

 

いつの間にか黒雲が晴れ、再び晴天が広がった頃、蔵馬と飛影は女性達を連れて、菜園を後にしていた。
後に残された幽助たちは、いつの間にか霊丸やら次元刀やら持ち出してきて、足下どころか辺り一帯の花々に多大な被害を与えていることにも気付かず、延々ケンカをし続けていた。

 

そして数日後に再びそこを訪れた蔵馬が、菜園の半分以上が破壊されていることを知り、大激怒したことは言うまでもない……。

 

 

 

 

〜作者の戯れ言〜

「百花繚乱」の意味…さまざまの花がいろどり美しく咲き乱れること。
なので、書いてみました。
美しい花には棘があると言いますが、これは極端かも(笑)

最初の方、蔵馬さん登場しなかったから、オチはわかりやすかったと思います。
しかし、魔界の家庭菜園もどき……出来れば、遠目に眺めるだけにしたいですね(笑)